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連載Cocotame Series

クリエイター・プロファイル

今再び、語りかける日向敏文のメロディ【前編】

2022.08.18

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注目のクリエイターにスポットを当て、本人のパーソナリティや制作の裏側などを探るインタビュー「クリエイター・プロファイル」。

今回は、2022年7月に13年ぶりとなるオリジナルアルバム『ANGELS IN DYSTOPIA Nocturnes & Preludes』をリリースした作曲家、日向敏文のインタビューをお届けする。

1985年にデビュー。インストゥルメンタルミュージックのアルバムを発表するいっぽう、『東京ラブストーリー』『愛という名のもとに』『ひとつ屋根の下』など数々の名作ドラマのサウンドトラックを手掛けたことでも知られる日向敏文。36年前に発表した楽曲「Reflections」が全世界でストリーミング再生4,900万回超を記録するなど、今再び若い世代からも熱い注目を浴びている。

前編では、このたびアルファミュージックからリリースされた待望の新作のコンセプトや制作過程、新しい音楽受容の在り方などについて話を聞いた。

日向敏文 Hinata Toshifumi

1985年アルバム『サラの犯罪』でアルファレコードからデビュー。クラシックをベースとしたインストゥルメンタルミュージックを代表する作曲家。特にテレビドラマ『東京ラブストーリー』『愛という名のもとに』『ひとつ屋根の下』のサウンドトラックを手掛けたことで広く知られ、1997年Le Coupleに提供した「ひだまりの詩」は180万枚の大ヒットを記録した。現在もドキュメンタリー番組などの音楽制作を多数手掛けている。

36年前の楽曲「Reflections」がネット上でバイラルヒット

2009年の『いつかどこかで』以来、13年ぶりとなるアルバム『ANGELS IN DYSTOPIA Nocturnes & Preludes』をリリースした日向敏文。久々のオリジナルアルバムである今作制作に至るまで、どのような活動をしていたのだろうか。

「新作を出すのは13年間ぶりですが、この間もドラマやドキュメンタリー番組の音楽を制作したり、いろいろと音楽活動はしていました。しかし音楽業界全体の傾向として、徐々にインストゥルメンタルミュージックがCDとして発売される機会が減ってきたという状況があって、気付いたら13年の月日が経っていたという感じですね。

自分としては、この状況になったことで、これまで積み重ねてきたことともう一度向き合って、じっくり取り組んでみようという気持ちになれたので、オーケストラ曲や室内楽曲をたくさん書くようになりました。そうこうしているうちに、それがどんどん面白くなってきて、改めて音楽制作に取り組むようになったんです」

今回のアルバム制作の具体的なきっかけになったのは、インターネット通じて育まれた、ある“交流”の積み重ねだったという。

「ここ数年で僕の『Reflections』という曲がネットを通じて、世界中で聴かれていることを知りました。それをきっかけにInstagramを始めたところ、すぐに世界中の若者たちからDMをもらうようになったんです」

「Reflections」は、1986年にリリースされた日向敏文のサードアルバム『ひとつぶの海』の冒頭に収録されている楽曲で、ストリーミング再生は4,900万回を超えている。ピアノとヴァイオリンのシンプルな編成による小品で、憂いを帯びつつも流麗なメロディが実に魅力的な楽曲だ。ヒップホップ系のアーティストがサンプリングしたことをきっかけに注目を集め、海外ドラマでもサウンドトラックとして使用されるなど、日向敏文本人も想像だにしないかたちで多くのリスナーの心を捉えることとなった。

Reflections (Official Music Video)

「世界中の若者たちからもらったメッセージから、特に独裁的な体制下にある国や地域では、自分たちの未来を悲観している若者が数多くいることを知りました。決して明るい曲調ではない『Reflections』が、なぜこれほどまでに世界中で聴かれているのかが、そうした声で理解できるようになったんです。そしてメッセージのなかには、新作を待望しているという声も多くもらいました」

ディストピアに生きる若者たちに捧げる新作

アルバムタイトルの『ANGELS IN DYSTOPIA』(=ディストピアのなかの天使たち)にも、そんな彼ら/彼女たちの姿が重ねられている。

「僕は基本的に、彼らから送られてくるメッセージにあまり返信はしないのですが、なかには“死を考えている”とか緊急性を要するものあって。やはりそういうメッセージには返事をしてきました。ところがあるときから、そういう内容が特定の子からだけでなく、つづけざまに多くの若者たちから届くようになったんです。

いろいろな問題はあれど、いまだ日本は平和を享受しているわけですが、世界には切迫した状況にある若者がこんなにもたくさんいるんだというのが直に伝わってきて、ショックを受けました。LGBTQ+の若者たちが、その国の政治的、慣習的な理由で自らの性的指向を現実社会のなかで表立って言うことができず、すごく悩んでいたり、いじめられたり、その苦悩を僕の曲に触れることで和らげていたり……。

その上、ウクライナではロシアによる侵攻が始まってしまい、どちらの国にも悲惨な毎日を送っている人たちが大勢いる。世界中で起きている紛争や悲しい事件によって、ディストピア的な状況がどんどん広がりつつあるなかで、それでも懸命に生きようとする彼らの姿が、僕のなかでは“天使”と重なって見えるようになっていったんです。僕の音楽を通して、なんとか彼らを優しい気持ちで包んであげたいという気持ちが大きくなっていって、このアルバムの制作を開始しました」

Angels in Dystopia (Official Music Video)

“Nocturnes & Preludes”(夜想曲&前奏曲集)というサブタイトルも、どこか彼らへのメッセージを孕んでいるように感じられる。八方塞がりの漆黒の闇夜というよりは、希望を捨てず、夜明けの明かりを待望しながら物思いに耽る夜……。そんなシチュエーションにぴったりの楽曲が並んでいるのだ。

「彼らが生きて進む未来が暗闇であってはならないし、彼ら自身もどこかに光がないか探し求めていると思います。彼らの夜が明けるまで寄り添えるような音楽に『ANGELS IN DYSTOPIA』がなってくれたら、このアルバムを作ったかいがありますね」

音楽の捉え方がピュアになった時代

ネット上のバイラルヒットがきっかけでさまざまなジャンルの音楽が注目されたり、リバイバルされる現象は、日本から生まれたシティポップの世界的ブームを見るまでもなく、現在いたるところで発生している。こうした“リスニングスタイルの大転換”と言うべき状況を、日向敏文はどう捉えているのだろうか。

「やはり、サブスクリプションのストリーミングサービスで気になる音楽を好きなだけ聴ける環境になったというのは、何よりも大きいですよね。クラシック音楽だろうがポップスだろうが、既存のジャンル分けとは無関係に、自分が一瞬でも興味を持った曲を簡単に呼び出して聴ける。

しかもそれがレコメンド機能やSNSを通じてどんどん連鎖的に広がっていく。音楽が軽いものになってしまうと危惧するアーティストもいると思いますが、逆の視点では、自分の音楽を簡単に世界に届けられるとも考えられます。そして、その作品が思いがけないところで、思いがけない出会いを生み出してくれるかもしれない。それは、決してマイナスなことではないと僕は思いますね」

今、世界中の若者が日向敏文の音楽を聴くとき、ジャンルがどうだとか、楽曲が生み出された背景はこうだといった具合に、彼の音楽を深掘りする意識は希薄だろう。こうした傾向も、日向敏文はポジティブに捉えていると言う。

「僕からすれば恐れ多いことこの上ないのですが、『Reflections』をショパンやベートーヴェンなどの歴史上のクラシック曲と類似するものとして捉えている若者もいるそうです。そうかと思うと、ゲームのBGM代わりに聴いている人やポップス的なものと捉えて聴いている子がいたり……。単純に音楽の知識が足りていないと言えばそれまでなのかもしれないですが、それが若者たちのリアルな感覚で、音楽の捉え方がすごくピュアになったような気もしますね。良い意味で、感覚で音楽を聴ける時代になったのではないでしょうか。

演奏者の側でも、例えばユジャ・ワンやダニール・トリフォノフといった新しい世代のピアニストは、同じクラシック音楽のレパートリーを演奏していても、僕たちの世代の感覚とはかけ離れているような気がします。言葉では説明しづらいんですけど、何というか、彼らから発せられるエネルギーは、やっぱりネットを介していろいろな音楽に触れている同世代の若者たちと通じるものがあるように思うんです。旧来の価値観からしたら青天の霹靂のように感じられるかもしれないけど、彼ら自身、虚飾のない表現方法としてすごく真摯に取り組んでいるのがわかります。そうやって表現の幅が広がることで、リスナーの音楽への間口が広がっていくきっかけにもなったら良いですよね」

自分の曲がサンプリングされることについて

『ANGELS IN DYSTOPIA』では、世代を越えたゲスト陣の参加も魅力のひとつだ。新進気鋭のチェリスト、グレイ理沙の演奏は特に鮮烈な印象を与えてくれる。

グレイ理沙

「理沙さんは、僕がNHKの『ETV特集』の音楽を担当したときに、番組冒頭のオープニングジングルで演奏されているのをたまたま耳にしてピンときました。誰が演奏しているのかスタッフに確認してもらって、グレイ理沙さんだと教えてもらったんです。今回は4曲に参加してもらいましたが、テクニック的に難しい部分も含め、とても素晴らしい演奏を披露してくれました」

かつて音楽制作をともにしたベテランヴァイオリニスト、中西俊博の参加もファンにはうれしい報せだ。

中西俊博

「実は彼とは何十年も連絡をとっていなかったんですが、最近、別の仕事がきっかけで、またやりとりが復活したんです。お互いに積もる話をしながら、彼のプライベートスタジオに行って一緒に録音をしました。低い音のヴィブラートは、中西くんにしか出せない素晴らしい音ですよね。今回は『Little Rascal on a Time Machine』という曲を弾いてもらっていますが、35年前に僕の曲に参加してもらったときの音源をセルフサンプリングして、そこから現在の中西くんの演奏に繋ぐという手法をとっています」

音楽制作における別作品からのフレーズなどの引用、いわゆる“サンプリング”文化についても、意見を聞いてみた。

「この40年近く、サンプリングという手法がどんどん広まっていくにつれて、実制作上の制限は既になくなっていると思うんです。いろいろな曲を聴いて自分の音楽に取り込みたいという欲求自体は普遍的なものだと思いますし、クラシック音楽の世界でも、例えばブラームスのオーケストレーションに感化されて、それを引用的に利用するといったことは行なわれてきました。

それに、今の時代はサンプリング自体が創作そのものと切り離せないものになってきていて、どこまでがサンプリングで、どこからが創作かもわからない場合が多いですよね。その流れを無理にせき止めようとするのは、素晴らしい音楽が生まれる土壌を枯れさせることにつながりかねないですし、アーティストの関心の方向性としても、サンプリングの活用に向かうのは当然のことだと思います。実際、僕の曲がサンプリングされているのを聴いて、自分では思いもよらない楽曲に生まれ変わっていたりして、逆に刺激を受けることもありますから。

だからこそ、その音源の権利がどこに属していて、どう処理されるべきかという問題がきちんとクリアされていれば良いと思うし、そうあるべきですよね。そしてサンプリング元がインスピレーションの源になっているのだとすれば、音楽家はやはり自己申告すべきだと思います」

幅広いファンから親しまれるいっぽう、日向敏文の音楽は一部の先鋭的なクリエイターやDJたちからの支持も厚い。2019年、オランダの独立系レーベル“Music From Memory”から日向敏文の過去の音源をコンパイルしたLP『Broken Belief』がリリースされ、好評を博したのは、その象徴的な出来事と言えるだろう。

「何年も前のある日、Music From Memoryのジェイミー(・ティラー)から突然メールをもらったんです。僕の作品をどうにかリイシューしたいと思って、権利元にずっとアプローチしているけど、いっこうに話が進まなくて、らちがあかないから本人からプッシュしてくれないか? という内容でした。どうやって僕の連絡先を知ったのかも謎なんですけどね(笑)。

過去の音源のリイシューっていうのは、ものすごい労力がいることなんですよ。特に、リリース元のアルファレコードは、そのころは窓口が存在していないような感じでしたし、国外のライセンス窓口に連絡がついたとしても、返事がくるなんていうのは稀で……。僕からも働きかけてみたのですが、遅々として進まなくて、結局リリースまで3年もかかってしまいました。途中でジェイミーに『もう諦めたら?』と伝えたりもしたんですけど、彼はそれでも絶対に諦めない(笑)。まさに個人的な熱意と行動力のなせる技という感じで、すごく感謝していますね」

後編につづく

文・取材:柴崎祐二

商品情報


 
『ANGELS IN DYSTOPIA Nocturnes & Preludes』
日向敏文
発売中
価格:3,300円
 
<収録曲>
01.Fields of Flowers
02.Angels in Dystopia
03.Prelude in G minor
04.Little Rascal on a Time Machine
05.Phantom of Hope
06.So Near and Dear
07.Remembrance of Snow
08.Neverland
09.Lost in the Tide
10.Marigold
11.Sanctum
12.Nocturne in G minor
13.Sylvia and Company
14.Sea of Galaxies
15.Reflections(Piano Version)
16.Rhapsody in G minor
17.Books and a Fireplace
18.Nocturne in E flat major
19.Two Menuets(Piano Version)
20.Maurice at the Beach
21.Garden of Winter Rose
22.Thunder Sky
23.Marigold(Epilogue)
24.Moonlight and a Shadow

関連サイト

日向敏文公式サイト
https://toshifumihinata.com/jp/(新しいタブで開く)
 
『ANGELS IN DYSTOPIA Nocturnes & Preludes』特設サイト 
https://www.110107.com/s/oto/page/hinata_toshihumi(新しいタブで開く)
 
アルファミュージック公式サイト
https://alfamusic.co.jp(新しいタブで開く)
 
Masterworks公式サイト
https://sonymusicmasterworks.com/(新しいタブで開く)

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