フラメンコギタリスト、沖仁が培ってきた音とこれから奏でていく音【後編】
2022.09.29
気鋭のアーティストの実像に迫る連載企画「アーティスト・プロファイル」。
今回は、フラメンコギタリストの沖仁をフィーチャーする。日本でフラメンコと聞いて、まずその名前が挙がるのは沖仁だと言って、異を唱える人はいないだろう。それぐらい、彼はフラメンコに惚れ込み、さまざまなジャンルとコラボレーションしながら、フラメンコの魅力を日本に広めるために尽力してきたアーティストだ。
初めてのアルバムを発表してから今年で20年。この9月には、これまでの活動の集大成であり、新たなスタートとも言えるアルバム『20 VEINTE~20年の軌跡〜』をリリースした。
前編では、4年ぶりのフルアルバムとなる『20 VEINTE~20年の軌跡~』の制作背景や、ゲストとして参加したアレクシス・フレンチとの共同作業などについて話を聞いた。
沖仁 Oki Jin
長野県生まれ。幼少より音楽に親しみ、尺八、ピアノ、ドラム、ベースを学んだのちにギターと出会う。フラメンコギターを岡弘祠、伊藤日出夫、セラニートの各氏に師事。日本とスペインを往復しながら生きたフラメンコを吸収し、20代を過ごす。2010年、スペインで開催された「第5回 ムルシア "ニーニョ・リカルド" フラメンコギター国際コンクール」国際部門で優勝、その模様がTBS系『情熱大陸』でオンエアされ、大きな反響を呼ぶ。コラボレーション活動においてはオーケストラ、バレエ、能、長唄、朗読との共演など多彩に展開。近年では自身の夢であったフラメンコギター・アンサンブルを立ち上げ、後進の育成に力を注ぐ。演奏活動、楽曲提供、プロデュース、執筆と幅広く唯一無二のフラメンコギターの世界を追求している。
もう10年ほども前になるが、スペイン南部アンダルシア地方のヘレス・デ・ラ・フロンテーラという街を訪れたことがある。「フロンテーラ」とは国境のこと。つまり、この街はかつて国境に位置していたことを示している。アンダルシアに「フロンテーラ」を名乗る街はほかにいくつもあり、これは、その昔にはさまざまな民族が住み、攻防をつづけ、国境が絶えず移動していたことを意味している。
へレスはシェリー酒で有名なほか、フラメンコが盛んなことでも知られ、何世紀も前に建てられた屋敷を利用した立派なフラメンコ博物館もある。訪れたのは初夏のことで、ハカランダの花が乾いた街路を潤すように咲き、そして散っていたのが印象的だった。
若き日にこのへレスでフラメンコの修行をしたのが、ギタリストの沖仁である。2010年にはスペインで行なわれた「第5回 ムルシア "ニーニョ・リカルド" フラメンコギター国際コンクール」国際部門でアジア人として初めて優勝。名実ともにフラメンコギターの第一人者となったのに加え、ジャンルを問わず国内外の一流ミュージシャンと積極的に共演を重ねることでフラメンコギターの魅力を発信しつづけ、その「フロンテーラ」を広げつづけている。
2002年にデビューアルバム『UNA MANANA EN BOLIVIA(ボリビアの朝)』を発表してから20年という節目を迎える今年、4年ぶりのフルアルバム『20 VEINTE~20年の軌跡~』がリリースされた。本人によるオリジナル曲を中心に、カバー曲やゲストミュージシャンとの共演作などバラエティに富んだ内容で、まさに彼の「これまでの20年」を凝縮しつつ、「現在」も存分に詰め込まれた力作だ。
20 VEINTE JIN OKI ALBUM teaser
まず、本作の制作背景について話を聞いた。
「2018年にリリースした前作『Spain』はクラシック作品も含めたカバーアルバムだったのですが、実はその前からオリジナル曲のアイデアをいくつもストックしていて、それらの曲たちが頭のなかで鳴り始めていたんです。だから、それを早くカタチにしたい! という気持ちがすべてだったと言っても過言ではありません。もちろん、今年はCDデビュー20年なので、それを記念する作品にしたいという想いもありました」
もっとも古い曲のひとつが、7月に先行シングルとして配信された「ランドセル」だ。大儀見元(パーカッション)、藤谷一郎(ベース)、須藤信一郎(ピアノ)、伊集院史朗(パルマ)、山本玲(パルマ)という本作のレギュラーメンバーとともに、軽快なグルーヴを作りあげている。フラメンコというと、大地を揺るがすようなサパデアード(足さばき)を筆頭に、哀愁や情念といったワードを連想する人も多いと思うが、そんなイメージを一蹴するかのような、喜びや優しさにあふれるナンバーだ。
「『ランドセル』というタイトルから察する方もいらっしゃると思いますが、この曲は自分の子どもが小学校に入学するときに作り始めました。そして、実は今年卒業してしまったので……。急いで完成させないと、と思いながら取り組みました(笑)。だから、6年越しの曲ということになりますね」
先行シングルの第3弾として9月に配信された「キリアの街」は、本作のなかでも屈指の話題曲である。ゲストに迎えたのは英国のピアニストであり作曲家、アレクシス・フレンチ。彼の音楽はネオクラシカル、ポストクラシカル、オルタナクラシックといった言葉とともに語られるように、クラシックをベースにしつつも、ジャンルレスで無限の広がりを持っているのが特徴だ。
「キリア」というのは、沖仁自身が作り出した架空の街。そのイメージは、聴く者一人ひとりに委ねられていると言っていい。ここでアレクシス・フレンチは、沖仁が作る世界をしっかりとサポートしつつも、リスナーの心の琴線に触れ、創造力をそっと刺激するような、絶妙のコラボレーションを見せている。
沖仁は彼のピアノを聴いて、一瞬のうちにその虜になったという。
「アレクシス・フレンチのピアノを初めて聴いたときは、本当に衝撃を受けました。こんなに美しいピアノの音が世の中に存在するんだ、自分もピアノが欲しい! と思うぐらい。それで、親戚から使っていないピアノを譲ってもらい、現在も家に置いていますけれど、彼のような音は全然出せないですね(笑)」
ふたりのコラボレーションは、アレクシス・フレンチが今年5月にリリースしたアルバム『トゥルース』でひと足先に実現していた。沖仁は「Viva Vida Amor」で、ピアノに寄り添うようなギターを聴かせている。
「彼の作品を聴いていると、曲の作りはとてもシンプルで、癒し系だと言われればそうかもしれないのですが、どこかが決定的に違うというか、ほかでは聴いたことがないものを感じるんですよね。言わば、心のひだと、出している音が完全に一致しているような。彼自身の心を音楽でさらけ出してくれている、と言えば良いでしょうか。それは技術云々といった話ではないんですよね。一緒に演奏すると、自分のなかの何かが開いて、自分でも気付かないものを引き出してもらえるような感じがします。すごく自由な人なのかな、と思いました」
今回の「キリアの街」の制作では、まず曲をアレクシス・フレンチに送り、自由に弾いてもらったというが、そこでも新たな発見がたくさんあったという。
「まず、イギリスのレコーディングの仕方は洗練されているな、と思いました。最初に2時間なら2時間と時間を決めて、そのなかできっちり終わらせるんです。その上で、アレクシス・フレンチが曲から感じたものをフレーズにして、何通りも録音して送り返してくれるわけですが、その内容がすべて違うアプローチで、どれをとっても違う良さがある。本当に選ぶのが大変でした。1+1=2というような、計算で予測ができる世界とは違う次元で音楽を捉えている。音の魔法というか、もっと神秘的なもののように感じました。彼のエンジニアもそれをしっかり理解していて、その神秘性が失われないような配慮をしているのだと思います。そうしてできた音楽の感触は、本当に彼にしか出せない魅力にあふれていました」
さて、『20 VEINTE~20年の軌跡~』にはまだまだ聴きどころがたくさんあるのだが、ここで、2曲収められたカバー作品についても触れておこう。
1曲は、ブラジルのパーカッショニスト、アイアート・モレイラの「Tombo 7/4」。アイアート・モレイラはマイルス・デイヴィスの『ビッチェズ・ブリュー』やウェザー・リポートのアルバムに参加していることでも知られ、「Tombo 7/4」はそのタイトルの通り、7拍子を中心にうねりまくるリズムが特徴の大曲だ。これを沖仁はフラメンコギター独特のパーカッシブな奏法と速いパッセージを駆使して見事に弾き切ってみせた。
「これは、大編成のバンドでフュージョンっぽいアプローチでカバーされることが多いですよね。だけど、フラメンコギターだったら、ギターだけで表現できるんじゃないかと思ってチャレンジしてみました。でも、7拍子は難しいですね。馴染むのが大変でした(笑)」
もう1曲は、アメリカのジャズベーシスト、チャーリー・ヘイデンによる「Our Spanish Love Song」。この曲はさまざまなアーティストにカバーされている彼の代表曲で、特にチャーリー・ヘイデンとパット・メセニーのデュオを収めたアルバムはグラミー賞を受賞している。切々と歌うメロウな世界観を再現するのに、沖仁が用意したのはフラメンコギターではなく、なんとアコースティックギター。アコースティックギターでソロというのは初めての試みだという。
「この曲はアコースティックギターでやってみたいという気持ちがあったんです。フラメンコギターだと音が重めになりがちなので、ここは趣向を変えて、軽やかな風が吹くような感じを出そうと思いました」
ここで沖仁が使用したアコースティックギターは、群馬県に工房を構えるWater Road Guitarsによるギター。近年は渡辺香津美も使用するなど、注目度の高いブランドだ。
「増田明夫さんという製作家に作っていただいたのですが、ネックの太さやジョイントの具合など、僕が普段弾いているフラメンコギターのプロファイルを参考にして、持ち替えても違和感がないようにしてくださいました。そういう意味でも非常に個性的なギターだと思うのですが、最初はなかなか鳴ってくれなくて……。奏法を工夫するなど苦労しましたね。鳴るようになると、今度はその音のイメージにびっくりしました。アコースティックギターというと、僕のなかではブルース的な香りがするものだと思っていたのですが、このギターはそうではない。いうなれば、森の香り。森のなかに迷い込んだかのような清涼感がありました。それを演奏から感じとっていただけたらうれしいです」
文・取材:山崎隆一
『沖仁 デビュー20周年/アルバムリリース記念ツアー ~20 VEINTE[ベインテ]~』
 
詳細はこちら
沖仁公式サイト
http://jinoki.net/
 
沖仁ソニーミュージック公式サイト
https://www.sonymusic.co.jp/artist/jinoki/
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