a-ha【前編】ぽっと出の一発屋ではなく現在も世界規模で人気のバンド
2022.10.25
世界中で聴かれている音楽に多くの影響を与えてきたソニーミュージック所属の洋楽レジェンドアーティストたち。彼らと間近で向き合ってきた担当者の証言から、その実像に迫る。
今回のレジェンドは、2022年に生誕90年、没後40年のアニバーサリーを迎えるカナダの天才ピアニスト、グレン・グールド。今年9月から来年2月にかけて、多数の記念盤やアイテムが発売される特別企画『グレン・グールド 90/40』が予定され、既に発売が開始されている。
アルバム『バッハ:ゴールドベルク変奏曲』でセンセーショナルなデビューを飾り、キャリア絶頂期にコンサート活動を引退。以後、50歳でこの世を去るまで録音に専念した孤高の音楽家。個性的な解釈と演奏スタイルで賛否両論を巻き起こすいっぽう、クラシック音楽ファンのみならず幅広い層から愛聴されつづけているグレン・グールドの魅力とは? ソニー・ミュージックジャパンインターナショナルの古澤隆介に話を聞いた。
後編では、グレン・グールドの晩節について、そして今回の『グレン・グールド 90/40』企画のポイントについて語ってもらった。
グレン・グールド Glenn Gould
20世紀で最も個性的なピアニスト。1932年9月25日、カナダ・トロント生まれ。14歳でピアニストとして国内デビュー。1955年、コロンビア・レコードと専属録音契約を結ぶ。同年録音、翌年発売された『バッハ:ゴールドベルク変奏曲』で、それまでのバッハ演奏を一新させた。20代は世界各地へ演奏旅行に赴き、錚々たる指揮者たちとも共演して名声を築く。1964年4月のリサイタルを最後に演奏会活動を引退。以後は録音と執筆活動、放送番組の仕事に専念する。1982年10月4日、50歳で急逝。没後40年を経ても、その人気は衰えない。
古澤隆介
Kozawa Ryusuke
ソニー・ミュージックレーベルズ
(前編からつづく)――グレン・グールドにはデビュー盤となった1955年と晩節の1981年、ふたつの「ゴールドベルク変奏曲」の代表的録音があるわけですが、晩節に改めて「ゴールドベルク変奏曲」を録音したのには、どういった意図があったと思いますか?
グールドは同じ作品の再録音をあまりしないアーティストでしたが、その分、一つひとつのクオリティには大変こだわっていました。「ゴールドベルク変奏曲」は例外的に再録音が行なわれたレパートリーですが、これにはグールドのトレードマークである「ゴールドベルク変奏曲」を、ステレオでも録音したかったレコード会社側の希望もあったと思います。
――確かに、グレン・グールドの「ゴールドベルク変奏曲」がモノラルだけでなくステレオ録音でも残されたことは、音楽ファンにとっても幸せなことでした。グレン・グールドはこの晩節の録音を自身の集大成として位置付けていたのでしょうか?
グールドには、1981年の「ゴールドベルク変奏曲」を自身の集大成にするという意図はなくて、その後もいろいろなことにチャレンジしようと思っていたようです。この録音はレコード会社の希望だったと言いましたが、それも強く求めたというわけではなく、フランスの映像作家、ブリューノ・モンサンジョンによるグールドの映像作品制作の流れのなかで生まれたものです。その後グールドが亡くなったことにより、「ゴールドベルク変奏曲」に始まり「ゴールドベルク変奏曲」に終わるというひとつの伝説が形成されていったのだと思います。
――グレン・グールドの「ゴールドベルク変奏曲」は、かくして伝説になったと。
今年は海外盤として、1981年の「ゴールドベルク変奏曲」のレコーディング・セッションにおけるすべてのテイクや、グールドとエンジニアとのやり取りなどを収録した『バッハ:ゴールドベルク変奏曲1981未発表レコーディング・セッション・全テイク』が発売されます。日本ではこれにライナーノーツの翻訳や解説を掲載したブックレットを添付して販売します。
また、日本盤ではほぼ40年ぶりに「ゴールドベルク変奏曲」をアナログ盤としても復刻しますが、これはグールドの4種類の「ゴールドベルク変奏曲」を6つのバージョンでアナログとして発売するというものです。
Recording Glenn Gould’s 1981 Goldberg Variations – with Richard Einhorn
――グレン・グールドは1982年10月4日に50歳で亡くなりますが、死因は脳卒中なので、まさかこの歳で自分が死ぬとは思っていなかったのかもしれませんね。
晩年という意識はまったくなかったと思います。「ゴールドベルク変奏曲」のあとには、R. シュトラウスのピアノ・ソナタを1982年の7月と9月に録音していますし、同時期に自らの指揮でワーグナーの「ジークフリート牧歌」も録音しています。グールドが指揮した録音は、結局この「ジークフリート牧歌」1曲しか残されませんでしたが、これからは指揮にも挑戦したいと思っていたはず。音楽家としてはまだまだやりたいことはたくさんあったんだと思います。ただ、ピアニストとしてのキャリアはそろそろ終わりに差し掛かっているという自覚はあって、バッハの鍵盤作品のつづきやベートーヴェンのピアノ・ソナタの残りを録音することも検討していたようです。
――グレン・グールドのディスコグラフィにはバッハ以外にも優れた名盤がたくさんありますが、彼のピアニズムがとりわけいきたレパートリー、録音にはどんなものがあるのでしょう。古澤さんのお気に入りのアルバムも教えてください。
1980年から1981年にかけて録音された『ハイドン:最後の6つのピアノ・ソナタ』は素晴らしい演奏ですね。ハイドンのピアノ・ソナタには決定盤と呼ばれるようなものはあまりないのですが、グールドのこの録音は古典派の演奏スタイルなど無視した痛快な演奏で、際立った個性を感じます。このハイドンは「ゴールドベルク変奏曲」と同じくデジタル録音で、記録を見ると「ゴールドベルク変奏曲」のレコーディング最終日にハイドンの録り直しをしていることがわかります。
それから1961年録音の『R.シュトラウス:イノック・アーデン』。ドイツの詩人、アルフレッド・ロード・テニスンの詩の朗読にピアノ伴奏を付けた作品で、ピアノは情景を描写したり人物の心情を表わしたりと、いわば物語の雰囲気を規定する役割ですが、ここでのグールドのピアノは極めて雄弁です。グールドはR.シュトラウスが大好きで、オペラの「エレクトラ」や「カプリッチョ」を全曲ピアノで弾けるほどのマニアでしたが、その入れ込みぶりが、この録音にも出ています。今回は、初めて語り部分の日本語訳を付けた形でのリリースとなります。
1971年に発売された『バード&ギボンズ:作品集』は、イギリスのヴァージナル(チェンバロと同じアクションを持つ小型撥弦鍵盤楽器)用の作品をピアノで弾いた異色のアルバムですが、実はグールドお得意のレパートリーで、彼のコンサートはバードの作品を最初に弾くのが通例でした。昔風の印刷物を模したジャケットも手が込んでいて、1970年代のコロンビア・レコードの優れたデザイン力の賜物です。
1973年録音の『ワーグナー/グールド編:ピアノ・トランスクリプションズ』も忘れられません。ワーグナーのオーケストラ曲をグールドが自分でピアノ用に編曲したものですが、特に「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲の複雑な声部を鮮やかに弾き分ける手腕は、バッハ録音と並び、実に見事です。
あとは、グールドのカナダ人としてのアイデンティティが感じられる『20世紀カナダの音楽』ですね。グールドは「北の理念」と題するラジオドキュメンタリーを自ら制作するほどに、カナダやそこに住む人々に深い愛情を抱いていました。
――今回の『グレン・グールド 90/40』は盛りだくさんのラインナップですね。日本独自企画とのことですが、世界のなかでも日本には特にファンが多いのでしょうか?
グールドは音楽ファンにとってもレコード会社にとっても大切な存在です。今回のアニバーサリーにあたって、海外での企画は『バッハ:ゴールドベルク変奏曲1981未発表レコーディング・セッション・全テイク』のリリースのみだったので、それならグールドファンの多い日本では独自企画で何かやろう、と考えたのが出発点です。
今回の企画で重要なポイントのひとつは、グールドが生前コロンビア・レコード~ソニー・クラシカルに残した全録音が国内盤で入手できるようになることです。『グレン・グールドの芸術』として2022年9月から2023年2月まで毎月10タイトル、トータルで60タイトルをリリースしますが、これに『ベスト・クラシック100極』シリーズのカタログを加えると、すべての録音が揃います。これほどの規模のリリースは四半世紀ぶりのことで、配信が主流になりつつある時代ですので、グールドの全録音をCDという形態で出すのはこれが最後になるかもしれません。
よく知られているバッハ、ベートーヴェン、モーツァルト以外に、シベリウス、プロコフィエフ、ヒンデミット、シェーンベルクなど、幅広いレパートリーをお聴きいただけます。今回はアメリカのオリジナル盤のライナーノーツを日本語にしたものを掲載して、オリジナルの発売順にリリースしていきますので、時代を追いながらグールドの芸術に触れていただくことができます。
――先ほどお話に上がったグレン・グールド秘蔵音源シリーズはどういったものなのでしょう?
今回リリースされる秘蔵音源の3タイトルは、海外盤では既に出ていましたが、国内盤でのリリースは初めてとなります。
『グレン・グールド秘蔵ライヴ』には、グールドが一番好きだった指揮者、ヨーゼフ・クリップスとのベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」が収録されているのがポイントです。また、ライブでのグールドはスタジオ録音とはまた別の魅力があります。会場の聴き手を惹き付ける強烈な磁力を発散しているようです。
『若き日のグレン・グールド』と題されたアルバムには、コロンビア・レコードと契約する2年前の1953年に、当時創設されたばかりのホールマーク・レーベルに録音した音源が収められています。ベルクのピアノ・ソナタや、友人のヴァイオリニスト、アルバート・プラッツとのロシア小品集のほか、グールドの先生であったチリ出身のピアニスト、アルベルト・グレーロによるバッハの「イタリア協奏曲」も収録されています。グレーロのバッハは少しマニアックですが、グールドのピアニズムがどのように形成されたのかを知る手掛かりとなる貴重な音源です。
最後は、先ほどお話ししたカナダ放送協会による『バッハ:ゴールドベルク変奏曲&4つの前奏曲とフーガ(1954年&1952年CBC放送録音) 』。この3枚がグールド秘蔵音源シリーズとなります。
――映像作品もリリースされるのでしょうか?
映像では、先ほどもお話ししたブリューノ・モンサンジョン監督によるグールド最晩年の映像作品『グレン・グールド・プレイズ・バッハ』が初Blu-ray化されます。この映像作品は「ゴールドベルク変奏曲」「フーガの技法」「パルティータ第4番」などの重要作品でグールドのバッハ演奏をじっくり映像で見ることができる点がポイントなのですが、演奏に先立ってモンサンジョンとの対話が収められています。この対話部分はふたりが自然に喋っているように見えるのですが、実は台本があって、事前に細かいところまで話の流れが構成されているのです。早口で、しかも小声で喋るグールドが見ものです。日本語字幕が付いていますので、その早口にも付いていけますよ(笑)。
――グレン・グールドはいかにも近寄り難い、天才肌の気難しい人というイメージがありますが、映像を見ると知的でユーモアもある人物だとわかりますね。
グールドがコロンビア・レコードからデビュー後、25周年を記念して1980年にリリースされた『シルヴァー・ジュビリー・アルバム』には「グレン・グールド・ファンタジー」と題されたラジオ番組風の劇が収められています。グールドがいろいろな架空のキャラクターになりきって持論を語るこの作品は、特にグールドのユーモアや多才さを感じられるものです。
――『グレン・グールド 90/40』には「ゴールドベルク変奏曲」を収録したアナログ盤6点も含まれています。近年、若い世代の間でアナログレコードがブームになっているので、このアナログ盤は待望のリリースですね。今回のアニバーサリーを通してグレン・グールドの魅力を知る若い音楽ファンも多いかと思いますが、『グレン・グールド 90/40』がこれからのグレン・グールド受容に果たす役割はどのようなものだとお考えでしょうか?
ソニーミュージックのクラシックとジャズのストリーミングにおける人気トップ3はグールド、ヨーヨー・マ、マイルス・デイビスです。配信で聴いている人のなかには、グールドについて詳しく知らない人もいるはずです。今回、アルバム以外にもアクリルスタンドなどのグッズを制作したのですが、それは少しでも新しいグールドファンを増やしたいという思いがあってのことです。グールドのことをまだよく知らないけれど興味はあるという若い世代にも、積極的にアピールしていきたいですね。
文・取材:八木宏之
公式サイト
https://www.sonymusic.co.jp/artist/GlennGould/
 
『グレン・グールド 90/40』特設サイト
https://www.sonymusic.co.jp/artist/GlennGould/page/9040
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