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担当者が語る! 洋楽レジェンドのココだけの話

a-ha【前編】ぽっと出の一発屋ではなく現在も世界規模で人気のバンド

2022.10.25

世界中で聴かれている音楽に多くの影響を与えてきたソニーミュージック所属の洋楽レジェンドアーティストたち。彼らと間近で向き合ってきた担当者の証言から、その実像に迫る。

今回のレジェンドは、1985年の大ヒット曲「テイク・オン・ミー」で一躍名を馳せ、80sを代表するポップバンドとして知られているa-ha。結成40周年の今年は、彼らの軌跡を辿るドキュメンタリー映画『a-ha THE MOVIE』が公開され、10月26日には新作アルバム『トゥルー・ノース』を発表するなど、今なお精力的な活動ぶりを見せる。そんな彼らの、ポップアイコンとはまた違う、バンドとしての本質的な魅力とは。ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル(以下、SMJI)の担当者に聞く。

前編では、「テイク・オン・ミー」のヒットの裏側と、a-haの本質な魅力を探っていく。

a-ha アーハ

(写真左から)マグネ・フルホルメン(キーボード、ギター)、モートン・ハルケット(ボーカル、ギター)、ポール・ワークター=サヴォイ(ギター)。1982年に結成されたノルウェー出身のポップロックバンド。1984年、「テイク・オン・ミー」でデビュー。翌年、全米チャート1位、全英チャート2位を獲得する大ヒットとなる。その後、1987年に映画『007/リビング・デイライツ』の主題歌をリリースするなど、一躍人気バンドとなる。2022年10月26日、新作アルバム『トゥルー・ノース』をリリース。

  • 道島和伸

    Michijima Kazunobu

    ソニー・ミュージックレーベルズ

a-haがアイドルを脱した『メモリアル・ビーチ』の宣伝を担当

若かりし日のa-ha(『a-ha THE MOVIE』より)©MOTLYS, FENRIS FILM, KINESCOPE FILM, NEUE IMPULS FILM 2021

──まずは、道島さんとa-haとの関わりから聞かせてください。

僕は今年の4月にソニー・ミュージックレーベルズに入って、ミューズ、フォールズなどのロックバンドを担当しています。以前はワーナーミュージック・ジャパンにおりまして、1992年の入社からずっと洋楽を担当してきました。a-haはワーナーミュージック時代に何作か担当していたこともあって、今回ソニーミュージックから新作が発売されるということで、自分が担当をしています。

──では、a-haを長く担当されてきたんですね。彼らの音楽は、1980年代のデビューのころから聴いていましたか?

はい。思い出話的に言うと、「テイク・オン・ミー」が出たころは中学生ぐらいでした。初期のアルバムはティーンエイジャーのころに聴いていて、好きなバンドでした。

──仕事で携わるようになったのはいつのタイミングだったんですか?

僕は1992年から1998年まではラジオのプロモーターをしていて、1999年から洋楽のディレクターをやっていたんですが、a-haを最初にプロモーションしたのが、5枚目の『メモリアル・ビーチ』(1993年)というアルバムでした。a-haがアイドルを脱したころのアルバムで、曲も割と渋めのものが多かったですね。当時僕は、シングルカットされた「ダーク・イズ・ザ・ナイト・フォー・オール」という曲を、一生懸命ラジオ局にプロモーションしてました。

a-ha - Dark is the Night for All (Official Video)

──担当されたなかで、特に印象深い作品というと?

a-haは、1990年代の中ごろに休止期間があって、2000年に『遥かなる空と大地』というアルバムを発表して再始動したんです。内容もとても良かったですし、担当ディレクターになって“遥かなる空と大地”という邦題を大胆に付けまして(笑)、このアルバムはすごく思い入れがあります。僕は邦題を付けるのが好きなんですよ。ヨーロッパで大ヒットした「サマー・ムーヴド・オン~果てしない夏」という曲も、僕がサブタイトルを付けました。

それからa-haは、アルバム『ライフラインズ』というアルバムを2002年に出したあと、ユニバーサル ミュージックに移籍するんですが、それからしばらくして、2020年にワーナーミュージック・ジャパン時代の楽曲を網羅した企画盤『グレイテスト・ヒッツ-ジャパニーズ・シングル・コレクション-』を手掛けました。『ジャパニーズ・シングル・コレクション』はSMJIの佐々木洋さんの大ヒット企画ですが、当時から佐々木さんを知っていたので、2020年3月に予定されていた、a-haの10年ぶりの来日記念盤として作らせてもらえるか相談したところ、快諾いただいたんです。

a-ha『グレイテスト・ヒッツ-ジャパニーズ・シングル・コレクション-』トレーラー映像

──SMJI発の『ジャパニーズ・シングル・コレクション』がレーベルの垣根を越えたんですね。

そうなんです。これが結構ヒットしたんですね。ただ来日記念盤は作りましたが、コロナ禍になって結局a-haは来日できなくなってしまったんです。2020年3月の来日予定だったので、入出国も厳しい時期で、結局来日は実現しませんでしたね。

実はぽっと出の一発屋とは違う

──では、これまでのa-haの活動を振り返っていきたいと思います。正直なところ、彼らには「テイク・オン・ミー」の一発屋という印象を持っている人も多いかもしれないです。

まず言いたいのは、a-haは実はぽっと出の一発屋とは違うんですってことですね。確かにアメリカでは一発屋と思われているのかもしれないですが、ヨーロッパでは大スター、南米でも大スター、日本ではコアなファンの方たちがついているという、現在も世界規模で人気のバンドなんです。

──そんなa-haの魅力を、彼らの歴史を辿りながら聞かせてもらえますか。

もともとa-haは、ギターのポール・ワークター=サヴォイとキーボードのマグネ・フルホルメンという幼なじみのふたりに、ボーカルのモートン・ハルケットが加わって、1982年に結成されたバンドです。彼らはノルウェーから、成功を期して、海を渡ってイギリスで活動をするんです。

──ノルウェーから世界を目指すというのは、当時としては珍しいですよね。

当然、彼らとしては成功するビジョンがあったと思います。ですが、イギリスで活動しながらもブレイクするまで順調ではなかったんです。デビュー曲の「テイク・オン・ミー」自体、1度リリースしたけど録り直してるんですよ。その録り直した音源で、やっと成功したんです。

『a-ha THE MOVIE』より ©MOTLYS, FENRIS FILM, KINESCOPE FILM, NEUE IMPULS FILM 2021

──最初から自分たちの音楽にこだわりが強いバンドだったんですね。

そうなんです。ただルックスが良かったので、レコード会社もそこを前面に出したプロモーションをするわけじゃないですか。なので、1980年代はアイドル的に捉えられてしまったんです。音楽的にも、「テイク・オン・ミー」が例外と言っても良いくらい、比較的マイナー調の曲が多いバンドなんです。

──1985年のデビューアルバム『ハンティング・ハイ・アンド・ロウ』からそうした傾向はありました。

はい。メロディの立ったマイナー系の曲というのは日本人に好かれるんですよね。それも彼らが日本で人気が高い理由のひとつです。彼らは、本人たちの意思に反してポップバンドというイメージのまま活動をつづけていたわけですが、1990年代に近付くと自分たちの音楽を追求するために以前と違った作品を出すようになっていくんです。なので1990年代から2000年代以降は、大人のポップスを聴かせるグループになっていきます。

──透明度の高いメロディと哀愁感は、日本人が想像する北欧のイメージにも通じますよね。道島さんから見て、a-haの一番の魅力はなんだと思いますか?

良いメロディを書くバンドというのはもちろんなんですが、なんと言っても一番の強みはモートンというシンガーの存在ですね。本当に澄み渡るような、癒しを与える素晴らしい声なんです。優れたサウンドと声が、a-haという存在を唯一無二にしていると思いますね。

──デビュー時からメンバーが変わっていないというのも珍しいです。

そうなんですよ。モートン、ポール、マグネというメンバー3人で、1980年代から現在に至るまでずっと活動している。しかも成功しつづけているわけですからね。そういうバンドってすごく限られているじゃないですか。a-haは3人のパワーバランスが均等で、しかも完璧主義者揃いなんです。だから、当然ぶつかり合いもあるんですよ。1990年代の中盤は、それぞれで活動をしていた時期もあります。モートンも1995年に『ワイルド・シード』というソロアルバムを出したりしました。

でも、時間が経つとまた一緒に作品を作るんですよね。2010年に解散を宣言したんですけど、5年で再結成して、2015年に『Cast in Steel』というアルバムを作るんですよ。キャリアの長いバンドなら、5年くらい間が空くのはよくある話じゃないですか。なので実際のところは、解散というより休止くらいのイメージで、実質40年間くらいずっと一緒にやってるんです。そして今回、ニューアルバム『トゥルー・ノース』をリリースしたというのが、a-haのこれまでの流れですね。

最初のリリースは、全然違う「テイク・オン・ミー」

『a-ha THE MOVIE』より ©MOTLYS, FENRIS FILM, KINESCOPE FILM, NEUE IMPULS FILM 2021

──a-haを成功に導いたのは、やはり「テイク・オン・ミー」という楽曲の存在が大きいです。先ほど、録り直したという話がありましたが、この曲が大ヒットに至るまでにどんなことがあったんでしょうか。

ノルウェーからイギリスに渡った3人が、デビュー曲として発表したシングルが「テイク・オン・ミー」です。1984年に1回目のバージョンをリリースしたんですが、これはファーストアルバム『ハンティング・ハイ・アンド・ロウ』で組んだトニー・マンスフィールドのプロデュースでした。このバージョンは、いわゆる8ビットサウンドみたいな感じで、めちゃめちゃ音がチープなんですよ(笑)。僕らが知ってる「テイク・オン・ミー」とは全然違うんです。ミュージックビデオ(以下、MV)もあるんですけど、それも残念な感じなんです。

それで、リリースしたもののあまりヒットしなかったんですね。a-haの3人も、自分たちの思った仕上がりじゃないと感じてたんだと思います。それで彼らは、この楽曲は絶対に自分たちを成功に導く楽曲だと信じて、新たにアラン・ターニーというプロデューサーでレコーディングし直したんです。

さらにアメリカのワーナー・ブラザースが、スティーブ・バロンという有名なビデオ作家を連れてきて、僕らもよく知ってるあのMVを作ったんです。そうやって1985年に2回目のリリースに至って「テイク・オン・ミー」が、ご存じの通りの大ヒットになったんです。

a-ha - Take On Me (Official Video) [Remastered in 4K]

──スティーブ・バロンは、マイケル・ジャクソンの「ビリー・ジーン」、ダイアー・ストレイツの「マネー・フォー・ナッシング」、TOTOの「アフリカ」「ロザーナ」などを手掛けた、まさに1980年代を代表するMV監督です。そんな彼の作った「テイク・オン・ミー」のMVは、アニメーションと実写がミックスした作品で、発表された当時はインパクトが強かったですね。

今では1980年代の一番有名なMVと言っても良いくらいですよね。映像も斬新でストーリーが良かった。さらに彼らのルックスもすごく良い。そういう意味では、彼らはMTV世代に売れるべくして売れたグループだったんだなと思いますね。

──現在では、MVも、イントロのシンセサイザーのフレーズも、1980年代を象徴するものとして受け継がれています。

そうなりましたね。いやぁ、いきなりデビュー曲を世界規模で大ヒットさせてしまったというのは本当にすごいことですよ。そもそも彼らの母国語は英語ではないですし。彼らには、絶対世界で成功するという並外れた強い意志があったんだと思います。彼らほど有名になったノルウェーのバンドは、その後ほとんどいないですし。

そういう意味では、ポールとマグネという名ソングライターが、モートンという素晴らしいシンガーを見付けたというのが奇跡的だった。3人のケミストリーがすごかったんでしょうね。ただ、デビューでいきなり大ヒットしてしまったがために、彼らは十字架を背負うことになってしまったんです。デビュー曲が十字架になるというのはよくあるパターンですけど、その最大級でしょうね。

後編へつづく

文・取材:土屋恵介

リリース情報


 

『トゥルー・ノース』
20220年10月26日(水)発売

(通常盤)

試聴・購入はこちら
 

 
『a-ha THE MOVIE』(Blu-ray)
2022年12月2日(金)発売
5,280円
販売元:ハピネット・メディアマーケティング
©MOTLYS, FENRIS FILM, KINESCOPE FILM, NEUE IMPULS FILM 2021
 

 
『a-ha THE MOVIE』(DVD)
2022年12月2日(金)発売
4,290円
販売元:ハピネット・メディアマーケティング
©MOTLYS, FENRIS FILM, KINESCOPE FILM, NEUE IMPULS FILM 2021

関連サイト

公式サイト
https://www.sonymusic.co.jp/artist/a-ha/
 
『トゥルー・ノース』特設サイト
https://www.110107.com/s/oto/page/a-ha_TN?ima=2939

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