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連載Cocotame Series

芸人の笑像

もじゃ:どんなキャラでも演じ切れるし、ウケなくても全然焦らない【後編】

2022.10.21

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ソニー・ミュージックアーティスツ(以下、SMA)所属の芸人たちにスポットを当て、ロングインタビューにて彼らの“笑いの原点”を聞く連載「芸人の笑像」。

第17回は、SMAでは数少ない女性芸人のひとり、もじゃをフィーチャー。真っ赤なスパンコールのボディコンスタイルも、強烈なキャラクターが登場するネタも、一見して“ただ者ではない”と思わせる。この異彩を放つピン芸人はどのようにして生まれたのだろうか。

後編では、芸人活動の第一歩となったコンビ結成の経緯や、今に繋がるマネージャーからの意外なひとこと、そしてこの先の野望を明かす。

  • もじゃ

    Moja

    1981年4月19日生まれ。岩手県出身。血液型B型。身長160㎝。体重85㎏。趣味:洗濯、ぶた麺を食べる。特技:マッサージ、生け花、即興コント。

ガンジー横須賀と“べっこちゃん”結成

前編からつづく)その後も、知り合いのツテで舞台に出たり、ミュージカルの旅公演をしている劇団や、ゲストを迎えてコメディをやる劇団と一緒に芝居をしたり……といろいろな経験をしたそうだ。元舞台女優、しかも演目はコメディ色の強いものだったと聞くと、見た目も行動もインパクトの強いキャラクターを演じ切って笑いを取る、現在の彼女の芸風にも納得がいく。

「やっぱり人を笑わせたり、自由に楽しくふるまえる役回りが大好きでしたね。フリーの役者時代に演じたなかで一番印象に残っている役も、野田秀樹さん作の『パンドラの鐘』で、野田さん自身が女装して演じていたヒイバア。いろんな登場人物にちょっかいを出しまくる役なんですけど、賞なんかもいただいて、すごく楽しかったのを覚えてます」

当時から体当たりのインパクトの強い芝居で笑いを取るのが得意だったもじゃは、周りの役者からも「いっそ芸人になったら?」と言われることは多かったそうだ。

「『WAHAHA本舗にいそうな役者だね』って言われてましたね(笑)。でも、私は本当に面白いお笑い芸人たちを子どものころからテレビで見ていたから、私なんかがまさか! と思ってました」

そんなふうに、さまざまな小劇場の舞台を渡り歩くフリーの女優は、当然のごとく役者としては食べていけない。27歳から30歳までの3年間は女優業を離れ、マッサージ師のアルバイトをしていた時期もあったという。

「そのときは、ほぼ週7日働いてたんですよ。そうすると遊ぶ時間がないから、貯金もどんどん増えていって生活は豊かになりました。そんなときに、元芸人の方が主宰する劇団に誘っていただいたんです。そうなると、やっぱり舞台が恋しくて、また女優業を再開しました」

元芸人が主宰する劇団だけあって、共演者にもお笑いが得意な人がたくさんいた。この女優復帰作で、もじゃはある人物と運命的な出会いを果たす。それが、ピン芸人になる前に組んでいた男女コンビ“べっこちゃん”の相方となるガンジー横須賀だった。

「一緒のお芝居に出たとき、お互いがそれぞれ笑わせる感じの役をやったんです。でもガンジーさんは、本当に型破りな人だったから、常識の範囲外の行動をする。強烈なインパクトを受けまして、“私じゃこの人に勝てない!”と思ったんです。それがすごく悔しくて。だから、どうやったらガンジーさんより面白くなれるんだろう? と悩んでいたら、向こうからコントのユニットを組んでみないかと誘ってくれたんです。芸人に憧れはあったけど、自分ひとりでなる勇気はなかった。だけど “あっ、こんなに面白い人と組めるんだったら、ちょっとお笑いをやってみようかな”と思ってOKしました」

もじゃ30歳、ガンジー横須賀32歳の2011年4月、べっこちゃんが結成された。彼らと一緒に劇団に出ていた、“膝バスケ”“膝ドリブル”のネタで知られるお笑いコンビ・ぷらすわんが名付け親だ。

「そこからしばらくはフリーライブに出たりしていたんですけど、やっぱりどこか事務所に入ったほうが良いだろうとなって……でも、ふたりとももう30歳を過ぎていたんで、どこの事務所も採ってくれないんですよ。そんなときに、ガンジーさんの知り合いが、『SMAだったら年齢とか関係なく入れてくれるよ』と教えてくれまして、2012年ですかね、SMAに所属させてもらえることになったんです」

コンビを組んだものの、お笑い業界のことは何も知らなかったというもじゃ。女性芸人がもともと少なかったSMAだが、当時はどう感じていたのだろう。

「そうですねぇ……最初の印象は、なんかおじさんがいっぱいだなと。でも、私にとっては初めてのお笑い事務所なので、まぁそういうもんなんだろうな、どこもおじさんがいっぱいいるもんなんだろうなと思ってました。SMAって、入り方も変わってるじゃないですか。履歴書を出して説明をちょっと聞いて終わりだったので、自分たちが本当に所属できたかどうかもよくわかっていなくて。本当は、その月の事務所ライブに早速出なくちゃいけなかったんですけど、きっと後日、事務所のほうから合格、不合格の通知があるんだろうなと思っていたので、しばらくして『なぜライブに来ないんだ!?』と連絡が来て、慌てました(笑)」

もじゃが、相方・ガンジー横須賀を“型破り”と称した通り、ガンジー横須賀がネタ作りを担っていたべっこちゃんのコントも、相当型破りだった。もじゃも大のお気に入りだったという初期の「ジョンとヨーコ」というネタでは、風船を持ったジョン・レノンふうのガンジー横須賀とオノ・ヨーコふうのもじゃが、「ジョン、ジョン」「ヨーコ、ヨーコ」とひたすら名前を呼び合いながら意味のない会話を繰り広げるというシュールな光景を展開した。

「一番大変だったネタは、よくわからない島にレポーターが乗り込んでみたら、島の住人はすべてを“逆”にして暮らしていたというヤツですね。洋服は、下半身にTシャツを穿いて上半身にズボンを着て、しゃべる言葉もすべてが逆読み。私が島の住人役だったので、ちゃんと意味のあるセリフを、全部逆に覚えて言わなくちゃいけなくて。ガンジーさんが書くネタはどれも独特の世界観で、面白いと言う人とつまらないと言う人がハッキリ分かれたんですけど、私はものすごく面白かった。だから絶対にこれで売れたい! と思ってました」

独特のオリジナリティのあるネタは、『キングオブコント2021』チャンピオンの空気階段からライブ共演のオファーが来たりと、芸人たちには好評だった。だが結局、べっこちゃんは2019年10月、約8年間の活動に終止符を打つ。

「べっこちゃんで売れたかったですし、べっこちゃんのネタは大好きでした。でも、このまま売れずにつづけていくには、相方とあまりにもネタに対しての考え方に違いがあったというのが解散の理由です。ガンジーさんは、今はYouTubeもあるし、自分を曲げてまでテレビでウケることをやりたくはないとおっしゃっていて……。本当は解散したくはなかったんですけど、結局自分から言い出して、まるで大失恋でもしたみたいに大泣きしましたね」

ノリとパッションでピン芸人として加速

べっこちゃんに賭けていたもじゃは、コンビが解散するならSMAも出ていかなくてはならないし、芸人も辞めなくてはならないという覚悟を決めて、マネージャーの平井精一にべっこちゃん解散を報告しにいった。“来る者は拒まず、去る者は追わず”が、SMA NEET Projectの在り方だったからだ。しかし平井は意外な言葉をかけてくれたのだそうだ。

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「『解散はコンビ間のこともあるから、終わるのは仕方ない』とおっしゃったあとに、『でも君たちはふたりとも才能があるから、もうやりたくないということがなければ、このままそれぞれが芸人をつづけていったほうが良いよ』と言ってくれたんです。コンビ内でネタを書いてもこなかった私に、平井さんがそんな言葉をかけてくれたことがうれしかったですし、やっぱりお笑いはつづけたかった。

今、マツモトクラブさんと私と、“マンプクトリオ”というコントユニットを一緒に組んでくれている先輩のしゃばぞうさんも、『一度休んじゃうと二度とやらなくなるから、ピンでネタをつづけたほうが良いよ』とアドバイスをくれまして、解散した翌月にはピン芸人として事務所ライブにも出たし、自分主催の“あばずれライブ”も企画しました」

“あばずれライブ”とは、「どうせ新しく始めるなら、大きな花火をぶちあげないと!」と考えたもじゃが、いきなり10組の芸人とコラボし、新ネタを作っていくという、まるで壁打ち特訓のような自主ライブだった。思い立ったら実行せずにはいられない、彼女のノリとパッションで動く性格が、ピン芸人としての活動を加速させた。

「“あばずれライブ”は、すごく勉強になりましたね。ネタはどういうふうに作れば良いのかを知ることができましたし、自分が人と一緒にコントをやるのが好きなんだな、ということにも気付けました。誰かと一緒だと、自分では考えつかない役やキャラクターのバリエーションもできましたし、あのとき、思い切ってライブを企画したことが、今の自分のネタにもいかされてます」

ピン芸人であると同時に、SMA芸人たちともユニットを組んでいるもじゃ。先述の、『キングオブコント2021』出場をめざして結成されたマンプクトリオのほかにも、あっぱれ婦人会とのコラボユニット“もじゃぱれ婦人会” でYouTubeチャンネルで動画投稿をスタートさせるなど、精力的に活動。“異彩”は見逃されないのだ。

「どうやら私は、誘いたくなる人みたいで。もじゃがいるとネタが浮かびやすいと先輩方に言っていただけるのがうれしいです。マンプクトリオでマツクラ(マツモトクラブ)さんが私に書いてくれるのも、たいてい“いい女”役だったりするんですよ。あと、ピンのネタのときもそうなんですけど、舞台でいろんな役を演じてきたから、良いキャラでも奇妙なキャラでも照れないで演じ切れますし、ウケなくても全然焦ったりしないのが、逆に良いのかもしれないですね(笑)」

ところで、自身のピンネタのほうは、どのように育てて来たのだろう。

「ピンになりたてのころは、ネタの作り方がよくわからなくて、訳のわからないことばっかりやってたんです。でもコロナで自粛が始まったころですね、以前、NEET Projectにいらっしゃったモダンタイムス(現在はフリー)さんが、内々でネタ見せ会をやっていらして。しゃばぞうさんが、たまたまその日Beach Vにいた私に声を掛けてくれて、参加するようになったんです。そこで、自分が考えたキャラを見てもらったら、先輩方からいろんなアドバイスをいただけて、徐々に面白いと言ってもらえるネタを作れるようになりました。確か、この連載のあっぱれ婦人会の回で、あのふたりも“モダンタイムスさんのネタ会に運良く参加できた”みたいに言ってましたけど、あっぱれさんを誘ったのは私なんです!! そこはハッキリ書いておいてもらいたいです(笑)!!」

ネタを増やして、賞レースで頑張りたい

もじゃのネタと言えば、見どころはやはり個性的なキャラクターだ。学校の文化祭の委員になったかわいい声の女子学生が、3つの候補のなかからだしものを決めるのに生徒みんなに詰められてしまい、思わず父親の仕事であるダミ声の魚河岸のセリ口調になってしまうというネタでは、三つ編みセーラー服に黒縁の丸メガネでキャップ、というミスマッチな衣装でいっそうの笑いを誘う。

「キャラ作りで心掛けているのは、“いそうでいないキャラ”ですね。平井さんからも、良いネタはお客さんからの共感が大事だと教えていただいたので、やはり性別は自分と同じ女性が良い。じゃあどんな女性かというと、最初に衣装ありきで考えることもあります。こういう格好をしたい、じゃあどんな人にしようかな? とか。セーラー服の魚河岸の娘は、それまで試食販売のおばさんとか、交通整理のおばさんとか、おばさんネタが多かったので、若いキャラがやりたいな、そういえばレパートリーに学生がないな、というので思い付いたんです」

ちなみに、今の話に出てきた試食販売おばさんのネタは、「いらっしゃいませ~、ご試食いかがですか~とやってる試食おばさんのところに、別れた旦那がやってきて、すったもんだする」という、もじゃいわく「代表作的な強いネタ」なのだそうだ。

「ネタは思い付きを大事にしていますね。アルバイト中とか歩いてるときに、急にポーンとフレーズが浮かんだり、設定が浮かんだりするので、面白そう! と思ったら、すぐケータイにメモして、あとで振り返って作る感じです。セーラー服のネタも、出来上がるのは早かった。たぶん10分ぐらいで書けました。そもそも妄想好きなので、こういう状況で、こういう人がどうなったら面白いかな? と考えるのが楽しいんです。今、あっぱれ婦人会さんとやす子ちゃんの3組合同ネタライブを毎月やってるんですけど、ポンと浮かんだ新ネタって結構評判が良いんですよ。“もじゃぱれ婦人会”のほうは、お互いのネタを3人用にアレンジすることが多いので、今後は新ネタも増やして、賞レースでも頑張っていきたいです」

ピンネタだけでなく、ユニットコントもずっとつづけていきたいと言うもじゃ。芸人としてのネタ以外でトライしてみたいことを聞いてみると……。

「あわよくば食リポの仕事をやりたいですね。街ブラロケのリポーターとか。あとは……やっぱりお芝居ですかね。若いころの夢だった声優のお仕事もしたいです。もちろん舞台もやりたいですけど、演劇は稽古時間がすごく長いことをよく知っているので、ちゃんと売れてからゲストで出られたら良いなぁと。出番はそう多くなくても、怪物みたいな存在感のある役で、おいしいところを持っていけたら最高です(笑)」

もちろん賞レースでの活躍も、芸人なら誰もが望むところだ。唯一無二の存在感を放つもじゃなら、いきなりホームランをかっ飛ばすことも夢ではない。錦鯉も一昨年、この連載で『M-1』のグランプリ獲得への想いを語り、翌年、見事に優勝を勝ち取った。や団も一昨年のインタビューで、『キングオブコント』決勝進出宣言をして、今年、実現させた。このインタビューで夢を語ると実現するかも? と水を向けてみると……。

「そうなんですか!? じゃあ私も、賞レースで優勝するまで芸人は辞めません!! 40歳過ぎた女が芸人をつづけるのは大変だねと言われますけど、もうここまで来たら50歳とかでやってたほうが面白いじゃないですか。年をとればとるほどきっと面白いので、いつまででもやってやりますよ(笑)!」

文・取材:阿部美香

関連サイト

公式サイト
https://sma-owarai.com/s/beachv/artist/n059?ima=1301(新しいタブで開く)
 
Twitter
https://twitter.com/Moja0419(新しいタブで開く)
 
YouTube「もじゃちゃんねる」
https://www.youtube.com/channel/UCtEhWhz_hZkC1ORofqnv4KQ(新しいタブで開く)
 
YouTube「もじゃ&あっぱれ婦人会の【もじゃぱれ婦人会】」
https://www.youtube.com/channel/UC5DiffbDh9i9W9W-yJn-BNA(新しいタブで開く)

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