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連載Cocotame Series

技術者たち ~エンタメ業界が求めるエンジニアの力~

開発プロジェクトリーダー:技術ありきではなく、ファンありき――エンタメの世界で学んだモノづくりの精神

2022.12.16

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専門的な知識とスキルを持つ技術者=エンジニア。さまざまなエンタテインメントビジネスを手掛けるソニーミュージックグループにも、それぞれの分野で力を発揮するエンジニアが多数在籍している。

連載企画「技術者たち~エンタメ業界が求めるエンジニアの力~」では、そんなソニーミュージックグループのエンジニアに話を聞きながら、今、エンタメ業界で求められているスキルやこの業界で働くことの意義、悦びについて語ってもらう。

第2回は、ソニーグループ株式会社からソニー・ミュージックエンタテインメント(以下、SME)に出向し、現在は音楽ライブの自動撮影システム開発などに携わる中居佑輝に話を聞いた。

  • 中居佑輝

    Nakai Yuuki

    ソニー・ミュージックエンタテインメント

低コストのライブ配信を可能にする自動撮影システムを開発

──中居さんは、現在エンジニアとしてどのような仕事に携わっているのでしょうか。

SMEには、最先端の技術をさまざまなエンタテインメントに活用して新しいビジネスを生み出していくEdgeTechプロジェクト本部という部門 があります。私はそこで、音楽ライブに関するさまざまな課題をテクノロジーで解決する次世代ライブソリューションの技術開発を担当しています。

直近で取り組んでいるのは、音楽ライブを自動で撮影するシステムや移動カメラロボットなどです。こちらは、ソニー株式会社(以下、ソニー)、ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社(以下、ソニーセミコンダクタソリューションズ)、そしてSMEの3社による共同プロジェクトで、来年度からの事業化を目指してライブホールのZepp Haneda(TOKYO)、KT Zepp Yokohamaへの導入を進めているところです。

──どのようなシステムか、詳しく教えてください。

自動撮影システムは簡単に言うと、カメラに人がついていなくても音楽ライブを撮影できるシステムです。このシステムでは、独自開発したユーザーインターフェイスで無人カメラを制御し、ステージ上の被写体を追従撮影することができます。

また、そのユーザーインターフェイスの操作自体も自動化を進めていて、スイッチャー※が選択するカメラの情報をもとに、システムがアングルの配分を自動で計測。スイッチングごとに最良と思われるアングルを選択し、瞬時にカメラに提案することができるので、スイッチャーひとりで複数台のカメラを操作することが可能になります。このシステムでは、カメラに人がついていないとは思えないクオリティの撮影が可能となっています。

※映像制作の現場で複数のカメラの画面を切り替えるスタッフ。ライブではビジョンに映し出されるアーティストのパフォーマンスをより良く見せるために重要な役割となる。

カメラロボットについては皆さんも経験があるかもしませんが、ライブ中にステージ上で臨場感のある画を撮るために、カメラマンがステージにあがることがありますが、あれもライブ会場で観るとアーティストに被ってしまうことがあって、残念に感じるときがありますよね。でも、カメラロボットであれば、人のサイズよりは圧倒的にコンパクトなので、アーティストのパフォーマンス中、ステージ上でオーディエンスの目線を妨げることはありません。ライブはその会場にいるファンのものという思想で開発を進めています。

──複数台のカメラをひとりで操作できるということだけでも、ライブ撮影の現場に大きな変化をもたらせるものだと思いますが、ほかにはどのような特徴があるのでしょうか。

我々はこのシステムをライブ撮影に関係する部門や知見を持つ担当者、ライブや映像のクリエイターの方々にも意見をもらいながら開発しています。そこで得た気付きとしては、例えば、アーティストの顔や姿を正確に捉えて追従するだけではなく、ときにはあえてカメラを動かして映像に臨場感を持たせたり、観客越しの映像を撮るなど、いわゆるエモい画が撮れないとクリエイターの方々を納得させられない。延いてはファンの心に届く映像が撮影できないということです。

そのためこの自動撮影システムでは、手持ちカメラのようにあえて手ぶれをさせる機能やスピードを可変できるズーム機能などを搭載して、より人が撮っている画に近付けるようにしています。ここがこのシステムの特徴で、ほかの自動撮影システムとは異なるところです。

──ソニー、ソニーセミコンダクタソリューションズ、SMEの共同プロジェクトとのことですが、それぞれどういう役割になっていますか。

カメラロボットに関しては主にソニーセミコンダクタソリューションズ、自動撮影のAIやマルチカメラ制御技術はソニー、システム開発の全体を統括するのがSMEです。

──このプロジェクトはいつごろ、どういった狙いがあって立ちあげられたのでしょうか。

本格的にプロジェクトが立ちあがったのは約3年前ですね。当時は、まだコロナ禍が始まる前で、ライブビジネスは全国各地のライブ会場のスケジュールが埋まっていて盛況でした。対して収録、配信についてはコスト高がネックになって、まだビジネスとして定着していない状況でした。

そんななか、我々はテクノロジーの力で収録、配信にかかる手間とコストを大きく下げることによって、より多くのアーティストに気軽に音楽ライブの配信を実施してもらえるようにしたい。それにより、地理的制約を越えてより多くの人にライブエンタテインメントの魅力を届けたいと考え、プロジェクトがスタートしました。

──この自動撮影システムが導入されると、ライブ配信はどのように変わるのでしょうか。

コロナ禍になったことで、ライブ配信の需要が一気に高まりました。配信プラットフォームも複数登場し、環境が整備され、市場も急拡大しています。とは言え、まだまだ撮影、収録にはそれなりのコストがかかるので、安定的に配信を行なえるのは確実に収益が見込まれるアーティストやライブに限定されることが多いです。このシステムを提供することで、あらゆるアーティストが低コストでライブ配信ができる“配信の民主化”を実現できればと考えています。

将来的には自動文字起こしによる字幕機能を追加したり、Zepp以外のライブホールでも活用できるよう、持ち運び可能な大きさにダウンサイジングすることも考えていきたいです。

自動撮影システム&カメラロボットの詳細はこちら(新しいタブで開く)

入社3年目で出会った“師匠”からの学び

──エンジニアになるまでの道のりを聞かせてください。中居さんは、いつごろからプログラミングなど、今の職業に関連することに興味を持ちましたか。

中学生のころにはプログラミングに興味を持っていて、Hot Soup Processorというプログラミング言語やC言語を独学で触っていました。とは言え、当時は本格的なものではなく、興味のあるところを軽くかじった程度です。その後は、理工系の大学、大学院に進学し、“動的再構成可能プロセッサの形式的検証手法”について研究していました。

──動的再構成可能プロセッサの形式的検証手法ですか? 素人には、呪文のように聞こえます(笑)。

ですよね(笑)。端的に言うと、自動車のような人命に関わる製品は、事故にもつながるのでバグを出さないシステム設計が求められます。そのために上流工程からバグを防ぐ検証方法があって、それを動的再構成可能プロセッサに当てはめるという研究です……と言ってもわかりづらいですよね(苦笑)。あとは、学生時代にネットワーク系のアルバイトで、教員免許を更新するときに使用するeラーニングシステムを作ったりしていました。

──eラーニングシステムを制作するアルバイトがあるんですね。それは初めて聞きました。

結構良いアルバイト代がもらえるので、学生の身分では有難かったですね。

──就職先はどういう企業を検討しましたか?

ハードウェアのファームウェアなど、組込みソフトの開発ができそうな企業を志望しました。それで、ソニーにもエントリーしました。

──ソニーに入社してからは、どんな仕事を経験されたのでしょう。

主に業務用カメラ、メディカル系ソリューション、文教系ソリューションのソフトウェア開発を経験してきました。また、ソフトウェアの開発以外ではビジネスディベロップメント(事業開発)にも携わってきました。

──ソニーでの業務はいかがでしたか? 特に印象深かったことを教えてください。

印象深かったのは、人との出会いですね。私のエンジニアとしての礎ができたのはソニーに入社して3年目のこと。今でも師と仰ぐ素晴らしいエンジニアの上司との出会いがあったんです。私はその方から“エンジニアとはかくあるべき”という仕事に対する姿勢を学び、師匠に追い付きたい一心でものすごく勉強もしました。その経験があったからこそ、今の自分がいると言って過言ではありません。

──その方のどういったところに感銘を受けたのでしょうか。技術が優れているのか、発想力がすごいのか、それとも仕事に対する姿勢が素晴らしいのでしょうか。

「この人、化け物だな」と思ったことは何回もありますね。頭の回転が早くて、知識も豊富。プログラミング言語の分厚い参考書の第1版と第2版の、どこがどう違うのかを把握していて、間違いがあればそれまで指摘するのです。その上、プロジェクトで何か課題があれば、周りの人が思い付かないような解決策が瞬時に出てくる。しかも、それを自分で実行する力もあるんです。

そう言うと天才肌のエンジニアと思われるかもしれませんが、実はものすごい努力の人。その姿を見て自分も頑張るのですが、追い付こうとすればするほど、その人の偉大さがわかってくる。最初は壁が見えていないのですが、その人に一歩近付いたと思うと「あ、こんなに高い壁を登ってたんだ」と気付くということの繰り返しでしたね。ちなみに、私の見てきた範囲ですが、こういう異才を放つ人たちは、大抵ものすごい量の本を読んでいるので、彼らがおすすめする本は私も必ず読むようにしていますし、そういった姿勢も継続するようにしています。

ソニーミュージックグループが大切にするファンベースのモノづくり

──そんな中居さんも、2022年1月よりソニーからの出向でSMEに在籍しています。ソニーグループ内でこういった人事交流はよくあることなのでしょうか。

そうですね。実際、私以外にもソニーからソニーミュージックグループに出向してきたエンジニアが複数いますし、エンタメ業界でもいろいろな分野でエンジニアの力が求められているので、こういう動きはより活発化するのではないかと思います。

──中居さんはSMEへの出向を自ら希望したということですが、それは先ほど話に挙がった自動撮影システムを開発するためということでしょうか。

映像クリエイターやライブ関係者の方々の意見を聞いて、現場の熱量を感じながら開発するには、やはりSMEで取り組んだほうが効率的だと思ったので出向を希望しました。

それともうひとつ大きな理由があって。先ほどのエンジニアの師匠との出会いと同じなのですが、SMEでこのプロジェクトに一緒に取り組んでいる人に魅力を感じたからです。

SMEからこのプロジェクトに参加している人たちは、ともかくファンの方を喜ばせることが第一で、そのために何が必要かを常に考えています。それこそ先ほど話に出た、自動撮影システムについてもプロジェクトの初期段階からカメラの追従性がどうとか、画質がどうとかではなく、どうやったらエモい映像を自動で撮れるか、現場にはまるか、そこにフォーカスしていて。それができないなら、どんなに立派なシステムでも使えないという考えでした。

また、プロジェクトへの取り組み方もこれまでのやり方とは真逆で。これまでは、新商品を開発するとなると、当然、最初に“こういう新技術を取り入れた、こんなものを作る”と決めて、そこに向かって開発スケジュールを組み、チームで動いていきました。でも、SMEの人たちは超現場主義なので、その場で誰かが困っていたら、それを解決するための新しいソリューションを考えて“すぐに作っちゃおう”となる。間違っていたらすぐに軌道修正して、当初、思い描いたものとはまったく別のものができているなんてこともあります。

エンタテインメントに対して、これだけの熱量と現場の知見を持っている人たちとの出会いは衝撃的なものでした。「こういう価値観もあるんだな」とすごく新鮮に感じたのを覚えています。

──ソニーミュージックグループでは“こういうものが欲しい”というニーズありきの取り組みが主流なんですね。

私もまだSMEでの職歴が1年に満たないので、すべてがそうだとは言えませんが、ソニーミュージックグループでは、ビジネスの根幹にファンベースの考え方が常にあると思います。エンタテインメントを生み出すのはアーティストやクリエイターですが、そこから生み出されたコンテンツの先にいるのはファンですよね。その商品、サービスでファンを楽しませることができるのか、喜んでもらえるのか。その視点がないと、結果的にビジネスとして成功しないということが、みなさんわかっているのではないかと思います。

──実際にSMEで働いてみて感想はいかがですか?

先ほど言ったような文化の違いは感じましたが、働きやすいですね。コンテンツを生み出す現場の方々と会話して、“違う”と思ったらすぐに軌道修正ができますし、開発チームとクリエイターの距離感がとても近いんですよね。エンタメ業界ならではの個性的な人もたくさんいるので、刺激を受けながら楽しく仕事をしています。

──中居さんがそうだったように、エンジニアを目指す方はメーカーやIT企業を志望するケースが多いのではないかと思います。ソニーミュージックグループのようなIPやサービスを生み出す企業に、エンジニアが入社する意味や価値はどこにあると考えますか?

やはり手掛けるビジネスの根幹がエンタテインメントなので、ひとつのプロジェクトに携わるエンジニアの人数は開発を生業にしている企業のように多くはありません。その分、自分が携わっているプロジェクトの全体像が把握できますし、役割も明確なので、そういう働き方を目指したい人には意味を見出せると思います。

あとは、相手の顔、リアクションを見ながら仕事をするのも特徴です。自分が手掛けたシステムが誰の手に渡って、どういうふうに使われるのか。喜んでもらえているのか、楽しんでもらえているのかを肌で感じられます。こういった熱量を感じながら仕事をしたいという人には価値を感じられると思います。

社会の変化を見据え、トレンドを捉えた事業開発を目指して

──エンタテインメント業界で、今、エンジニアが足りていないのはどういった領域だと思いますか?

ここ数年、メタバースがバズワードになっています。メタバース空間で生活する人が出てきたり、そこに新しい社会やコミュニティが生まれつつあるというところまできました。現実空間では新しいエリアが開発されると、ショッピングモールなどができて、次にエンタテインメントの要素、映画館、ライブ会場などができてきます。それは仮想空間も同じであると考えられ、そうなると、メタバース空間でのイベント制作が重要な要素になってくると思います。

その上で、ライブ制作でいうと現実空間のセットをそのまま持ってくることはできないので、仮想空間に最適化した技術が必要です。ステージセットはCGで作る必要がありますし、照明、音響、特効も考えなければなりません。現状では、そういうことを実現できるエンジニアが少なく、メタバースの住民がひとりで全部こなしているというような場合もあるようです。なので、エンタメのノウハウをメタバースに持ち込めるスキルがあると、重宝されるのではないかと思います。

──エンジニアはコンテンツについて、クリエイターはテクノロジーについて、それぞれ知見が足りていない部分があるということかもしれないですね。もう少しそこのクロスオーバーが進むと、メタバース空間でももっと面白いエンタテインメントが生まれてきそうです。

エンタテインメントのフィールドも広いですから、エンジニアとクリエイターどちらの視点に立っても、すべてを同じレベルで共有するのは難しいと思います。でも、幸いなことにソニーグループには、両方のプロフェッショナルがいます。私がソニーから出向してきたように、お互いの現場を見て、刺激し合うことで新しいエンタテインメントソリューションを生み出すことは可能だと思います。

実際、ソニーには使い道が定まっていないものの、何かと掛け合わせれば輝く技術がたくさん眠っています。それをソニーミュージックグループの人たちに伝えられたら、また新しいビジネスアイデアが生まれるのではないかと思います。個人的には、そういった役割も果たせていけたらと考えています。

──最後に、中居さんが今後SMEでチャレンジしたいことを教えてください。

私は誰かに企画されたものをただ単に作るのではなく、ソニーグループ、延いては社会に貢献できる事業を作りたいと思っています。そのためには、エンジニアリングだけを担っているのでは不十分。今、世の中には5G、AI、ロボティクスなどさまざまなテクノロジーがありますが、こうした技術が生まれた背景には社会の変化があります。その全体像を掴んだ上でトレンドをしっかり捉え、“だからソニーグループはこういう取り組みを行なっていきます”と考えられるエンジニアになりたいですね。

文・取材:野本由起
撮影:干川 修

関連サイト

ソニーミュージックグループ コーポレートサイト
https://www.sme.co.jp/(新しいタブで開く)
 
ソニーミュージックグループ コーポレートサイト 採用情報
https://www.sme.co.jp/recruit/(新しいタブで開く)
 
STEF(Sony Technology Exchange Fair)
https://www.sony.com/ja/SonyInfo/technology/activities/STEF2022/(新しいタブで開く)
 
Sony Music | Tech Blog
ライブの興奮をそのまま伝える自動撮影システムのカメラ制御に求められるものとは?
https://tech.sme.co.jp/entry/2023/04/06/203000(新しいタブで開く)

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