左からゲオルグ・ハレンスレーベンさん、アン・グットマンさん
左からゲオルグ・ハレンスレーベンさん、アン・グットマンさん
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クリエイター・プロファイル

『リサとガスパール』原作者の思い①―― 25年もつづけられるとは思っていなかった

2024.09.05

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1999年の原作誕生から25周年を迎える『リサとガスパール』の著者、アン・グットマンとゲオルグ・ハレンスレーベンをクローズアップ。9年ぶりに来日した夫妻に、作品に込めている思いを聞いた。

前編では、絵本の制作プロセスや25年間の変化、最新刊『リサとガスパール ルーブルびじゅつかんへいく』の創作秘話について語る。

※本記事は、ソニー・クリエイティブプロダクツが『リサとガスパール』の著者、アン・グットマンとゲオルグ・ハレンスレーベンを招いて開催したメディア合同取材と、Cocotame編集部の独自インタビュー取材から構成されています。

  • アン・グットマン プロフィール画像

    アン・グットマン

    Anne Gutman

    1970年フランス生まれ。小説家だった父の影響で、絵本の創作活動を始める。出版社でデザインの仕事をしているときにゲオルグ・ハレンスレーベンと出会い、結婚。1999年、夫妻で「リサとガスパール」シリーズを立ち上げる。 本シリーズでは、ストーリーとブックデザインを手がけている。

  • ゲオルグ・ハレンスレーベン プロフィール画像

    ゲオルグ・ハレンスレーベン

    Georg Hallensleben

    1958年ドイツ生まれ。幼いころから水彩画に親しみ、大学卒業後はローマで画家として活動を始める。パリでアン・グットマンと知り合い、結婚。「リサとガスパール」シリーズ以外に、「ペネロペ」シリーズや『イザベルと天使』『こぎつねはたびだつ』など多数の作品を生み出している。「リサとガスパール」シリーズでは絵を担当。

『リサとガスパール』

『リサとガスパール』キービジュアル

好奇心いっぱいの女の子・リサと、優しくてナイーブな男の子・ガスパール、ふたりの日常を描いた絵本シリーズ。1999年にフランスで6冊の絵本が刊行され、2000年に日本上陸。ブロンズ新社から、石津ちひろの翻訳で絵本の刊行がスタートした。2000年代に百貨店や製パン会社のイメージキャラクターに起用され人気キャラクターの仲間入りを果たす。2023年からは、河出書房新社より新絵本シリーズの刊行がスタート。翻訳は引きつづき石津ちひろが担当しているが、訳文は時世に合わせて改変されている。2024年に入り、フランスでシリーズ第1巻を飾った『ガスパール ベネチアへいく』、最新作『リサとガスパール ルーブルびじゅつかんへいく』を相次いで刊行。原作誕生から25周年を迎え、ますます多くの人に愛されている。

記事の後編はこちら:『リサとガスパール』原作者の思い②――日本のファンに抱く感謝と信頼

我が子とともに成長してきた絵本シリーズ

うさぎでも犬でもない、とびきりキュートなパリの住人、リサとガスパール。ふたりが生まれたのは、今から25年前のことだった。生みの親は、フランスで暮らすアン・グットマン(以下、アン)とゲオルグ・ハレンスレーベン(以下、ゲオルグ)。ゲオルグが、アンへのクリスマスプレゼントとして手帳を送った際、そこに描いた自筆のキャラクターがリサの原型となった。

当時、絵本の仕事に携わっていたゲオルグは、編集者から絵本の制作を依頼された際、その絵をモデルにしてリサを生み出す。さらに、編集者から「男の子もいた方が良いのでは」という提案を受け、ガスパールが誕生したという。

そして1999年11月、リサとガスパールが活躍する絵本を出版。この愛らしいキャラクターに日本の出版社が注目し、翌年にはブロンズ新社から絵本が刊行されることになる。

今年は原作誕生から25周年のアニバーサリーイヤー。だが、9年振りに来日したふたりは、口を揃えて「25年もつづくなんて信じられない」と語る。

ほほえむアン・グットマンさん

「こんなに長くつづくとは思ってもみませんでした」と話すアンに、「この作品を始めたころは、こんな日が来るとは想像もしていませんでした」と応じるゲオルグ。ソファで肩を並べ、仲睦まじく顔を見合わせる。

夫妻であるふたりの間には、3人の子どもが誕生したことから、「リサとガスパール」シリーズが、子どもの成長と家族の歴史に紐づいた作品であることも明かした。

「絵本を描き始めたのは、まだ長女が小さなゆりかごに入っているころでした。その当時のことを忠実に描いた作品もあります。

このシリーズは、まず自分たちで描いたものを印刷してファイリングし、子どもたちに読み聞かせ、そのリアクションを見ながら制作してきました。私がアトリエで作業しているときも、横に子どもがいましたし、描いた油絵は壁にかけておくので子どもたちも眺めます。見慣れた絵が絵本になるので、『私の知っている絵が出てきた!』と喜んでくれることもありました。

子どもたちは絵本を読みながら、リサとガスパールとともに成長してきましたし、今でも『面白いね』と言ってくれます。私たちの家庭と『リサとガスパール』シリーズは、密接につながっているんです」(ゲオルグ)

手で表現しながら話すゲオルグ・ハレンスレーベンさん

夫妻二人三脚で進める絵本づくり

25年にわたって制作をつづけるなかで、リサとガスパールにはちょっとした変化もあった。絵本の1作目と最新作を見比べると、その違いがはっきりと見て取れる。

「リサもガスパールも、昔はもう少し痩せていて尻尾が長かったんです。リサの色も、今ほど白くありませんでした。ただ、こうして変化させつつも、特に気にする人はいませんでしたし、だんだんキャラクターとして完成してきたように感じます。これからも、少しずつ変わっていくかもしれません。

また、私の絵の描き方も変わってきました。昔のほうが平面的な描き方をしていましたが、毎回同じことを繰り返したくないタイプなので、自分自身が描いていて面白い手法、自分でも気に入るような描き方をいろいろと試しています」(ゲオルグ)

しっぽが長いころのリサとガスパールの絵

いっぽう絵本のストーリーは、アンが考えているが、どこから着想を得ているのか、ゲオルグも感心しているという。それに対し、アンは微笑みながら答えた。

「毎回編集者と相談を重ねながら、テーマを考えています。それに、もう25年間『リサとガスパール』に携わっているので、彼らが頭のなかで勝手に動いてくれるんです。彼らだったらどんなリアクションをするかなとイメージしやすいので、そういったところからアイデアを膨らませ、ストーリーを組み立てています」(アン)

絵本を制作する際には、まずアンがストーリーを考える。そのうえで、彼女自身がイメージイラストをクロッキー(速写)することもあるそうだ。

「なかなか上手に描けないんですけどね。完成したストーリーをゲオルグに伝え、『私はこんなふうに考えているの』と相談していきます」(アン)

「アンの話を聞いていると、彼女がどういうイメージを抱いているのかなんとなくわかってきます。そこからイメージをさらに膨らませて絵を描いていくんです」(ゲオルグ)

ゲオルグがストーリーを気に入りさえすれば、そこから筋書きを変えることはない。ふたりで話すときには、絵に関する相談が多いという。

「『こういう枠でこういう絵にしよう』と、主に絵のリズム感について話します」(アン)

手を使いながら話すアン・グットマンさん

「アンはこだわりが強く、それは絵に関してもで。彼女に気に入ってもらいたいし、彼女が求めるものに合致するような作品を作りたいので、同じ方向性を目指して相談しながら制作しています」(ゲオルグ)

アンは、もともとデザイナーとして絵本のデザインにも携わっていた経験を持つ。そのキャリアをいかし、「リサとガスパール」シリーズにおいてもアンがページレイアウトを考えている。

「絵を描く際には、文章が入るスペースを残さなければなりません。アンがレイアウトを考えてくれますが、どのような構図にするのか考えるのが毎回難しいところです。その後、文章に校正が入ることもありますが、編集者に渡すときにはもうレイアウトができた状態です」(ゲオルグ)

翻訳家・石津ちひろが訳文を現代版に一新

日本では、2000年から2017年までブロンズ新社から絵本シリーズが刊行されていたが、2023年からは河出書房新社が新絵本シリーズを出版している。翻訳家はどちらも石津ちひろを起用しているが、河出書房新社版の新シリーズは訳文を一から練り直している。

というのも、ブロンズ新社から旧絵本シリーズが刊行されたころは、日本の読者にとって、まだ『リサとガスパール』というキャラクターは馴染みが薄かった時代。新しい絵本を日本の読者に届けるには、少しでもわかりやすくすることが求められた。そこでブロンズ新社版では、子どもにも親しみやすいよう、言葉の数を減らして訳文をシンプルにしたという。

だが、シリーズを重ねるにつれ、『リサとガスパール』は子どもだけでなく大人の読者層も獲得。そこで、河出書房新社では新絵本シリーズの刊行にあたり訳文を一新。石津ちひろの訳に宿る生き生きとした語感はいかしつつ、フランス語をそのまま日本語に移植するような、原文に忠実な訳にしてもらったという。そのため、旧絵本シリーズと比べると文字数が約1.2倍に増えている。

なお、河出書房新社の担当編集者によると、石津ちひろは旧絵本シリーズのころから自らの子どもに訳文を読み聞かせ、その反応を見ながら訳を整えていたという。新絵本シリーズでも、同じように読み聞かせを行なったそうだが、当時幼かった子どもも、もう立派な大人。「お母さん、リサはそんな言葉遣いしないよ」と指摘されつつ、訳文を練り上げていったそうだ。

ちなみに、ゲオルグによると実は英語版もアメリカとイギリスでは訳文が違うという。「アメリカ版はお子さん向け、イギリス版は原文に忠実なユーモアを再現しています」と話す。

最新刊で描かれているリサの“パンをモグモグ食べつづける”アイデアはこうして生まれた

6月には絵本の最新刊『リサとガスパール ルーブルびじゅつかんへいく』が刊行された。タイトルの通り、舞台はフランス・パリのルーブル美術館が舞台。この場所を選んだのはなぜだろうか。

「ルーブル美術館は、私たちも大好きで、よく行く場所です。編集長とテーマを話し合うなかで候補に挙がり、この場所を舞台にしたら楽しいのではないかと思いました」(アン)

絵本の制作にあたり、ゲオルグはスマートフォンでルーブル美術館を撮影してきたそう。館内に展示された絵画や彫刻まで、非常に細かく描き込まれている。

「絵本のサイズに合わせ、細い筆で試行錯誤しながら描きましたが、アンはけっこう厳しくて。『描いてみたけどどう?』と見せたところ、『これはちょっと……』とダメ出しされたこともありました(苦笑)。ときにはやり直しながら描きましたが、完成した絵は、実際にルーブル美術館で作品を見ているような感覚を味わえる、丁寧な仕上がりになりました。

特に、リサとガスパールが大きな絵画を眺めている場面は、絵のなかの登場人物も多く、なおかつアングルが斜めなのでとても苦労しました。普段はすぐ油絵を描くのですが、斜めから見て不自然ではないよう、そして人物に漏れがないよう、一生懸命に描写しました」(ゲオルグ)

「彫刻の間も、ゲオルグがいろいろなパターンを用意してくれました。遠くから広く見るバージョン、近くで見るバージョンと複数の提案がありました」(アン)

絵本では、美術館を回りながらリサがずっとパンをモグモグと食べている。このかわいらしいアイデアはどのようにして生まれたのか、聞いてみると……?

リサがパンを食べながら美術館をめぐる絵①

リサがパンを食べながら美術館をめぐる絵➁

「リサが遅れてしまい、朝ごはんを食べる時間がなくて。クロワッサンをモグモグしながら歩いていたら、パンくずが落ちていって……というアイデアが浮かんだんです。それが、結果的にストーリーのオチにもなりました」(アン)

「感心したのは、リサがパンを食べている、パンくずが落ちていると文章では直接表現していないこと。先生が途中で『リサ、ゆかに パンくずを こぼすの、やめてちょうだい!』と言いますが、じつはそのあともリサはずっとパンくずを落としつづけているんです。読者が『あれ?』と思ってページをさかのぼると、そのことに気づくようになっています。そうやって発見する喜びを味わえるのが、この作品のすごく面白いところだと思いました」(ゲオルグ)

後編につづく

文・取材:野本由起
撮影:干川 修

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