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ルカ・スーリッチが語る、2CELLOSでの活動を終えて訪れた変化と新たなる道①

2024.09.11

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2本のチェロでロックする2CELLOSでの活動を終え、ソロアーティストとして新たな道を歩み始めたルカ・スーリッチ。チェリストとして歩んできたなかで感じた変化、自然豊かな環境で家族と暮らすことで訪れた変化、それらの経験から生まれた全曲オリジナルによるソロ2作目の最新アルバム『ライフ』について話を聞いた。

チェロを演奏するルカ・スーリッチ

2022年6月来日公演より

ルカ・スーリッチ Luka Sulic

1987年、スロヴェニア生まれ。チェリストである父親の手ほどきで5歳のときにチェロを弾き始めた。18歳でウィーン大学に入学、2009年にロンドンの名門音楽学校ロイヤル・アカデミー・オブ・ミュージックに入学し、若手アーティストを援助するエルトン・ジョン・スカラシップを受けた。同年、ルトスワフスキ国際チェロ・コンクール優勝。2011年、ステファン・ハウザーとともに2CELLOSとしてデビュー。2022年11月22日、日本武道館で2CELLOS最後の公演を行なった。2019年に1stソロアルバム『ヴィヴァルディ:四季』、2024年3月(国内盤は7月)に2ndソロアルバム『ライフ』をリリース。

記事の後編はこちら:ルカ・スーリッチが語る、2CELLOSでの活動を終えて訪れた変化と新たなる道②

魅せるパフォーマンスから内面を見つめる音楽へ

感情を揺さぶるようなピュアでストレートな音楽――音域や音質が人の歌声に近いとも言われているチェロの音色で、聴く者たちを安らぎや異なる次元の空間にいざなってくれるアルバム『ライフ』が誕生した。

演奏・作曲を担当したのは、チェリストのルカ・スーリッチ。彼はかつて、これまでの“チェロらしさ”を覆すようなパフォーマンスで旋風を巻き起こしたデュオ、2CELLOSのひとりであった。『ライフ』は自身にとって2作目のソロアルバムであり、初めて自らのオリジナル曲だけで構成したアルバムになる。

ルカ・スーリッチ『ライフ』CDジャケット画像

ライブでもレコーディングでも、聴衆を圧倒し飲み込むほどのパフォーマンスが印象的だった2CELLOSだったが、ルカ・スーリッチのソロアルバムはそれらとは対照的。自分の内面をじっと見つめたり、ときにはリスナーとじっくり対話を試みたり、ときには目の前に生じる自然的な現象に身を委ねたりするかのような、内省的でナチュラルな趣を感じさせるものだ。

そこには、近年のルカ・スーリッチのある“変化”に触れなければいけない。まずは彼のこれまでの歩みを説明しよう。チェリストの息子としてスロヴェニアに生まれ、クロアチアで育ったルカ・スーリッチは、5歳でチェロを始め、18歳でウィーン大学に入学。

その後、ロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・ミュージックに進学して研鑽を積み、クラシックの専門教育を受けていたさなか、かつてともに学び、ライバル的な存在でもあったクロアチア出身のチェリスト、ステファン・ハウザーと偶然ロンドンで再会を果たす。意気投合したふたりは2011年、マイケル・ジャクソンの「スムーズ・クリミナル」をデュオで演奏してYouTubeに投稿したところ、瞬く間に話題を呼び、2CELLOSとしてデビューを果たした。

2CELLOS - Smooth Criminal [OFFICIAL VIDEO]

そこから11年にわたる2CELLOSの活動は、アクティブそのもの。常にライブで世界を飛び回りながら、チェロの魅力をふんだんに伝えてきた。コンスタントにレコーディングも行ない、マイケル・ジャクソンだけでなく、ニルヴァーナ、コールドプレイ、AC/DCといったロックバンドの楽曲、エド・シーランやビリー・アイリッシュなど今をときめくアーティストの楽曲、『ムーン・リバー』『ニュー・シネマ・パラダイス』などの映画音楽も録音。

もちろん、「ウィリアム・テル序曲」といったクラシック音楽を演奏することもあったが、原曲の枠を大きく超えながら独自の音楽性を展開していた。ジャンルをクロスオーバーしながら、大胆かつ緻密に楽器の可能性を開拓してきたと言えよう。

2CELLOSの音楽は開放型で、ときに内省的だったり爽やかだったりする一面はあれども、どこかカタルシスがあったり、大きな波があったり、激しいグルーヴを秘めていたり――奇をてらうことなく、チェロの魅力を惜しみなく音楽に乗せるのが彼らのスタイルであったように思う。

2022年の解散に至るまで、そんな彼らの姿勢は徹底して変わらなかった。そして、ふたりはチェロをつづけながら別々の道へ。相方のステファン・ハウザーは2CELLOS時代を彷彿とさせるエンタテイナーらしいパフォーマンスで、変わらず人々を魅了し、2024年4月に行なわれた来日公演も話題を呼んだ。いっぽうでルカ・スーリッチは、演奏だけでなく“音楽を書く”ことに軸足を置き始めた。

樹木に囲まれ、チェロを片手に日差しに向かって両手を広げるルカ・スーリッチ

「2CELLOSで経験したすべてのことに感謝しています。あんなにたくさんの旅やレコーディングをして、本当ならば一生をかけてもできないことができた。あの時代があったから今の自分があると思っているし、もっと自由になれた。何より、当時の経験があったから、自分の音楽を作っていこうと決断できたんです」

子どものころから抱いていた作曲への欲求

かねてより“自分の音楽を作ること”に興味があったというルカ・スーリッチ。「作曲をすることは、子どものころにチェロを始めたときからの欲求でもありました。当時から少しずつ、チェロ1本で弾けるような本当にシンプルな音楽を書いていました」と語る。

「活動をつづけるうちに演奏技術も磨かれ、それに伴って“もっと自分を完璧に表現できる音楽を、自分で書いてみたい”“新しいものを自分で生み出したい”という欲求もどんどん強くなって。2CELLOSではカバーがメインでしたが、自分で作曲をするということは、その音楽がかたちとして温存されるわけです。それを残していきたいと考えました」

自分を表現する音楽が書きたい――そうルカ・スーリッチが決意するのに、もうひとつ大きなきっかけになったのが、2019年に行なったヴィヴァルディ「四季」のレコーディングだった。本来はヴァイオリン協奏曲である「四季」だが、独奏部分をチェロに変えて編曲。サンタ・チェチーリア・アカデミア弦楽合奏団と共演し、自らがソリストを務めた。それは耳慣れた「四季」の音楽に煌めくような躍動感を与え、かつてない響きをもたらした。

ルカ・スーリッチ『THE FOUR SEASONS』CDジャケット画像

「当時はプレイヤーとしても、アレンジャーとしても、自分にとってのピークでした。実際、自分のできることはやり切れたと思いますし、一流のオーケストラと共演できたことも僕にとって光栄なことでした。それこそ、これまでの歴史のなかでヴィヴァルディの『四季』全曲をチェロ協奏曲にアレンジするなんて、誰もやったことがなかったのですから。

だからこそ、そんなレコーディングを経て“誰かを感心させたい”“すごいことをやってやろう”といった気持ちよりも、やっぱりもっと自己表現がしたいと思うようになった。それが、ヴィヴァルディのレコーディングや2CELLOSの活動と、新しいアルバム『ライフ』の違いだと思います」

誰かを強く惹きつけるための音楽ではなく、自身の内側から自然と湧き上がるような音楽。カバーではなく、オリジナルで演奏したい。子どものころから培われた“作曲したい”という思いを、ヴィヴァルディの録音で改めて認識することになったのだろう。

黒いシャツを着て演奏するルカ・スーリッチ

2022年6月来日公演より

夢だった家庭を持ち、育児と音楽を両立

そしてもうひとつ、ルカ・スーリッチにとって特筆しなければならない変化がある。それは、6年前から始まった育児だ。2CELLOS時代に結婚し、現在は6歳、5歳、3歳、1歳の子どもを育てているという。スロヴェニアに暮らしながら、音楽だけでなく家族との生活もエンジョイしている。

改めて今、どんな生活を送っているのだろうか。そう話を向けると、「もう、本当に忙しくて。自分の髪型にも構っていられないくらい(笑)」と無造作な髪の毛を触りながら笑う。

「子どもたちはまだまだ小さいから、彼、彼女たちの相手をするだけで手いっぱいで。でも、子どもたちの存在が自分にとっても大きなインスピレーションになっています。それに、子どもがいたら自分勝手な生活は送れないし、人間として成長しないといけないというプレッシャーも……。最高の夫、最高の父親、最高の自分、そして最高のミュージシャンでいたいんです。

それに家庭を持つことは、長年の夢でした。これからは音楽だけでなく、家庭や生活とのバランスを保っていくことが大切だなと。どれかひとつでは自分の人生は成り立たなくて、すべてを満たしていきたい。そのためのバランスを見つけていくことが、今意識していることですね」

ルカ・スーリッチの口から出てくる“生活”という言葉が、2CELLOS時代からの大きな変化を感じざるを得ない。チェロを片手に世界を飛び回ってきた彼が、日常を目前に地に足をつけながら自分や音楽と向き合っている。

彼は2CELLOSの解散時に、インタビューで「これからは、僕の心を通して魂に映し出された“purest form=ピュアな音楽”を探求していきたい」と語ったことがあった。ライブに次ぐライブの日々を終え、家庭という自分の大切にしたい居場所を見つけ、その場所で守るべきものと向き合った先に生まれる“purest form”とはどのようなものなのか。後編ではその源泉に迫りたい。

木に寄りかかりポーズをとるルカ・スーリッチ

後編では、アルバム『ライフ』を生み出した作曲家としてのルカ・スーリッチの音楽性に深く迫る。

後編につづく

文・取材:桒田 萌

リリース情報

  • ルカ・スーリッチ『ライフ』CDジャケット画像
  • 『ライフ』
  • 価格:3,000円
  • 詳細はこちら(新しいタブを開く)

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