ルカ・スーリッチが語る、2CELLOSでの活動を終えて訪れた変化と新たなる道①
2024.09.11
2CELLOSでの活動を終え、ソロアーティストとして新たな道を歩み始めたルカ・スーリッチ。後編では、アルバム『ライフ』を生み出した作曲家としてのルカ・スーリッチの音楽性に深く迫る。
ルカ・スーリッチ Luka Sulic
1987年、スロヴェニア生まれ。チェリストである父親の手ほどきで5歳のときにチェロを弾き始めた。18歳でウィーン大学に入学、2009年にロンドンの名門音楽学校ロイヤル・アカデミー・オブ・ミュージックに入学し、若手アーティストを援助するエルトン・ジョン・スカラシップを受けた。同年、ルトスワフスキ国際チェロ・コンクール優勝。2011年、ステファン・ハウザーとともに2CELLOSとしてデビュー。2022年11月22日、日本武道館で2CELLOS最後の公演を行なった。2019年に1stソロアルバム『ヴィヴァルディ:四季』、2024年3月(国内盤は7月)に2ndソロアルバム『ライフ』をリリース。
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ロックナンバーを中心にさまざまなジャンルをクロスオーバーさせながら、チェロの新たな表現を切り拓いてきたデュオ、2CELLOSのメンバーとして活躍してきたルカ・スーリッチ。彼にとって2作目のソロアルバムであり、初めて全曲を自ら作曲するという取り組みを行なった『ライフ』が今年3月(国内盤は7月)にリリースされた。
初のソロアルバムから約5年、そして2CELLOS解散から約1年半が経ち、作曲活動への意欲の深まりや、4人の子どもとの生活など、アルバムのタイトルに冠せられた『ライフ』の名の通り、音楽を通して現在の生活や自分自身を表現したいと思うのは、彼にとってきわめて自然なことだったと言える。
「このアルバムは、究極の自己表現を行なったもの。2CELLOSの活動を経て、自分自身のアーティストとしての道を追求したいという思いがありました。解散から約1年半が経った今、改めて自分の人生にとって大切なもの、そのなかにある喜びや葛藤が見えてくるようになったんです。それが自然と鏡のように表われたアルバムになっていると思います」
録音は、ストリングスとピアノで構成されているチェコ・スタジオ・オーケストラと行なった。アルバムは、はやる気持ちを抑えきれないようなストリングスに始まり、躍動感ある音楽を繰り広げる「アニマ」で幕を開ける。切ない思いを吐露するかのような「ノワール」、より落ち着きを感じさせるものの、やはりどこかやるせなさが垣間見える「ブルー・ハート」、そしてチェロの低音が優しくささやくような、哀愁漂う「ペイン」と、マイナーキーの音楽がしばらくつづく。
LUKA SULIC • BLUE HEART • [Official Video]
「自分がそのような人間というわけではないのですが、僕は気づけばメランコリックだったり、悲しげだったりする音楽を書いてしまうことが多いみたいで。子どもからもよく言われるんです。“どうしてパパの曲にはこんなに悲しいものばかりなの?”って(笑)。
だから僕はいつも、“こういう曲が自然とできてしまうんだから仕方ないじゃん。パパが悲しい思いをしているわけではないんだよ”って説明しているんですよ。やっぱり子どもたちはハッピーでアップテンポな曲が好きみたいです」
アルバムが折り返しを過ぎようとするところで、希望が見えるかのように「ドリーマー」が始まる。清らかなピアノのイントロに導かれ、チェロの優しい旋律がためらうように顔を見せる。このナンバーが呼び声となり、チェロとストリングスの旋律の折り重なりに心地良さを感じる朗らかな「ブロッサム」、生命力と疾走感があふれる「フェニックス」、声色のようにしっかり語りかけるような「シャイン」につづく。
LUKA SULIC • PHOENIX • [Official Video]
表題曲である「ライフ」では拍子に変化球を見せ、再び哀愁を漂わせながらも、前半のマイナーキーの楽曲たちよりもさらに“強さ”を感じさせるナンバーに仕上がっている。そして集大成を飾る「エターナル」でアルバムを締めくくるのだ。1曲1曲は短いが、通して聴くとひとつの人生を辿るかのような感覚を覚える。
LUKA SULIC • LIFE • [Official Video]
いずれの楽曲も、聴き手の心にダイレクトに届く旋律が印象的で、チェロに寄り添ったり、対話したりするかのようなストリングスとの溶け合いも非常に美しく心地良い。ルカ・スーリッチは、どの楽曲も「自分のなかから湧き上がってきたものだ」と言う。泉のように湧く数々の音楽は、どのように生み出されているのだろうか。そう聞いてみると、実際の生活と地つづきのようなかたちで自然とアイデアが浮かんでくるようだった。
「犬の散歩をしながら口笛を吹いたり、何気なく過ごしたりしているときに、心のなかで旋律が浮かび上がってくるんです。ピアノに向かいながら即興的に弾いているときに旋律やコードが思いつくこともあります。
“これは面白いな”と思ったものは、すぐに書き留めたり、スマートフォンのボイスメモに録音したりしています。アイデアって、どんどん出てくるものであり、いっぽうでどんどん忘れてしまうものでもある。だから、僕のスマートフォンには何百ものアイデアが残されている状態なんですよ。そのアイデアが再び発掘されるのは、次の日のときもあれば、1カ月ぐらいあとのときもある。
それを改めて聴いてみて“やっぱり面白いな”と思ったら、そのアイデアにじっくり向き合い、さらにブラッシュアップさせたり、オーケストラのパートも考えたりします。そうしながら、自分の納得できる作品に仕立てていきます」
「自分のなかから生み出されたもの」ではあれども、これまでルカ・スーリッチは多くの音楽家や作品から影響を受けて、それを自分の糧として蓄えてきた。専門的に学んできたクラシックはもちろんのこと、影響を受けた音楽のジャンルは多岐にわたる。
「クラシックならば、チャイコフスキーやラフマニノフ、シューマン、ベートーヴェンなど。ほかにも、映画音楽のエンニオ・モリコーネやハンス・ジマーはもちろん、ヴァンゲリスのように人間味の感じられる作曲家も好きですね。エレクトロとオーケストラで融合されたサウンドに惹かれることも多いです。日本人の作曲家ならば、やはり坂本龍一や久石譲も欠かせません。
これまで本当にたくさんの音楽を聴いてきましたが、そのすべてから影響を受けたと思います。特にロックなどは、2CELLOSの時代にたくさん編曲をしたので、楽曲や音楽そのものを論理的に理解するための勉強になりました。結果的に、僕が音楽を作るうえでの“語彙”になっていると思います」
『ライフ』に収録されている楽曲のタイトルは、いずれもシンプルそのもの。その簡易さは、別の視点で捉えると抽象的であるとも言える。ルカ・スーリッチが音楽を作るとき、音楽とタイトル、どちらが先行して生まれるのだろうか。
「やはり先に音楽や旋律があります。音楽を書いているうちに、最初に仮でタイトルをつけていたとしても、“やっぱりこっちで”というふうに正式名称が変わることもあります。やはり、タイトルはシンプルであることを心がけています。なぜなら、具体的なイメージを聴き手に提示しすぎることはしたくないから。リスナーの皆さんは、それぞれのイメージを僕の曲にコネクトしていただければと思います」
コンポーザーチェリストとしてオリジナルアルバムの制作を行ない、これまで見せてこなかった自分自身の内側や、新たな表情をたくさん見せてくれているルカ・スーリッチ。2CELLOS時代の活動や、さまざまな音楽家、そして現在は家族との尊い時間からインスピレーションを得て、ダイレクトに音楽に放出していく。
ルカ・スーリッチの魅力は、何ごとも糧に変換し、音楽へと変えてゆく柔軟性にあるのかもしれない。しかし、本人は「でも、僕は小学生のころから全然変わっていないと思う」と話す。
「そもそも、僕は厳しい環境のなかでクラシック音楽を学んできたということもあり、“自分を律する”ことを大切にしてきたように思います。ある意味、耐えながら音楽を頑張ってきた。当時の環境やマインドが、今の自分を大きくかたちづくっていると思います。
でも、もちろん生きていくうえで、流れに身を任せることが必要なときもあります。生きている限り、どんどん前に進んでいかなければいけない。どんな状況に置かれていたとしても、そこで本当に良いと思えるものを探しつづける。そして、変化が訪れたときにはそれをチャンスだと受け入れたいです」
最後に、ルカ・スーリッチが今、人生を送るうえで大切にしているマインドは何かを教えてくれた。
「当たり前だと思いがちであるものに対して、決して当たり前だと思わないこと。例えば、朝に目が覚めたときに“今日も1日が始まったな”“今日も子どもたちは元気だ”と思うことも、当たり前のようで当たり前ではないことです。音楽活動や子育てなど、今はとても忙しいですが、それでも地に足をつけながら、そんな“当たり前”に対して感謝を忘れずに生きていきたいです」
音楽活動においても、人生においても、新たなフェーズを迎えているルカ・スーリッチ。『ライフ』の一つひとつの楽曲に耳を澄ませながら、彼の姿と自分自身の人生に想いを馳せたい。
記事の前編はこちら:ルカ・スーリッチが語る、2CELLOSでの活動を終えて訪れた変化と新たなる道①
文・取材:桒田 萌
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