番外編:スタミナパン×マネージャーが語る『ダブルインパクト』決勝への道①
2025.07.21


巧みなトークを武器に、漫談やフリップ芸を披露するピン芸人・ちぇく田。後編では、上京してソニー・ミュージックアーティスツ(以下、SMA)に入所してからの活動を語る。
目次

ちぇく田
Chekuta
1985年12月22日生まれ。兵庫県出身。血液型AB型。身長173㎝。趣味:映画鑑賞、読書、野球、人間観察。特技:嘘のマジック、偽の名言作り、遠投。InterFM『MUSIClock+』月一パーソナリティ。5月5日、単独ライブ『わんぱく骨武道』開催。
記事の前編はこちら:ちぇく田:あの人気芸人もリスペクト! 話術で笑わすピン芸人①
プロになろうと自覚してインディーズライブでキャリアを重ねていたちぇく田だったが、漫才師としての道のりは、順風満帆とは言いがたかった。2005年の“たこやき”以降、コンビやトリオを組んでは解散を繰り返した。
2011年の“メガネメガネ”というトリオ時代に吉本のライブオーディションを勝ち上がって正式に吉本興業所属芸人となり、2017年には3年間続いた漫才コンビ“くのいち”を解散して大阪吉本を離れることになる。12年間で経験したコンビやトリオは約10組にも及んだ。
「今、パーソナリティをやらせてもらってるラジオでは、“あなたはちょっとサイコパスだ”みたいなひどいことを言われてますけど、何かが壊れてる人間の動き方ですよね(苦笑)。
解散を言い出すのはたいてい僕のほうからで、飽きっぽいというのもあるんですが、僕に原因がありまして。どうしても僕、結果をすぐ追い求めてしまうんですね。ネタを書くのが僕なので、自分が思ってた結果にならないと、これじゃダメだなというふうにすぐなってしまう。
それを相方と突き詰めて話すと、ちょっとしんどなってきて……じゃあ解散しよか、みたいになることが多いんですよ。まさに試行錯誤の時代でした」
試行錯誤を重ねることに疲弊していたちぇく田は、“くのいち”解散をきっかけに上京を決める。
「なんか、東京で勝負したいみたいな野望が出てきたんですね。せっかくなら一から勝負したくて、ひとりで大阪から出てきた……というか、コンビをやめたらもう吉本にいられなかったんで、逆にどうしていいかわからないから東京に行ったというほうが正しいですかね。
吉本以外のとこで大阪で芸人を続ける、というのも今さらやなと思ったし、1回は東京で勝負してみたかった。大阪で一緒にやってた先輩や後輩も上京してたんで、行けば誰かいるし、ライブにも出してもらえそうやし、そこで情報入れながらやってこうかなと思ってました」
このとき、ちぇく田は既に30歳を過ぎていた。動くなら今しかない! という気持ちもあった。
「この辺から、親からの“お前いつまでお笑いなんかやってんだ!”って空気がありましたよね。僕は長男なんで、父親の後を継ぐ、継がないの話も結構出ていたし。そういう話になったらいっつも、向こうに聞こえへんくらいの小っちゃい声で、返事してるフリだけしてました。まぁまぁまぁって(笑)。だからちゃんと売れたいというのもあったんです。ちょっとでも親を安心させたかったんで」
上京後は、吉本時代の後輩たちが借りていた一軒家に交ぜてもらい、東京のインディーズライブにフリー芸人として出入りするようになる。そこから約半年。ちぇく田はついにSMAの門を叩く。
「大体30歳ぐらいまでが事務所オーディションに合格できる上限みたいな話を聞いたんですよ。例外ももちろんあるんですけど、入るまでに苦労してタイミングを逃すくらいなら、どこかに入ってから苦労したほうがいいだろうと、大阪時代にお世話になっていたダンシングヒーローさんや、知っている芸人さんが多かったSMAのオーディションを受けてみようと思ったんです。
当時、SMAが“芸人の墓場”と呼ばれていたという噂はなんとなく聞いてましたけど、そのころにはバイきんぐさんは『キングオブコント』で優勝していたし、ハリウッドザコシショウさんも『R-1』チャンピオンになっていた。“芸人の墓場”ってどうなんやろ? と思いつつも、面白い芸人さんが多いことは間違いないから、そういう人たちと一緒にライブをやれるのはいいことに違いないと思って、電話をかけたんです」
どのSMA芸人に話を聞いても、オーディションに応募するとSMA芸人のホームグラウンドであるお笑いライブハウス、Beach Vで面接があり、すぐに事務所ライブに出てくれと言われるスピード感に驚いたエピソードが飛び出すが、もちろんちぇく田もその洗礼を浴びた。
「面接だけのつもりで平井(精一/SMAお笑い部門プロデューサー)さんにお会いしたら、なんか所属が決まって、『今日はみんなのネタ見せの日だから、やっていきなよ』と漫談をやらせてもらって、あれよあれよでしたね。来る者拒まずってホントやったんやと。
Beach V自体も独特やなと思いました。ネタ見せの日やったからなんでしょうけど、地下に降りていく階段の壁にみんなが張りついてネタ合わせをやっていて……なんか、俺、明らかに環境が変わるとこに足踏み入れたぞ、と思ったのを覚えてますね。地獄に踏み込んでいくような雰囲気がありつつ(笑)、さぁ、今日からここでやるんやな! とワクワクしましたね」
実際、勝ち上がり制の事務所ライブ“トライアウトライブ”に出演するようになったちぇく田は衝撃を受けたという。
「独特な芸人が多いって話は聞いてましたけど、確かにそうでした(笑)。“トライアウトライブ”は6段階に分かれてて、お客さんの投票で上位ランクに勝ち上がっていくんですけど、先輩のダンシングヒーローさんからも、『下のほうはとんでもないぞ!』と聞いていて。
ネタを披露する合間にトークコーナーがあるんですが、それもカオスなんですよ(笑)。MCの人がツッコミを入れたら急に踊り出す芸人はいるし、そういうとんでもない芸人が知り合いをライブに呼ぶもんだから、客席も曲者ぞろいなんですよ(苦笑)。
最初のころは、“これは何が起きてるんだ?”と、ちょっと眩暈が……。でも、それが良かったんですよね。このランクから早く抜け出さないと! というモチベーションになりました(笑)。あのカオスは、逆に一度は観てほしいくらいですね」
SMAに所属して2年ほどはピン芸人としてやっていたちぇく田だったが、2019年からは再び、コンビでの漫才にトライ。“きのこのサラダ”“めざめるパワー”“お玉”と、2023年までの4年間で3つのコンビを経験する。
「結局、また前と同じような理由で結成と解散を繰り返しました。僕の目標は東京で売れることやったんで、ピンのネタをするのはすごく好きなんですけど、ピンネタで賞レースを勝って売れるっていうイメージが持てなくて。やっぱり売れるためには、漫才コンビで『M-1グランプリ』で勝つっていうのを目標にしたほうがわかりやすい。
でも僕は漫才ネタを書くのは得意ではないというのもわかってました。なので、みんなに笑ってほしいけど、テクニックで勝負してたら目立てないんで、ちょっと尖ったネタに挑戦してました。でも、うまくはいかなかったですね」
漫才と並行して、ちぇく田は今の芸風に繋がる漫談を中心としたピン芸ライブもやっていた。
「60分間漫談するライブとかをたまにやってた感じです。こんなヘンな人がいたとか、こんな面白い人がいたとか、こないだこんなことあった、みたいなことをずっとしゃべる。
そういうライブがあると、漫談ライブがあるからアンテナ張らなきゃな! という気持ちになれるんで。コンビのネタづくりのためにやってた感じもあったんですけど、それがあったから今、ピンでやれてるところもあるんで、結果的には良かったですね」
大阪時代から漫才にこだわってきたちぇく田だったが、“お玉”解散後、ここでようやく自分はピン芸人のほうが向いている、ピン芸人としてやっていこうという覚悟ができたと言う。
「そうなんですよ。だからピンとしてのちゃんとした芸歴は、まだたったの2年(笑)。むしろ今は、もう人とは一緒にやりたくない! くらいまであるかもしれないです(苦笑)。
僕はめっちゃ完璧主義なところがあって、どうしても相方に完璧を求めちゃう。最後のコンビのとき、そういうことじゃダメだとハッキリ気づいたし、今までのコンビでもいろいろ学んだんで、もうひとりでやろうってなりました」
そんな試行錯誤の末に、ピンでの活動を本格的にスタートさせたちぇく田。芸人として見せたいのは、やはり漫談だ。
「目標は『R-1グランプリ』とかの賞レースで勝つことなんで、そのためにはただの漫談では難しいのもわかってて。2024年の『R-1』は漫談芸の街裏ぴんくさんが優勝しましたけど、あれも嘘のファンタジー漫談というキャラがのっかってるからうまいこと成立してますからね。
なので最近はひとりコントもちょっとやってみてるんですけど……やっぱり一番好きなのは漫談。ぴんくさんのように、自分ならではの漫談を見つけないとな! と考えているところです」
そう本人は謙遜するが、まさに粗品が唯一無二の面白さだと語るちぇく田の漫談は、さりげなく街中の“ヘンな人”を見つけてしまう、鋭い人間観察力が魅力だ。
「昔から、ヘンな人がめっちゃ好きなんです。街を散歩してヘンな人を見つけては、近づいていっちゃう。その人に迷惑はかけたくないと思いながらも、最悪殴られても仕方ないなという覚悟で話しかけて、怒鳴られることもありますね。
特にオススメなのは池袋西口あたりの夜の繁華街。もうあの辺りは、全路地オススメです(笑)。ヘンな人が多い街は、放置自転車がたくさんあるというのがひとつのサイン。そういう街の路地に現われる人の様子を漫談のネタにさせてもらってます」
そんな漫談ネタが、フリートークの技を競う昨年の『オールナイトニッポン0(ZERO)~決戦!お笑い有楽城~』での優勝にも結びついた。ちぇく田のなかにも、自由に話せるラジオでのトークは自分に向いているという手応えがあるそうだ。
「これまでもいくつかレギュラーをやらせていただいたことはあるんですけど、僕、“その場で起きること”がめっちゃ好きなので、ラジオはめちゃくちゃやりたいですね! 『決戦!お笑い有楽城』で優勝したおかげで、『オールナイトニッポン0』のパーソナリティもやらせてもらいましたけど、あれも楽しかったし、結構評判も良くて。
この間も、事務所の先輩のAMEMIYAさんに『ラジオスターを目指せよ』って言っていただいて。僕もほんまにラジオスターにはなりたいですけど、どうやったらなれるのかの道がわからなさすぎる! 誰か教えてください!(笑)」
ラジオに限らず、今は「挑戦できる仕事には何でも挑戦したい!」とちぇく田は楽しそうに話す。
「あんまり憧れの番組とか憧れの芸人さんっていうのはないんですけど、一般の人と話す街ブラロケとかはやってみたいです。それはもっと先の目標としても、まずは来年、『R-1グランプリ』で勝ち上がりたい。今年は2回戦で落ちちゃったんで、決勝に残れるように頑張りたいです」
今のちぇく田は、『R-1グランプリ』決勝を目指してネタを磨く日々。5月5日には、SMA芸人の聖地・千川のBeach Vで単独ライブ『わんぱく骨武道』を開催する。
「単独ライブは漫談に限らず、ホントに自由に僕が面白いと思うことを披露します! ネタも10本くらいやりますし、音楽も自分で選びました!
事務所の垣根を超えてゲストにお迎えする日本クレールさん、トロピカルマーチさん、リクロジーさんも素敵な皆さんで、ネタも面白いし、僕とも関係ができているので絶対に楽しい雰囲気になります。そこもぜひ感じてほしいですね。
普段は漫談というおしゃべりばかりやっている僕の脳みそを覗いていただけるよう、今できる全力を詰め込みました。今の本気のちぇく田を観ていただけると思います!」
記事の前編はこちら:ちぇく田:あの人気芸人もリスペクト! 話術で笑わすピン芸人①
文・取材:阿部美香
撮影:遠藤勇司

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