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芸人の笑像

ちぇく田:あの人気芸人もリスペクト! 話術で笑わすピン芸人①

2025.05.01

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ソニー・ミュージックアーティスツ(以下、SMA)所属の芸人たちにスポットを当て、ロングインタビューにて彼らの“笑いの原点”を聞く連載「芸人の笑像」。

第23回は、昨年『オールナイトニッポン0(ZERO)~決戦!お笑い有楽城~』で優勝するなど、巧みなトークを武器に活動する、ちぇく田。霜降り明星・粗品が「一番面白いと思ってる先輩」と語り、YouTubeでも共演するなど、“芸人に愛される芸人”であるピン芸人の素顔とは。芸人を目指したきっかけから現在までの道のりを聞く。

  • ちぇく田プロフィール写真

    ちぇく田

    Chekuta

    1985年12月22日生まれ。兵庫県出身。血液型AB型。身長173㎝。趣味:映画鑑賞、読書、野球、人間観察。特技:嘘のマジック、偽の名言作り、遠投。InterFM『MUSIClock+』月一パーソナリティ。5月5日、単独ライブ『わんぱく骨武道』開催。

記事の前編はこちら:ちぇく田:あの人気芸人もリスペクト! 話術で笑わすピン芸人②

面白いことを言う人気者ではなかった幼少期

スーツに蝶ネクタイでポーズを決めるちぇく田

身の回りで起こったリアルな珍体験や、街で出会ったユニークな人々のエピソードをマイペースな語り口で、個性的な漫談へと昇華する芸歴21年目のピン芸人、ちぇく田。

霜降り明星・粗品が「唯一、面白いと思ってる先輩芸人」と語り、2024年には、若手芸人が番組パーソナリティの座をかけてフリートークの話術を競うビッグイベント『オールナイトニッポン0(ZERO)~決戦!お笑い有楽城~』で優勝。昨年11月放送の『ちぇく田のオールナイトニッポン0(ZERO)』で聞かせた軽妙なトークも評判を呼んだ。

ちぇく田が生まれ育ったのは、兵庫県神戸市。関西出身のお笑い芸人というと、たいていは、子どものころから日常的にTVのお笑い番組に触れているうちに好きな芸人ができ、それに憧れてお笑いの門を叩くというエピソードを聞くのだが、ちぇく田はそうではなかった。

「関西に住んでいたんで、なんとなくネタを目にしたり、吉本の芸人の皆さんがやっている番組だったりは見ていたんですが……特にお笑いに詳しいわけでも、お笑いが大好きで見ていたというわけでもなくて(苦笑)。見ていてちょっと楽しいな、くらいの感じでしたね」

腕を上下に広げておどけるちぇく田

「みんなの前でおもろいことを言う人気者でもなかったし、かといって友達がいなかったわけでもなく……。暗い感じになるのはイヤやったんで、クラスで目立つ子たちについて、地味な子たちには偉そうな顔をしてる、今思うと、もっとも卑怯な立ち位置の情けない人間でしたね」

そんなちぇく田は意外なことに、中高時代は野球部に所属していたという。今の彼からは、いわゆるスポ根の匂いはまったく感じないのだが……。

「それも、なんとなくなんですよ。父親が野球好きやったから子どものころから野球を見てたし、友達もみんな野球をやってたんで僕も入ろうかな、くらいの動機です。

そもそも熱血とか苦手なので、特に何かを目指していたわけではなくて、なんとなく始めて、なんとなく続けていた感じで……練習は一生懸命やりましたけど。通っていた高校もスポーツがすごいとか勉強がすごくできるとかいうわけでもなかったです」

友達を誘って出た誰でも出られるお笑いライブ

マイクの前で漫才をするちぇく田

勉強にもスポーツにも“そこそこ”の熱意で取り組み、なんとなくの学生時代を過ごしていた10代のちぇく田。そんな彼が、なぜお笑い芸人という振り切った職業を目指したのか? 

どんなキッカケがあったのかと聞いてみると、「大学の単位が取れなかったからですね」と、彼がネタ中にも見せる冗談とも本気とも取れる絶妙な表情で、サラッと答える。

「特にやりたいことはなかったんですけど、とりあえず入っておこうかと、家から自転車で20分くらいの一番近い大学に進んだんですけど、全然単位が取れなくて。

これ、本当に親にも言ってないんですけど、授業の取り方がわかんなかったんですよ。誰もちゃんと説明してくれないから、結局単位が取れたのは体育の授業の8単位だけ。

で、結構ピンチになっちゃったんで、こうなったら大学をやめるしかない。でも理由が必要だなと。そんなとき、応募すれば誰でも出られるお笑いライブが開催されていたので、それに出てみよう! となったんです」

スポットライトを浴びながら漫才をするちぇく田

そもそも、幼少期からお笑い芸人を目指していたり、お笑いサークルに入っていたりしたわけでもない人間が“大学でうまくいかないからお笑いライブに出てみよう!”となる発想自体、ずいぶん突拍子がない。

聞けば、芸名の“ちぇく田”も、ライブの際にステージネームが必要になり、たまたまその日着ていた“チェック柄”の服と本名の“吉田”をくっつけただけの名前。その瞬発力が彼を突き動かす。

「なんか……ちょっとこれ、本当に良くない理由なんですけど、TVのお笑い賞レースの予選を流す番組を見てたせいで、あんなんやったら、俺にもできるんちゃうかな? と思ったんです。

今はわかるんです、そんなアホなことあるか! って。いやでもね、そういう人っているじゃないですか。えーっと……根拠のない自信ってヤツですか? なんか僕ってそっちなんすよ。やったことないけど、俺やったらできるんじゃないかっていう(苦笑)」

マイクに向かって叫ぶちぇく田

そう思い立ったちぇく田は、仲の良かった“気の弱そうな”大学の友達に声をかけ、在学中に漫才コンビ“チクチク”を結成し、お笑いライブに月に何度か出演するようになる。

「僕、自分が気が弱いもんだから、その自分よりさらに気の弱そうな人には、こう言ったらイケるんじゃないかというのを熟知してるんですね。

なので、『こういうライブがあんねんけど、よかったら一緒に出ぇへん? 俺、出てみたいから付き合ってよ』と。まぁ、その人は別にお笑い好きではなかったし、最初は嫌がってたんですけど、ちょっと強気に説得して、僕が書いたネタで漫才をやることになりました。

“仮面ライダーみたいになってみたいな”“どんな名前?”みたいな出だしで、変な名前を言わせて僕がツッコむみたいなネタで……うわー恥ずかし! 今思い出しても、めっちゃおもんない!(苦笑)

ネタももちろん全然でしたけど、それ以前に声も出てないし、お客さんにも伝わらないし、本当に全然ダメでした」

お客さんにウケる喜びを知り、大学を中退

ソファに横たわって笑顔を向けるちぇく田

根拠のない自信で挑んだものの、自分の考えたお笑いが全然通用しないことを身をもって知った。にもかかわらず、コンビでもピンでも、ちぇく田はライブに出続ける道を選んだ。

「やっぱり、やってみたら楽しかったんです。楽しかったし、なんかイケるやろと思って出たのにウケなかったから、すごく悔しかったんですよ。で、3回目か4回目くらいの舞台で、ツッコミするのにちょっとビビっちゃって、優しい感じでツッコミをしたらヘンな感じにハマっちゃったんです。僕が意図しなかったウケ方ではあるんですけど、ウケる喜びを知ってしまった、という。

それで、またライブに出たくなって……と、お笑いをやめられなくなってしまって、1年ほど経ったころには大学も中退してしまいました。考えてみたら、今もずっとそんな感じかもしれない。ウケるのは楽しいし、うれしい。その楽しい気持ちを、20年間ずっと追い求めてるような感じがしますね」

ソファで足を組みポーズを決めるちぇく田

入学した大学を、“お笑い芸人になりたい”という理由で中退することに、家族は反対しなかったのだろうか。

「夢ができたんや! とそれっぽい理由を伝えたんですけど(笑)、僕の家、父親が神戸では、そこそこ有名な葬儀屋をやってまして。

まぁ言ってみたらボンボンみたいな感じで、ずっと楽させてもらってたんです。ハングリー精神もなく、自分から何かをやりたいと言い出す子じゃなかったから、親からしたらちょっとうれしかったんでしょうね。

止められるっていうのはなかったです。僕も、ライブに出てダメやったら、もうやらんかったらいいか! くらいの感じでいましたから」

インディーズライブでの霜降り明星・粗品との出会い

ドアから飛び出すちぇく田

コンビでの漫才やピンでもお笑いライブに出るようになって1、2年が経ったころ、“客にウケる”快感が忘れられなくなったちぇく田は、アマチュアに毛が生えた活動から本格的な芸人になるべく、事務所オーディションを受け始める。

「大学の仲間と別れてから、漫談やフリップ芸でピンでライブに出ていたときに知り合った人と“たこやき”というコンビを組みました。なんとなくじゃなくて、ちゃんと自覚的にお笑いをやりましょう! となった最初がそれですね」

それが2005年ごろのこと。そして、当時のインディーズライブで出会ったのが、ちぇく田を「今も昔も唯一、面白いと思ってる先輩芸人」だと公言している霜降り明星の粗品だ。

去年は粗品のYouTubeチャンネル『粗品のロケ』の動画にも3回にわたってゲスト出演し、旧交を温めた。『粗品のロケ』を見て、ちぇく田の面白さを知ったお笑いファンも少なくないはずだ。

「出会ったときの粗品くんはまだ高校生で、年は7つくらい違うんですけど、よく一緒のライブに出ていて。彼は若いけどすごく面白かったんで、多分、僕から声をかけてしゃべったと思うんです。そしたら向こうも僕を面白いと思ってくれてたみたいで、家に行かせてもらったり、結構仲良くさせてもらってました。

僕のなかでの粗品くんは、とても義理堅くて、昔から仲良かった人や好きやった人をすごく大事にしてくれるイメージ。そんな彼が僕のことを“面白い芸人”と思ってくれているのはすごくうれしいし、ありがたいです」

後編では、上京し、SMAに入ってからの活動を語る

後編に続く

文・取材:阿部美香
撮影:遠藤勇司

ライブ情報

ライブ告知画像

『わんぱく骨武道』
2025年5月5日(月・祝)
東京都・千川Beach V
14:00開場/14:30開演
ゲスト:日本クレール、トロピカルマーチ、リクロジー

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