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技術者たち ~エンタメ業界が求めるエンジニアの力~

クラウドエンジニア:異色の経歴、異色の採用を経て始まった、エンタメ業界でのITエンジニアのキャリア

2026.08.25

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さまざまなエンタテインメントビジネスを手がけるソニーミュージックグループで、専門的な知識とスキルを持って働く技術者(エンジニア)に話を聞く連載企画。

第32回は、業務を行なううえで必要不可欠なクラウド上のツールの管理、運用を担当するソニー・ミュージックエンタテインメント(以下、SME)のクラウドエンジニア・北瀨雄大に話を聞いた。

  • 北瀨雄大 プロフィール画像

    北瀨雄大

    Kitase Yudai

    ソニー・ミュージックエンタテインメント

業務内容と業務環境について

──北瀨さんが所属するSMEのデジタルイノベーショングループという部門は、どのような業務を担っているのでしょうか。

この部門が担っているのは、ひとことで言うと“業務基盤”です。ソニーミュージックグループで働く約5,000人のスタッフが、日々の業務に安心して取り組めるように業務ツールやネットワーク環境を整える仕事ですね。

そのなかでも、私が所属するチームはMicrosoft 365を中心としたクラウドサービスの運用と保守を担当しています。Teams、SharePoint、Excel、Wordといった、日常的に使われるツールをいつでも安定の状態に保つのが役割です。

真剣なまなざしで語る北瀨雄大

──Microsoft 365をはじめとするクラウドサービスは頻繁にアップデートされるイメージがありますが、最新の情報はどのようにキャッチアップしているのでしょうか。

通勤中にIT関連のメディアをチェックしたり、業務時間内ではセミナーを受けたりしながらキャッチアップすることが多いですね。

お伝えしたように、我々のチームが日常的に携わっているのは、外部の企業が提供するサービスであったり、プラットフォームだったりするので、自分たちでプログラミングやコーディングを行なうことはほとんどありません。

ただ、外部のITエンジニアの方や、社内で別のチームの担当者とコミュニケーションをとるためには、技術的な知識を身につけておく必要があるので、日々の情報収集や学習は欠かせないですね。

そのうえで、我々の部門では組織が学習を促すのではなく、各自の“これを学びたい”といった要望が尊重されます。“今、自分にはこれが必要”“この最新トレンドは押さえておきたい”“将来のためにこの資格を取得したい”といった具合に、個人の学習意欲が高ければ高いほどスキルアップが可能な環境にあります。

高校卒業後に輸入代行業を起業――一転して飛び込んだエンタメ業界

──北瀨さんがSMEに入社した経緯を教えてください。

中途入社なのですが、その経緯が少し特殊でして……。この取材もソニーミュージックグループへの採用促進のために行なっているものですよね? 今回、指名してもらったときに上長にも伝えましたが、自分の入社経緯とか本当に参考にならないですし、「ほかの人がいいのでは?」とも言ったんですが、「“ソニーミュージックグループには、そういう人もいる”という例として受けてきなよ」と言われました。読んでいる皆さんもこの先、読み進めるにあたって期待せずにいてもらえたらと……(苦笑)。

──(笑)では、改めて入社の経緯を教えてください。

私は高校卒業後、すぐに起業して、26歳まで個人で輸入代行業を営んでいました。

──高校を卒業してすぐの起業!? しかも輸入代行業ですか?

はい。高校時代はPCやインターネットについて学べる環境にいたこともあって、HTMLやCSS、PHPといった基礎的な知識を身につけました。そんなスキルがあったので、自分でECサイトを立ち上げて海外から商品を買いつけ、販売していました。当時は、まだクラウドサービスが一般的ではなかったので、サーバーも自分で購入して運用していましたね。

──その事業は成功したのでしょうか?

はい。運良く軌道に乗って、しばらくはそれだけで食べていける状況になりました。ただ、取り扱っていた商材の市場が徐々に縮小していくだろうと感じたのと、20代半ばになったときに“このままでいいんだっけ?”と考えるようになって……。

起業というとカッコいいように聞こえるかもしれませんが、実際は、高校卒業直後の社会人経験ゼロの人間ですからね。しかも、ネットを使った輸入代行業だから、自宅のPCの前ですべてが完結してしまう。それこそスーツを着たこともなければ、名刺交換すらしたことがなかったので、“これは、一度、ちゃんと社会に出ておかないとマズいかも”と考えるようになって、初めて企業に就職しました。

そのときに入社したのが、SES(システムエンジニアリングサービス)を手がける会社……いわゆるITエンジニアの人材派遣業ですが、そこで営業担当として働き始めました。

白いTシャツを着て後ろで髪を結い、眼鏡をかけた北瀨雄大

──そこからどういった経緯でソニーミュージックグループへ?

この会社の取引先のなかに、音楽配信サービス「mora」を運営する当時のレーベルゲート(現、ソニー・ミュージックソリューションズ)があって。営業担当として出入りしているうちに、会食の席にも呼んでいただけるようになり、そうこうしていたら“ウチで働いてみない?”と誘われたんです。

──それは異色の経歴ですね。人材派遣業界からエンタメ業界と異なる世界に飛び込むことになりましたが、もともとエンタテインメントに興味はあったのでしょうか。

人並みに音楽が好きとか、そういうレベルで、正直、働き先としてのエンタメ業界には興味はなかったです。ただ、声をかけてくれた上長のWさん、Wさんは現在、隣の部門の本部長ですが……と実際に自分を採用してくれた、当時のレーベルゲートの代表取締役社長だったIさん、このおふたりがめちゃくちゃ面白い方で。

AWS(Amazon Web Services)は皆さんもご存じだと思いますが、そのなかで最も有名なサービスのひとつにオブジェクトストレージの「S3」というのがあって、これをAWSが日本で本格的にビジネス展開する前のAmazon Data Services Japan(ADSJ)という会社の時代(2009年後半)から導入したのがWさんなんです。当時、Wさんは、ADSJに自分で連絡して「S3」の導入を決めてくるという先見の明を持っていて、今も学ぶことが多い上長です。

そして、Iさんは“大事な話はすべて夜の飲みの席”というスタイルの方で……私の入社に関しても、Iさん、Wさん、そして現在、私が所属する部門の本部長を務めるHさんと錚々たるメンバーと会食させてもらったうえで、最終的にIさんが、そのお店から当時の人事部門のトップの方に電話をされて、「北瀬さんという人を入れるから」って(笑)。

そんなんでいいのか!? って思いましたけど、こんな上長と一緒に働いたら楽しいだろうなとも思いました。念のため言っておくと、後日、ちゃんと入社試験は受けましたけどね(笑)。

だから、話が戻ってしまいますが、私の入社の経緯は参考にならないんです(苦笑)。正規のルートではないですからね。ただ、エンタテインメントの会社なので、面白いことは正義だと思いますし、上長からしてそんな感じなのであれば、飛び込んでみたいと思いました。

いったん退職してから再入社――そのとき会社はクラウド移行の真っただなかで……

──そこから現在の業務に携わっていたのでしょうか。

いえ……実は、一度ソニーミュージックグループを退職しています。理由は、先ほど話した上長のIさんとWさんが異動されることになったのと、自分の契約期間がちょうど満了を迎えるタイミングだったからです。

──転職ということになるわけですね。

はい。友人が介護事業のDX化を推進する会社を立ち上げていて手伝ってほしいと言われたので入社し、そこで新規事業の企画を担当することになりました。

ただ、その会社で働き始めてから1年くらいたったころに、Wさんから“飲みに行こう”と誘われて。ちょうどWさんが現在の部門に着任されたタイミングで、“また一緒に働かない?”と誘ってもらって再入社することになりました。そのときに、現在のSMEに配属となり、その後クラウドサービスの運用、保守に携わっています。

──クラウドサービスを担当するようになって、特に印象に残っているプロジェクトはありますか。

再入社してすぐに携わったシステム移行プロジェクトですね。私が再入社したころは、社内サーバーで運用していたシステムをクラウドへ移行するプロジェクトの真っただなかで、入社後すぐに携わることになりました。これは3~4年かけて行なわれていた大規模なプロジェクトで、今後もこれを超えるものはないのではないかというくらい怒濤の日々でしたね。

ただ、このシステム移行を行なっていたからこそ対応できたのが、コロナ禍です。コロナ禍によって、オンライン会議が当たり前になり、リモートワークの環境が一気に整備されましたが、システム移行の準備をしていなかったら、どうなっていたことか……その成果は非常に大きかったと思います。

顎に手を当てながら話す北瀨雄大

やりがいは“スタッフの情熱を実現する面白さ”

──起業して事業経営の成功体験があって、ほかの業界も経験した北瀨さんがSMEで働き続けている理由を教えてください。

一番の理由は人ですね。もともと“この人と働きたい”という動機で入社を決めたのですが、その方々に限らず、この仕事を通じで出会ってきたエンタメ業界の人たちは、誰もが何かしら突出した強みや情熱を持っています。

出会う人、みんな面白くて、私は勝手にみんな何かしら一芸を持っているという意味で、“芸能人”だと思っているんです。エンタテインメントの世界で明確にやりたいことがある皆さんの話を聞きながら、それを実現に落とし込んでいくというのは、ほかではなかなか味わえない面白さがあるなと感じています。

そのうえでエンタメ業界のスタッフは、アーティストやクリエイター、作品といった表舞台で輝く存在を裏で支える“黒子”だと言われますが、そのなかでもITエンジニアは“黒子of黒子”だと思っていて。自分たちの仕事はエンタテインメントを支える基盤を作り、現場の挑戦を後押しすることです。表に立つのではなく、裏で支える、その立場に大きなやりがいを感じています。

いっぽうで、ここで培ったスキルがほかの業界でも通用するかというと、正直わからない部分もあります。もちろん、基本的な知識や経験値としての汎用性はありますが、システムの構造としてはエンタテインメントのジャンルごとに特化した、かなり特殊なものなので、そのまま活用できるかはわかりません。ただ、その分“ほかにはない経験を積んできた”という自信にはつながりますし、特殊な環境だからこそ、技術判断の最前線にも関われる面白さがあります。

大事にしていることは“考え過ぎない”“否定しない”

──どんな人がエンタメ業界のITエンジニアに向いていると思いますか。

エンタメ業界に限った話ではないかもしれませんが、あまり深く考えすぎない人ですかね。目の前の課題に対して向き合い、ときには深掘りすることは必要です。ただ、仕事というのは次から次へとやってくるので、ひとつのことに囚われすぎると、対処ができなくなってしまい、それが悪循環を生んでしまうことがあります。

いいところで区切りをつける、切り替えて次に進むというのも、実はスキルだと思うのですが、その根底にあるのが考えすぎないこと。成功も失敗も、そこから学べることはたくさんありますが、すべては過去のことなので、そこに囚われ過ぎず次のことに目を向けるというのが、大事なことなのかなと思います。

──これまで取材したITエンジニアの皆さんは、口々に“コミュニケーションが大事”と話していました。北瀨さんがコミュニケーションを取るうえで、特に意識していることはありますか。

“相手の意見を否定しないこと”ですかね。“でも”“だって”“だけど”といった言葉はなるべく使わないようにしています。どんな仕事でも、チームとして向かっている目標は同じなのに、気づかないうちにそれぞれが違う方向を向いてしまっていることってありますよね。

それが起きないように、相手が言っていることに対して否定的なニュアンスから入るのではなく、まずは受け入れて、そのうえで自分の考えと違うのであれば、それをしっかりと伝える。否定を前提としたディスカッションは、感情論にもなりがちでチームの輪が乱れる要因だと考えているので、そういう姿勢を心がけるようにしています。

エンタメ業界で働き続ける理由は想像を超える“面白さ”

──もともとエンタメ業界には、あまり関心がなかったとのことでしたが、10年近く身を置くなかで変化はありましたか。

会社にいるとエンタテインメントに関する情報が自然と入ってくるようになるんですが、これまでは興味を持っていなかったものに引かれることがあることに気づきました。最近だと、空山基さんの大回顧展『SORAYAMA 光・透明・反射 -TOKYO-』に、とても刺激を受けましたね。以前の自分だったら、このエキシビションが開催されていることすらも気づかなかったと思います。

音楽もほとんど聴かない人間で、iPodが発売されたときも“ガジェット好き”という理由だけで購入したので、入れる音源がなくて困ったくらいでした(笑)。そんな僕がふと“この曲いいな”と思ったアーティストが、あとからソニーミュージックに所属していたことを知って、うれしかったんですよね。そういう感情もSMEで働いているからこその変化だと思います。

真剣な表情を見せる北瀨雄大

──北瀨さんの話を聞いていると、自身の価値観における“面白さ”を追求している印象があります。そのうえで、今後のキャリアをどのように考えていますか。

その通りだと思います。なので、今後のこともあまり考えてないです(笑)。ただ、今のところ見えている未来としては“この会社を辞めることはないんじゃないかな”ということですね。

もちろん転職とか、また起業するとか、これから先の選択肢はいくらでもあると思います。ですが、それ以上にこの会社で働いていたほうが、自分の想像を超えた面白さを味わえそうな気がするんです。それは仕事もそうですし、一緒に働くスタッフたちもそうです。そんな面白そうだと思える環境があるというのは、とても貴重だと思います。なので、きっと定年を迎えるまで、ここで“面白さ”を追求し続けているんじゃないですかね(笑)。

文・取材:児玉澄子
撮影:干川 修

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