データアナリスト:エンタメ業界は予測不能だから面白い――ヒットをデータで紐解く若手の挑戦
2026.06.25


さまざまなエンタテインメントビジネスを手がけるソニーミュージックグループで、専門的な知識とスキルを持って働く技術者(エンジニア)に話を聞く連載企画。
第31回は、ソニー・ミュージックソリューションズが運営するソニー・ミュージックスタジオ所属のレコーディングエンジニア・杉下真奈美に話を聞いた。
目次

杉下真奈美
Sugishita Manami
ソニー・ミュージックソリューションズ
――レコーディングエンジニアという仕事については、以前、杉下さんの先輩に当たるレコーディングエンジニア・奥田裕亮さんに詳しく聞きましたが、杉下さんが、音楽の仕事を志すまでには、どういった経緯があったのでしょうか。
小さいころから音楽教室に通っていて、歌うことから始まり、ピアノやエレクトーン、学生時代には吹奏楽部でフルートやピッコロを演奏するなど、さまざまな楽器に触れて育ちました。
いっぽうで、子どもと遊んだり、読み聞かせをしたりすることも好きだったので、子どもたちの成長に関わる仕事に魅力を感じていて。自分の好きな音楽やこれまで培ってきた経験をいかせる幼稚園教諭や保育士の道を志すようになりました。
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――そのころは、音楽業界の仕事に就こうとは思っていなかったんですね。
そうなんです。音楽業界に興味を持ったのは、大学時代に軽音楽サークルに入ったことがきっかけでした。もともと歌を歌いたくて入部したのですが、サークル活動でライブハウスを借りたり、学内でPAやマイクのセッティングを自分たちで行なったりするなかで、ライブに携わる音響の仕事があることを知り、関心を持つようになりました。
――音響エンジニアの道に進むことを決めたのはいつごろですか?
大学3年生のときですね。音響エンジニアという仕事があることを知って、音響について一度きちんと学んでみたいと思うようになりました。その思いを当時所属していたゼミの先生に相談したところ、音響を専門的に学べる大学へ3年次編入が可能という選択肢を教えてもらって。それがきっかけで、進路を変更することにしました。
突然進路を変えることになるので、まずは両親に思いを打ち明けたんです。あまりに唐突だったので、申し訳ない気持ちと本気度を伝えるために土下座をしたのを覚えています(笑)。そしたら、音響業界のことをあまり知らなかった両親から、「そこまで言うならプレゼンして?」と言われたので、本当にパワーポイントで資料を作成してプレゼンもしました(笑)。この分野を学ぶ意義や、将来どういかしていきたいかを丁寧に伝えたのを覚えています。最終的には、もともと通っていた大学も卒業し、保育士、幼稚園教諭の資格を取得したうえで、音楽の大学に編入する道を選びました。
――音楽系の学校ではどのようなことを学んだのでしょうか。
音響、映像、美術、プログラミングなど幅広い分野を横断的に学べる学科だったので、音響を軸にPAやレコーディングについても基礎から学びました。過去にエレクトーンの発表会用に楽曲の尺を編集していた経験もあったので、次第にレコーディングエンジニアの仕事にも興味を持つようになりました。
在学中にはライブレコーディングを手がける会社でインターンを経験し、ライブ音響制作とスタジオレコーディング、両方の現場を見ることができて。そのなかで、レコーディングエンジニアが自分には向いているのではないかと感じて、レコーディングスタジオへの就職を希望しました。
――そして、ソニー・ミュージックスタジオへの入社を志望したんですね。
はい。2020年に入社しました。入社試験の内容は、年度によって変わると思いますが、私が受けた当時は実技よりも“音楽の現場にどれだけ真摯に向き合えるか”や“初対面の人とどんな協働ができるか”といった、コミュニケーション面を見られていたように感じます。専門知識がどうこうというよりも、その場で見せる熱意や初めてのことに取り組む姿勢が重視された選考だったのではないかと思っています。
――2020年の入社ということは、コロナ禍の混乱期と重なりますね。
まさにそうでしたね。入社直後から自宅待機期間があり、出社ができる状況になっても、人数制限や感染対策を意識しながらのスタートでした。通常とは異なる環境でしたが、新人として覚えることが多い時期だったので、“まずは基本を覚える”ことに集中しようと思ったのを鮮明に覚えています。
――そこから、先輩エンジニアのアシスタント業務を行なうようになったんですね。
はい、アシスタントエンジニアをアシストする通称“アシアシ”からスタートしました。先輩について学んでいくなかで徐々に現場を回せるようになっていき、アシスタントエンジニアになりました。学生時代にスタジオレコーディングを専門的に学んでいたわけではなかったので、最初からレコーディングエンジニアを目指していた人と比べると、手探りで学ぶことも多かったです。ただ、音響についての基礎を学んでいた分、“こういうことかな”と推測はできたので、業務内容そのものには入りやすかったですね。
――アシスタントならではの難しさを感じることは何でしたか?
一番苦労したのはマルチタスクですね。アシスタント業務は、PCで「Pro Tools」を操作してメインエンジニアのサポートをしつつ、周囲の状況にも目を配りながら、アーティストやクライアントの要望にも耳を傾けなければいけません。複数のことを同時にこなす必要がある仕事なんですが……当時はこれが本当に苦手で(苦笑)。
――印象に残っている失敗や学びはありますか。
準備段階の段取りが悪く、お客様をお待たせしてしまうことが何度かありました。メインエンジニアとして現場を任せてもらえるようになるまでは、そうした小さなつまずきの連続でしたね。いっぽうで、その失敗があったからこそ得られたものも大きかったです。
業務が終わったあとや休みの日に、スタジオが空いていれば自主的に機材に触れてスムーズに作業が行なえるように練習をしたり、自宅で歌の波形を編集する練習をしたりして、苦手な作業を克服できるように、自分なりの努力を続けました。
現場で経験を積むことはもちろん大切ですが、空いている時間を使って課題にじっくり向き合い、どうやったらそれを解決できるのか? 自分の頭で考えることを積み重ねたことが、今のスキルを作る土台になっていると感じています。
――苦手なマルチタスクをどうやって乗り越えたのでしょうか。
やはり、先輩エンジニアから得た学びですね。色んなことを同時にこなそうとして、結果的にすべてが中途半端になってしまっていた時期がありました。そんな私に先輩が“まずは操作だけに集中しよう”とアドバイスをくださったんです。その言葉通り、アーティストとのやり取りは先輩にお任せして、自分は操作に集中してみたところ、“できるじゃん”と認めてもらうことができました。
そのときの成功体験は、自信にもつながりましたし、一つひとつ落ち着けばできるのだから、焦らず順番に取り組めばいいんだと気づくことができました。当時の経験、先輩方からの細かなフィードバックや仕事に向き合う姿勢についての教えは、今でも自分の大きな財産になっています。
――今はメインエンジニアとしての業務が中心だと思いますが、特に自分の成長を実感したのは、どんなときでした?
入社3年目のときにアシスタントとして携わっていた、あるアーティストの現場で、担当だったメインエンジニアの代わりに、急遽レコーディングを担当することになったんです。
そこの現場は、基本的にメインエンジニアがひとりでセッティングから機材の操作、歌の録音まですべてをこなすスタイルで、周囲に頼ることができない状況だったのですが、それを最後までやり切れたことが大きな自信になりました。その現場をきっかけに、まだ駆け出しだった私を、アルバム制作のスタッフに加えてくださるということにもなって。周囲の先輩方が快く迎え入れてくれたことを、今でも感謝しています。
――現在はどのようなスタイルで業務をしているのでしょうか。
メインエンジニアとアシスタントエンジニアの業務を半々くらいの割合で担当しています。最近は、アシスタントとして長く携わってきたアーティストの現場で、メインエンジニアとしてレコーディングを任せてもらえるようになり、有難いことにアーティストのレコーディングに携わる機会も増えてきました。
――着実にメインエンジニアとして活躍の幅を広げているわけですね。これまでのなかで、特に印象深いレコーディングを挙げると?
YOASOBIのAyaseさんとのレコーディングですね。Ayaseさんが求める理想の音楽に対して、上手くサポートできるか不安だったのですが、終わったあとに「とても作業がやりやすかったです」と言ってくださって。それがとてもうれしかったです。
あと、アーティストの皆さんの歌唱力の高さにはいつも驚かされています。録音した歌声が、既に商品レベルの品質になっていて“これがプロの歌声か”と、声を聞くたびに圧倒されますね。しかも、たまに特別な音が録れる瞬間があって、そういう瞬間に立ち会えたときも感動しますね。
――“特別”というのは、具体的にどういうことでしょうか。
歌い手の方がテイクを重ねていくなかで、その場にいる全員が“今のいいね!”と感じる、鳥肌が立つテイクというのがあって。その瞬間、スタジオ内の空気がふっと変わるんです。感動すると同時に、この場に立ち会えて本当に良かったと思いますね。
あとは、これもレコーディングのあるあるなんですが、Aメロだけ録るはずが、ボーカリストの方が勢いに乗ってそのまま歌い続けてしまうということがあります。本来は、録音を止めるべき場面なのですが、聞き比べてみるとそれが一番いいテイクだったということがよくあって。生身の人間がやっているからこそ、生まれる印象的な場面というのがたくさんあります。
――杉下さんは、既に名テイクが生まれる瞬間を何度か体験しているわけですね。
一発録りに近い形で数回のテイクで完成する方もいれば、歌い方をいろいろ模索して、方向性が定まってから本領を発揮するタイプの方もいます。アーティストによって、ベストなテイクが生まれるまでの過程がまったく違うのも面白いですね。
その過程を把握するためには、ディレクターとミュージシャンの間で交わされる、譜面には書かれていないニュアンスを汲み取ることも大切です。レコーディングエンジニアも曲そのものを深く理解する必要があるので、よく聴き込んでおくことが欠かせません。
――業務の幅もどんどん広がっている最中だと思いますが、杉下さんはレコーディングエンジニアという仕事のやりがいをどこに感じていますか。
一番は、作品として世の中に残る仕事だということです。自分が携わった曲がお店や街で流れていたり、CDをショップで見かけるとうれしいですし、クレジットに名前を載せていただいたときの喜びは大きいですね。
ただ、最近は、音楽配信サービスの普及もあり、楽曲のクレジット表記自体を目にする機会が以前より少なくなってきています。だから、自分がどの作品にどのように携わったのかがわかるかたちで残ると、とても励みになりますね。
――どんな方に、この仕事を目指してもらいたいですか?
技術的なことは、現場に入ってからでも学べるので、音楽が好きという気持ちがあれば、専門的なスキルは必須だとは思いません。それよりも大切なのは、その現場に関わる方々への心配りができること。コミュニケーション力も含めた、ホスピタリティの精神は、この仕事に欠かせないものだと思います。音楽制作の仕事とは直接関係がないように思えるかもしれませんが、学生時代にやっていた接客業のアルバイトなどの経験も必ず役に立つと思いますよ。
あとは、長丁場になることの多い仕事だからこそ、現場の空気を心地良く保てる人柄も大切ですね。そして何より、好きだからこそ続けていける仕事だと思うので、これから目指す方には、ぜひ音楽への情熱を大事に持ち続けていてほしいです。
文・取材:阿部美香
撮影:干川 修

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