連載

“「きかんしゃトーマス」には社会性が凝縮されている”プロジェクトチームが感じた物語のリアリズム

ウィルバート・オードリー牧師によって描かれた原作『汽車のえほん』の発刊から来年で75周年を迎え、いつの時代も子どもたちに愛されてきた「きかんしゃトーマス」。その教育的効果が、同作品のマスターライセンスを有するソニー・クリエイティブプロダクツ(以下SCP)と「NPO法人 東京学芸大こども未来研究所(以下こども未来研究所)」の共同研究プロジェクトにより明らかにされた。

今回は、研究に携わった「こども未来研究所」のプロジェクトチームにインタビュー。前編では研究の経緯やプロセスについて話を聞きつつ、今回の研究で「きかんしゃトーマス」という作品に触れて何を感じたのかを語ってもらった。

「きかんしゃトーマス」の作品性を学術的に研究する

──まずは今回、「きかんしゃトーマス」を研究対象(「きかんしゃトーマス」と子どもの非認知能力の関係を3つの視点から検証した研究レポートはこちら)にされたきっかけからお聞かせください。

正木賢一氏
東京学芸大学 芸術・スポーツ科学系准教授
【専門】グラフィックデザイン/情報デザイン/メディア表現教育

正木:「こども未来研究所」は子どもたちの遊びを支援する活動を行なっています。そうした活動のなかで知り合ったSCPの西岡さん(前回記事参照)から、「きかんしゃトーマス」に関わるエンタテインメント事業を新しく開発しているという大きな枠組みのお話をいただきました。我々の方でもキャラクターの世界観や作品性をどうやって教育に結びつけていくかを考えていたところだったので、「きかんしゃトーマスという作品を学術的に研究してみませんか?」と話したのがきっかけです。当時、私の息子が4歳くらいでトーマスに興味を持ち始めていて、「きかんしゃトーマス」の世界を教育と絡めて研究テーマにできないかと漠然と考えていたので、とても良いタイミングでしたね。

──SCPと正木先生のコミュニケーションから生まれた研究だったんですね。

正木:そうですね。お互い話していくうちにだんだんとやりたいことが明確になってきたという感じです。私自身は美術教育に携わっているのですが、絵本の研究もしているので、子どものときのメディア体験が大人になるにつれて、どう影響していくのかという点にも関心がありました。そこで研究所に所属する小田さんにコーディネートしてもらいながら、スターティングメンバーとして南浦先生と森尻先生にもお声がけをして、このメンバーでいろんな角度からトーマスをいじくりまわしていこうと(笑)、そんなふうに立ち上がったプロジェクトです。

──皆さんそれぞれに所属や専門の領域が異なるのでしょうか。

正木:私の専門は、美術とデザイン教育です。特にグラフィックデザインを主軸としたメディア表現の可能性を探求しています。東京学芸大学はリベラルアーツ(複数の基礎分野で構成される教育プログラム。高度な教養を身につけることを目的としている)を掲げ、さまざまな領域を横断する学びを進めているので、先生方はそれぞれに複数の軸足をお持ちだと思います。

小田直弥氏
東京学芸大こども未来研究所 専門研究員
【専門】音楽教育学

小田:先生方は東京学芸大学で教鞭を執っていらして、所属も大学になりますが、私は「こども未来研究所」の所属になります。専門は音楽で、歌やピアノの演奏活動を行なうほか、合唱をキーワードに中学生、大学生、社会人を対象とした活動を行なっています。「こども未来研究所」では幼児を対象にした研究に関わることも少なくなく、今回も先生方からいろんな知見をいただきながら、研究成果としてまとめていくのが私の役割でした。

南浦涼介氏
東京学芸大学 人文社会科学系准教授
【専門】日本語教育/社会科教育/教師教育/市民性教育

南浦:私はもともとタイや日本の小中学校で日本語教師や学校教師をしていました。東京学芸大学では子どもたちへの日本語教育を中心に、学校の先生を育てる仕事も行なっています。研究としては社会科教育にも携わっています。ちなみにうちの子どももトーマスが大好きです(笑)。

森尻有貴氏
東京学芸大学 芸術・スポーツ科学系講師
【専門】音楽教育学/音楽心理学

森尻:私は以前の大学で音楽心理学の研究をしていて、東京学芸大学に着任してからは、音楽教育学の講義を担当しています。最後に行った大学がイギリスだったということもあり、向こうの子どもたちが生活のなかで「きかんしゃトーマス」と触れあう姿を見る機会もたくさんありました。

「いたずらはダメ」というお決まりの展開にしないのが「きかんしゃトーマス」の魅力

──やはりイギリスでは日本以上に「きかんしゃトーマス」が広く愛されているのでしょうか。

森尻:もともとイギリスには日本のようにたくさんのテレビ番組があるわけではなく、子どもが日常生活で接するキャラクターも日本に比べて圧倒的に少ないんですね。そういった環境のなかではありますが、「きかんしゃトーマス」の認知度はかなり大きなシェアを占めていたと感じます。本屋に行けばトーマスの絵本が目につきますし、電車のなかで隣に座った小さな子はトーマスのおもちゃを持って遊んでいたりする。そういう光景は意識しなくても、日常的に見かけていました。

──国民的なキャラクター、誰もが通る道みたいな存在なんですね。

森尻:そうですね、男女問わずみんな好きだと思います。

──今回の研究はどういったところから始められたのでしょうか。

小田:今回の研究デザインのなかでは、一般のご家族と直接触れ合えるタイミングを作りたいという思いがあり、アニメ鑑賞教室を開いて合計20組のご家族に参加してもらいました。私自身はトーマスとあまり縁のない人生だったので、みなさんと一緒に勉強させていただこうと思っていたのですが、とある親御さんがお子さんに「ほら、あの人がトーマス博士だよ~」と私のことを紹介するところを見て、内心これはどうしたものかとひやひやしていました(苦笑)。

──確かに子どものほうがよっぽどトーマス博士ですよね(笑)。アニメ鑑賞教室で観るエピソードはどのように選ばれたのですか。

小田:そこはかなり協議を重ねました。今回はアニメシリーズのCG版を採用したのですが、そのなかでもシリーズの初期のほうを見せるべきか、それとも最近のストーリーを見せるべきかという検討から始めました。

森尻:テーマに関してもずいぶん議論しましたね。登場キャラクターがばらけているのが「きかんしゃトーマス」のアニメの特徴で、いろんなキャラクターが登場するようにとか、ストーリーが同じようなテーマにならないようにということは配慮しました。

小田:私はサポートの学生たちと一緒に、「きかんしゃトーマスとなかまたち」のアニメ204話(第13シリーズ~第21シリーズ)を複数回ずつ繰り返し観たのですが、そのなかでひとつ驚きだったのが、同じ話を見返しているのに飽きないということなんです。さすがに体力的な辛さはありましたが、脳としては常に新鮮に楽しめました。というのも、「きかんしゃトーマスとなかまたち」の物語は予想外のことが結構起きるんですね。私は小さいころからアニメが大好きでよく観ていたんですけど、いつからか多くのアニメがパターン化されていることに気づき、「始まって15分経ったから、そろそろこういう展開になるな」というのがわかるようになったんです。でも、この作品はそうではない。

──確かに「きかんしゃトーマス」のアニメはお決まりの展開がないですね。

小田:なかでもよく覚えているのが、「ビルかな?ベンかな?」というお話です。ビルとベンは双子の機関車で、ふたり一緒だとパワーを発揮できる。でもある日、ふたりがしでかしたいたずらが原因でビルの車体だけが黄色から青色に塗り変えられてしまうんです。するとベンも知恵を働かせて自分も青く塗られることで、またいたずらをし続けるというお話です。ここでは大人が単純に考えがちな「いたずらはやめよう」という典型のメッセージではなく、ふたりが一緒にいることで発揮されるパワーや双子ならではの価値といったものを別の角度から描いているんですね。これは「きかんしゃトーマス」ならではの描き方だなと思いました。

正木:「きかんしゃトーマス」のファンタジーの描き方はイギリスならではで、私はある意味ロックでパンクだなと感じているんですが、夢のあるストーリーを描きながら、どこかでちゃんと現実に引き戻してくれるんですよね。電車を擬人化しているけど、キャラクターを人間の社会に置き換えたときに「これは誰々っぽいな」とか現実に投影しやすいし、自分が同じ立場だったらどう行動するだろうと考えさせられるような社会性が凝縮されている。

南浦:「私」と「他者」と「シチュエーション」が複雑に絡み合ってストーリーができていて、それが「きかんしゃトーマス」のおもしろいところですよね。最近の日本のアニメでよく描かれるストーリーラインは、シチュエーションの描き込みが薄い作品が多いように感じます。セカイ系のようにシチュエーションがストーリーの装飾になっていることはあるのですが、あくまでもそこにいる「私」と「あなた」を中心に描かれることが多い。一方、「きかんしゃトーマス」は、このシチュエーションだと誰がどうなるかということがかなり明確に描かれていて、それが物語の複雑さと、何回観てもおもしろいという魅力につながっているのだと思います。

森尻:「きかんしゃトーマス」のセッティングはファンタジーですけど、彼らのやりとりはリアリズムで描かれるんですよね。悪の手先をやっつけたりするようなドラマティックなことは起こらないし、大きな事件と言えば脱線くらい。でもそれは現実世界と一緒で、実社会というのは勧善懲悪で片付けられるようなものではなく、良かれと思ったけどダメだったとか、そういうことが多々あります。そこを変に子ども騙しで切り捨てずに描くというのがイギリス文化の特徴的なところで、子どもに大人の世界の縮図をちゃんと見せている。「きかんしゃトーマス」の世界では大人も考えさせられるようなことが起こるし、読み取れるものがひとつではなくて多元的。トーマスの気持ちもわかるし、ゴードンが言うこともわかるといったストーリーが多いですよね。

子どもから考えるきっかけを奪わない作品性に注目

南浦:作り手がテーゼ(命題)を込めているかというのが重要だと思います。もちろん、そのテーゼを子どもがそのまま受け取らなくても全然良いんですけど、自分たちの世界はこういうふうにできているということを観てきた子どもたちの認識のあり方は、相当違ってくるだろうなと感じます。子ども向けの作品は、おうおうに表現が直接的だったり、使い古された記号を使って、感動するポイントをわかりやすく示してしまう作品が多いように感じます。感情移入のしやすさという意味では、その方が簡単な手法になるのだと思いますが、そこがあまりに強調されてしまうと子どもから考えるきっかけを奪ってしまうことにつながるかもしれませんね。

森尻:日本のアニメーションには「かわいい」という概念があるので、好きなキャラクターに対して見た目的な愛着を持つことが多いように感じます。その点、「きかんしゃトーマス」に登場するキャラクターはパーソナリティが愛されているのかなと思いました。実際、研究のなかで、子どもたちに好きなキャラクターを聞いてみたんですが、結構ばらける結果になって。正直に言うと私もトーマスのぬいぐるみを最初に見たときはかわいいとは思えなかったんです(笑)。でもアニメを観たら、パーシーにすごく愛着を感じました。パーシーの疑う心を持たない素朴なキャラクターが大好きで、あの高い声で「なんで?」って言われるとキュンとしてしまうんです(笑)。

正木:そういえばうちの子は、小学校に入った途端に「きかんしゃトーマス」から自然と卒業しました。トーマスが嫌いになったわけではなく、トーマスを卒業したという雰囲気が生まれたんです。そこが他のキャラクターにはない関わり方だなと感じました。

森尻:それはわかる気がします。トーマスはストーリーのなかで生きてる友達みたいな感覚になるのかもしれない。

正木:子どもは小学校に入ると新しい友だちと出会い、中学でもまた新たな仲間ができる。子どもは常に周りの環境に影響を受けながら成長していきます。そのなかで、よきパートナーだったり、よきライバルになるような関係性を、好きなキャラクターに投影して、いわゆるメタ認知的な追体験につなげられる。今後はそのあたりも研究で探りたいと思っているのですが、これは「きかんしゃトーマス」の教育的意義のひとつではないかと仮定しています。多様性が叫ばれ、世界がどんどん複雑化していくなかで、自分にとって成長を支えてくれるようなキャラクターと出会えるというのは、やっぱり大事なことだと思います。

後編に続く

文・取材:廿楽玲子
撮影:篠田麦也

© 2019 Gullane (Thomas) Limited.

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