感覚過敏でもエンタテインメントをあきらめない――当事者、専門家に聞く、感覚のDE&Iとは?【中編】
2024.02.20
外部企業
ソニーミュージックグループでは、持続可能な社会の発展を目指して、環境に配慮した活動や社会貢献活動、多様な社会に向けた活動など、エンタテインメントを通じてさまざまな取り組みを行なっている。連載企画「サステナビリティ ~私たちにできること~」では、そんなサステナビリティ活動に取り組む人たちに話を聞いていく。
今回取り上げるテーマは感覚過敏。感覚過敏とは、聴覚、視覚、触覚、嗅覚、味覚など人が物事を認識するうえで欠かせない各感覚が必要以上に敏感になる症状のこと。“スマホやパソコンの画面が眩しくて目が痛くなる”“騒がしい場所にいると体調が悪くなる”など、日常生活に支障をきたす人も少なくない。
現在17歳の加藤路瑛氏は、幼いころから感覚過敏に悩まされてきた当事者だ。2020年に自身で感覚過敏研究所を立ち上げ、感覚過敏の啓発や研究、対策商品、サービスの企画・販売などを行なっている。
今回のインタビューでは、加藤路瑛氏の実体験から感覚過敏に対する理解を深めるとともに、感覚過敏の当事者が音楽や映画、アニメ、ゲーム、イベントといったエンタテインメントをどのように享受しているのかを聞きながら、エンタテインメントの楽しみ方の多様性に迫っていく。
加えて、加藤路瑛氏の著書『カビンくんとドンマちゃん』では監修を手がけるなど、その活動を支援している児童精神科医・医学博士の黒川駿哉氏にもインタビューを実施。これまで感覚過敏の症状に悩む多くの患者と接してきた医療従事者、研究者の立場から、感覚過敏という症状、周囲の接し方、DE&Iを進めるうえで大切にすべき視点について語ってもらった。
前編では、加藤路瑛氏の経験、感覚過敏の方々がエンタテインメントを楽しむうえでの困りごとなどを伺った。
加藤路瑛氏
Kato Jiei
株式会社クリスタルロード 代表取締役社長
感覚過敏研究所 所長
──まずは感覚過敏がどういう症状なのかを、改めて教えてください。
感覚過敏は、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、主に諸感覚と呼ばれる五感が過敏になり、日常生活に困難さを抱える状態を指します。症状の強弱、そしてどの感覚に症状が現われるのかは、人によって異なりますが、諸感覚に刺激を受けることで疲れやすくなるとか、頭痛や吐き気など体調が悪くなる、ときにはパニック発作のような症状が現われる人もいます。
例えば視覚でいうと、蛍光灯の光やスマートフォンのディスプレイを眩しく感じたり、読書やメモをするときにホワイトが強い紙だと眩しく感じたりします。聴覚に関しては、外に出ると世界はたくさんの音であふれているので、それをザワザワ感と感じる方や、救急車のサイレン、赤ちゃんの泣き声といった特定の音が苦手という方もいます。
──加藤さんご自身は、どういった症状が出るのでしょう。
私の場合は、五感すべてに過敏の症状があります。視覚でいうと、人混みが苦手ですし、LEDなどの照明を眩しく感じて目が疲れたり頭が痛くなったりします。聴覚でいうと、救急車のサイレンやザワザワした感じがとても苦手で。人混みのなかで多くの人が喋っていると、あちこちから音が聞こえてきて疲れを感じてしまいます。
また、味覚と嗅覚の過敏によって小さいころから食べられるものが極端に限られていて、いろいろな料理の匂いが混ざり合う学校給食の時間も苦手でした。触覚では、服や靴下で痛みや不快感を覚えるため、自分の肌に合ったものを何とか見つけ出し、何年も着まわすということで対応していましたが、最近は、感覚過敏研究所で服の縫い目が外側、タグなしをコンセプトにした自社ブランド「KANKAKU FACTORY」で開発した服や、アパレルメーカーの方たちとのコラボで開発した学生服なども展開していて、それでかなり状況は改善されています。
──感覚過敏という言葉でくくられてはいますが、症状はまさしく人それぞれ、千差万別なんですね。加藤さんの著書『感覚過敏の僕が感じる世界』(日本実業出版社刊)では、こうした症状に対して「感覚過敏ではないか」と中学校の保健の先生に指摘されたエピソードが書かれていました。ご自身の症状が明確になったとき、どんな思いでしたか?
今思えば、小さいころからつらいと感じることがたくさんありましたが、このつらさは何なのか、私も家族もわかっていませんでした。そうしたなか、つらさの原因のひとつが感覚過敏だったと知って、「ああ、これだったんだ」と気持ちが少し楽になりましたね。そして「自分だけじゃない、ほかにも同じように悩んでいる人がいるんだ」ということに気づけたことも、とても大きなことでした。
──感覚過敏について知る前と後で、周囲の変化はありましたか?
まず、家族との関係性が変わりましたね。私は1,652gと小さく生まれたので、親としてはたくさん食べて、じょうぶに育ってほしいと願っていたようです。でも、いろいろな食べ物を試しても、やっぱりほとんど食べられない。
それこそ自分が物心ついたころには、食事に関して食べる、食べないで親子喧嘩になることもしょっちゅうでしたが、感覚過敏という症状を知ったことで、「どんなものなら食べられるのか」を両親と話し合ったり、つらいときにはSOSを出しやすくなったりしました。
──加藤さんは感覚過敏の当事者やそのご家族を対象としたコミュニティを運営されていますが、何人ぐらいの方が参加されているのでしょうか。
現在、僕らのコミュニティには約1,000人の方が参加されています。
──それぞれ症状も異なるということですよね。
はい。感覚過敏研究所が実施しているアンケートによると、感覚過敏の自覚症状がある方の約80%に聴覚過敏、約70%の方が視覚過敏、触覚過敏の症状に悩んでいるという回答でした。つづいて嗅覚過敏、一番少ないのが味覚過敏というアンケート結果が出ています。
──日本国内で、感覚過敏でお困りの方はどれくらいいると見込まれているのでしょうか。
感覚過敏は“病気”ではなく“症状”とされているので、実は詳しい統計がないんです。ただ、発達障害の方の約95%に何かしら感覚の過敏性があるという研究論文があります。その数字をベースに計算した場合、今、日本で発達障害だと診断されている方が約48万人いると言われているので、45万人ぐらいの方に何かしらの感覚過敏があると推測できます。
さらに、発達障害があったとしても診療は受けていないという方も多く、感覚過敏の症状は、うつ病や認知症、脳卒中、交通事故、妊娠などさまざまな要因で発症すると言われているので、実際はもっと数が増えると考えられていて、数百万人と試算する声もあります。
──感覚過敏の症状は治るものなのでしょうか。
感覚過敏を治す方法は、今のところ見つかっていません。ただ、症状が緩和されるケースはあるようです。例えば発達障害やうつ病による感覚過敏であれば、発達障害に効果のある薬や抗うつ剤を使用することで症状が軽くなったという話も聞きます。
ただ、根本的に治す方法はまだないので、環境調整やデバイスの力を借りるなど、個人個人で工夫しながら対処しているというのが現状です。
──年齢を重ねることで、症状が緩和されたり、慣れたりするといったことはあるのでしょうか?
そういった事例もあると聞いています。とは言え、僕らのコミュニティには60~70代の方もいらっしゃって、なかには子どものころは症状がなかったのに、交通事故や妊娠を期に症状を自覚したという方もいらっしゃいます。なので、年齢によってどうなるかというのも人によると思います。
──ご自身が感覚過敏だと気づいた加藤さんは、通っていた私立中学を中退し、角川ドワンゴ学園N中等部に編入されます。12歳で株式会社クリスタルロードを親子起業し、13歳で感覚過敏研究所を設立するなど、現在は社会的な活動もされていますが、どういった想いで起業されたのですか。
2018年に起業した当時は、感覚過敏のことをまだ知らなくて。単純に「社長になってみたい」という思いから、親子起業をしました。きっかけは、中学1年生で出合ったカードゲーム『ケミストリークエスト』です。帯に“小学生で起業したスーパー高校生社長考案”と書いてあって、「小学生で社長になった人がいるんだ!」と知って、自分もやってみたいと思いました。なので、最初は“感覚過敏を解決するために社長になる!”というような志ではなく、単純な好奇心から始まった起業だったんです。
──そのなかで、ご自身が感覚過敏だと気づき、当事者の悩みや困りごとを解決する事業に舵を切っていかれたんですね。
そうですね。最初は子どもの起業を支援する取り組みを行なっていましたが、自分が感覚過敏だとわかってしばらく経ったときに、父から「せっかく自分の会社があるんだから、自分の困りごとを解決する事業に取り組んでみたら?」というアドバイスをもらったんです。
私自身、感覚過敏を理由にやりたいことをあきらめていたことに気づき、自分も含め、感覚過敏という症状で困っている人たちの問題解決をしようと事業をピボットさせ、今に至ります。
──加藤さんたちの取り組みもあって、感覚過敏に関する認知も徐々に広まりつつありますが、どういったビジョンを描いて事業を展開されてきたのでしょう。
私のビジョン、目指している社会は“今をあきらめなくていい社会をつくる”です。まずは、感覚過敏を理由にやりたいことをあきらめなくていい社会をつくりたいですね。
感覚過敏は症状のひとつではありますが、当事者である自分としては障害に近いものだと考えています。目が悪い人は眼鏡をかけることで視力が矯正され、さらにはその人の個性のひとつにしている人もいますよね。ですから感覚過敏という困りごともテクノロジーなどの力によって、個性のひとつとして捉えてもらえる社会にしたいと思って活動しています。
──ソニーミュージックグループでは、音楽をはじめとしてアニメ、ゲーム、キャラクターなどさまざまなエンタテインメントコンテンツを日々発信しています。感覚過敏の症状がある方々は、そうしたエンタテインメントを楽しむうえでどのような困りごとがありますか?
この前、感覚過敏研究所で外出に関するアンケートを取ったんです。そこで「行きたいけれど行けない場所」について聞いたところ、多かったのがやはりライブやイベント、その次が映画館という回答でした。
「ライブ会場でもしパニックを発症したら、体調が悪くなって倒れてしまったら、ほかの人に迷惑をかけてしまう」という不安を抱えている人はたくさんいますし、これまでの失敗体験からどうせ行けないとあきらめ、最初から行かないという選択肢を取る人も多いですね。
──聴覚過敏や難聴を心配する人のなかには、耳栓をしながらライブを楽しむ方もいらっしゃいます。ただ、そういった方が周囲から心ない言葉をかけられたという話をSNSなどで見かけたこともあります。加藤さんご自身も音楽ライブを観賞したことがあるということですが、何か困りごとはありましたか?
自分はゲーム、アニメ、音楽が大好きで、小学生のころには好きなアーティストの音楽ライブを観に行ったこともあります。そのときは、会場の1階がスタンディングで込み合っているため、2階席で座って観ることにしました。ただ、やはり会場のライトは眩しくて、当然ながらファンの人たちが盛り上がっているザワザワ感やさまざまな匂いなどにもつらさを感じる結果になってしまいました。
このときは、そういったケースが予想できたので、両親がライブ会場近くのホテルを予約してくれて、体調が悪くなったら逃げ込む、もしくは終演後にそのまま帰るのではなく一度休んでから帰るといった工夫をしました。
──映画館に関してはいかがでしょう。
体調が悪くなることを前提に映画館に足を運ぶケースでは、イヤーマフをつけるといった対策を取る方もいらっしゃいます。そのうえで、本当に体調が悪くなってしまったらすぐに映画鑑賞を中断するという対策ですね。でも、やはりそもそも映画館には行かないという選択肢を取る方も少なくありません。
──ご自宅では、ゲームやアニメをどのような環境で楽しんでいますか?
基本的に、パソコンで楽しむことが多いですね。ただ、音やモニタの光によって疲れてしまうため、長時間つづけるとつらさを感じます。また、私はスピーカーではなくイヤホンやヘッドホンでアニメや音楽を楽しむのですが、ずっとつけていると痛みを感じることもあります。触覚の過敏も、エンタテインメントを楽しむ際の課題ですね。
──最近では、感覚過敏の方が苦手とされる音を、AIを使って消すアプリを開発しているメーカーもありますし、ノイズキャンセリング機能のついたヘッドホンなども役立つのではないかと思います。そういったデバイスは使われていますか?
そうですね。こうしたデバイスを使うと症状が緩和されますし、実際、自分もノイズキャンセリング機能を搭載したイヤホンを使っています。あとは電車のなかであれば、目をつぶって視覚の情報をシャットアウトしたり、それでもダメなときは、フードをかぶって暗くしたりすることで楽になることがあります。屋内にいて周りの音をうるさく感じるときは、ノイズキャンセリングイヤホンの上からさらに密閉性があるヘッドホンをつけるという対応をしています。
──ライブ会場に託児所を設置するなど、最近はエンタメ業界でもファンの多様性に対応しようという動きが出てきていますが、感覚過敏の方に対して、ライブや映画館の運営サイドはどういった配慮が考えられるでしょうか。
ニュースで知ったのですが、来場者が全員ヘッドホンをつけて音楽を楽しむライブが開催されたそうです。端から見ると会場には何も音が鳴っていませんが、観客それぞれが音を楽しんでいる。そういう方法もあるのかと、衝撃を受けました。
あと、私自身は経験したことがないのですが、映画であれば駐車場に設営したスクリーンに映像を投影して車のなかから楽しむドライブインシアターという手もありますよね。自分たちだけで楽しめると、お子さん連れなど感覚過敏ではない方々にとっても居心地が良いのではないかと思います。
──映画館の場合、やはり音の大きさ、光の眩しさが障壁になるのでしょうか。感覚過敏の方も楽しめる場にするには、どんな施策が考えられますか?
感覚過敏ではありませんが、映画館によっては赤ちゃんを連れた親御さんも楽しめる回を設けていますよね。そういった形で、スクリーンの照度が暗めに設定されていたり、匂いを抑えるために飲食を控えてもらったりする回があると、感覚過敏の人たちは安心できると思います。
また、そもそも映画館に行くのをためらう要因のひとつとして、入り口付近で呼びかけの声がしたり、飲食物を買う方々でにぎやかだったり、近くにゲームセンターのような大きな音を立てる施設があったりすることも挙げられます。そうなると、映画館の近くにすら行けないという人もいるんですね。
欧米諸国では、感覚過敏の人たちが買い物をしやすいように照明や音楽を落とす「クワイエットアワー」という時間を設けているお店もあって、この取り組みが拡大しつつあるそうです。さらに、この「クワイエットアワー」は感覚過敏の症状がない人でも、「買い物に集中できて良かった」という声も挙がっているとのことで、日本でも試験的に導入した事例が出てきました。
いきなり社会をガラッと変えることは難しいですが、エビデンスを得る意味でも、こうした取り組みが拡大していってくれたら良いなと思いますし、そのような感覚にもやさしい社会モデルを構築することが私の次の役目だと感じています。
文:野本由起
撮影:干川 修
取材:野本由起、石田竜洋(Cocotame編集長)
感覚過敏研究所
https://kabin.life/
感覚過敏研究所オンラインストア
https://kankakufactory.com/
クリスタルロード 公式サイト
https://crystalroad.jp/
ソニーミュージックグループ サステナビリティ
https://www.sme.co.jp/sustainability/
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