連載

「きかんしゃトーマス」と子どもの非認知能力の関係――その研究から見えた教育の未来像

ウィルバート・オードリー牧師によって描かれた原作『汽車のえほん』の発刊から来年で75周年を迎え、いつの時代も子どもたちに愛されてきた「きかんしゃトーマス」。その教育的効果が、同作品のマスターライセンスを有するソニー・クリエイティブプロダクツ(以下SCP)と「NPO法人 東京学芸大こども未来研究所(以下こども未来研究所)」の共同研究プロジェクトにより明らかにされた。

研究に携わった「こども未来研究所」のプロジェクトチームにお話しを聞く後編では、教育者として、今回のテーマである“「きかんしゃトーマス」と非認知能力の関係”の研究を通して感じたこと、教育現場の最前線で想うことや教育環境の未来像について語ってもらった。

「きかんしゃトーマス」でイギリスと日本の教育文化の違いを考える

──<前編からの続き>ほかに今回の研究(「きかんしゃトーマス」と子どもの非認知能力の関係を3つの視点から検証した研究レポートはこちら)で「きかんしゃトーマス」に関する気づきはありましたか?

正木:「きかんしゃトーマス」という作品のおもしろい点は、乗り物を擬人化したことによって、キャラクターの機能が制御されているところです。日本のロボットヒーローやヒーロー戦隊では合体や変身をすることでパワーアップされる拡張性がよく描かれますが、トーマスたちは機関車だから線路から出るわけにはいきませんよね。制限を持った擬人化キャラクターの擬人化が「きかんしゃトーマス」の独自の世界観を作っていると言えます。

正木賢一氏
東京学芸大学 芸術・スポーツ科学系准教授
【専門】グラフィックデザイン/情報デザイン/メディア表現教育


──それは自分に与えられた場でどうやって生きていくかという気付きにつながりますよね。

南浦:そう思います。ただ、我々日本の大人が「きかんしゃトーマス」のなかで描かれているこういったテーマにちゃんと気付けているかというと、難しいのかもしれません。日本の大人は、人間や社会にとって何が大事なのかを子どもに伝え、自主的に考えさせるように導くのがあまり上手ではありません。これは当然のことで、日本の教育カリキュラムがそのようにできておらず、自分たちがそういう教育を受けてないからなんです。一方で、「きかんしゃトーマス」発祥のイギリスに代表されるヨーロッパ圏の教育文化はそもそも“子どもを子ども扱いしない”という文化があります。つまり、異論があれば大人も、子どもも関係なくディスカッションするし、いろんな個性があっていいんだというのが大前提になっています。だから、物語を見て何を感じ、何を考えるかは全てその子に任せ、大人から提示や強要はあまりしないんですね。しかし日本の典型的な教育文化は、そうではないでしょう。そのため自分自身が“子ども扱いされない”文化にいなかった日本の大人たちが、「きかんしゃトーマス」のようなコンテンツの底にあるテーマを理解して、いきなり教育に生かせるかというと、まだまだ難しいかもしれないですね。だから、今回のようにコンテンツ側の方々から声をかけていただくことが、そういったことを考える良いきっかけになっていくかもしれませんね。

南浦涼介氏
東京学芸大学 人文社会科学系准教授
【専門】日本語教育/社会科教育/教師教育/市民性教育

すぐに結果を求めない見守り方を我々ができるか

正木:日本の教育を見ていると、磨き上げることに注力してしまうことが多いように感じます。まるで鏡面仕上げのように磨き上げて、均一化したものを理想像としてしまう。でも、人間の個性は多面的でキラキラと反射するダイアモンドのような姿だと思うんです。「きかんしゃトーマス」には、キラキラと輝く多様なキャラクターたちが登場しますよね。彼らが巻きおこすエピソードには引っ掛かりや葛藤があって、観ているとモヤモヤすることもある。けれど、そういうことは日々生きていくなかでも頻繁に起こり得るし、それをストーリーの追体験からフィードバックできるところに「きかんしゃトーマス」の良さがあると言えます。こうした原体験があれば、新たな価値体験を生み出そうとするクリエイティブマインドの育成にもつながるでしょう。ただ、そういうインプット・アウトプットの良循環を考えてみると、今の日本の教育環境は少し風通しが悪いのかもしれませんね。

森尻:すぐに結果を求めてしまうのが、日本の社会全体で習慣づいてしまっているのではないかと思います。「今日は何を学んだの?」「何ができるようになったの?」というように、その日のできごとと結果をすぐに結び付けようとしてしまう。本来、教育というのは20年、30年先にどのように貢献するのかという視点もあるかと思うのですが、子どもに対しての見守り方や対応の仕方が変化していて、大人の教育に対する忍耐がなくなってきているように感じます。

森尻有貴氏
東京学芸大学 芸術・スポーツ科学系講師
【専門】音楽教育学/音楽心理学

正木:教育と向き合う上では、とことん手間ひまをかけることが重要になります。今はファストフード、ファストファッションと同様に、ファストエデュケーションという流れも加速しているように思えます。そこでいったん立ち止まり、子どもにどれだけ多様な経験をさせてあげられるかを考えたほうがいい。リーディングやビジュアル・リテラシーの基盤として、私はイメージ・リテラシーという言葉を使っていますが、豊かな遊びや学びの体験を通じて、自分の頭のなかに蓄えたイメージを自分らしく効果的にアウトプットさせてあげられる、そんな教育活動が理想です。

教育は時間がかかるものという前提で問題解決のプロセスを追求

──親子でトーマスを観て「今日はこんな話だったね」と何気なく話すというのも、大事な経験につながるのかもしれませんね。

正木:それはものすごく大事ですね。実際、そういったコミュニケーションを求める子どもの方が多いと思います。しかし、お母さんもお父さんも働いたり、家事をしたり、時間がないなかで子育てをしていますから、なかなか時間が取れず、やっぱり結果だけを求めてしまいがちです。ただ、徐々にではありますが、子育てをひとつの仕事観として高めていこうという流れは日本の社会にもできつつあるので、多くの親子がもう少しゆっくり向き合える時間ができることを願っています。

森尻:先ほども言った通り、本来教育というのは時間がかかるもので、問題を解くプロセスを追求していくものです。しかし、AIなどのテクノロジーが進化して、すべてに最短が求められるようになっている今、問題解決のプロセスを思考する力が低下していってしまうのではないかと危惧しています。自分で考え、調べ、答えを出す。これを教育プログラムとして提供していくのは当然ですが、「きかんしゃトーマス」のようなコンテンツ側にもそういった余地を残してもらって、子どもたちの原体験につなげられたら良いと感じます。

小田:教育と時間軸という意味では、我々が取り組んでいる産学連携(教育機関と民間企業が連携すること)でも、企業の担当者の方から「最短」という言葉をよく言われますね。「どれくらいの研究期間をいただけますか?」と聞くと、やなり「なるべく早く」という答えが返ってきます。それはビジネスという観点では当然なのですが、我々としては「なるべく良い研究成果を作ってご提供したい、そのためにはもう少し時間を……」と思っています。そのミスマッチを埋めるのも我々研究者の仕事ですが、どうしても時間をかけないと出てこないアイデアや視点というものもあります。企業側が、そこにどれだけ寄り添ってくださるかというのが、良い成果につながるためのポイントになります。

小田直弥氏
東京学芸大こども未来研究所 専門研究員
【専門】音楽教育学

森尻:その意味では、今回の「きかんしゃトーマス」と非認知能力に関する研究は、SCPの方たちが時間的な制約も含めて我々の提案を寛容に受け止めてくれました。結果、今回の研究は途中でしっかり軌道修正も行ないながら、いろいろなプロセスを探索的に行なうことができました。

南浦:この点については、私たちが企業文化に期待する部分でもあるんです。現在の学校教育は、トップダウン主義や過度なリスクマネジメント、さらにさまざまなスタンダードなど、いろいろな規範に絡み取られることが多く、現場の先生たちは自由に思い切った改革を自分たちで行ないにくい状況があります。それに比べ、民間企業はグローバルな視点で教育的文化のトレンドを取り入れつつ、それを洗練させるスピードも断然速い。昭和の日本型経営の崩壊とその後の改革のなかで、仕事の仕方やコンテンツの出し方、コミュニケーションのあり方やイノベーションの生み方などは、民間企業の方がずっと先を行っています。ただ、民間企業の方たちもまた教育に関わろうとしたときに、やっぱり自分たちが受けた教育経験が顔をのぞかせて、“子どもを子ども扱いする”ような従来通りの教育や競争的発想の教育を与えようとすることも多く見られます。そこをあえて切り離して、いつも皆さんが働いているときの、新しいものを生み出すにはどうしたらいいのかを一緒に考える、そういう感覚で教育を語ってもらえたら、産学連携でより良い教育環境を生むことができるのではないかと思います。

「きかんしゃトーマス」の何が素晴らしいのかを一緒に考える

正木:これからAIをはじめ新しいテクノロジーによって社会がどんどん変わっていくなか、教育のあり方も当然ながら変わっていきます。特に、非認知能力をめぐっては、誰もが潜在的に持ち得る気質のようなものとして捉え、それを発揮できる場作りや新たな評価軸が求められるでしょう。親として教育者として、その機会をどう作り、見守っていくかを考えていきたいですね。

森尻:今回の研究結果を受けて、一部だけを切り取って「きかんしゃトーマスは子どもに観せるべきなんですか?」という質問を受けるんですけど、我々は「きかんしゃトーマス」を観たから非認知能力が伸びるとは断言できないと思っています。そこはもっと複雑性があって、「きかんしゃトーマス」から受け取ったメッセージを咀嚼する子どもにはそういう可能性が生まれますということまでしか言えないのです。繰り返しになりますが、教育とはそこまで短絡的ではないですし、人格形成も同じくです。その上で「きかんしゃトーマス」で描かれる物語は、いろいろな道をくるくるまわったけど、最後にあったのはお宝じゃなくて、きれいな景色だったね、で終わったりする。それが実生活に通じる本来の姿だと、今回の研究を通して感じたことですね。

小田:「きかんしゃトーマス」には感動的なお話もあれば、シュールなお話もあります。子どもたちは、そういういくつかのお話の総体として「きかんしゃトーマス」の世界を自分の内面に構築していき、その世界は日々の生活を通してより豊かになったり、実生活への示唆をもたらしてくれたりもします。このように、好きなキャラクターの世界を自分の内面に抱えて、それと共に生きることで得られる学びは、今のキャラクターに溢れた日本では無視できない状況になっていると思います。これからの日本の教育を考えるにあたって、こういう視点についても親御さんや企業の方たちが興味を持って注目してくださるならば、少しずつ教育環境も新しい時代へと更新され始めるのではないかと感じています。

正木:たとえば、友達とケンカして葛藤している子が、「きかんしゃトーマス」の物語に感情移入して、そこに仲直りするまでのプロセスを見いだせたら最高だと思います。その感性や非認知能力を含めて、学びに能動的になれる教育環境作りをすることが大事なのです。そのためにも産業界はエンタテインメントという種を蒔いて、これは楽しいことなんだよと、子どもたちにもっと伝えてもらえたら良いですね。

森尻:SNSの発達も影響しているのかもしれませんが、今は自分で価値判断ができない、他の人が良いと言っているから良いと思ってしまう人が多いように感じます。「きかんしゃトーマス」は教育に効果があると聞いたから見せようとか、自分で内容を確認せずに手に取るような危うさは、やっぱり子どもにも伝わると思います。何かを子どもに与えるにしても、まずは自分の目で確かめて、何が良いのか、なぜ与えたいのかというのを考えてみてはいかがでしょうか。そうすることによって、私たちの研究成果の本質も理解していただけるのではないかと思います。

──まずは大人がしっかり学ばないとですね。

正木:本来、主体的な学びには問いがあります。そして、問いのない人生はつまらないよねという実感に、子どもたちが社会に出るまでにどれだけアクセスできるかが大事だと思います。そのために我々大人は、一緒にアイデアを出し合い、これからの時代に合った、もっと多様性を受け入れられる教育プログラムを作っていくべきではないかと。その意味で今回の研究は、いろんな領域の考え方がアカデミックにつながっていく、ひとつのきっかけになったと思います。この研究を通して新しいプロセスが生まれ、それが新しい研究メソッドになったら我々としても有意義ですし、新しい指針にもなる。「こども未来研究所」はこれからの教育を考えるラボとして、ありがたい起爆剤をいただいたと考えています。

<非認知能力とは>

学力テストなどでは数値化できない能力。「意欲的である」「社会性がある」といった性格的な特徴のようなものを指し、幼児期の遊びや生活のなかで伸ばすことが大事だとされる。非認知能力の向上は、将来の学びやキャリアの成功に影響することが多くの研究結果で示されている。

文・取材:廿楽玲子
撮影:篠田麦也

© 2019 Gullane (Thomas) Limited.

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