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連載Cocotame Series

音楽ビジネスの未来

Volumetricからメタバースまでソニーミュージックグループが取り組むエンタメビジネスの最前線【前編】

2020.10.01

聴き方、届け方の変化から、シーンの多様化、マネタイズの在り方まで、今、音楽ビジネスが世界規模で変革の時を迎えている。連載企画「音楽ビジネスの未来」では、その変化をさまざまな視点で考察し、音楽ビジネスの未来に何が待っているのかを探っていく。

今回は、Volumetric Capture(ボリュメトリックキャプチャ)技術を用いた生配信ライブ『いきものがかり Volumetric LIVE ~生きる~』や宇多田ヒカルの音楽VRコンテンツ『Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018–“光”&“誓い”–VR』など、アーティストとテクノロジーを融合させる数々のプロジェクトに携わってきた、ソニー・ミュージックエンタテインメントの田中茂樹とソニー・ミュージックレーベルズの梶 望を招き、ふたりが考えるエンタテインメント×テクノロジーの未来について語らってもらった。

前編は、ソニーグループの横断プロジェクトで、最新の映像技術を中心にエンタテインメントテクノロジーの研究開発とビジネス創出を行なっている「Project Lindbergh」のビジョンや実績、そして、IPとテクノロジーを有するソニーグループのシナジーについて話を聞いていく。

  • 田中 茂樹

    Tanaka Shigeki

    ソニー・ミュージックエンタテインメント
    EdgeTechプロジェクト本部VRチーム
    チーフマネージャー

  • 梶 望

    Kaji Nozomu

    ソニー・ミュージックレーベルズ
    第3レーベルグループ エピックレコードジャパン オフィスRIA制作部
    部長

Volumetricライブ生配信が成功した最大の要因

2020年8月、いきものがかりがVolumetric Capture(ボリュメトリックキャプチャ、以下、Volumetric)技術を使った世界初の生配信ライブ『いきものがかり Volumetric LIVE ~生きる~』を行なった。披露したのは、SNSを中心に話題を集めた4コマ漫画『100日後に死ぬワニ』のテーマソング「生きる」。ライブ映像はワニの日(8月2日)にちなんだインターネット特番やいきものがかりのYouTube公式チャンネルで配信され、大きな反響を呼んだ。




このライブの企画・実行の中心になったのが、ソニーグループの横断型プロジェクト「Project Lindbergh」。ゲーム、音楽、業務用カメラ、映像音声、ネットワーク技術など、さまざまな領域のプロフェッショナルが集い、個々の知見と技術を重ねあわせて新しいエンタテインメント体験を生み出し続けている。同プロジェクトでプロジェクトリーダーを務める田中茂樹、アーティスト、コンテンツ側からプロジェクトに参加する梶 望がそれぞれ語る。

いきものがかり Volumetric Live ~生きる~

 

人物や空間を3Dモデル化 Volumetric Capture技術とは

Volumetricは、数十台のカメラで撮影した人物や空間を3次元のデジタルデータに変換し、任意の方向から見た3D映像として高画質に再現する技術。バレットタイムなどの実写映像との違いは、視点を自由に動かして3D映像を視聴できること。撮影したデータから3Dモデルを生成するため、例えば床下から人物を眺めるなど、本来カメラがない視点からも映像を楽しむことができる。
 
この技術によって、現実ではあり得ないカメラワークを実現したり、CGと合成したりと全く新しい映像表現が可能に。近年ではエンタテインメントをはじめ、さまざまな領域への応用が期待されている。
 
ボリュメトリックキャプチャ デモ映像

──『いきものがかり Volumetric LIVE ~生きる~』では、世界で初めてVolumetricライブを生配信しました。どのような点が、世界初だったのでしょう。

田中:ソニーでは、これまでもVolumetricの研究開発を進めてきました。しかし、この技術自体はそこまで新しいものではなく、既に多くの企業がさまざまなチャレンジをしています。今回のいきものがかりのライブ配信は、「Volumetricのデータ生成と配信をリアルタイムで行なう」という点が世界初でした。

──梶さんは、いきものがかりや宇多田ヒカルといったアーティストのマーケティングプロデューサーという立場です。今回のプロジェクトには、どのような狙いがあったのでしょうか。

梶:アーティストというのは、日々進化していく存在です。だからこそ、プロモーションにおいても何か新しいチャレンジをしたくなるんですね。それが、マーケットの進化や新たな価値の創出にもつながっていくと信じています。今回のプロジェクトでも、未知の領域を開拓したいという思いがありました。

──いきものがかりは、どちらかというとアナログの手触りを大切にするアーティストのように感じます。そんな彼らが、最先端のテクノロジーを用いた配信ライブを行なうというのが面白いですね。

梶:確かにアナログかデジタルかで言えば、いきものがかりはアナログ的なイメージが強いですよね。でも、そのイメージが固定化されてしまうのは決して良いことではありません。音楽マーケットは今後ますますデジタル化が進みます。いろいろな引出しを持っておく方がチャンスは広がりますし、アナログなイメージが強いということは逆に最新技術をコモディティ化できるポテンシャルを持ってるということでもあります。彼らの新境地を開拓する上でも、今回のVolumetricライブを提案しました。

──YouTubeやSNSでは驚きの反応や好意的な意見が寄せられていました。おふたりは、どのように感じましたか?

田中:本番2週間前のリハーサルのときに比べて、本番でははるかに画質が良くなっていたことに驚きました。ソニーの技術陣のエンジニア魂が発揮されたんでしょうね。本来なら、当日のトラブルを回避するために数日前には開発を終えておくものなのですが、技術者の皆さんは最後の最後まで調整を繰り返してくれたそうです。

ご覧になった方々からは、技術というよりもコンテンツとして高く評価していただく声が、SNSを中心に多かったのが良かったですね。やはり技術が素晴らしくても、それだけでは伝わらない。曲の前後にMCを入れて、生配信のライブ感を演出できたからこそ、「これ、生配信なんだ!」と皆さんに驚いていただけたのではないでしょうか。「技術がすごい」「映像がきれい」というだけでなく、コンテンツとしての完成度が高かったからこその結果だと思います。

梶:このライブを行なうにあたり、「この技術、すごいんです!」と、どのタイミングで、どこまでアピールするか議論を重ねましたよね。でも、最も大切にしたのは、まずはアーティストのパフォーマンスをいかに魅力的に見せるかという点。その実現のために、技術の力を借りるという考え方で取り組みました。

だからこそ、今回のライブ配信はやりやすかったですね。テクノロジーが先行し過ぎてしまい、「技術に合わせてこういう演出でやってもらわないと困ります」と言われると、クリエイティブが力を発揮できませんから。アーティストの作品を作るときは、やはりクリエイティブファーストでなければ、お客さんも醒めてしまうんですよね。

ユーザーにとって、技術は演出やアーティストのパフォーマンスを拡張してくれるもののひとつです。結局のところ、見たいのも、見せたいのもコンテンツなんです。素晴らしいコンテンツを提供した上で、「実はこういう技術なんです」と裏側を見せていけば、心地良くテクノロジーを受け入れてもらえると思います。今回のプロジェクトはそのさじ加減がちょうど良かったので、楽曲や『100日後に死ぬワニ』というコンテンツの魅力をクリエイティブファーストで伝えることができました。

ソニーグループ横断プロジェクト「Project Lindbergh」とは?

──今回のVolumetricライブは、ソニーグループの横断型プロジェクト「Project Lindbergh」が主導したものと聞いています。Cocotameでも何度か取材をしていますが、改めて「Project Lindbergh」について、詳しく教えてください。

田中:「Project Lindbergh」は、2018年からスタートしたVR/ARのエンタテインメントに取り組むソニーグループの横断型xR(xReality:VR、AR、MRの総称)プロジェクトです。

研究開発のソニー、モバイル関連のソニーモバイルコミュニケーションズ、半導体事業を行なうソニーセミコンダクタソリューションズ、カメラなどの技術開発を行なうソニーイメージングプロダクツ&ソリューションズ、デザイン開発のソニー・クリエイティブセンター、ゲーム事業のソニー・インタラクティブエンタテインメント、そして、我々ソニーミュージックグループが連携し、撮影技術、コンテンツ配信技術、コンテンツ制作技術を活かしてxRコンテンツを創造しています。

プロジェクトの名前は、アメリカの飛行家チャールズ・リンドバーグが由来です。リンドバーグは、飛行機というテクノロジーを使った冒険家であり、エンジニアであり、エンターテイナーであり、人工心臓の開発を行なった研究者でもあります。エンタテインメント×テクノロジーという意味で、この名前をつけました。

──これまで、どのようなコンテンツを作ってきたのでしょうか。

田中:2018年には、「画質・音質の向上」「インタラクティブ性」「VRならではの体験」という3つのテーマを掲げ、PS VRアプリ『Survive Said The Prophet VR EXPERIENCE』『HikaruUtada Laughter in the Dark Tour 2018 -"光" & "誓い" -VR』『メゾン22/7』『ダミヘになれるVR』などを配信しました。

『Survive Said The Prophet VR EXPERIENCE』Official Teaser

ほかにも、VTuber輝夜月のVRライブでモーションキャプチャーをサポートしたり、バーチャル握手会を開催したり、乃木坂46の握手券を使ったミニライブ映像ダウンロードサービス、映像配信サービスを展開するなど、さまざまな取り組みを行なっています。

 

「Project Lindbergh」が「ルミエール・ジャパン・アワード2019」受賞

2019年、日本国内で制作・公開された優れた先進映像コンテンツを表彰するコンテスト「ルミエール・ジャパン・アワード2019」で、Survive Said The ProphetのVRアプリ『Survive Said The Prophet VR EXPERIENCE』がグランプリを、宇多田ヒカルのPS VRアプリ『HikaruUtada Laughter in the Dark Tour 2018 -"光" & "誓い" -VR』が特別賞を受賞。「Project Lindbergh」の名を世に知らしめた。
 

田中:2019年には、「よりリアルタイム」「さらに面白く」「統合化による価値向上」をテーマに、さらに踏み込んだ取り組みに着手しました。

PS VRアプリ『GOT7 LOVE LOOP VR』『輝夜月 LIVE@Zepp VR2』を配信したほか、統合のモデルとなるイベント向けアプリ開発、ピンキーポップヘップバーンのバーチャル劇場を開発したりもしています。あとは、22/7(ナナブンノニジュウニ)の世界初4Kトライアングルストリーミング方式でのVRライブ生配信も実現しました。

──梶さんは、どのような経緯で「Project Lindbergh」と接点が生まれたのですか。

梶:宇多田ヒカルのPS VRアプリ『Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018 -"光" & "誓い" -VR』が、最初のきっかけです。宇多田ヒカルは、2017年にソニーミュージックに移籍しました。彼女のプロジェクトではネットがここまで普及する前から先進的な取り組みにチャレンジしてきましたし、何か新しいことができないかとVRの企画を温めていたときに「Project Lindbergh」に出会ったんです。

一般的に、大企業というのは縦のつながりは強いですが、横に串を通すのは難しいんですよね。そんななか、「Project Lindbergh」ではグループシナジーで結果を出すために、実験的なプロジェクトに取り組んでいる点がすごいなと。

結果的に、宇多田ヒカルのVRアプリは高く評価され、ファンもアーティストも喜んでくれました。そこで打ち上げをしたところ、やはり同じ釜の飯を食った者同士には連帯感が生まれるんでしょうね(笑)。早速「次は何をやろう」という話になり、今回のVolumetricライブの企画が持ち上がったんです。ひとつの成功体験が次のプロジェクトを生む、良い連鎖だったと思います。

テクノロジーとエンタメの歩み寄りによって生まれた大きなシナジー

──「Project Lindbergh」は、テクノロジーとエンタテインメントを掛け合わせるプロジェクトです。とは言え、主にテクノロジーを担うソニー側とコンテンツの質を追求するソニーミュージック側ではものづくりの思想が違うのではないでしょうか。どのようにして、シナジーを高めていったのでしょう。

田中:確かに、ひと昔前まではどこの企業も「これは、すごい技術だからユーザーにも伝わるだろう」と考える傾向が強かったと思います。しかし、今ではエンジニアの目線も変わってきました。それは「Project Lindbergh」がきっかけというよりも、そもそもソニーの目線がコンテンツファースト寄りに変わりつつあったからだと思います。そのおかげで、「Project Lindbergh」もとてもやりやすい環境にありますね。

──エンジニアの方々の目線が、コンテンツ寄りになっていたのはなぜでしょうか。

田中:特にコンシューマーモデルに言えることですが、現在はどんなにすごい技術を搭載した商品でも、技術だけが評価されることは少なくなりました。GUIやデザインを含めたワンパッケージで評価されますし、その商品が使用目的に対してどれだけユーザビリティを高められているかという、より本質的な評価基準に変わっています。

超高画質のテレビやカメラ、素晴らしい音質のヘッドホンが登場しても、それを観たり聴いたりする良質なコンテンツがなければ、技術の出しどころがない。そのことをソニーのエンジニアの方々はよく理解されていて、コンテンツファースト、アーティストファーストに寄ったものづくりを意識されているのだと思います。そして、そこにこそビジネスチャンスがあると考えているのではないでしょうか。

──こうした下地があったからこそ、「Project Lindbergh」では先進的な取り組みができているんですね。

梶:大事なポイントは、2点あると思います。ひとつは、「Project Lindbergh」の現状が事業体というより実験プロジェクトである点。もうひとつは、コンテンツも含めてグループ内でプロジェクトを回している点。ここに社外の会社が関わると、実験として許容してもらえる範囲が狭まるはずなんです。

同じグループのなかで、しかも同じ釜の飯を食った仲間でプロジェクトに取り組んでいるので、実験というお題目のもと、許容範囲が広くできるんですよね。新しいチャレンジの場合、このレンジが広いほど、課題のハードルを越えられる確率が高くなります。そこが「Project Lindbergh」の強みなのではないでしょうか。

「Project Lindbergh」が見据えるエンタメの未来

──Volumetricライブは、今後どのように発展していく可能性があるのでしょうか。

梶:今回のVolumetric生配信ライブは技術革新という意味では評価されるべきですが、まだ収益化はできていません。次のフェーズでは、こういったプロジェクトをどうビジネスにしていくか考えていく必要があると思います。

しかも、どんなに最新のテクノロジーを駆使しても、回数を重ねていくとどうしてもお客さんには飽きられてしまいます。テクノロジーの開発と併走しながら、デジタルならではの進化を遂げていく必要があるでしょう。アーティスト、マネジメント、イベンターとも協力し、演出やコスト、運営のソリューションを組み合わせ、ライブ配信の新しいビジネススキーム、そして新しいクリエイティブを作っていくことが重要ではないでしょうか。

ソニー・ミュージックソリューションズが提供するライブ動画配信プラットフォーム『Stagecrowd』の記事はこちら

──Volumetricライブを含めて、「Project Lindbergh」を今後どのように発展させていこうと考えていますか?

田中:「Project Lindbergh」では、これまでさまざまなコンテンツを作ってきましたが、そうなると今度はそれらの統合化を考えるようになっていきます。一つひとつのコンテンツを単発で終わらせるのではなく、複数をつなげることできっと面白い世界ができるはず。

そこで、昨年からメタバース、つまりインターネット上に仮想世界を開発しています。人が集まる空間を作れば、そこに新たなエンタテインメントビジネスも生まれると考えています。

梶:同感ですね。しかも、国内だけでなく海外からも多くの人が集まれば、ビジネスの可能性はさらに大きく広がります。その上で、彼らが何に時間を使ってくれるのかを考えなければなりません。現在はコトビジネス、モノビジネスではなく、トキ(時)ビジネスに向かいつつあります。

つまり、ユーザーの時間の取り合いになってくるんですね。まず、人に有意義な時間を使ってもらう。そこからビジネスについて考えなければヒットは生まれないんじゃないかと感じています。特にコロナ禍においては、巣ごもりメディアに人々の関心が高まりました。なおさら、トキビジネスとクリエイティブの重要性を感じるようになっています。

田中:確かに海外マーケットは大きなターゲットですよね。グローバルをターゲットにすれば資金も投じられるので、ライブの演出ひとつとっても豪華にできますから。K-POPのように、地球の裏側にだってファンを作れるはず。世界の人々を惹きつけるようなデジタルエンタテインメントをアーティストやクリエイターと一緒に作っていきたいですね。

──そこには、Volumetric技術はどのように活かされるのでしょうか。

田中:ゲームや映画、アニメといったCGの世界では既に仮想空間は存在しています。今後の課題は、そこに実写のリアルな人間をどうやって入れていくか。既に『ソードアート・オンライン』や『シュガーラッシュ』の世界は出来上がっているので、次は『レディ・プレイヤー1』の世界をどう作っていくかという話になります。

そこで活きてくるのが、Volumetricです。Volumetricは、実写の人間を仮想空間で表現するための基礎技術です。メタバースを作る上でも、今回のVolumetricライブのようなコラボレーションができたことは大きな意味があると思います。

後編では、「Project Lindbergh」が掲げるメタバース構想について、さらに深掘りしていく。そこから見えるエンタテインメントとテクノロジーの関係性、そして音楽業界の未来を探っていこう。

文・取材:野本由起

※インタビュー取材は、リモート会議アプリケーションを使用して行なった。

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