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ヒットの裏方

マネージャーが見た! “おっさん芸人”錦鯉の“売れざま”【前編】

2021.03.12

ヒットした作品、ブレイクするアーティスト。その裏では、さまざまな人がそれぞれのやり方で導き、支えている。この連載では、そんな“裏方”に焦点を当て、どのように作品やアーティストと向き合ってきたのかを浮き彫りにする。

今回は、『M-1グランプリ 2020』で最年長ファイナリストとして注目され、現在、テレビのバラエティ番組を中心に大活躍中のお笑い芸人、錦鯉のマネージャーを担当してきた、ソニー・ミュージックアーティスツ(以下、SMA)の田上洋平に話を聞く。

前編では、なかなか芽が出ないころの錦鯉とのエピソードや、“今年来る感”があったブレイク前夜の手応えを語る。

  • 田上洋平

    Tagami Yohei

    ソニー・ミュージックアーティスツ
    第3マネジメント本部 制作4部

錦鯉はその他大勢のなかの一組だった

――田上さんがSMAでNEET Project所属の錦鯉のマネージャーになられたのはいつごろのことですか?

2016年ですね。といっても、錦鯉専属というわけではありませんでした。これはお笑いマネージャーあるあるですけど、SMAも所属芸人の数が非常に多い。今、SMAのお笑い部門は、ベテラン芸人が中心のNEET Projectと、若手が中心のHEET Projectのふたつに分かれていますが、総勢100組近くの芸人が所属しています。でもマネージャー業に携わっているのは数人ですから、全員に専属の担当をつけるのは難しい。

いわゆる売れている芸人をメインで担当しつつ、特に担当マネージャーがいないその他の芸人を、何人かでなんとなく手分けして見るという形が多いんですね。当時のSMAだと、稼働の多いバイきんぐやAMEMIYAの担当がひとりいて、その他の芸人を部長の平井(精一)と僕で一緒に見ている感じでした。

■SMAにお笑い芸人の部署を作った平井精一の記事はこちら

2016年当時の錦鯉。左から長谷川雅紀、渡辺隆。

――田上さんが当時メインで担当されていたのは?

ハリウッドザコシショウがメインで、コウメ太夫、マツモトクラブなども担当してました。ここ最近認知度が上がったSAKURAI、去年から忙しくなった錦鯉は、その他大勢のなかの一組でしたね。

――最初に会われたときの錦鯉さんの印象はどうでしたか?

実は、一番最初は、僕がまだ芸人としてSMAに所属していたころなんですが……(苦笑)。

――田上さん自身も、元は芸人をやられていたんですか!?

はい、実は。もともとは九州の長崎県から友達の誘いで大阪に出て、2004年ごろから2009年まで松竹芸能に所属していたんです。コンビを解散後もしばらくはピン芸人として、大阪のほかの事務所に所属したり、フリーとして役者や芸人の活動をしていたんですけど……芽が出ることなく。

――ご自身も売れない芸人時代を過ごされていた。

そうなんですよ。芸人を諦めきれないまま、30歳を過ぎたころですね。2013年に思いきって上京しました。

――大阪がダメなら、東京でひと花咲かせてやろうと?

というよりも……諦めに行くつもりでしたね。錦鯉のふたりも「芸人の笑像」のインタビューで話していましたけど、芸人としての夢を追っているときは、辞めどきが自分では見つけられないんですね。

■錦鯉へのインタビューはこちら【前編後編

錦鯉のように、お笑いライブなどでもちゃんと結果を出して、芸人仲間からもその面白さを認められていた人たちとは違って、僕なんかは本当に底辺の芸人でした。それでも辞められなくて、東京に行って本当にダメなら諦めもつく。そういう気持ちで上京して、しばらくフリーでやっていました。そんなとき、SMAなら誰でも入れてくれるという話を聞いて、2015年の4月に所属になったんです。

――ちなみに当時はどういうネタをやられていたんですか?

いわゆる“あるあるネタ”だったり、海賊の格好をした大学生のネタだったり、まぁウケないものを(苦笑)。SMAのお笑いライブは何段階かのランクに分かれていて、お客さんの投票で出られるライブのランクが上がっていくシステムになっているんですけど、まぁ上にはなかなか上がれませんで。

そんなふうにしばらくはピン芸をやっていたんですけど……36歳になり、いよいよネタも作れなくなって、ふんぎりをつけようと、平井に「芸人辞めます」と言ったんですよ。それで、「辞めてどうするんだ? 良かったらマネージャーにならないか?」と誘ってもらったんです。

――そういうことはSMAではよくあるんですか?

……いや、僕は聞いたことなかったですね。

――マネージャーとしての才能を見いだされたわけですね。

そうなんでしょうかね……。当時は仕事もないし、よく先輩方の事務所ライブの雑用をやらせてもらっていたので、雑用ができるヤツだと思っていただけた、というくらいじゃないですか(笑)? でも、僕にはそれがとてもうれしかった。こんな自分でも、引き留めてくれる人がいるんだというのもありましたし、逆にふんぎりがついた。芸人としては自慢になるような結果は残せませんでしたけど、裏方として芸人の支えになれるなら、頑張ってみようと思えましたから。

――では、芸人時代に錦鯉ともライブで共演されたことがあったり?

いや~。出演するライブのランクも全然違っていたので、同じ舞台でネタをやった経験はなかったですね。でも、事務所ライブの手伝いはしていたものですから、僕のほうからふたりに積極的に話しかけたりはしていましたね。

2012年の結成当時

テレビで見ているイメージ通り、裏表がない

――田上さんの意外な過去が明らかになったところで、改めて伺います。出会った当時の錦鯉の印象はいかがでした?

基本的には今とあまり変わらない印象ですね。まったく知られていない後輩芸人だった僕にツンケンするようなこともなく、気さくに話しかけてくれました。錦鯉はふたりとも、おそらく皆さんがテレビで見ているイメージ通り、裏表がない。僕がマネージャーに転身してからも、接し方はまったく変わらないですね。

『M-1グランプリ』で注目される前に印象的だったのは、やっぱり(長谷川)雅紀さんとのエピソードですね。雅紀さんが事務所に来る予定があるときには、お土産を用意してました。事務所宛にお中元やお歳暮で届いたお菓子だったりビールだったりを、雅紀さんにあげるためにとっておいて(笑)。

――長谷川さんがお金で苦労されていたからですか?

そうですね。そんなに詳しく聞いていたわけではないですが、雅紀さんがお金に困っていて、アルバイトを詰め込んでいるという話はなんとなく知っていました。錦鯉は面白いコンビで芸人仲間の評価も高いのに、なかなか芸人としての仕事が増えないという時期はやはり大変で。少しでも食べ物、飲み物があることで、アルバイトする時間を1時間でも減らしてもらえたら良いなと。

――心温まるお話です。田上さんは、芸人としてもマネージャーになってからも、錦鯉が周りから面白い面白いと言われながらも、芽が出ない時期をずっと見てきたわけですからね。

そうですね。何度かチャンスはあったんですよ。僕がマネージャーになってからやって来た1度目のチャンスは、2016年の『M-1』で準決勝に進出して、敗者復活戦に出たときですね。その日、僕は小峠(英二/バイきんぐ)さんのCM撮影が福岡であったので、そちらについていたんです。その休憩時間に、CMの制作車両にあったモニターで敗者復活戦を見ていて。その年は、芸人界隈でも「今年こそ決勝に行けるんじゃないか?」という噂が出ていたんですけど……結果が出せそうにない雰囲気は、車のなかの小さなモニターからでも感じ取れるほどでした。そして2017年、2018年には準決勝にも上がれずで。

――停滞がつづいていたわけですね。

はい。さすがに連続で『M-1』準決勝に上がれない状況がつづいたので、2019年はちょっと目線を変えて、『キングオブコント』にもチャレンジしたほうがいいんじゃないか? ということになったんですね。平井をはじめ事務所からの提案もあったかと思うんですが、強要したわけではなく。おそらく周りの芸人たちからも言われていたんじゃないですかね、一度、目線を変えて新しいことをやってみたらどうかと。

――それまでもコントはやってたんですか?

いえ。なので、そのときのネタも漫才がベースでした。そうしたら初出場で準々決勝まで進めて。本人たちも新たな手応えを得られたようでした。もちろん目指しているのは『M-1』ですが、もしかしたら漫才の賞レース以外で売れる方向も考えないといけないかな? という感じで。そこでちょっと思考を柔軟にできたんだと思います。

雅紀さんのバカさを際立たせていって露出が増えた

現在の錦鯉

――その柔軟さが、2019年の『M-1グランプリ』での準決勝進出~敗者復活戦へとつながったんでしょうね。渡辺隆さんが「2019年末の敗者復活戦が転機になった」と語っているように、その翌年、2020年はテレビのネタ番組やバラエティに呼ばれる機会が格段に増えました。

そうですね。2020年春あたりから、ぽつぽつメディアに出られるようになりましたからね。よく本人がインタビューで言っていますが、(ハリウッド)ザコシショウの助言があって、雅紀さんのバカさを際立たせていった感じが良かったんだと思います。結果的に、2020年は『そろそろ にちようチャップリン』にもこれまでで一番出させてもらえましたし、露出が増えて、世の中の人に、本当に徐々にですが、錦鯉の存在を知っていただけたことが、2020年の『M-1』決勝に行けたことの伏線になったんじゃないか? とは思いますね。錦鯉が面白いと言われつづけていたと言っても、それは芸人仲間や熱心なお笑いファンに認識されていたくらいでしたから。

――錦鯉を面白がって、コンスタントに使いつづけてくれた番組があり、そこで着実にご本人たちが結果を出したことが良かったんでしょうね。

そうだと思いますね。やはり定期的に使ってもらって……という積み重ねがないと、人の印象には残らないですし、つづけて番組に呼ばれることが、本人の自信にもつながると思うんです。正直、ネタの構成などは2019年以前から、ものすごく大きく変わった、というわけではないんです。でもそういう積み重ねがあったから、去年はこれまでにない“今年来る感”はありましたね。本人たちも、例年以上に手応えは感じていたようでしたし、『M-1』の予選大会でも、準決勝の出来は今までで一番良かったと言っていました。たしかに僕が見たなかでも、去年が一番良かったです。

――そして、2020年の『M-1グランプリ』決勝戦では、惜しくも最終決戦進出はなりませんでしたが、結果的に4位になりました。“『M-1』最年長ファイナリスト”という称号も話題を呼び、2021年は数々のバラエティ番組で活躍されています。

おかげさまで、雑誌やネットメディアなどの取材もたくさんオファーいただきましたし、バラエティやネタ番組にもたくさん呼んでもらえて、本当に忙しくなりましたね。

 
後編へつづく

文・取材:阿部美香
撮影:塚原孝顕

関連サイト

Beach V NEET/HEET Project公式サイト
https://sma-owarai.com/s/beachv/?ima=0700
 
ソニー・ミュージックアーティスツ
https://www.sma.co.jp/s/sma/?ima=0000#/

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