オンラインイベントのVR化で見えてくる『ソードアート・オンライン』が拡張しつづける理由【後編】
2021.11.26
2021.11.26
“0”から生み出された“1”というヒット。その“1”を最大化するための試みを追う連載企画「ヒットの活かし方」。
今回は、現在開催中(11月20日~12月7日)でVR編とPC・スマートフォン編で楽しめるオンラインイベント『ソードアート・オンライン -エクスクロニクル- Online Edition(以下、SAO -エクスクロニクル- Online Edition)』をクローズアップ。
2019年にリアルイベントとして開催された『ソードアート・オンライン -エクスクロニクル-(以下、SAO -エクスクロニクル-)』をベースに、イベントそのものをVRを含めてオンライン化して狙うヒットの活かし方とは? 『SAO -エクスクロニクル- Online Edition』の企画、開発、運営を手掛ける上でキーパーソンとなる4人に集まってもらい、このイベントにかける思いを語ってもらった。
前編では、なぜ『SAO -エクスクロニクル-』のイベントがVRを軸にしたオンラインイベントとして企画されたのか? 制作者たちの原作への愛着とともに聞いていく。
天野清之氏
Amano Kiyoyuki
面白法人カヤック
クリエイティブ・ディレクター
丹羽将己
Niwa Masami
アニプレックス
『ソードアート・オンライン』シリーズ プロデューサー
田村友美
Tamura Tomomi
ソニー・ミュージックソリューションズ
川口意織
Kawaguchi Iori
ソニー・ミュージックエンタテインメント
次世代型VR(仮想現実)ゲーム『ソードアート・オンライン』のなかに囚われてしまった主人公・キリトたちの戦いを描いた人気小説。2012年からアニメ化がスタートし、現在まで4作のTVアニメシリーズ(外伝を含めると5作)と2本の劇場版作品、さらに2022年には『劇場版 ソードアート・オンライン -プログレッシブ- 冥き夕闇のスケルツォ』の公開も予定されている。そんな『ソードアート・オンライン』の原作小説刊行10周年を記念して、体験型展示イベント『ソードアート・オンライン -エクスクロニクル-』が、2019年に東京で、2020年には京都でそれぞれ開催された。そして、このイベントのオンライン版が『ソードアート・オンライン -エクスクロニクル- Online Edition』として、2021年11月20日から開催されている。2022年には海外での展開も予定されており、『ソードアート・オンライン』の世界観をさらに拡張させていくイベントとして注目を集めている。
――『ソードアート・オンライン(以下、SAO)』の体験型展示リアルイベント『SAO -エクスクロニクル-』が、VR技術を用いたオンラインイベントとして実施されます。まずは、『SAO -エクスクロニクル- Online Edition』における皆さんの役割を教えてください。
丹羽:自分はアニプレックス(以下、ANX)で、『SAO』のアニメシリーズのプロデューサーを務めていますので、本イベントでは作品の監修という立場で携わらせてもらっています。具体的には、アニメで描かれた『SAO』の世界観が、VR上でどのように表現されているのかを確認しながら、制作からあがってくるコンテンツや展示内容もチェックして、クリエイティブの全体像を統括させてもらいました。
田村:私は、ソニー・ミュージックソリューションズ(以下、SMS)で、主にイベント事業を手掛ける部署で働いています。今回のオンラインイベントは、SMSが主催していることもあって、プロジェクト・マネージャーという立ち位置で携わってきました。具体的な業務は、イベント全体の進行と制作の管理、それとソニーグループの各社も含め、複数社が関係しているプロジェクトなので、各社間の調整も担当しています。
川口:自分は、ソニー・ミュージックエンタテインメント(以下、SME)でEdgeTechプロジェクト本部という部署に所属しています。ここで、xR(現実世界と仮想世界をVRやARなどで融合する技術の総称)技術を用いた顧客価値検証や事業化を目指す、ソニーグループを横断した「Project Lindbergh」というプロジェクトに参加していて、本イベントでは開発ディレクションを担当しました。
『SAO -エクスクロニクル- Online Edition』では、システムの基盤となる部分をソニーグループ株式会社(以下、ソニー)が中心になって開発し、そこにカヤック制作のコンテンツをつなぎ込むようなかたちを取っています。自分は両社の間に立って開発全体の調整・サポートをしています。
天野:川口さんにご説明いただいた通り、我々カヤックは、主にVR上で表現される3DCGモデルやパーティクルの演出、それらを支える技術の開発・企画を担当させていただきました。ユーザーの方々の目に触れ、体験される部分を制作しているというとわかりやすいと思います。
――それでは、改めてこのイベントが開催されることになった経緯を教えてください。
丹羽:2019年に東京、2020年に京都でリアルイベントの『SAO -エクスクロニクル-』を実施したのですが、そのイベントを企画しているときから「原作小説の『SAO』がVR技術をモチーフにした作品だから、VRで体験するイベントを作れないか」という話は挙がっていたんです。
でもそのときは、来場したお客さん全員にVRを体験するためのヘッドマウントディスプレイを着けてもらうというオペレーションが、物理的に難しくて断念しました。その後もどうにかしてVRのイベントをやれないかと考えていて、SMSの田村さんたちにもいろいろアイデアを出してもらいながら、やっと今回、実現することができました。
――VRイベントの実現は、かなり前から検討されていたんですね。
丹羽:そうですね。『SAO』のVRイベントとしては、VR Chatを使った『ソードアート・オンライン Synthesis -The Period of Alicization Project-』を2020年12月26日、27日の2日間にわたって実施しています。そのときの経験をいかして、ようやく今回の『SAO -エクスクロニクル- Online Edition』が日の目を見ることになりました。
――今回のVRイベントを制作、開発するにあたり、皆さんはどんなテーマで臨まれていたのでしょうか。
田村:ミーティングで丹羽さんがよく「リアルイベントの『SAO -エクスクロニクル-』のコンセプトを大切にしたい、なるべく忠実に再現したい」と話をされていて。それは、今回制作に携わるスタッフ全員で共有していた開発テーマだったと思います。
丹羽:『SAO』のアニメは、川原礫先生の素晴らしい原作をもとに、シリーズを重ね、時間を費やし、展開を広げていくことで、たくさんの方に関わっていただける大きな作品になりました。だからこそ、関わる人ごとに“好きなところ”が違うと思うんですよね。そして、一人ひとりの“好き”をたくさん詰め込むことができたのが『SAO -エクスクロニクル-』というイベントだったんじゃないかと考えていて。
個人的にも『SAO -エクスクロニクル-』に携わったことで、『SAO』が「自分にとってどういう作品か」ということに、改めて向き合えたと感じていますし、ひょっとしたらファンの方々も同じような感覚を感じていただけたのではないかなと。それぐらい、『SAO -エクスクロニクル-』というイベントは内容の濃いものでした。
今回の『SAO -エクスクロニクル- Online Edition』も『SAO -エクスクロニクル-』と同じように、たくさんのスタッフの熱量が詰まったものになっていると思います。ただ、それを取りまとめてくれたSMSの田村さんたちは、ご苦労も多かったと思います。
田村:『SAO -エクスクロニクル- Online Edition』は、今までさまざまなイベントを制作してきたSMSでも、初めての試みになることがたくさんあって、ここに至るまでに大変なことが多かったのも事実です(笑)。でも、それらがすべて自分たちの知見として蓄積されているという手応えもあったので、苦労という感じはしていませんでした。
その上で、私個人としては“オンラインだったら『SAO -エクスクロニクル-』はどういうイベントになるのか”というのをテーマにしていて。オンラインのイベントだと、リアルイベントでは足を運びづらい地方の方々も参加しやすくなりますし、日本国内だけでなく海外への展開も視野に入れることができます。
実際、来年2月には『SAO -エクスクロニクル- Online Edition』の海外展開も予定していまして、このイベントではそういったフィジカルな制限を超えることを追求していきたいと考えていました。ライブ配信やフィジカル、デジタルともに販売するオンラインECなども取り入れ、未来のオンラインイベントの形を模索していきたいと考えています。
川口:今回のイベントで使っている基盤システムは、ソニーが開発した既存のシステムをベースにして『SAO -エクスクロニクル- Online Edition』用にアップデートしているんですが、このイベントのためだけに作られた専用のシステムではないので、調整が必要な箇所が出てきます。
それを、まずはカヤックの皆さんにお伝えしてコンテンツの制作を進めていただく。ある程度できたところでベースのシステムでテストして、ハマらなければカヤックにお戻ししたり、ソニーのR&Dセンターの方々にご相談したり、ときにはカヤックの皆さんのご要望をソニー側にお伝えすることもありました。
その上で心強かったのは、やはりカヤック・天野さんたちのチームのシステムの理解度と『SAO』リテラシーの高さですね。実は、SMEと天野さんたちのチームがご一緒したのはこれが初めてではなくて。VR Chatを使ったイベント『ソードアート・オンライン Synthesis -The Period of Alicization Project-』をはじめ、ソニーミュージックグループのさまざまなVRコンテンツでご一緒させていただきました。
そのパートナーシップがあったことで、ソニーのR&Dセンターと天野さんたちの間で、共通言語ができていたことと、カヤックの皆さんが『SAO』の原作小説やアニメの世界観を熟知された上で、空間や展示物を作り込んでくださったおかげで、かなりスムーズに作業が進んだと思います。
天野:我々カヤックは、コンテンツの制作作業が中心だったのでテーマというのとはちょっと違うかもしれませんが、ポイントとしたのは、原作小説やアニメをVR空間で完全に再現するわけではないということでした。
「はじまりの街広場」や「ラース」という原作小説に出てくるシチュエーションをモチーフにしていますが、再現性だけを追求し過ぎてしまうと、システムに負荷がかかって、快適なVR体験を提供できなくなってしまいます。そうならないためのバランスには、かなり気を配りました。
その上で、ユーザーの皆さんの期待に応えられるように、『SAO』の原作あるいはアニメへの愛が感じられるような作り込みは、しっかり行なっています。
丹羽:「はじまりの街広場」は、ファンの方たちにとって物語の始まりとなる地です。それを今回のオンラインイベントの導入に持ってくるというのは、とても重要な要素でした。しかも、カヤックの皆さんが作ってくださったVR空間は、アニメ版や原作小説への愛が随所に感じられて素晴らしい仕上がりです。
――それでは改めて、このプロジェクトを実現させた皆さんに、『SAO』という作品の魅力をお伺いします。
丹羽:『SAO』の魅力は、何を置いても原作の川原礫先生が描く物語にあると思います。SF要素やVRのようなテクノロジーの話も登場する作品ですが、根底にあるのは主人公たちが過酷な状況に打ち勝っていく王道ファンタジーで、性別や年代問わず楽しんでもらえる作品です。
そこにMMORPG(Massively Multiplayer Online Role-Playing Game:大規模多人数同時参加型オンラインRPG)という、多くの人を虜にしたゲームのテイストを加えることで、さらなる広がりが出たんだろうなと。加えて、アニメ版も高い評価をいただいていますが、これも原作小説にめちゃくちゃ思い入れを持つ制作スタッフがアニメ化を手掛けたことで、熱量のあるアニメ作品になったんだと感じています。
田村:私はSMSで『SAO』に携わるようになってからシリーズ作品を見始めたので、後追いの部類に入りますが、『SAO』はファンタジーでありながら、物語の舞台や時代設定にリアリティがある点も注目されているのかなと思います。
ファンの方はご存じのように、『SAO』の「アインクラッド」編の舞台設定は2022年の仮想空間……つまり来年なんですよね。現実の世界でもコロナ禍によって、さまざまなことでオンライン化が進み、VRの技術も進化して『SAO』の世界観に近づいてきた感覚があります。これが10年以上前、まだVRの実用化が始まっていない時代に、描かれていることが個人的にはすごいなと感じました。
しかも、今回の『SAO -エクスクロニクル- Online Edition』のように、VRで作品世界が体験できるようになっているので、川原礫先生の近未来への考察力には驚かされますよね。
天野:僕はVRやARの技術開発には11年前ぐらいから関わっていまして、PlayStation®VRやOculus Riftが発売された“VR元年”と言われる2016年からは、個人的に開発キットを購入してVRコンテンツも作ってきました。
そのころから技術者視点で『SAO』の世界は実現するんじゃないかと感じていましたし、それを抜きにしても『SAO』はキャラクターとストーリーが魅力的で、MMORPGの描写も面白かった。いよいよ、この作品で描かれているような、たくさんの人たちがVRを楽しむ時代が近付いていると思っています。ちなみに自分は、SFやアニメが好きすぎて今の仕事に就いたと言える人間ですから、『SAO』シリーズもオンタイムで全部見ていました(笑)。
川口:自分は仕事との関連性もあって、やはりテクノロジーの観点で『SAO』を見ることが多かったんですが、将来的に実現されていきそうな発見が多くあります。例えば、仮想空間プラットフォームを運営するためにはどのようなシステムが必要か、そこでユーザーたちがどういった行動をとるかなどです。VRやメタバース(仮想空間)といったものの将来を考える上で、刺激や参考になる、示唆に富んだ重要な作品だと思います。
文・取材:志田英邦
撮影:篠田麦也
©2020 川原 礫/KADOKAWA/SAO-P Project
ソードアート・オンライン -エクスクロニクル- Online Edition 公式サイト
https://2021.sao-ex-chronicle.com/s/exc2021/
「ソードアート・オンライン -エクスクロニクル- Online Edition」 公式Twitterアカウント
https://twitter.com/SAO_EXCHRONICLE
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