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連載Cocotame Series

クリエイター・プロファイル

『HIROBA』で水野良樹という限られた存在を拡張し、創作物という結果を残したい【前編】

2023.02.16

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注目のクリエイターにスポットを当て、本人のパーソナリティや制作の裏側などを探るインタビュー「クリエイター・プロファイル」。

今回、話を聞くのは、いきものがかりのリーダーでもある水野良樹。グループでの活動に加え、ソングライターとして鈴木雅之や上白石萌音、KAT-TUNらへの楽曲提供や、“清志まれ”名義で小説を執筆するなど、マルチな才能を発揮している。その水野が約3年にわたって展開しているのが『HIROBA』。「ソロプロジェクトと呼ぶにはふさわしくない」と水野が言うこの『HIROBA』とは、一体どのようなものなのだろうか。

前編では、『HIROBA』の成り立ちや小説の執筆など、創作に対する想いを聞く。

  • 水野良樹プロフィール画像

    水野良樹

    Mizuno Yoshiki

    1982年生まれ、神奈川県出身。1999年、いきものがかりを結成。2006年3月15日、シングル「SAKURA」でメジャーデビュー。ソングライターとして、ジャンルを問わず、さまざまなアーティストに楽曲を提供。エッセイの執筆のほか、“清志まれ”名義で小説も発表している。2019年より、「他者と出会い、ともに語らい、ともにつくり、ともに考えることができる“場”をつくる」をコンセプトにした『HIROBA』を主宰。

“場”が中心になるようなエンタメを作れないか

いきものがかりの水野良樹が主宰するプロジェクト『HIROBA』。そのひとつめの集大成である初のフルアルバム『HIROBA』がリリースされた。本作にはシンガーソングライターやボーカリスト、コンポーザーやサウンドクリエイターなどのミュージシャンだけではなく、詩人や作家、俳優や写真家、映像作家など、実に多岐にわたる表現者が参加している。『HIROBA』とは一体何なのか? 水野良樹のソロプロジェクトとは何が違うのか? 最初に基本的な質問から始めることにした。「水野さん、『HIROBA』って何ですか?」。

HIROBAロゴ

「2019年にスタートするちょっと前から準備していたんですけど、そのころは“カリスマ”と呼ばれてる人を中心にしたオンラインコミュニティやサロンのようなものが立ちあがっていて、そういったものは声の大きい人にみんなが寄っていって、エンタメができあがるみたいな形式のものが多い気がしていたんですね。でも僕は、人を中心にするんじゃなくて、“場”を設定して、その場自体が中心になるようなエンタメを作れないかと思ったんです。

と同時に、僕は人付き合いが得意なほうではないので、積極的に人に会っていかないと本当に誰とも出会えなくなるなと思って。人と話ができるところ……もうちょっと欲を言えば、一緒に創作ができるような場所を自分で立ちあげないとダメだろうなっていう危機感がありました。そこで、『HIROBA』を始めたんですけど、『HIROBAって何ですか?』って聞かれても、なかなかうまく説明できない3年くらいを過ごしてます(笑)」

水野良樹インタビュー画像1

水野が『HIROBA』としての活動を始めたのは2019年4月。今から約3年前のことだ。いきものがかりの視点で言うと、2017年1月5日に“放牧”という名の活動休止期間に入ったころから、水野は作家として、鈴木雅之やKAT-TUNなど多数のアーティストへの楽曲提供を行なっていた。そして、2018年11月3日に“集牧”を宣言し、グループ活動を再開。2019年4月時点では、いきものがかり、水野良樹名義での楽曲提供、そして、『HIROBA』という、3つの軸で活動していた。

「結果的に根っこの部分は繋がっていくんですけどね。いきものがかりは、まさに自分たちで立ちあげて、自分たちでスタートして、自分たち発信のストーリーのなかでやってきた。楽曲提供は、基本的にはオファーをいただかないと始まらないので、アーティストの方からオファーをいただいて、自分なりに返せるものを返していくという、良い意味で、受け身の仕事なんですよね。で、その“あいだ”くらいのものが欲しかったんです。いきものがかりでの僕は、フロントマンだけどサブでもある。職業作家的な仕事もしてるけど、最前線でやってる作家さんと違って、アーティストとしての立ち位置みたいなものもある。全部、振り切れているんじゃなくて中間にいるんですよね。それを『HIROBA』でもやっていきたいと思ったんです」

「中間でいたい」というのが正直な言葉だろう。しかし彼は、過去に“水野良樹”としてひとりでステージに立ったこともある。いっそソロのシンガーソングライターとして活動するという選択肢はなかったのだろうか。

「う~ん……自分が前に出たいっていう気持ちがあまり強くないんですよね。ひとりでの活動を、最初は便宜的に“水野良樹のソロプロジェクト”という形でやってましたけど、そう言ってしまうと、僕が何かを表現したいという文脈だけになって、広がりがないなって感じて。だから、“場”を設定して、そこにいろんな人に集まってもらって、共同で創作するなかで何かができあがるっていうチャンスを作ろうとしてたんですよね。そこから3年経って……今もまだうまくは説明できないですけど(笑)。今まで別々の軸で動いていた作品が全部ひとまとまりになったアルバムを聴いていただけたら、前よりはわかりやすいのではないかという気はしますね。本当にいろんな人とやりたかったんだなとか(笑)、その場で起きている創作の物語が主軸になってるっていうことは、もうちょっと見えやすくなったかなとは思います」

“小田和正イズム”を自分なりに表現したい

『HIROBA』名義の第1弾作品は、2019年4月17日にリリースされたシングル「YOU(with小田和正)」だ。というのも、小田和正がホストを務め、いきものがかりやスキマスイッチ、JUJU、佐野元春、松任谷由実など、世代を超えたアーティストが一堂に会する音楽特番『クリスマスの約束』が、『HIROBA』のモデルになっているからだという。

「YOU(with小田和正)」ジャケット写真

「もともと小田さんは、なかなか外と交わるイメージがない、孤高のバンドと言われていたオフコースのボーカル。その方がキャリアを経て、下の世代の人間も集めて、お互いに敬意を示し合うっていう意味で『クリスマスの約束』をやられているんですよね。素晴らしいものを間近で見せてもらって学ばせてもらったので、その“小田和正イズム”を自分なりに表現したいなという気持ちがありました。

僕は、小田さんのようにひとりで歌うことはできないし、小田さんになることもできないんだけど、自分なりに誰かと繋がろうとしたり、誰かに敬意を示そうと思う意識を表現するとしたら、曲かな? あるいは対話かな? と思って始めたのが『HIROBA』なので、一番最初は小田さんにお願いするべきだろう、と思ってお声掛けしたのがスタートですね」

水野良樹インタビュー画像2

アルバム『HIROBA』には、水野の“人と繋がったり、向き合うことが大事”という本プロジェクトへの想いが反映された「YOU」に加えて、小田和正の「水野が自立して、ひとりで歌うことも重要じゃないか」という提案から生まれた「I」が収録されている。

さらに、「同世代だけど繋がったことがない人と出会ってみたい」という想いで声を掛けたシンガーソングライターの高橋優とは、2019年8月14日に2ndシングルとしてリリースされたドラマチックで熱い歌謡ロック「僕は君を問わない」と、内省的なブルース「凪」の2曲でデュエット。本作ではそれぞれの楽曲の対比も楽しむことができるが、この時点では、まだアーティスト同士のコラボレーションという面しか見えていなかった。

しかしその後、2021年5月にオフィシャルYouTubeチャンネルを立ちあげ、トーク番組『対談Q』をスタートさせると、『HIROBA』は違う側面を見せ始める。

【対談Q】前編:近藤春菜さん(芸人)--グループと個人の愛され方の違いって?--

ここでは、お笑い芸人、イラストレーターや写真家、無駄づくり発明家、アナウンサー、ジャーナリストなど多彩なゲストを迎えた対談を実施。そして同年10月28日には“5人の作家×5つの歌×5つの小説”をコンパイルしたCD付き短編小説集『OTOGIBANASHI』を発売した。

「講談社の編集者の方と知り合って、小説家の方とコラボレーションしましょうという話になったんですけど、ひと工夫したいなと思って。例えば僕が作った曲に対して小説を書いていただくという形だと、タイアップ的な見え方になってしまう。そうではなく、ゼロから作りあげていきたかったんですね。どちらがスタート地点かわからないくらい、創作が入り組んでいるほうが良いな、と。お互いの糸を織り合うように、共同作業で作っていきました」

改めて、この楽曲群の制作過程を紐解いてみると、ドラマやアニメの主題歌、CMソングといったタイアップ曲とはまったく異なるアプローチで“ものづくり”に挑んでいることがわかる。まず、最果タヒ、皆川博子、彩瀬まる、重松清、宮内悠介という5名の作家が歌詞を書き、水野がメロディをつけ、長谷川白紙、世武裕子、トオミヨウらがアレンジして仕上げる。次に、その楽曲に合ったボーカルを選定。そのなかには、伊藤沙莉や柄本佑ら俳優陣もいれば、吉澤嘉代子や崎山蒼志といった年下のシンガーソングライターもいる。

さらに、その完成した楽曲を5名の作家に聴いてもらった上で、オリジナルの小説を書いてもらうという流れだ。ジャンルや世代を超えたさまざまな異なる背景を持った人たちが出会い、繋がり、共創し、モノやコトを生み出す“場”を作りたいという『HIROBA』のテーマが最も発揮されたのが、この『OTOGIBANASHI』だろう。

メイキング!HIROBA 「OTOGIBANASHI」楽曲制作の様子を撮り続けてきた動画を公開!

「最初が、膨大な作品群がある皆川博子さんだったんですけど、歌詞をいただいたときに黙り込んじゃって。皆川さんがこれまで経てきた時間を想像すると、この詞がどういう意味を持っているのかっていう重さみたいなものを感じ取れたし、自分で頼んでおきながら、かなり戸惑いましたね。ただ、詞に対してメロディをつけていく作業は、カッコつけて言うと、導かれるようにすんなりできたんですよね。不思議な体験というか、歌詞を読んだときと曲を作るときとでは、見えてくる景色が全然違っていて。それに、この「哀歌」は吉澤嘉代子さんに歌っていただいたんですけど、吉澤さんが考えるこの歌詞の世界観と、僕が考えた世界観、アレンジをしてくれた世武裕子さんが考えた世界観が微妙にズレてるんですよ。お互い同じ焚火を見てるのに違う場所から見てるみたいな感じなんですよね。それを重ね合わせることによって、楽曲が立体的になっていくのが面白かった。

重松清さんは、詞を3つ送ってくださって。ちょうどコロナ禍に突入したころだったので、世相をしっかり表わしたものが3つ並んでいました。僕はそのなかから「ステラ2021」を選んだんですけど、作っていくうちに、これは歌うタイプの曲ではなく語るタイプの曲だなと思って、前に別のお仕事でご一緒したことがある柄本佑さんにお声掛けしました。レコーディングでは、ご自身でもおっしゃっていたけど、何度かテイクを重ねていくうちに、柄本さんが役を掴むかのように急にテンションが変わる瞬間がありましたね。こういうふうに、それぞれの曲の制作過程に物語があるので語りきれないですけど、そういう一つひとつの創作がすごく新鮮でしたし、豊かな経験になったなと思います」

水野良樹インタビュー画像3

自分を入れ替えていく作業が必要

さらに水野は、2022年3月10には“清志まれ”名義で、初の小説『幸せのままで、死んでくれ』を上梓し、同名の楽曲も発表。ちなみに水野は、エッセイストとして『犬は歌わないけれど』(新潮社)や『誰が、夢をみるのか』(文芸春秋)といった作品も発表しており、文筆家としても定評がある。

「もう……何やってんの? って感じですよね(笑)。『刺激が欲しい』っていうと月並みな言い方ですけど、自分を入れ替えていく作業はどうしても必要なので、そこで何かをやりたくなっちゃうっていうのはあると思うんですよね。ただ、小説を書き始めたのは『HIROBA』を始めるより前なんですよ。5年くらい前……もっと前かな。結果的に『HIROBA』に繋がったので、全部連動してはいるんです。いずれにしても、自分はやがて死んじゃうし、自分という限られている存在をもうちょっと拡張したい、創作物という結果を残しておきたいみたいな気持ちがある。たぶん、それだけだと思うんですよね」

【MUSIC VIDEO】清志まれ「幸せのままで、死んでくれ」

国民的ポップバンドのリーダーでギタリスト、作曲家で作詞家、2020年3月からは個人事務所の代表取締役も務めるなどいくつもの顔を持つ水野にとって、小説を書くことはどんな経験となったのだろうか。

「『幸せのままで、死んでくれ』にはいろんな登場人物が出てくるんですけど、それが女性であるとか、自分自身とかけ離れた存在だったとしても、そこに“自分”を見出すこともたくさんあったし、自分に近いかなって思っていたキャラクターが案外そうじゃなくて、僕が出会ってきた他者がそこに入り込んでくる瞬間もあった。小説を書いてると、自分と他者という区別が非常に曖昧になる瞬間が何度もあって。その体験はすごく面白かったんですけど……歌も同じだと思うんですよね。いきものがかりというグループは、僕と山下(穂尊)が曲を作って、吉岡(聖恵)が歌うっていうスタイルでしたけど、自分と他者が混ざり合って、どっちが主人公かわからない。そういうところから僕の創作のキャリアはスタートしている。そこの“あいだ”をずっと行ったり来たりするんだろうなって思いますね」

ここでもまた、「“あいだ”を行き来してる」という発言が出てくるのは、きっとそれが水野良樹のアーティスト、そしてクリエイターとしての本質だからだろう。では、小説を書き始めた約5年前と現在とでは、自身の手で紡ぐ物語に何か変化はあったのだろうか。

「書いてる最中に、物語を作るということは、かなり自分というものを消費するものだっていうことは感じていました。それは、曲作りとはまた違うものなんですよね。その魅力に気付かせてもらった気がしますし、物語という創作行為に出会えたことは良かったなと感じました。もちろん、本職の作家さんの凄みは知ってはいるけど、やっぱり、作るという行為に出会わないとわからない部分もある。そこに出会えたのは、今後の人生にとってすごく大きいし、音楽家としての自分にとってもすごく大きなことですね。今後、求められなくても小説は書きつづけるだろうなって思います」

後編につづく

文・取材:永堀アツオ
撮影:下田直樹

リリース情報

『HIROBA』ジャケット写真
 
『HIROBA』
発売中
購入はこちら(新しいタブで開く)
 
『おもいでがまっている』画像
 
清志まれ『おもいでがまっている』(文藝春秋)
2023年3月22日(水)発売

ライブ情報

『HIROBA FES 2022×2023 –FINALE! UTAI×BA』
 
2023年3月18日(土)LINE CUBE SHIBUYA
出演者:伊藤沙莉/大塚愛/亀田誠治/崎山蒼志/世武裕子/長谷川白紙/水野良樹(HIROBA)/横山だいすけ/吉澤嘉代子/Little Glee Monster(50音順)
詳細はこちら(新しいタブで開く)

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