ビリー・ジョエルの心をなぜつかめたのか? フォトグラファー・阿久津知宏氏がその理由を語る【前編】
2024.02.27
2023.11.27
音楽を愛し、音楽を育む人々によって脈々と受け継がれ、“文化”として現代にも価値を残す音楽的財産に焦点を当てる連載「音楽カルチャーを紡ぐ」。
尾崎豊のレコードデビュー40周年を記念して、2023年12月1日にリリースされる映像作品『もうひとつのリアリティ LIVE+DOCUMENTARY』。元は2004年にDVDとして発売された作品で、1991年の『TOUR 1991 BIRTH』からのライブ映像、インタビューシーン、イメージシーン、レコーディングシーンで構成されている。この作品が今回、映像も音声もブラッシュアップされて、Blu-rayとして登場。本作の持つ映像と音の圧倒的な生々しさからは、1991年の尾崎豊の姿が、まさに“もうひとつのリアリティ”を伴って浮かび上がってくる。
このBlu-ray化を手がけたのは、ソニー・ミュージックスタジオ所属のオーサリングエンジニア、片田寛。長年、数々の映像作品に携わってきた彼に、本作ならではの制作過程や見どころ、そして自身もファンだという尾崎豊への思いを聞く。
後編では、『もうひとつのリアリティ LIVE+DOCUMENTARY』の見どころや、尾崎豊の魅力について語る。
片田 寛
Katada Hiroshi
ソニー・ミュージックソリューションズ
――(前編からつづく)ここからは作品の内容と片田さんの本作への、そして尾崎豊への思いを聞いていきます。片田さんが初めてこの映像を見たときの感想を教えてください。
この作品のなかのインタビュー部分でプロデューサーの須藤晃さんもおっしゃっていますが、この日は尾崎さんの機嫌が非常に良くて、それまでは公演前に尾崎さんがインタビューを受けることなんかほとんどなかったとのことでしたが、この郡山公演のときだけは違っていたようですね。
私はアシスタントを務めたDVD制作時に初めてこの映像を見て、尾崎さんが終始笑顔で話している姿が非常に印象深く残っていました。知らなかった尾崎さんの一面が見られたというか、あまりニコニコしたイメージがなかったものですから。
――私は、音楽誌で尾崎豊の担当をしていたので、尾崎さんと須藤さんがあのように話しているシーンを実際に何度か目撃したことがあります。尾崎さんは普段、こんなふうににこやかに、穏やかな感じで話されていました。
そういう現場でしか体験できなかったシーンを、このパッケージでは見ることができるというところも作品のポイントじゃないかと思いますね。
以前、ソニー・ミュージック信濃町スタジオに勤めていた大先輩のスタジオブッキングスタッフから聞いたことがあるのですが、当時、尾崎さんご本人が、レコーディングしてミックスダウンが終わったテープをマスタリング担当者に納品に来られていたそうなんです。アーティストが自ら納品に来るのも驚きですが、非常に気さくで温和な方だったという話を聞いたことがあります。
――アーティスト自らテープを納品していたというのは驚きです。
この作品のなかでも、ライブのMCのなかで漢詩を詠んでいますよね。あと、ベルリンの壁の話にも触れられていたり、いっぽうでパントマイムを披露したりしています。この作品を見ると、人柄からステージパフォーマンスまで、いろいろな尾崎さんの顔が見えますよね。本当に、たくさんの魅力を持った方なのだと、今回見直して、改めてそういう思いが強くなりました。
――尾崎豊は当時からカリスマ性があって、若者から絶大な支持を集める存在でした。大変影響力のあるアーティストですが、片田さんもそれをリアルに感じていましたか?
まさに尾崎さんに大きな影響を受けた世代です。友人から「ちょっと聴いてみろよ」と勧められて聴いてから、もう一気に引き込まれました。詞の内容にも惹かれましたが、メロディもすごく多彩で。
――一般的にはあまり語られていない部分なのかもしれませんが、メロディメーカーとしても才能豊かなアーティストでした。特に印象に残っている曲はありますか?
うーん……やはり「卒業」ですかね。卒業って、単に学校を卒業するだけじゃないという思いが私にはあり、人生の転機があったとき、例えば結婚とか、子どもができたときとか、会社を退職するときなんかも考えますよね。そういう節々で人は何かから卒業していると思うんです。そこには、新たなスタートも待ち構えていて、何かから卒業しないとスタートできない。そんなことを「卒業」を聴くたびに感じます。
――尾崎豊自身は、10代の胸の内として書いたのかもしれないですけど、それが結果として普遍的なものになっているんですね。
音楽は、人それぞれ、いろんな捉え方ができるものですが、尾崎さんが遺した曲は、それが際立っていると思います。「卒業」はもちろん、ほかの曲に対しても私とはまったく違うイメージを持つ人もいるでしょう。そういう意味では、すべての曲が“自分だけの尾崎豊”なのではないでしょうか。
――楽曲を聴く一人ひとりにそう思わせてしまうところが、やはり尾崎豊たるゆえんなのだと感じます。
「十七歳の地図」にしても、17歳と言いながら、27歳にでも37歳にでも57歳にでも通じるものがありますからね。僕自身も、例えば「シェリー」の“俺はまだ馬鹿と呼ばれているか”というところを聴くと、ああそうだ、小利口じゃなくて良いんだ、自分らしく馬鹿な生き方でも良いんだ、素直な自分で良いんだ、なんて思います。すごく背中を押してくれます。
これは私の解釈ですけど、押してくれる曲もあれば、ちょっと慎重になれよ、みたいな気がする曲もあります。例えば「十七歳の地図」は、私にとってそうなんです。ものごとをもっと俯瞰で見てみたらどうだって言われているような気がして。そういうイメージを与えてくれる曲ですね。
今でも、ふとしたときにアルバムを聴いて、ああそう言えばこんな曲もあったなって気づかされることが多く、そのときに改めて、良い曲だなって涙してしまうことがよくあります。やはり、ご本人のパフォーマンスなどのカッコ良さだけでなく、楽曲が最高に素晴らしくて、憧れる存在でした。
尾崎さんの作品に携われるなんて、当時学生だった自分は本当に1mmも思っていなかったので、ソニー・ミュージックスタジオに入って、尾崎さんの仕事に関わることができた自分は、本当に幸せです。
――尾崎豊のライブを生で観たことはありましたか?
残念ながら、映像で見ただけなんです。だからこそ、先ほど申し上げた私がこの仕事をやりたいと思ったきっかけにもつながるんです。自分が尾崎さんのライブを生で観られなかったから、もうこの先も叶うことはない尾崎さんのライブを観られない方に、いかに尾崎さんのライブの素晴らしさを伝えられるか。私の仕事は、いろいろなアーティストのパフォーマンスをファンの方々に伝えることだと、ちょっと偉そうですけど(笑)、そんなふうに思いました。
――ライブシーンで印象的なシーンを挙げると?
アップテンポの曲とバラードの曲で、尾崎さんの表情がまったく違うんですよね。ライブでも、心情と言うか、曲や詞に対する思いが強く入る方なんだな、と感じました。バラエティに富んだ楽曲がつづくので、そういった表情の変化も見どころだと思います。
尾崎 豊-I LOVE YOU (official) from『もうひとつのリアリティ』(Blu-ray)
あとは、インタビューシーンやイメージシーンも貴重なものではあるんですが、メインとなっている郡山市民文化センターでのライブ自体のクオリティがすごく高いんですね。今の若い世代の視聴者たちにも響くところがあるんじゃないかなと、そう感じました。
――作中のインタビューで尾崎豊本人が「長い!」と言っているように、この『TOUR 1991 BIRTH』は全56公演の長丁場でした。どの公演も一切手を抜いていないんだろうなというのが想像できます。
このテンションをずっと維持していたわけですからすごいですよね。本当にこの郡山市民文化センターのこの場にいたお客さんのひとりに私もなりたかったなって、この映像を見ながら、つくづく思いました。
あと、この年齢になって見返してみると、尾崎さん以外のミュージシャンにも目が行くようになりましたね。この人たちが尾崎さんのサウンドを支えていたんだなって思います。ギターの方はこんなプレイをしていたんだ、とか。バンド全体が、本当に素晴らしい演奏を繰り広げていますよね。当時は、がむしゃらな尾崎さんを、がむしゃらに見ていた自分がいたんですけど、年を重ねて、そういう部分も見られるようになって、それが自分のなかの新たな発見でした。
――個人的にも好きで、仕事でも関わった片田さんにとって、尾崎豊はどういった存在と言えるでしょうか。
尾崎さんの言葉で、“生きること。それは日々を告白してゆくことだろう”というのがありますよね。
――アルバム『放熱への証』のなかに書かれていて、尾崎豊の墓石にも刻まれている言葉ですね。
あの言葉が、ずっと私の胸のなかにある気がしています。“日々を告白する”って、とても幅広く、いろんな意味に取れると思っていて、例えば会社で言うと、上司も部下も関係なく何でも相談できることだったり、そこから力を合わせて前に進んでいく、そのためのきっかけを作ることでもあったり。
家族間でも、家族だからこそ話せることっていっぱいあって、そういう一つひとつの告白が、自分が歩んでいく人生そのものなんだろうなって感じます。そういった“告白”を重ねることによって、人生って紡がれていくんだなと今でも常々感じるので、尾崎豊さんは昔も今も、私にたくさんの気づきを与えてくれる存在だと思っています。
文・取材:細川真平
撮影:荻原大志
Blu-ray『もうひとつのリアリティ LIVE+DOCUMENTARY』
2023年12月1日(金)発売
※本作は2004年に発売されたDVDをBlu-ray化した作品です。
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