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連載Cocotame Series

音楽カルチャーを紡ぐ

『もうひとつのリアリティ LIVE+DOCUMENTARY』 Blu-ray化を手がけたエンジニアが解説! よみがえる尾崎豊の姿【前編】

2023.11.26

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音楽を愛し、音楽を育む人々によって脈々と受け継がれ、“文化”として現代にも価値を残す音楽的財産に焦点を当てる連載「音楽カルチャーを紡ぐ」。

尾崎豊のレコードデビュー40周年を記念して、2023年12月1日にリリースされる映像作品『もうひとつのリアリティ LIVE+DOCUMENTARY』。元は2004年にDVDとして発売された作品で、1991年の『TOUR 1991 BIRTH』からのライブ映像、インタビューシーン、イメージシーン、レコーディングシーンで構成されている。この作品が今回、映像も音声もブラッシュアップされて、Blu-rayとして登場。本作の持つ映像と音の圧倒的な生々しさからは、1991年の尾崎豊の姿が、まさに“もうひとつのリアリティ”を伴って浮かび上がってくる。

このBlu-ray化を手がけたのは、ソニー・ミュージックスタジオ所属のオーサリングエンジニア、片田寛。長年、数々の映像作品に携わってきた彼に、本作ならではの制作過程や見どころ、そして自身もファンだという尾崎豊への思いを聞く。

前編では、Blu-ray化にあたって映像と音声に施した具体的な作業を解説する。

  • 片田寛プロフィール画像

    片田 寛

    Katada Hiroshi

    ソニー・ミュージックソリューションズ

尾崎 豊

尾崎豊アーティスト画像

© Sony Music Labels Inc.

東京都出身。1982年11月に、CBS・ソニー(現、ソニー・ミュージックエンタテインメント)のオーディションで見出され、1983年12月1日、シングル「15の夜」、アルバム『十七歳の地図』でシンガーソングライターとしてレコードデビュー。1985年1月21日にリリースしたシングル「卒業」がヒットとなり、若者を中心にカリスマ的な人気を決定的なものにする。そのほかの代表曲に、「I LOVE YOU」、「OH MY LITTLE GIRL」などがある。計6枚のアルバム、全71曲の楽曲を残し、1992年に肺気腫によって死去。享年26歳。
 

『もうひとつのリアリティ LIVE+DOCUMENTARY』

尾崎豊『もうひとつのリアリティ LIVE+DOCUMENTARY』ジャケット画像
2004年にDVDとして発表された映像作品のBlu-ray化。生前最後の全国ツアーから、1991年8月27日に福島県・郡山市民文化センターにて行なわれたライブの模様を中心に、貴重な映像を収録する。「十七歳の地図」、「卒業」「I LOVE YOU」「シェリー」といった名曲の数々を披露するライブ映像と、尾崎豊の素顔がのぞけるインタビューやレコーディングシーンなどで構成されている。レコードデビュー40周年記念リリースとして、本作のほかに、デビューアルバム『十七歳の地図』のアナログ盤が12月1日、ベストアルバム『ALL TIME BEST』がスペシャルスリーブ仕様で11月30日に、それぞれ発売される。

ライブの感動を味わっていただきたい

――今回、片田さんがオーサリングエンジニアとして携わった『もうひとつのリアリティ LIVE+DOCUMENTARY』は、DVDからBlu-rayへの“アップコンバート”(SD解像度で収録された映像をHD解像度の映像に変換すること)となりますが、エンドロールに片田さんのお名前はないんですね。

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そうですね、クレジットはDVDリリース時のままとなっているので、オーサリングを担当した、当時のエンジニアの名前が入っています。その担当者は、現在の上司で、私はこのときにアシスタントとして携わらせてもらいました。その映像作品を今回、私がメインエンジニアとして作業させていただくということで、当時から脈々と、先輩から私、そして後輩へと引き継がれていく作品だと思うと、感慨深いですね。

――そういう流れができているというのは、歴史があるソニー・ミュージックスタジオならではですね。

私がオーサリング現場の責任者ではありますが、実際にはスタジオ作業の各ステージで、複数のエンジニアが関わり、ひとつの映像作品ができあがります。そういったチームプレイができるのもソニー・ミュージックスタジオならではだと思っています。

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片田のディレクションのもとで、エンコード作業を手がけた渡邉悠大(写真)、オーサリングプログラムを行なった福士傑、ほかにも、サラウンドオーディオを手がけた前田侑那、デジタルマルチトラックオーディオ機材のセッティングをしたテクニカルエンジニアの春雅之など、多くのスタジオエンジニアが実作業に関わった

――そのソニー・ミュージックスタジオに入られて今年で29年だそうですが、これまでの経歴を教えてください。

私は1994年にソニーミュージックグループに入社しまして、当時、信濃町にありましたソニー・ミュージック信濃町スタジオでスタジオ業務に携わるようになりました。ソニー・ミュージック六本木スタジオがクローズして、信濃町へ完全移行した時期ですね。

もともとソニー・ミュージック信濃町スタジオは、レコーディングやマスタリングがメインだったのですが、そこに映像のセクションを新たに立ち上げるということで入社しました。それ以来、レーザーディスク、DVD、Blu-rayとメディアは変遷してきましたが、 ソニー・ミュージックレーベルズのアーティストでは、ほぼすべての映像パッケージ作品に関わってきました。

――映像エンジニアを目指したのには、どんなきっかけがあったのでしょうか。

学生時代に、コンサートスタッフのアルバイトをたくさんやっていたんですよ。警備とか物販スタッフとかですね。そんななか、会場に行けないファンの方って絶対いるじゃないですか、チケットがなかなか取れないとかで。そういう方々に“映像作品を通してライブの感動を味わってもらいたい! 伝えたい!”という思いを抱いたのがきっかけでした。

片田画像3

ライブシーンやインタビューシーン、すべてに違うアプローチ

――では、『もうひとつのリアリティ LIVE+DOCUMENTARY』について聞いていきます。もともとは2001年にWOWOWで放送されたものですよね。

はい。その後、2004年9月8日に映像商品としてリリースされていますが、そのときはDVD版のみでした。それを今回、映像をブラッシュアップして、初めてBlu-ray版として発売することになりました。

――新たな作品にするために、どういう作業をされたのか、順を追って説明してもらえますか。

まず、当時のDVD用マスターから、Rioという機材を使ってSD画質からHD画質にアップスケールしました。簡単に言うと、元の映像を約4倍に広げるわけですね。DVD用マスターはデジタルテープなんですけど、そこからRioに取り込み、データ化しています。うちのスタジオでは、DVDマスターを既にアーカイブしており、理論的には劣化していませんし、そこから作業をスタートすることもできましたが、私としては大元のマスターから作業に着手したかったので、今回はDVD用デジタルテープを使用しました。

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HD、4KUHD映像の高度な編集を行なうことができるシステム、Rio。DVD用マスターからまずはここに映像を取り込んでアップコンバートしたうえで、ビデオノイズリダクション等の処理を行なった

――CDのリマスタリングをするときに、大元のマスターテープから行なうのと同じですね。

そうです。そうしたあとに、取り込んだ映像にビデオノイズリダクションなどの一連の作業を行なって画を作り込んでいきます。映像を拡大するので、マスター起因の粒子が目立ってしまうところが出てくるんですね。

だからと言って、映像全体にノイズリダクションをかけるとディテールが損なわれてしまうので、そのあたりを考慮しながらシーンごとに手作業で作業していきました。この作品には、ライブシーンとインタビューシーン、あとイメージシーンとレコーディングシーンという4つの要素があるので、すべて違うアプローチで映像をブラッシュアップさせています。

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シーンごとに手作業でノイズリダクションを行なった

――そこにエンジニアとしての経験や感覚がいかされるわけですね。

そうですね。また通常では、カラーグレーディングといって、色のバランスや濃さなどの色彩補正をする処理もシーンごとに加えるのですが、今回はプロデューサーの須藤晃さんから、「そこはあえて触らない」という指示があったので、それについては何もコントロールしていません。当時のオリジナルの質感はできるだけ残したい、というのが須藤さんからの最大のリクエストでした。

――4つのシーンについて、具体的にそれぞれどういうアプローチをしたのか教えてください。

ライブシーンに関しては、まずは照明のディテールですね。明るいところと暗いところの質感、コントラストの重視と言いますか。ステージ照明の周りなどに地図の等高線のようなラインが出ることがあるのですが、マッハバンドとかバンディングノイズと言われるもので、それが出ないよう、グラデーションが滑らかになるように処理をしました。

あとは、動きの激しい映像とそうでない映像、これは曲調にもよりますが、曲によってノイズリダクションのかけ方を変えています。尾崎さんの引きのシーンと寄りのシーン、画角の違いといったところも含めて、ご本人のディテールをいかに保持して作業するかに気を配りました。

――ライブで尾崎さんが着用している白のジャケットの処理は大変だったのではないでしょうか?

尾崎豊画像1

その通りです。これは、ライブの撮影時からやや白飛びしていたようなところもあったので、ディテールをキープできるように気を使いました。あとは、顔がアップになる際の髪の毛ですね。ノイズリダクションをかけるときに、ここが一番潰れやすいところなので、髪の毛の質感を損なわないように気をつけています。肌感もそうですね。

つづいてインタビューシーンですが、こちらは一定の明るさで、基本は尾崎さんの寄りの画なので、ここでも顔の肌感と髪の毛の質感を損なわないように気を使いながら、背景の処理をしました。

イメージシーンでは、直筆ノートや砂、魚などが出てきて、さまざまな要素や動きもあるので、元マスターに入っている情報を、HDにした際、どこまで精密に再現できるかということを考えています。砂が飛んだあとに尾崎さん直筆の文字が現われるシーンがありますが、その文字が潰れて読めなくなってはいけないので、そこは特に気を使いました。

レコーディングシーンは、ハンディカメラで撮影したもので、映像が非常に粗いんですけど、その質感をきれいに処理してしまうとその場の雰囲気がなくなってしまうので、そこはあえて残しています。当時のあのハンディの感じが良いですからね。逆に背景の暗い部分には、やや強めにノイズリダクションをかけています。

――シーンに応じてブラッシュアップしながら、でも元の質感は損なわないように、という繊細な作業を行なっているんですね。

もともと作品の全体像は把握していたので、須藤さんの意向も伺ったうえで、私のなかで場面によってこうするああするという方向性は事前に決めていました。それを各エンジニアに共有してもらい、オーサリングチームで一丸となって作り上げたという流れですね。

マスターテープに入っていた音声をそのまま格納

――そこからはどういった作業を行なったんでしょうか。

こうして作った映像データを、次にBlu-ray用ビデオフォーマットにエンコードします。非圧縮状態ですとBlu-rayの容量に収まり切らないので、映像を圧縮する必要があります。その際、圧縮ノイズが出てしまいますので、それをクリーニング(除去)する作業が必要になります。手作業でシーンごとにビットレート(圧縮率)を変えてノイズ発生部分をなくしていきます。

例えば、同じライブシーンでも、アップテンポで動きが激しい曲だとビットレートを上げて、細かく割り当てないといけないですし、バラードなど動きが少ない曲やインタビューシーンなどはビットレートを下げても問題ありません。そうやって必要なシーンにデータを割り振り、エンコードのカスタマイズ作業をすることで、プログラムトータルでのクオリティコントロールを行ないます。

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ノイズリダクションなどの処理が済んだ映像データを、ここでBlu-ray用にエンコードする。その際に出る圧縮ノイズを、すべて目視で除去する作業を行なう

――ただエンコードすれば良いというわけではないんですね。すべて目視して、手作業で行なっていることに驚きました。

このような作業を経て、映像のブラッシュアップをしたあとは、オーディオ(音声)の部分です。今回、2chに加えて5.1ch音声を収録するに当たって、やはりこれも当時の音声マスターに収録されているPCMオーディオマスターから作業をしました。

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今回使用された音声マスターは8トラックPCMオーディオマスターに収録されており、これを音声編集システムであるプロツールス(業界標準の音声編集システム)に取り込んで処理を行なった

これを再生するには古い機材を使用する必要がありますので、当スタジオ機器のすべてを保守、維持している“テクニカル・ルーム”の力も借りて、音声データをプロツールスに取り込み、圧縮フォーマットも当時DVD収録されていたドルビーデジタルAC-3からDTS-HDというロスレスの規格にすることで高音質化しています。つまり実質的には、マスターテープに入っていた音声が、今回のBlu-rayにはそのまま格納されているということです。

――なるほど、映像も音声も大元のマスターを使って、最新のテクノロジーでそれを最高の状態に再構築したということですね。

はい。こうして映像と音声データをブラッシュアップしてから、最終的にオーサリングプログラムという作業を行ないます。これは、すべての要素をまとめてパッケージ化するためのマスターを作る、言わば最終仕上げ作業のことですね。メニュー画面を設定して、各曲のスタート、インタビューシーン、イメージシーン、レコーディングシーンごとに切られた各チャプターに、メニューのボタンからのリンク設定などを行なっていきます。

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メニューボタンから各チャプターに確実に飛べるように、手作業で複雑なプログラミングが書かれる。これはオーサリング作業の最終工程である重要な作業のひとつ

今回は音声が2chと5.1ch、字幕は英語と中国語が収録されますので、それらがユーザーのメニュー画面での設定やリモコン操作から、間違いなくストリーム選択されるように、これらもすべて手作業で綿密なプログラムを書くんです。

――ここが間違っていたら大変ですね。

そうなんです。ですから何度も動作確認をしながら慎重に進めます。また、曲頭を呼び出したときに、ユーザーが使っている機器の動作レスポンスなどによっては、最初の音が少し欠ける場合があるんです。そうならないように、チャプターを切るときには曲頭の若干前をスタート位置に設定するなどの細かい調整も行なっています。このような作業をすべて経て、今回リリースされるBlu-rayのマスターが完成しました。

――作品に対して、大変な時間と労力をかけて、惜しみなく愛情も注いで作業されていることがよくわかりました。

私たちがやっているのは、最終的にパッケージソフトとして、まとめ上げる仕事です。アーティストがいて、現場で制作したスタッフの方々がいて、これを手に取ってくださるファンの皆さんがいるわけですから、その間の橋渡しをすると言いますか、つなぐ仕事なのだと思います。

後編につづく

文・取材:細川真平
撮影:荻原大志

リリース情報

尾崎豊『もうひとつのリアリティ LIVE+DOCUMENTARY』ジャケット画像

Blu-ray『もうひとつのリアリティ LIVE+DOCUMENTARY』
2023年12月1日(金)発売
※本作は2004年に発売されたDVDをBlu-ray化した作品です。
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