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連載Cocotame Series

音楽カルチャーを紡ぐ

マスター音源発見から15年――ボブ・ディラン初来日公演が『コンプリート武道館』として商品化されるまで

2023.11.15

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音楽を愛し、音楽を育む人々によって脈々と受け継がれ、“文化”として現代にも価値を残す音楽的財産に焦点を当てる連載「音楽カルチャーを紡ぐ」。

今回は、ロック界のレジェンドアーティスト、ボブ・ディランの初来日公演を完全収録する『コンプリート武道館』を手がけた洋楽ディレクター、白木哲也へのインタビュー。日本洋楽史上最高峰の復刻プロジェクトと称される今回の商品はどのようにして生まれたのか。マスター音源の存在を信じて探しつづけ、世に出すまでに15年の時を費やした本作の制作裏話を聞く。

  • 白木哲也プロフィール画像

    白木哲也

    Shiroki Tetsuya

    ソニー・ミュージックレーベルズ

“聖杯”を発見したような気分

白木哲也の「エンタメ業界を目指す君へ」の記事はこちら
ボブ・ディランら、レジェンドを担当して30年――洋楽ディレクターに必要な3つのこと

――今回、白木さんが担当するボブ・ディランの貴重な音源が見つかり、『コンプリート武道館』としてパッケージ化されました。白木さんは以前、同じく担当されているピンク・フロイドの貴重な映像を商品化されたこともありましたよね。

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そうですね。2021年に『原子心母(箱根アフロディーテ50周年記念盤)』という、ピンク・フロイド初の日本独自企画盤を手がけまして。この作品は12月に全世界で発売されることが決定しました。

――そして今回は、ボブ・ディランのお宝音源をパッケージ化されました。『コンプリート武道館』は、1978年のボブ・ディラン初来日公演を収め、当時2枚組LPとして発売され、のちに世界的なベストセラーとなったライブアルバム『武道館』(1978年)の45周年完全盤ということですが。

ボブ・ディラン画像

1978年、日本武道館公演でのボブ・ディラン

はい。ディランの初来日公演は1978年2月から3月にかけて東京8回、大阪3回の計11回行なわれているんですが、全22曲を収録する『武道館』の出典となっている2月28日、3月1日の日本武道館公演から、当日演奏された58曲を完全収録しています。つまり、今回36曲の未発表トラックが蔵出しされたことになります。

――文字通り“蔵出し” だそうですね。

まさに。いきさつは同梱ブックレットにも寄稿したのですが、きっかけはサンタナだったんです。彼らの1973年の大阪公演の模様を収めた22面体のLP『ロータスの伝説』を、2006年に紙ジャケCDで復刻するときに、当時のアナログマスターテープが発見されて、そこから再ミックスして素晴らしい音で再発売できました。そのときに、もしかしたらディランの日本公演の音源も何か残っているかも? と思い、各所に連絡して調べ始めたんです。

――それは仕事として? それとも、ボブ・ディランのファンとして?

……両方ですね(笑)。でも、まだ社内では探していることを正式に報告してなかったです。そんななかで、翌2007年にそれらしきテープが静岡工場のマスターテープ保存庫にあるということがわかって、当時のスタッフのメモ書きのような台帳を信じながら、「これは怪しいな」と思うものをチェックして取り寄せてみたら、びっくり。20本のアナログ24チャンネルのマルチテープが目の前に現われたんです。

ものすごく興奮しましたね。書かれている記録を見たら1978年2月28日のものが10本、3月1日のものが10本。まさに探していた日本武道館公演の録音で、求めていたマスターだったんです。それこそ “聖杯”を発見したような気分でしたね。

白木画像1

――映画『インディ・ジョーンズ』のようです(笑)。それくらい歴史的な価値がある作品ということですね。

もちろん初来日ライブという記念ではあるんですが、このライブ自体がディランの歴史のなかでも異色というか、重要な記録なんです。ディランは、1975年から1976年にかけて白塗りメイクで有名なライブツアー『ローリング・サンダー・レヴュー』を行ない、スタジオアルバム『スロー・トレイン・カミング』(1979年)ではゴスペルに傾倒していくわけですが、日本武道館公演を含めたこのジャパンツアーは、その間を繋ぐ、1978年のディランの在り方を捉えた貴重な音源なんです。

今でこそディランのライブは自由自在なアプローチで、前奏ではなんの曲を演奏しているかわからないというスタイルも定着しています。ですが、1978年当時のディランはもうとっくにロックなアプローチをしていたものの、日本ではまだフォークの神様と信じていたリスナーも少なくなかったと思うんですね。

それが、ステージに現われたディランはラスベガスのショウのような白い衣装で、フォークギターではなくエレキギターしか弾かないし、バックコーラスを従えた大編成バンドによる大胆なアレンジで演奏して、賛否両論が巻き起こったんです。ですが、今振り返ると、ディランが1978年にやりたかったこと、それがひとつの通過点だったことがよくわかるんです。

ボブ・ディラン画像2

――そんな貴重な音源が発見されたんですね。商品化に向けて、どのように進めていったのでしょうか。

マスターが見つかったからといって、それが商品化に耐えうるものかどうかはわからないので、まずは20本のテープを全部チェックするところから始めました。30年以上も誰も触れた形跡はなく、これがびっくりするくらい最高のコンディションだったんです。スタジオで試聴したのですが、テープが再生されると、会場のざわめきが聞こえ始めて、日本武道館に漂う緊張感みたいなものまで伝わってきてゾクッとしましたね。

メンバーの声も入っていました。オープニングは「はげしい雨が降る」のバンドだけの演奏。もちろんセットリストは知っていましたが、このオープニングは『武道館』には収録されていなかったので、「あ~、やっぱりこの曲から始まったんだ!」という再確認と、なんていうか、ちょっと震えるような感動で、涙が出そうになりました。これは、ざわめきも、どよめきも含めて、絶対に2日間の公演を丸々収めた完全版を出すべきだと決意しました。

ダイジェスト的なオリジナルの『武道館』に対して、商品化するならタイトルは『コンプリート武道館』にしようと。でも本当は、日本にマスターテープが残っているという事実はあっちゃいけないと思うんですけどね。これはおそらく制作後にアーティスト側に返さなくちゃいけないものだから。だけど、こっちで見つけてしまった以上は、仕方ない(笑)。

――(笑)。一大プロジェクトのスタートですね。

このプロジェクトのために、オリジナルの『武道館』に関わったソニーミュージックのOBの方々に集まっていただきました。当時のCBS・ソニーのボブ・ディラン担当の菅野ヘッケルさん。現場の日本武道館で録音し、ミックスも行なった鈴木智雄さん。そしてパッケージのデザインを手がけた田島照久さんの3人です。新たに見つかった音源を鈴木さんにラフミックスしてもらい、ヘッケルさんと確認作業を行ない、それをNYに送り、向こうの反応を見てみることにしました。

すごい音源を発見した以上は結果を求めなくては

――そこからは順調でしたか?

いえいえ。そんなにことは簡単ではないんですよ。向こうはなんといっても世界最高峰のロックアーティスト、ボブ・ディランのチームです。ハードルが高すぎましたね。「この音源を日本でリリースさせてもらえないか?」と頼んでも良い返事は返ってこない。ことあるごとに「いかがでしょうか?」と連絡をとってもなしのつぶて。そこからかれこれ15年ですから……。

――長い! その間に企画を断念しようとは思わなかったのですか?

それはなかったですね。そもそもが夢のようなプロジェクトなので、簡単に実現するとは思っていませんから。とにかくすごい音源を発見した以上は、これを世に出せるならば、時間をかけてでも結果を求めなくてはと思っていました。ディラン担当ディレクターとしての責務云々というより、とにかくひとりでも多くの人に聴いてほしい! という思いですよ。その間もディランのリリースはありましたから、そういった作品の通常業務をやりながら、常に“武道館” のことを気にしながら交渉の機会を伺っていました。

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2019年の『ブートレッグ・シリーズ』のプロモーションで、本国のディラン担当者が来日したときにも直にお願いして、「あれ、まだあきらめてなかったんだ?」と笑われたりね。でもそうやって交渉をつづけていくにしたがって段々と近づけるわけで……。

忘れもしない2022年4月23日、土曜日でした。プロジェクトの相談に乗ってくれて、ずっとお願いを聞いてくれていたアメリカのソニーミュージックの担当者から突然メールが来たんです。「武道館のプロジェクトが進められそうだよ。まずはそっちで音を最終段階まで仕上げてもらい、その音源で最終許諾を取ろう!」と。

――おお、来ましたね!

うれしさと同時に、ここまで来るともうあと戻りはできないので行くしかない! と腹をくくるわけです。音源を作ってみたもののディラン本人が気に入らなければパッケージとして出せないから、作業が無駄になり僕が会社からめちゃくちゃ怒られるわけで(笑)。

すぐにヘッケルさんと鈴木さんにもう一度集まってもらい、アナログ24チャンネルのマルチテープを再度取り寄せました。発見した2007年から15年経っていたので劣化が心配だったのですが、テープが少しベタベタしていたくらいだったので、水分を飛ばすために低温の熱を加えることでリフレッシュさせました。

そうして、鈴木さん監修のもと、ソニー・ミュージックスタジオでマルチの音源を取り込み、ミックス作業に進んでいきました。仮ミックスの段階でも瑞々しい音で、演奏も素晴らしかった。ヘッケルさんや僕のリクエストにも鈴木さんが応えてくれて、微調整を繰り返しながら、約2カ月後の6月にミックスを完成させました。

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――音源は生まれ変わりましたか?

驚くほどに。『武道館』はバンドのなかにディランがいたとすると、『コンプリート武道館』はバンドの前のディランを際立たせたような音になっています。これはヘッケルさんの意向でもあったのですが、ディランの声を前面に押し出して際立たせることに注力しました。今回の商品キャッチコピーが“あの日のボブがここにいる”なんですが、その日の日本武道館の会場にいたヘッケルさんや鈴木さんが、生で聴いた記憶と臨場感を再現したんです。

それが本作の目的と言っても過言ではないですね。ヘッケルさんが言ってました。「ビッグバンドとコーラスを従え、圧倒するサウンドで、1978年のディランはこれなんだというステージを彼は披露した。そんな彼の熱い思いを永遠の記録として再現したかったんだ」と。

これはテクノロジーの発展がもたらした結果だと思います。1978年には到底実現できなかったし、テープを発見した2007年でもまだ難しかった。結果的に、作業した2022年のミックス技術によって、あの日の記憶をクリアに再現できたんだと思っています。そういう意味では、先方に交渉しつづけていた15年は、決して無駄ではなかったんだと今は確信しています。

――本国の担当者に苦笑されながらも、あきらめなかった甲斐がありましたね。

信じつづければ夢は叶う。これは胸を張って言いたいですね。加えて、僕は人間関係、信頼関係を築きあげていく時間があったのがラッキーだったのかもしれないです。担当変更が多い社内で、長く洋楽ディレクター、それこそボブ・ディランを長く担当できたことが良い結果につながったのかもしれません。

「笑顔すぎるからNG!」

――『コンプリート武道館』は、音源はもちろん、ボックスセットとしてパッケージも充実していますが、その作業はどうだったのでしょうか。

ボブ・ディラン『コンプリート武道館』画像

結局、NYから音源のOKが出たあとも細かいチェックやリクエストはたくさんありましたよ。僕らが、「こんな写真も発見しました」って進言しても、「笑顔すぎるからNG!」とか(笑)。写真使用の許諾も本当に厳しかったです。ボックスセットは、全世界分を日本から出荷したんです。ディランの公式作品を日本で作っているわけだから当然と言えば当然なんだけど、ブックレット内のテキストも、カンマのあとは半角アケなくちゃいけないとか、定冠詞は小文字にしなければいけないとか、細かく指摘されました。

田島さんがデザインしてくれた桜がコラージュされたジャケットも1回NGが出たんです。でもこれだけはあきらめきれないというか、どうしても譲れなくて、デザインの微調整をしながら、当時の公演時期や表情も含め日本制作の象徴として桜を使いたいと何度も交渉して、最終的には向こうがOKを出してくれました。

ボブ・ディラン『コンプリート武道館』ジャケット画像

――そこは、日本のディレクターとしての意地を見せた、と。

本当に、今回の音源もパッケージも、まさに日本の制作チームの意地とプライドの結晶だと思っています。完成した商品を本国に送ったところ、一連のプロジェクトを交渉していた担当者からメールが来まして、「こんなにすごいパッケージになるとは最初は思っていなかったよ、素晴らしい! コングラッチュレーション!!」って。うれしかったですね。

今回実現した『コンプリート武道館』という日本独自企画は、日本の洋楽史上稀にみる復刻プロジェクトだし、いち個人としても、まちがいなく30年間の洋楽ディレクターとしての集大成です。これを超える作品は自分ではもう作れないと思います。

――公演チケット、パンフ、ポスター、チラシなどの復刻メモラビリアも含めて、今回初めて世界的に発売になったわけですから、グラミー賞のBest Boxed or Special Limited Edition Package(最優秀ボックスまたはスペシャル・リミテッド・エディション・パッケージ賞)のノミネートも狙えそうです。

今回、僕の周囲にもそういうことを言ってくれている方がいますが、個人的には、まずは世界中のディラン・リスナーの反応が楽しみです。ディラン本人の感想は……ディランはそういうことを言う人ではないので、それは最初から期待していません(笑)。

文・取材:安川達也
撮影:古里裕美

関連サイト

ボブ・ディラン公式HP
http://www.sonymusic.co.jp/artist/BobDylan/(新しいタブで開く)
 
ボブ・ディラン『コンプリート武道館』特設サイト
https://www.110107.com/Dylan_budokan/(新しいタブで開く)

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