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今、聴きたいクラシック

ピアニスト・河村尚子のマイルストーン――20年の歩みを支えてくれた人と音楽➁

2024.09.04

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日本デビュー20周年を迎えたピアニストの河村尚子。後編ではリサイタルのプログラムに込めた想いと、これから追求していきたい音楽について語る。

  • 河村尚子プロフィール画像

    河村尚子

    Kawamura Hisako

    ミュンヘン国際コンクール第2位、クララ・ハスキル国際コンクール優勝。ドイツを拠点に、世界各地でリサイタルやオーケストラとの共演を重ねる。文化庁芸術選奨文部科学大臣新人賞、第51回サントリー音楽賞など受賞も数多い。主なアルバムに、『ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番&チェロ・ソナタ』『ベートーヴェン・ピアノ・ソナタ集』など。2019年公開の映画『蜜蜂と遠雷』(恩田陸原作)では主役、栄伝亜夜のピアノ演奏を担当。現在、ドイツのフォルクヴァング芸術大学教授。2024年9月に日本デビュー20周年記念アルバム『20 -Twenty-』をリリース予定。

この記事の前編はこちら:ピアニスト・河村尚子のマイルストーン――20年の歩みを支えてくれた人と音楽①(新しいタブを開く)

日本デビュー20周年記念のアルバムとリサイタル

2004年の日本デビューから20年――。9月18日にはニューアルバム『20 -Twenty-』のリリース、9月30日にはサントリーホールでのリサイタルが予定されている。いずれも河村尚子の歩んできた道を振り返り、これから歩んで行く道を示す記念碑的なプログラムだ。

これまでの河村尚子のアルバムは、ひとりの作曲家をフィーチャーしたものが多かった。しかし今作には、国や時代もさまざまなクラシックの小品が並ぶ。

「アルバムに収録したのは、私がこれまでコンサートのアンコールに弾いてきた小品たちです。アンコールピースは、とても大事にしているレパートリー。自分でも弾いていてほっとしますし、お客さまにも喜んでいただけるので。20周年だから、小品を20曲集めたアルバムを作りたい……そう思って試行錯誤しながら選曲しました」

微笑みながら話す河村尚子

いっぽうリサイタルのプログラムを見ると、師ウラディーミル・クライネフとの出会いの曲でもあるプロコフィエフのピアノ・ソナタ第7番「戦争ソナタ」の文字が目に入る。今回のリサイタルで、いよいよ満を持して初チャレンジする1曲だ。

「プロコフィエフは、とても面白い作曲家だと思っています。フランスに渡って現地の影響を受けつつ、ロシアにまた戻って、自分のアイデンティティを探しながら、バレエ音楽やオペラを書いた。そんな彼の音楽が私は大好きです。知らない曲でも、1小節聴いてすぐにプロコフィエフだとわかる、個性豊かな作曲家なんです。ラフマニノフもそうですね」

リサイタル冒頭に置かれたJ.S.バッハ/F.ブゾーニの「シャコンヌ」は、プログラムのなかで最後に決まった楽曲だという。選曲の経緯には、今年の元旦に起きた能登半島地震が関係している。

「ドイツでは大晦日に花火を上げて、邪悪なものを追い払うという風習があります。去年の大晦日も、賑やかな花火とともに新年を迎えようとしていたのですが、日本から能登半島地震のニュースが入ってきて、すごくショックを受けました。阪神・淡路大震災のとき、日本にいた母と姉が大変な経験をしたことを思い出したんです。

また、『シャコンヌ』を初めて演奏したのも、東日本大震災のときでした。地震の1カ月後に日本でリサイタルツアーをしたのですが、どこも自粛ムードで、あちこちの照明が暗くなっていて……いつも祈りの気持ちを込めて弾いていたのを覚えています。そこで今回も、能登半島地震で被災された方々への祈りを込めて、『シャコンヌ』を最初に演奏することにしました」

後半には、ショパンの即興曲第3番とピアノ・ソナタ第3番が並ぶ。いずれも、河村尚子にとっては以前から育ててきたレパートリーだ。

「今回のリサイタルで最初に決めたのが、このショパンの2曲でした。以前からずっと弾いていて、温めては冷ましてを繰り返してきたレパートリーです。ここ数年、ドイツやオーストリアの古典派を弾くことが多かったので、またショパンに戻りたいなと思っていたところでもありました。

実は、サントリーホールでのリサイタルは今回が初めてなんです。やっぱり、ショパンのピアノ・ソナタ第3番は大きなホールで弾きたい。20周年の節目を、絶対にこの曲で締めくくりたいと思っていたんです。

即興曲第3番はフランス的な要素が詰まっていて、ポーランドの匂いがあまりしない、おしゃれでエレガントな曲。でも中間部に、チェロが歌うような、ちょっと悲しげで情熱的なメロディがある。そういったところが、ショパンの本当に良いところですね」

ピアノを弾く河村尚子の手

現在の音楽、女性、日本という3つの要素

さらに今回のリサイタルでは、河村尚子が作曲家の岸野末利加に委嘱した作品「単彩の庭 Ⅸ」も披露される。この委嘱は、河村尚子がサントリー音楽賞を受賞したことがきっかけとなっているという。

「サントリー音楽賞でいただいた賞金で、次世代のピアニストにも弾いてもらえるような新曲を、いろいろな作曲家に書いていただこうと考えています。岸野さんへの委嘱は、その第1号ですね。

岸野さんは京都の出身で、ご実家がお寺なんです。それで、日本庭園をイメージしたシリーズの作品をずっと書いていらっしゃいます。灰色の砂利が敷き詰められたモノクロームの日本庭園をイメージして、これまでにさまざまな楽器編成の作品を発表してこられましたが、今回、ピアノソロのための作品に取り組んでくださいました。彼女は18歳までピアノを学んでいたので、ピアノの知識が豊富なんですよ」

手を使いながら話す河村尚子

河村尚子は近年、矢代秋雄など日本の作曲家の作品を積極的にプログラムに取り入れている。そこにはドイツで暮らす日本人、そして音楽家としての経験が関わっている。

「ドイツでコンサートをしていると、『日本の作曲家の曲は弾かないの?』『どんな曲があるの?』って聞かれることがあって、私は今まで日本の作曲家の作品をあまり弾いてこなかったことに気がついたんです。それからはリサイタルのプログラムで日本の作曲家、もしくは女性の作曲家を、ひとりでも多く取り上げたいと考えるようになりました。

古典派の作品を弾いていると、とても心地が良いし、すばらしい音楽もたくさんあるけれど、やっぱり今、私たちが生きている現在の音楽も大事にしなくてはなりません。女性の作曲家たちも、歴史の影に立たされていた人たちが本当に大勢います。ですので、その3つ──現在の音楽、女性、そして日本という要素を、プログラムに入れていけたらと思っています」

失敗を恐れず、挑戦することを学んだ20年

河村尚子の日本デビュー当時の反響は、今でも鮮やかにクラシックファンの心に残っている。そしてまた、20年という歳月は彼女にとっても「あっという間」だったという。

「20年の間に、失敗も成功も、いろいろな経験をしてきました。ここまでこられたのは、まわりの皆さんが助言をくださったり、話を聞いてくださったから。私ひとりだけでは、まったく不可能な道のりでした。

20年前の私は、いつもブレーキをかけ気味で、怖がりなところがありました。一つひとつ、公演をこなしていく感じというのでしょうか。そんな私が、ラフマニノフのコンチェルトに挑戦するなんてありえなかったことですし、ベートーヴェンのソナタをこんなにたくさん演奏して、レコーディングまでするなんて……本当に考えられませんでした。周りの皆さんに『これはどう? あれはどう?』って提案してもらって、押し上げてもらったから、挑戦しつづけることができたのです」

腕を組みながら話す河村尚子

今、こうして快活に語ってくれる河村尚子の姿を見ていると、「怖がり」というのは少し意外な印象だ。そうやって挑戦してきたなかで、もっとも困難だった経験を聞いてみると、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番に初めて取り組んだときだという。指揮はハンガリー出身で、名ピアニストでもあるゾルタン・コチシュだった。

「もう、気が遠くなりそうでした。コチシュさんは偉大なピアニストで、そんな人を指揮者として相手にしながら、初めてのラフマニノフのピアノ協奏曲第3番を弾くなんて! それでも頑張って練習して、どうにかやりとげました……チャレンジして良かった。本当にすばらしい作品なので、またリピートしたいです」

20年前と現在、河村尚子のなかではどのような変化があったのだろうか。

「いろいろなことに挑戦するという意味でも、オープンになったんじゃないかな。20代のころは、『私にはできないんじゃないか』っていう先入観がすごくあったけれど、今は『やってみないとわからない』『当たって砕けろ』ですよね(笑)。

失敗しちゃっても良いから、まずは挑戦する。それで成功したらすばらしいし、失敗したらなんで失敗したのか考えれば良い。そういうふうに調整する心が、この20年間で育てられたんじゃないかなと思います」

働きながら子どもを育てる親として

ヨーロッパと日本、複数の国々を飛び回りながら、ピアニストとしての仕事に打ち込む河村尚子。家庭を持ち、子どもを育てる人間としての彼女もまた、周囲に支えられているという。

「ひとりではとても無理ですね。仕事をしながら子どもを育てるには、周りのサポートが必要不可欠です。私の両親や義理の母、いつもお願いしているベビーシッターの方……私たちの子どもをかわいがってくださる方々がサポーターとして見守って、助けてくれています。

働く親として、人に甘えても良いと思うんです。そして助けの手が差し出されたら、ちゃんと使わせていただく。ママ友とかパパ友とか、子どもたちを一緒に遊ばせてくれる機会も利用して、自分が練習する時間、自分自身のための時間を作っています」

笑顔で話す河村尚子

チェリストであり、デュオ・リサイタルでも共演している夫のウルリッヒ・ヴィッテラーとの協力体制も万全だ。

「家事が大好きなパートナーに出会えたのは幸運だったと思います。家事はすごく大事!家のことができないと、子どもの世話もままなりません。もちろん、子どもの世話とともに家事を学んでいくパターンもあるけれど、そもそも家のことが好きでないと、学ぶことも難しいですよね。

もちろん人間ですから、パートナーにも私にもネガティブな部分がありますが、お互いに良いところだけ見るようにしています(笑)。そうして、自分の仕事ができて、家庭があって、みんながハッピーであれば、それが何よりじゃないですか。私も家のことをするのは好きで、料理や掃除もしますが、パートナーも同じようにしてくれたら、よりいっそう支え合えると思います」

ピアニストとして、人間として、着実に歩みつづける河村尚子の次なるマイルストーンに期待したい。

この記事の前編はこちら:ピアニスト・河村尚子のマイルストーン――20年の歩みを支えてくれた人と音楽①(新しいタブを開く)

取材:加藤綾子
撮影:冨田 望

リリース情報

河村尚子『20 -Twenty-』ジャケット画像

『20 -Twenty-』

  • 発売日:2024年9月18日(水)
  • 価格:3,630円
  • 詳細はこちら(新しいタブを開く)

コンサート情報

『河村尚子 ピアノ・リサイタル』

  • 2024年9月30日(月)19:00開演
  • 東京:サントリーホール
  • 詳細はこちら(新しいタブを開く)

関連サイト

 

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