アルファミュージックとダンスを融合したイベント『ALFA DANCE DAY』――シティポップを若者に広める取り組み①
2025.05.28


今年、結成45周年を迎えた吾妻光良&The Swinging Boppersから、吾妻光良、渡辺康蔵、山口三平の3名へのインタビュー。
1991年のメジャーデビュー以降のエピソードやメンバー同士の関係性、それぞれが考える活動が長く続いた秘訣を語る。
目次

吾妻光良
Azuma Mitsuyoshi
ボーカル&ギター担当

渡辺康蔵
Watanabe Kozo
アルトサックス&ボーカル担当

山口三平
Yamaguchi Sanpei
バリトンサックス担当
記事の前編はこちら:吾妻光良&The Swinging Boppers:シニア世代のWワークバンドは、なぜ音楽活動を持続できるのか?①
――3枚目のアルバム『STOMPIN' & BOUNCIN' THE GREAT VICTOR MASTERS 1990~1991』(1991年)から4枚目『SQUEEZIN' & BLOWIN'』(2002)の間が11年空いてるんですよね。
渡辺:この間は何をしてたんだろう? 思い出せないね。
吾妻:毎年、クアトロにはガンガン出てたよ。
山口:30代から40代の頭でしょ。ちょうど仕事が忙しかったのかもしれない。
吾妻:この間に俺はアメリカ大統領選の中継に行ってるからね。香港返還も行ってたな。それは忙しいわ。このあたりがライブ年4回ペースを目指そうよって言ってた時期なんだろうな。4枚目を出したあとから地方公演に呼ばれるようになって、ライブも多くなってくんだけど。
――結成27年目を迎えた5枚目『Seven&Bi-decade』から50代ですよね。
吾妻:やだね。顔もババっちくなってる。
渡辺:おやじ臭くなるのが嫌で、そうならないように頑張っていたら、おばさんっぽくなった時期があったね(笑)。でも、このアルバムは今につながってるよね。「最後まで楽しもう」や「150~300」とか、ほとんど今でもやってるレパートリーが入ってる。
――メジャーレーベルと契約していても、アマチュアという意識でしたか?
吾妻:うん、アマチュアですね。
渡辺:俺もそうだったよ。土日しかやってないし。会社の仕事も真面目にやったよね。
山口:やってたね。面白いことしかしてないけど。
吾妻:バンドで暮らしていこうなんて微塵もないし。そういう意味では、アマチュアですね。バッパーズはフル活動して月1本ぐらいがもう限界ですから。ただ、サラリーマンも後半になると、暇ができるようになってきて。勤めてたときも、土日を確実に休めるようになってからは、今は毎週やってる小編成でのライブも増やしてた。
そのときに心から思ったのは、「あ~、バンドやってて良かったな」ってこと。二足のわらじが大変だったときもあったけど、会社でものすごいトラブルに巻き込まれることがあって、しかも、ちょっと嫌な立場になったりすると、本当にバンドをやってて良かったなって思うんですよ。
牧も言ってたことあるけど、もしもバンドをやってなかったら気が狂っちゃったんじゃないかなってぐらい、バンドにはすごく感謝してる。バンドをやってて救われたことは、5回くらいはありますね。こういうリフレッシュがないと、ずっと仕事のことを考えちゃって、鬱になっちゃうようなこともあるのかなとは思いましたよね。
渡辺:俺はそんなにトラブルはなかったかな。吾妻が事前に丁寧にスケジュール調整をしてくれるから。そこにハマったら、仕事を入れないでやってたんで。
山口:ディレクターをやってるときに、仕事をしてるアーティストに、自分がバンドをやってるっていう話は特にしなかったんですよ。でも、ときどきバレて、「三平さん、吾妻さんのバンドでやってるの? 先に言ってよ!」って言われることがあって。悪い気持ちはしないですよね。小室哲哉さんは「もっと前に知ってたら、吾妻さんに弾いてもらいたかったな」って言ってましたよ。
渡辺:TM NETWORK featuring 吾妻光良。いいね、それ(笑)。
山口:まだ若手のアーティストとか、「これまでの暴言を失礼いたしました!」って言う人もいた。
渡辺:俺はほかにも自分のジャズのバンドをやってたし、制作ディレクターもやってたけど、アーティストはみんな知ってたかな。プライベートパーティで山下久美子さんも2回ぐらい、バッパーズと一緒に歌ってもらったことがあるし、ケイコ・リーさんもwith パッパーズでやったことがある。みんなそこそこバッパーズは知ってるから。
吾妻:長いからね。
渡辺:長いだけじゃないよ。ルースターズも担当してたけど、花田(裕之)も吾妻のこと尊敬してたし。
山口:ミュージシャンがさ、日テレの番組行って俺も立ち会い行ったりすると、吾妻さんに挨拶に行きたいって。上の技術ルームに上がって行ったのを覚えてる。
渡辺:ギタリストとしてはかなりリスペクトされてるからね。
吾妻:二足のわらじとは微妙に違うけど、深夜の音楽番組を立ち上げからプロデューサーと一緒にやって、ブッキングもちょっと手伝ったり、ミキサーも自分で好き勝手やって。
そしたら予算がなくなって誰も呼べなくなって。最後にプロデューサーから「吾妻、お前出ろ」って言われて。「俺ですか? 出ていいんですか?」って聞いたら、「予算がないからしょうがない。仕事やりながら出ろ」ってことになった。
山口:あのときの吾妻さん面白かったね。とても社員とは思えないルックスなんだけど、現場に行くとむちゃくちゃ恐縮してるわけ。会うスタッフ全員に「あ、どうも」ってお辞儀してて。弾き始めるとガーンってロックスターのようになる。あれは面白かったな。
――逆にバンドだけに専念するっていう話にはならなかったですか?
吾妻:それは絶対にない。こんな人数で動いてるから……。
渡辺:だってさ、1ステージ1万円もらって、年に6回だから、年収6万円だからね。
吾妻:あはははは。
山口:かと言って、それ以上、ライブをやったら、きっとバンド解散しちゃう。
吾妻:あんまり会いすぎちゃうとね。
渡辺:最近、ちょっと多いんだよね。だいたい月に1回やってるから。たまに2回やるときもあると12回以上会うことになるじゃん。そうなると、いない人の悪口大会になっちゃう。
山口:俺がその犠牲になったらしいですよ。
――(笑)そうなんですね。
渡辺:隣のY口さんがね。打ち上げにいない奴が標的になる。
山口:実際に時間のことでご迷惑をおかけしましたけどね。でも、こないだ“メンバーに望むことは?”っていうアンケートがあって、“人のいないところで悪口を言わない”と書きました。
渡辺:打ち上げだけじゃなくて、例えば地方に行くときなんかは、デフォルトで“1公演4飲み”っていうのがあって。本番の前に飲んで、終わってから飲んで、翌日出発前に空港で飲んで、羽田に着いてからもう1回飲む。前にも、富山から帰ってきて、羽田に朝9時ぐらいに着いたことがあって。
吾妻:結局、10時から開く店で飲み始めて、気がついたら夕方4時になっちゃってて、“しまった!”って。
渡辺:『RISING SUN ROCK FESTIVAL』の帰りも、お昼から夕方まで飲んでたよね。
――メンバーの関係性は変わらずですか?
吾妻:変わらないね。
渡辺:学生時代の先輩、後輩のまんまだね。
吾妻:ひとつ変わったといえば、7年半前ぐらいにアルトの一番は先輩の小田島(亨)さんに固定化されたこと。小田島さんは1980年3月にJIROKICHIでやって、それで終わりってときに吹いてもらってるんだけど、あとはずっとうちに来てなかった。
その間、主にふたりメンバーが変わったんだけど、なんだかんだ忙しくてできないみたいな話になって、また小田島さんにお願いして。康蔵の直属のサークルの先輩だったりすることもあって、サックスセクションをまとめるということに対して非常に意識の高い方でね。小田島さんが入ってから、非常にバンドが前向きになってるなって感じてます。
渡辺:先輩が真面目に取り組んでくれるのはうれしいよね。でもね、1974年からずっと先輩だからね。
吾妻:あははは。年齢差は変わらないでしょ。
渡辺:たった1年の差なのに。
吾妻:見事に年功序列と学年で呼び方が違う。
山口:さすがに“ですます”はないけど、呼称は変わらないですね。
渡辺:小田島さんも入って、もう7年ぐらいはずっと同じメンバーでやってるんで、かなり長いよね。
――今は45年目にして、プロ宣言って言っていいですか?
渡辺:俺は一応、プロ入りしてるつもりではあるんだけど。
山口:吾妻さん、覚えてるかわかんないけど、昔、“オヤジバンド”って言葉が流行ったことがあって。取材で「オヤジバンドの代表」と言われたりして、「いやいや、バンドやってて気づいたらオヤジになっちゃったんですよ」って。だから、気づいたらオヤジになってたし、気づいたらプロのバンドに見えるようになってたのかなって感じがしますけど。
吾妻:いつの間にか、気がついたらこうなっていたという。ただ、プロに見えてるかもしれないけど、実態は違うからね。バンド全体でプロっていう感じではないかな。
渡辺:今も吾妻はエンジニアの仕事をやってるしね。俺はフリーの音楽プロデュースをやってるんで、忙しいことは忙しいです。来週からまたレコーディング入ってるし。
吾妻:“儲からないが忙しい”っていうのが合言葉だから。
――昨年、渡辺さんは小説『ジャズ・エチカ:ジャズメガネの事件簿』を出されて、山口さんはマイケル・ブレッカーやビル・エヴァンスの書籍の翻訳、吾妻さんは著書『ブルース飲むバカ歌うバカ』が新装版として刊行されました。
渡辺:紀伊國屋に並んでたのはうれしかったね。みんな、なんだかんだ忙しいですよ。忙しくなるとサックスの練習が一番あとになるね。
山口:そうなんだよ。
渡辺:俺、明日、練習しとかないとちょっとやばいことがあって。来週またOB会で吹かないといけないし。そのあとまたちょっとジャズのライブもあったりする。バッパーズのために練習するってことはあんまないんだけど、やっぱりスタンダードをさらっとかないと、コード忘れちゃったりするし。でも、吾妻は昔から毎日、弾いてるよね。
吾妻:ちょこちょこね、1回15分とかね。
渡辺:ギターはそれができるからいいよね。サックスはまずリードをつけて、鳴らして、軌道に乗るまで1時間以上かかるから、そこから1時間ぐらい練習するとなると、2時間ぐらいは時間がないとね。
山口:とりあえずソプラノはもう常に吹けるように立てかけてある。
渡辺:リー・コニッツに“毎日15分間は練習しなさい”って怒られたことある。
山口:本人に?
渡辺:うん。「俺は毎日、練習してるよ」って言われた。
山口:僕、本当にプロ入りして、1日8時間サックスを吹いて、さらにいいプレーヤーになろうと思ってたんですけど、そこまでできないですね。
――最後にバンドが長く続く秘訣をまとめてもらえますか?
吾妻:あまり会わない。
渡辺:会ったときは必ず飲む。
山口:あと、人の悪口は言わない。
吾妻:いやいや、人の悪口も甘露なんですよ(笑)。
記事の前編はこちら:吾妻光良&The Swinging Boppers:シニア世代のWワークバンドは、なぜ音楽活動を持続できるのか?①
文・取材:永堀アツオ
撮影:下田直樹
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