ヒロ・オクムラ:スーツにネクタイと達者なしゃべり――コンビもピンも絶好調な注目芸人の実像に迫る②
2025.03.08


ソニー・ミュージックアーティスツ(以下、SMA)所属の芸人たちにスポットを当て、ロングインタビューにて彼らの“笑いの原点”を聞く連載「芸人の笑像」。
第21 回は、お笑いユニット“今夜も星が綺麗”のツッコミとして『M-1グランプリ2024』では準決勝に進出し、3月8日に放送されるピン芸人日本一決定戦『R-1グランプリ2025』にはファイナリストとして出場するヒロ・オクムラ。生真面目な風貌とマシンガントークで繰り出すコント芸で、今勢いに乗るピン芸人だ。今年、芸歴12年を迎える彼の素顔とは。
目次

ヒロ・オクムラ
Hiro Okumura
1989年7月13日生まれ、奈良県出身。血液型A型。身長165㎝。2013年4月より活動開始。趣味はプロレス観戦、特技は外国の子役のうっすらとした顔マネ。2024年、三福エンターテイメント(プロダクション人力舎所属)とのユニット、今夜も星が綺麗で『M-1グランプリ』準決勝進出。3月8日放送の『R-1グランプリ』にはファイナリストとして出演する。
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取材現場に到着するなり、背筋をピンと伸ばして深々とお辞儀をしながら「ヒロ・オクムラです! こんな僕を取材していただけるなんて、本当にありがとうございます!」と元気いっぱいに挨拶する姿は、まるで就活の面接に来た大学生のようにフレッシュ。
「こう見えてもう35歳になるんですけど、身分証明書が必要なときにはいまだに言われますね、学生証ありますか? って(笑)」
黒フレームのメガネの奥でニッコリ笑う優しそうな瞳と、ハキハキとした受け答え。いかにも勉強ができそうな雰囲気と、好青年的な愛嬌あふれるヒロ・オクムラは、そんな見た目を裏切らない学生時代を過ごしてきたという。
「子どものころは、クラスのオモロイ子でした。学校の文集とかでよくあると思うんですけど、クラスの“〇〇ランキング”で全部1位になりたいと頑張るような子やったんですよ。お笑いもそうですね。奈良県出身なんで、テレビはいつもお笑い番組を見てましたしね。関西では、お昼にも夕方にも必ず30分とか1時間の漫才番組があって、僕は中川家さんが好きでした。だから自然と“芸人ってええな”と。芸人には、普通になれるもんやと思ってました」
クラスのランキングに入ることを目指していた彼は、勉強も手を抜くことがなかった。進学した高校も、奈良県では有名な進学校。そんな勉強もできるひょうきんな少年に最初に訪れた転機は大学受験。「どうしてもひとり暮らしがしたかった」と言う彼は、実家からは通えない距離の大学を考えたが、両親からはこんな条件を出されたそうだ。
「“浪人も私立大学も塾もお金がかかるからダメ。とにかく自力で、現役で国立大学に入ること”やったんです。今思うとなかなかの条件なんですけど、進学校でも僕、そこそこ勉強できたんで、大学受験をナメきってたんですよ。友達がみんな予備校に通うなか、僕はまっすぐ家に帰ってテレビでお笑いを見てばっかりで、まぁある程度はいけるやろってお気楽に考えてました」
ところが、彼の目論見は高3の1月に行なわれた“センター試験”で、見事に打ち砕かれてしまう。
「大失敗でした。センター試験まで僕、塾や予備校の模試もろくに受けたことがなかったんで、自分のレベルがわかってなかったんですよね。センター試験受ける前は、東大に行く! って言い回ってたくらい(苦笑)。で、センター試験が終わると学校で自己採点をするんですけど、僕の点数を見た担任が“オクムラ、東大ってのは勉強がデキるヤツが行くとこやぞ!”と。
もうそこからは、焦りまくりで。今からでも行ける国立大学はないやろか? もそうだし、ひとり暮らしをするためには実家から通えない距離の国立大じゃないと意味がない。全国各地の赤本を取り寄せて、自分が入れそうなとこを探しました。今でも家には北海道大学と琉球大学の赤本があります(笑)。勉強も受験本番まで1カ月しかないんで、もう必死。あの時期が、人生で一番勉強しましたね」
そして見つけたひとり暮らしができる国立大学が、東京農工大学。本人いわく「あまりにも必死すぎて、センター試験の自己採点から農工大の合格発表までの間の記憶はほとんどないですね」と苦笑する。そんな怒涛の1カ月を過ぎ、無事に奈良から上京。彼が進んだのは農学部の環境資源科学科だった。
「農工大に入った目的はひとり暮らしをすることやったんで、真面目な学生とは言いがたかったですね。学科はいわゆる環境問題が専門。水質とか大気を調査するフィールドワークが多かったです。それはそれで楽しかったんで真面目にやってたんですけど、単位はギリギリでしたね」
本人は「真面目じゃなかった」とは言うが、受験にしろ、大学生活にしろ、話を聞けば聞くほど、彼自身が真面目でなければ出てこないエピソードばかりだ。
「そうですね、真面目は真面目かもしれないですけど、真面目な面倒臭がりなんですよ。コツコツやるのが全然ダメで、最後になんとか帳尻合わせるっていう。それは今でも変わらないですね」
そして大学卒業を控えた彼に、急カーブで第2の転機が訪れる。卒業後の進路選択だ。東京農工大学と言えば、7割が大学院に進むエキスパート大学。ヒロ・オクムラもそのつもりでいたという。
「就職というのはまったく考えてなくて。周りもみんな大学院に行くし、研究室の先輩も優しいし、大学院の研究も楽しそうやなと思って、僕も院進の勉強をしてました。でもその最中に、急に嫌になったんです。院に進んだら俺、あと2年こういうことすんのかと考えたら、急にヤバッ! と思って。その場で、研究室のパソコンで“芸人 養成所”って検索しました(笑)」
それが大学4年生の夏。「ヤバッ!」と思う直前まで、そろそろ実家に戻ってもいいかと、奈良県の国立大学院大学のオープンキャンパスにも行き、大学院進学の準備を進めていたというのにだ。
「なんか僕、そういう進路の決定を、人生の一大イベントだと捉えてなかったんですよね。芸人になる方法だって、大学を出て一から始めるんじゃなく、在学中にお笑いサークルに入って修業する手だってあるやないですか。実際、芸人になってから、そういう活動をしててプロになった人らを見てると、初速が速いし、初めから仲間もいるからうらやましい。
でも、やっぱり関西の人間としては、プロ以外がお笑いの真似事するんてハズいやろ! なんやねん! っていう気持ちがあったんです。かなりイタイやつでした(笑)。今考えると、大学でお笑い、やっときゃ良かった! って思いますけどね」
急激に進路を変更し、子どものころ「普通になれるもんや」と思っていたお笑い芸人になろうと一念発起したヒロ・オクムラ。彼が門を叩いた養成所はワタナベコメディスクールだった。
「ワタナベコメディスクールを選んだ理由は、検索して一番上に出てきたからです。ワタナベの名前は聞いたことがあったから、じゃあここでええかと……。それくらい、まだ真剣には考えてなかったんですね。ただ、ひとりで入るのは不安やったんで、1学年下にいためっちゃお笑い好きの仲のいい後輩を誘って、ふたりで入所しました」
関西出身で吉本のお笑いをずっと見ていたなら、吉本NSCを選ぶものかと思いきや……。
「NSCに入るつもりは、最初からなかったです。僕、やっぱり吉本のお笑いが好きなんですよ、めちゃくちゃ。芸人になってからも、吉本のライブをチケット買って観に行ってたくらい大ファンなんで、自分がNSCに入ると、吉本芸人さんに近くなっちゃう。多分、リスペクトしすぎなんやと思うんですけど、NSCだけはちゃうなと思って、あえて違う養成所を選びました」
そうしてワタナベコメディスクール16期生として養成所通いを始めたヒロ・オクムラ。最初は大学の後輩とコンビを組んだが上手くいかず、2回、3回と相方を変えては解散を繰り返した。結局、養成所卒業時には、ワタナベエンターテインメント所属をかけた学内オーディションに、ピン芸人として臨むことになってしまった。
「ピンで1次審査には通ったんですけど……僕、ピン芸人にはなりたなくて。ピン芸人で所属したくないからって言って、2次審査受けません! って断ったんですよ。でも本音は、審査に落ちるのが嫌やったんです。落ちて辞めるくらいなら、自分から断ったほうがカッコええ。何より、ピンでやるのが怖かったんですね。特にひとりコントは、もう嫌で嫌で仕方なかったです」
今やひとりコントで『R-1グランプリ』ファイナリストにもなった彼の口から、そんな言葉が出るとは驚きだ。
「いやほんまそうで。怖いっすね、世の中って。マジで、自分ようやってんなぁと思います。まずひとりで舞台に立つのが怖いんですよ、僕。めちゃめちゃ緊張しぃなんで。ふたりならまだマシなんで、コンビが良かったんですよね。今でも本番前になると、えずいてご飯もよう喉通らんくらい、緊張します。養成所のときからずっと、ピンでやってる人を見て、『ひとりで舞台に立つなんてようできるな!』って思ってたんで……まさか自分がそんな羽目になるとは、ですね(苦笑)」
ピン芸人でデビューしたくない。そう強がってスクールを出たヒロ・オクムラは一度フリーになり、同じスクール卒業生の同期とコンビを組んでお笑い事務所に所属する。しかしそこでもコンビは解散。またもひとりになってしまった……というとき、同じ事務所にいた14歳年上の先輩・小橋太っ太(こばしふとった)からの誘いで、2015年1月1日、Wニードロップを結成する。
「Wニードロップでようやくウケ始めました。なぜ今までウケなかったかの理由も、そこでようやくわかったんですよ。それまで僕は自分のことが見えてなかった。小っちゃくて白くてガリガリでメンタルも弱いのに、気だけは強い、ええ格好しぃやから、ずっと自分を“大型犬”やと思ってたんです。学校でも、ヤンキーでもないのにイキッたこと言ってましたしね(苦笑)。
だからお笑いやりたてのころから、ツッコミがちょっと強くて。でも小っちゃい“小型犬”が強いツッコミしても、お客さんから見たら違和感しかないんです。それに気づかせてくれたのが、先輩の小橋さん。お前は弱いヤツなんや、イキり散らかさないほうが笑ってもらえる! ってことを教えてくれました」
Wニードロップでのネタは、元人気レスラー・小橋建太のモノマネが得意だった小橋太っ太の芸をいかしたプロレスネタ。
「僕ももともとプロレスは大好きだったんですけど、それとは関係なく、小橋さんが声をかけてきて。大先輩からの誘いやったんで断れなかったんですよ(苦笑)。ネタの内容も、小橋さんがレスラーのモノマネをやったとこに僕がツッコミを入れたり、たまに動いたりというシンプルなヤツでした。
でも、そのプロレスネタのおかげで、今もプロレスリング・ノアの番組に出させてもらったり、モノマネプロレスの団体・SUGAMOプロレスの実況をやらせてもらったり、仕事の幅が広がって良かったです。今、SUGAMOプロレスの興行で、UWFや新日本プロレスで活躍された山崎一夫さんと一緒に実況席に座れてるなんて、ほんま夢みたいです」
後編では、SMA移籍から『R-1グランプリ』ファイナリストになるまでのを道のりを聞く。
文・取材:阿部美香
撮影:遠藤勇司

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