マツモトクラブと考える“お笑い×アクセシビリティ”――聞こえる人と聞こえない人が同じ笑いを共有するために必要だったこと②
2026.02.18


2026.02.18
サステナビリティやアクセシビリティにおける発見や気づき、サステナブルな視点を内包した事業開発のヒントにつなげることを目的に、ソニー・ミュージックエンタテインメント(以下、SME)のサステナビリティ部門が主軸となってインナーイベント『サステナビリティDay』を開催した。
本イベントのプログラムでメインになったのは、エンタテインメントとアクセシビリティの融合を目指した実証実験ライブ。そこで、お笑い芸人のマツモトクラブは、聞こえない人、聞こえにくい人、日本語を母語にしない人に向けてキャラクターの声を可視化したひとりコントを披露し、会場に爆笑の渦を巻き起こした。
本記事では、このコント制作に携わった5人のキーパーソンに制作の舞台裏を語ってもらいながら、“聞こえる人、聞こえない人、双方にとって付加価値のある表現”とは何かを考えていく。
目次

マツモトクラブ
Matsumotoclub
お笑い芸人

宮村ヤスヲ氏
Miyamura Yasuwo
グラフィックデザイナー

金森 香氏
Kanamori kao
株式会社precog

調 樹里杏
Shirabe Juria
ソニーグループ企業社員 リードユーザー

神山 薫
Kamiyama Kaoru
ソニー・ミュージックエンタテインメント
ソニーミュージックグループ内外のサステナビリティやアクセシビリティの取り組みを紹介する社内イベント。2025年11月に開催した『サステナビリティDay 2025』では、障がいのあるクリエイターをはじめ、異なる視点や経験を持つ人々との共創を通じて、新たな表現や仕組みの可能性を検討するプロジェクト『Creative Vision Project』の展示や、廃棄衣料を活用したアップサイクルターンテーブルの体験などとともに、エンタテインメントとアクセシビリティの融合を目指した実証実験ライブを実施。立川志の春による字幕つき落語や、コメディ朗読劇ブランド「CONTELLING」の声優朗読劇に字幕をつけた映像をリアルタイムで手話弁士がパフォーマンスする演目に加え、お笑い芸人・マツモトクラブによる字幕映像つきひとりコントが披露された。
――まずは『サステナビリティDay 2025』でろう者および難聴者、そして日本語が母語ではない方々も楽しめることをテーマに実施した、マツモトクラブさんの実証実験お笑いライブにおける皆さんの役割や参加の経緯を教えてください。
神山:私は、SMEでソニーミュージックグループのサステナビリティ活動を推進する部門に所属していて、『サステナビリティDay 2025』での役割はイベント全体のディレクション。実証実験ライブに関しては、企画全体のプロデュースを担当しました。
金森:私たちprecog(プリコグ)は、パフォーミングアーツを中心としたさまざまなアートプロジェクトの企画、制作を行なう会社で、もともとは先駆的なパフォーマンスや若手の新しい才能を発掘し、国内外に紹介することを主な事業としています。
近年ではそれに加え、新たに生まれてくる表現に対して、アクセシビリティやインクルージョンの視点を持って世の中に届けることで、共生社会と向き合う取り組みも行なってきました。その実績を神山さんたちが見つけてくださったことがきっかけで、『サステナビリティDay』のプロジェクトに参加させていただいています。
役割としては、一昨年開催された1回目の『サステナビリティDay』に続いて、今回もお笑いプログラムの企画やアクセシビリティについて、クリエイターの方々や当事者の皆さんと一緒にプログラムを作るためのサポートをさせていただきました。
――調さんは今回のお笑いプログラム制作に、ソニーグループのグループ企業社員という関係性と、ろう者の当事者としての目線で多くのアドバイスをされたそうですね。
調:はい。参加のきっかけは、観覧者として参加した一昨年の『サステナビリティDay 2024』です。そのときに観たお笑いライブがとても面白くて、神山さんに「すごく楽しかった」とお伝えしたら、「次回の実証実験ライブでは企画の段階から参加してほしい」とお声がけいただきました。
――そして、マツモトクラブさんのネタの字幕制作を担当したのが、宮村さんですね。
宮村:僕はグラフィックデザイナーとして、普段は本の装丁、展覧会や演劇などの広報、宣伝周りで使用するパンフレットやチラシをデザインする仕事をしています。参加のきっかけは、金森さんにお声がけいただいたこと。今回はマツモトクラブさんのステージで、スクリーンに出す字幕のフォントのセレクトやグラフィック制作などを担当しました。
――演者としてネタを披露したマツモトクラブさんは、前回の『サステナビリティDay』に続いて2回目の参加となりました。
マツモトクラブ:はい。前回は、同じソニー・ミュージックアーティスツ(以下、SMA)所属のアキラ100%さん、SAKURAIさんと3人で出演させてもらったのですが、今回のSMAからの参加者は僕だけになりましたね……。
今回は、『R-1グランプリ2025』(以下、R-1グランプリ)の決勝で披露した、海外出身の生徒たちに日本語を教える日本語学校の先生のネタを、このイベントのために改変して臨みました。内容的にも、今回のイベントテーマに合っていたから呼んでいただけたと思っていますが……どうでしょうか?(笑)
神山:まさに、その通りです(笑)。厳密に言うと、きっかけは『R-1グランプリ』より前に、SMA主催で行なわれたお笑いライブイベント『SMAお笑い組 20周年記念ライブ』で。このときに日本語学校の先生のネタを初めて拝見して、すごく面白かったので強く印象に残っていました。ただ、正直に言うと同じネタを『R-1グランプリ』で見たときに、劇場のほうがインパクトが強かったなと感じたんです。
理由を考えてみたら、テレビだとマイクで拾ったセリフや観客の笑い声のバランスによっては、聞き取りづらい箇所があることに気づいて。ならば、そこにアクセシビリティのサポートを加えれば、単なる情報保障にとどまらず、聞こえる人、聞こえない人の双方にとって付加価値のある字幕表現ができるのではないか? と考えて、お声がけをさせていただきました。
――マツモトクラブさんのネタありきのオファーだったんですね。
マツモトクラブ:僕だけが2年連続で呼ばれた理由が、これではっきりしましたね(笑)。実際、このネタはどのライブでもウケが良くて、自分でもすごく感触が良かったんです。なので、“どこで披露しても楽しんでもらえるネタ”だと自信を持って臨んだ『R-1グランプリ』だったんですが、現場でのウケは正直微妙でした……。
そして、それだけが理由ではないと思いますが、神山さんが言う通り、聞こえづらかったというのも理由のひとつかなと。なので、『サステナビリティDay 2025』でアクセシビリティのサポートをもらいながら、披露できたのはすごくありがたかったですね。やっぱりウケのいいネタだということを改めて実感しました。
――こちらのネタは、マツモトクラブさんが日本語学校の先生役になり、カタコトの日本語で話す3人の海外出身の生徒たちと噛み合わない会話をするコントです。先生が動物の数え方によって助数詞が違うことを教えようとしますが、それを生徒たちが理解できず、勝手な解釈をしながら話を続けていったりするところが笑いを誘います……って、これ、文字に起こしても、読者の皆さんには面白さがいっさい伝わらないと思いますが(苦笑)。調さんは、実際にこのネタを観てどのように感じましたか?
調:最初に見せてもらった構想段階のものでも、最後のオチを含めて、笑えるポイントはいくつもありました。ですが、出だしの部分が難しく、状況を掴むのに時間がかかってしまうところがあって。字幕を目で追ううちに自然と面白さが理解できる感じでしたね。
――具体的に、どのあたりがわかりづらかったですか。
調:このネタは、日本語学校の授業をしている場面から始まります。そうすると、登場人物が何人いるのか、今は誰が誰と喋っているのかがわからなかったんです。聞こえる方は声の違いから、先生と生徒3人が話していることを理解できますが、ろう者の方は、そこに辿り着くまでに時間がかかります。なので、先生がひとりと生徒が3人という構図が、初めからわかるようにすることを提案させていただきました。
マツモトクラブ:調さんに指摘されて初めて“確かにそうだ!”と思いました。元々のネタは、僕が日本語学校の先生として舞台に立ち、いきなり授業が始まる構成。その状況設定をわかりやすくするために、冒頭は先生役の僕が教室にいて、生徒さんがひとりずつ挨拶をしながら教室に入ってくるという設定に変えました。
「おはようございます。ポールさん」というように、それぞれ名前つきで挨拶を返すことで、3人の生徒が教室に入ってきたということがわかるように、音声もすべて録り直しました。
そのうえで、スクリーンには宮村さんに作ってもらったポップな字幕が映し出されているので、聞こえない方、聞こえづらい方にも楽しめるステージ演出になりましたね。
宮村:そうですね。字幕をつけつつ、生徒さんたちのシルエットも入れることで、登場人物をより明確にでき、動画編集を担当された内田圭さんと出現位置やタイミングなどの相談を重ねて、さらに今、誰がしゃべっているのかを視覚化することができました。
金森:マツモトクラブさんが、調さんのご指摘を受けて、臨機応変にかつ最もクリエイティブな方法で冒頭を書き足してくださって、本当に素晴らしいなと感じましたね。既存のネタに手を加えるだけでも大変なのに、字幕で補足する案など、どんどんアイデアを追加していただきました。
我々precogでは、ろう者や難聴者の方々にも鑑賞いただけるような演劇プログラムの制作も行なっていますが、例えばお芝居だと演出家、脚本家、役者など役割が分かれているので、改変するにしても判断に時間がかかることも多いです。その点、マツモトクラブさんは、すべてをひとりでこなされています。だからこその判断の速さに、すごく感動しました。
マツモトクラブ:ピン芸人はひとりで全部やっているので、“こっちのほうがいい”と思ったらすぐに方向転換できるというだけの単純な話ですが、そう言っていただけると、なんか芸術家になったような気分でうれしいです(笑)。
――調さんからの指摘について、マツモトクラブさんはどのように感じましたか。率直な感想を聞かせてください。
マツモトクラブ:“新たな発見”と“納得”が入り混じったような感じでしたね。日本語学校のネタは、周りの芸人からの意見も取り入れながら、積み重ねを経てできたものなんです。
ですが今回、ろう者の方にも楽しんでいただくとなったときに、今までは意識してこなかった視点も含めてどう作るかを考える必要がありました。
そして、冒頭の設定もそうですが、そういう方々にも観ていただいたときに、わからない箇所がある状態で進めるのは嫌だったんです。なので、調さんの指摘が一つひとつ的確で、どうすればみんなにとってベストな形になるのかを一緒に考えながら作り上げていけたのがとても良かったですね。
後編では、それぞれがネタを作り上げるうえで大切にしていた点や今後の展望について語る。
文・取材:阿部美香
撮影:冨田 望
手話通訳:脇水 彩
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