インクルーシブデザインでビジネスを拡大――3年目に突入した『Creative Vision Project』の現在地①
2026.04.05


2026.02.18
サステナビリティやアクセシビリティにおける発見や気づき、サステナブルな視点を内包した事業開発のヒントにつなげることを目的に、ソニー・ミュージックエンタテインメント(以下、SME)のサステナビリティ部門が主軸となって開催したインナーイベント『サステナビリティDay』。
そのプログラムのなかのひとつ、マツモトクラブのお笑いコントステージは、いかにして“聞こえる人、聞こえない人、双方にとって付加価値のある表現”を追求したのか。イベント、ライブ制作に携わった5人のキーパーソンに共創の舞台裏を語ってもらった。
後編では、アクセシビリティの観点でネタをブラッシュアップするために、それぞれが大切にしていたポイントを解説しつつ、今後の展望についても語る。
目次

マツモトクラブ
Matsumotoclub
お笑い芸人

宮村ヤスヲ氏
Miyamura Yasuwo
グラフィックデザイナー

金森 香氏
Kanamori kao
株式会社precog

調 樹里杏
Shirabe Juria
ソニーグループ企業社員 リードユーザー

神山 薫
Kamiyama Kaoru
ソニー・ミュージックエンタテインメント
ソニーミュージックグループ内外のサステナビリティやアクセシビリティの取り組みを紹介する社内イベント。2025年11月に開催した『サステナビリティDay 2025』では、障がいのあるクリエイターをはじめ、異なる視点や経験を持つ人々との共創を通じて、新たな表現や仕組みの可能性を検討するプロジェクト『Creative Vision Project』の展示や、廃棄衣料を活用したアップサイクルターンテーブルの体験などとともに、エンタテインメントとアクセシビリティの融合を目指した実証実験ライブを実施。立川志の春による字幕つき落語や、コメディ朗読劇ブランド「CONTELLING」の声優朗読劇に字幕をつけた映像をリアルタイムで手話弁士がパフォーマンスする演目に加え、お笑い芸人・マツモトクラブによる字幕映像つきひとりコントが披露された。
――実際のコントライブでは、先生と生徒3人それぞれのセリフを、音声と同時にスクリーンに映し出していました。しゃべった人によって吹き出しの色や文字のフォントを変え、マンガのようにコミカルな字幕のデザインになっていましたが、この字幕表現はどのように制作していったのでしょうか。
宮村:とにかく何度もネタを見て、最適な演出を考えていきました。最近いろんなコンテンツを見ていくなかで、個人的に“ぐっとくるポイント”がふたつあって。ひとつは、面白いなかに“学び”や“気づき”があるもの。もうひとつは“伏線が回収されていく構造”です。マツモトクラブさんの日本語学校のネタにはその両方の要素があったので、そこをうまく取り込みたいと意識していました。
――具体的には、どのような作業から始まりましたか?
宮村:まず、4人の登場人物の設定を、僕なりの解釈で整理して、文字のフォントを振り分けるところから始めました。例えば先生は、その役割から教科書に使われているような読みやすい明朝体がしっくりくる。
いっぽう、生徒3人は全員不慣れな日本語ですが、生徒ごとに習得度に差があったので、それをフォントや表記で表現できたらと考えました。ただし、形や文字の出し方の面白さだけを優先し過ぎると、読みにくくなってしまう可能性があります。それでは本末転倒なので、そのギリギリのラインを探る作業が一番大変でしたが、逆に楽しい作業でもありました。
――具体的に、どんな表記の工夫を行なったのでしょうか。
宮村:マツモトクラブさんからいただいた台本を見て、最初に感じたのが、生徒3人のセリフが流暢な日本語に見えたことです。その理由は、台本として読みやすいように漢字やひらがなをしっかりと使い分けて書かれているからだと気づきました。読みやすいというのは、台本なので当然のことなのですが、実際、会場に流れる音声は不慣れな日本語で、そこをうまく表現したいと考えたんです。
そこで取り入れた表現がカタカナを混ぜること。マンガなどでも使われている表現方法ですが、悩んだのは、どの程度カタカナを混ぜて表示するかということです。最終的には、3人の生徒のうち、ロイさんは一番流暢に話せる設定なので、カタカナは少なめで簡単な漢字も使う。パクさんは日本に来たばかりの若者というイメージで、カタカナを多めに。ポールさんはその中間といったように違いをつけました。
――マツモトクラブさんからは、各登場人物の設定やイメージについて要望などはあったんですか?
マツモトクラブ:宮村さんの解釈で自由にやっていただきましたが、書き直してもらった字幕サンプルを拝見して、“これはいい!”と素直に思いました。セリフにカタカナが含まれることで、日本語がたどたどしいということがひと目で伝わるので、すごくわかりやすかったです。
――調さんも、理解しやすかったですか?
調:はい。すぐに誰が話しているかがわかりましたし、何より見やすかったです。全部カタカナだと読みにくくなってしまいますが、ちゃんと読みやすさを保ったまま、日本語が得意じゃないということがわかる表現になっていて、とても良かったですね。
――スクリーンには文字と一緒に、会話に登場する動物の絵などがグラフィックでも登場していました。
宮村:このコントには、なぜかやたらと東海地方の地名に詳しい生徒がひとりいて(笑)、先生が説明することに対して、何度も東海地方のマニアックな地名を出して返してくるという面白いやりとりをするシーンがあります。
これを見たときに、最初は登場した地名の入った道路標識を出すといった伏線的な情報をグラフィックで補足したいと思ったんです。でも、制作を進めるなかで、それが本当に必要か? という話になりました。
マツモトクラブ:僕もそのアイデアを面白いなと思ったんですけど、調さんから“会話に直接関係のない情報が目に入ってくると、コントとしての本筋がわからなくなって混乱する”という指摘をもらいまして。こっちが笑いとして面白いだろうと思って入れた表現が、ノイズになることがあるとわかったんです。だったら、もっとシンプルに今起きていることを伝えようということになりました。
宮村:なので、会話劇の本筋以外のグラフィックは、排除する方向で進めました。
金森:そういうことは、受け取り手の方にお伺いしないとわからないことなので、当事者の方と一緒に作ることの大切さを改めて実感しましたね。私たちだけで作ると、表現はリッチにできたとしても、必要な情報が抜け落ちたり、逆に足し過ぎたりすることがあるというのを再認識しました。
――マツモトクラブさんのコントにはBGMも流れますが、それもどういう音楽が今流れているのか、スクリーンに文字情報として提示されました。そこにも試行錯誤があったそうですね。
宮村:実は、ネタを何度も見ていたにも関わらず、音楽が鳴っていることに気づかなくて。途中で、象徴的に聞こえてくる音楽は認識していたんですけど、最初から流れているBGMを聞き逃していました(苦笑)。それを字幕でどれくらい主張すべきなのか、そのさじ加減が難しかったです。
調:BGMとして流れている音楽は、ろう者には気づけない部分です。なので、まず音楽が流れていること自体を教えてもらう必要があります。最初に見せてもらったものには“ピアノの曲が流れています”という表記はあったんですが、“なぜここでその曲が流れているのか”“その曲でどんな効果を狙っているのか”がわからなかったんです。
そこで理由を伺ってやっと、鳴っている音楽の雰囲気と、会話をしている人たちの気持ちとのズレが面白さに繋がっているということがわかって。逆に“これが聴者の文化なんだ”と知ることができました。だからこそ、その面白さの感覚を、ほかのろう者の方にも知ってもらいたいと思いました。
マツモトクラブ:普段のネタづくりでは、単純に音楽があったほうが面白いだろうという感覚で入れていました。でも今回、そもそも“音楽が流れている”という状況がわかりづらいことや、その情報の文字とセリフのどっちを見ればいいかわからないという指摘もあり、調さんの意見をもとに、皆さんと話し合って調整しましたね。
――字幕の表現に関しては、最終的な判断基準をどこに置いたのでしょうか。
調:話している言葉をそのまま字幕にするのは簡単ですが、聴者が感じたイメージと同じように伝えるのはとても難しいことです。今回のマツモトクラブさんのライブは、そこに挑戦した実証実験になるわけですが、その点においてもうひとつ難しかったのが、原作者の作品性をどれだけ担保できるかということ。
構想段階の表現には、宮村さんのクリエイティビティもかなり含まれていたのですが、やり過ぎてしまうとマツモトクラブさんの作品というより、共同作品になってしまいます。最初から共同作品ということなら、もちろんそれでいいのですが、今回はあくまでもマツモトクラブさんのコント作品の面白さを、聞こえない人、聞こえづらい人にも伝わるようにすることが目的だったので、できるだけマツモトクラブさんの作品性がシンプルに伝わることを意識してもらうように提案しました。
宮村:最初は、先生が書く板書の文字も、完成版のようなチョークで書いた感じの文字ではなく、もっと豪快な筆文字にして強調したり、イラストを入れてビジュアルを前面に押し出したりする案もありました。でも、調さんの指摘で、そこまでやってしまうとマツモトクラブさんの作品性に踏み込み過ぎてしまっていることに気づかされました。
なので、一つひとつのアイデアをしっかり検証して、最終的にはマツモトクラブさんの作品性に寄り添う形にできたと思います。
神山:マツモトクラブさんのコント作品を拡張させる役割の字幕ですよね。設定のわかりやすさを高めることに注力しながら、皆さんと意見を出しあいました。
金森:1回目の『サステナビリティDay』のときは、第三者視点で意見を言える当事者の方が制作サイドにいませんでした。でも今回は、調さんたちに参加していただき、ご指摘をもらうことで演出への考え方もかなりバランスが取れたと思います。
神山:制作の途中で立ち止まり、考え直すこともできましたよね。
金森:さらに今回は、グラフィックデザイナーであり、ろう者でもある岩田直樹さんにも制作段階で意見をいただきました。調さんにお見せする前に、デザイナー目線でのご意見もお伺いできたのが心強かったですね。
――『サステナビリティDay』でのアクセシビリティ実証実験ライブは、数あるエンタテインメントのなかでお笑いにスポットを当てました。字幕入り公演の実施数が比較的多い演劇に比べて、お笑いはアクセシビリティを考えるのが難しいジャンルであり、実際に稼働例も非常に少ないです。この点について、皆さんの意見を聞かせてください。
金森:お笑い業界に詳しいわけではないので、あくまで印象になってしまいますが、演劇のように台本をベースに進行するものと、お客さんの反応を見ながら、ステージ上でのアドリブ力も必要になるお笑いでは、字幕の作り方からまったく違ってくるのではないかと思います。ですが、マツモトクラブさんのようにブラッシュアップを重ね、細部まで作り込まれたネタであれば、今回のような作り方で掘り下げることに、可能性があると感じました。
調:お笑いのなかでも、演者の動きが少なく、リアルタイムでの言葉のかけ合いが中心の漫才は伝える情報が多すぎて、実現するのはなかなか難しいのかなと。いっぽうで、コントは動きや表情があるので、わかりやすい部分も多く可能性があると思いました。『サステナビリティDay 2025』では、立川志の春師匠の字幕つきの落語も体験できましたが、落語は落語家の方がひとりで話されるので、比較的字幕も追いやすかったです。
宮村:僕も、作り込まれたネタほど、事前準備がしやすいと感じました。今回のマツモトクラブさんのネタのように、お笑いの構造がはっきりしているものは、字幕表現とも相性がいいということがわかりました。
――1回目の『サステナビリティDay』でマツモトクラブさんが披露したネタは、今回とはまったく違った内容だったそうですね。
マツモトクラブ:はい。僕が普段やっているような、収録した音声を使いながらひとりで演じていたのですが、途中から、僕の横で言葉を手話で通訳してくれていた手話パフォーマー兼俳優の西脇将伍さんにも、ネタの登場人物になってもらうという、ちょっと尖った構成のネタをやったんです。
字幕はありましたが、手話で話す西脇さんと言葉で話す僕という空間は、自分の言葉がどこまで伝わっているのかわからなくなる瞬間がありました。本番は何とか形にできた感触はありましたが、今回はそのズレがほとんどなかった印象です。
調:前回は、マツモトクラブさんが声を出して演じている横で、西脇さんが手話をして、さらにその後ろに字幕が流れて……となっていたので、どこを見ればいいのかわからなくなってしまう瞬間がありました。ネタ自体は面白かったのですが、掴みきれない部分があり、すべてを理解することはできなかったのかなと感じましたね。
神山:前回があったからこそ、今回との一番の違いは“この字幕は何を伝えたいのか”が明確になったことだと思います。今回は、日本語学校という設定を最初に示したことで、ろう者の方も、聴者の方も理解しやすくなった。イベント後のアンケートを見ても、わかりやすかったという声が多く、意図していた“誰にとっても付加価値になる字幕”が実現できたと手応えを感じています。
金森:先ほどの宮村さんの字幕制作の話にもありましたが、アクセシビリティというと、どうしても情報を“足す”方向に行きがちですが、今回は情報を“足し過ぎない”、“ろう者に寄り添う”ことを踏まえた判断が多かった。その積み重ねが、前回を上回る結果を残せたのではないかと思います。
――では今後、“お笑い”というジャンルでのアクセシビリティの可能性はどこにあると思いますか?
金森:漫才のような演目については、字幕ではなく別の方法が必要かもしれません。例えば、手話パフォーマーの方や、俳優、コメディをやっている方の高い演技スキルが、ライブの場でいかされる可能性もあると思います。
調:最近はYouTubeの字幕でも、色を変えたり、言葉以外の情報を括弧書きで入れたりしているものが増えてきていて、ろう者、聴者関係なく楽しむことができます。ただ、そこで単にセリフがわかるだけじゃなく、今回のように“見て楽しい字幕”になっていると、よりろう者の方々も楽しめると思います。
マツモトクラブ:こういったライブを積み重ねていけば、お笑いの世界でも、少しずつ楽しみ方の選択肢は増えていくんじゃないですかね。漫才のような即興性のあるジャンルに関しては、YouTubeで実現されているような自動文字起こしによる字幕がいいのかなと。精度など課題はまだまだ多いと思いますが。
――最近は、AIを活用した自動字幕も進化しています。『サステナビリティDay 2025』のライブ後のトークショウでも、話している内容をAI搭載のシステムがリアルタイムで文字に起こし、音声ガイドとしてモニターに映し出す実験が行なわれていましたが、かなり精度は上がっているように感じました。
マツモトクラブ:とはいえ、AIの自動字幕は、どうしても文字起こしレベルにとどまってしまいます。調さんがおっしゃったように、それがどうわかりやすく見えるか、どう感じられるかを踏まえた調整は、やっぱり人がやらないとどうしようもないと思いますね。お笑いでも、その場のスピード感で見せるネタは、やはり難しそうです。
調:技術が進んでいても、現段階では“これは誰の視点なのか”“何を一番に伝えたいのか”という部分は、人が考えて演出しないと伝わらないと思います。そういう編集があってこそ、作品がより良くなるのだと思います。
今回、マツモトクラブさんのネタは、ご本人が声色を変えて生徒役も演じていたということも、私は言われるまで気づかなくて……。最近の音声認識では、声を判別する技術があるそうなので、声色をAIが聴き分けて、文字表現を変えられるように進化してくれたらいいなと思います。
――今回の取り組みを振り返り、次につながるものとして、皆さんが大きく感じたことは何ですか。
宮村:まず表現を“足す”ことより、“足さない”判断のほうが難しいということを改めて学びました。マツモトクラブさんの表現に寄り添う、という一点を大切にし続けた制作でしたね。
そのうえで、まずチャレンジすることが大事だということ。『サステナビリティDay』の取り組みのように、実証実験ができる環境でアクセシビリティを考える機会、実行する機会を増やすことで、全体の意識も変わっていくのだろうなと思います。
金森:当事者と一緒に作ること、そして当事者を“すべての人の代表”にしないことは、とても大切だと改めて思いました。私自身、アクセシビリティにまつわる仕事にしっかり向き合ったのは、ここ数年のことなので、全てが学びながらなのですが……。いかに自分がマジョリティ側にいたかを痛感しました。
なるべく当事者の方との接点を持つ機会を作らないと、何が必要かを知るスタート地点にも立てません。アクセシビリティが充実した、これからの社会を作っていくということでは、できれば義務教育の段階から、このようにアクセシビリティについて考える機会が設けられたらいいなと思いました。
マツモトクラブ:正直、今までろう者の皆さんの感じ方を深く考えてネタを作ったことはありませんでした。でも、今回の経験で“見ている人がわからない状況をそのままにしない”という視点を持てたことは、今後、ネタを作るうえでも大いに勉強になることでした。
今回の話とは違うかもしれませんが、単純に無声映画のような声を使わないコントにも挑戦したくなりましたね。聞こえる、聞こえないに関わらず、誰もが同時に笑える。芸人として、そういう瞬間を作りたいと思いました。
調:それはすごく楽しそうです! 想像しただけでわくわくしますね。ぜひ実現していただけたらうれしいです。
――神山さんは、アクセシビリティの実証実験ライブを通じて、どんな気づきを得ましたか?
神山:まずアクセシビリティは、ハンディキャップのある特定の人のためのものではなく、結果的にすべての人にとって価値を生むものになり得るということ。今回のステージは、その実証になったと思います。こういった場を設けて、ひとつずつ時間をかけ、当事者の方々と対話をしながらコンテンツを作っていくことが、今後も必要だと感じています。
ソニーミュージックグループには、音楽やお笑い、アニメなど、コンテンツ制作に携わる人間がたくさんいるので、そういった制作現場の人たちに、このような取り組みを知ってもらい、アクセシビリティというのが情報保証だけでなく、作品そのものの価値を高めるものになるんだという実感を持ってもらえたらうれしいですね。
そのうえで、それぞれが担当している業務や作品にアクセシビリティの考え方を落とし込んでもらい、それが社会全体のエンタテインメントの在り方に、広がっていったら素晴らしいなと思います。
文・取材:阿部美香
撮影:冨田 望
手話通訳:脇水 彩
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