インクルーシブデザインでビジネスを拡大――3年目に突入した『Creative Vision Project』の現在地②
2026.04.05


2026.04.05
エンタテインメントビジネスにおいて、さまざまなソリューションを提供するソニー・ミュージックソリューションズ(以下、SMS)。そのクリエイティブプロデュース部門が、インクルーシブデザインの手法をベースに、障がいのあるクリエイターや多様な感性、背景を持つ人々との共創を通じて、新たな表現やビジネスの可能性を探る取り組みが『Creative Vision Project』だ。
2024年のプロジェクト発足以来、福祉とデザインを融合させるアトリエ・konstとともにワークショップを重ね、そこで生まれたアートが既にイベントやアーティストのキービジュアルなどに採用されてきた。
本記事では、『Creative Vision Project』の2年間の実績を振り返るとともに、SMSのクリエイティブチームが得た気づき、同プロジェクトの中長期的なビジョンについて、関係者たちに話を聞いた。
前編では、3年目を迎える同プロジェクトが、どのように進化して、どのような採用実績を残してきたのかを語る。
目次

須長 檀氏
Sunaga Dan
一般社団法人konst
共同代表/デザイナー
1975年スウェーデン生まれ。王立コンストファック大学院卒業後、デザイン事務所を設立。デザイナーとして活躍し、2009年Nordic Design Awardなど受賞多数。北欧の家具や小物を扱うショップ「NATUR TERRACE」、「lagom」のオーナーも務める。

渡部 忠氏
Watanabe Tadashi
一般社団法人konst
共同代表/デザイナー
1975年北海道生まれ。都内制作会社勤務後、2004年にデザイン事務所を設立。デザイナーとして活躍し、約20年間、循環型社会推進プロジェクトや、食育、森の循環など、健康な社会づくりを行なうプロジェクトに多数取り組む。

太田隆之
Ohta Takayuki
ソニー・ミュージックソリューションズ

村上亜紀子
Murakami Akiko
ソニー・ミュージックソリューションズ
須長檀氏と渡部忠氏が共同で代表理事を務める一般社団法人。障がいのあるクリエイターとともにアートを生み出し、そのプロダクトを社会へつなぐ。障がいの有無ではなく、創作物そのもののすばらしさに目を向け、その対価が還元される社会を作ることで、障がいのある人々の自立をサポートすることを目的に設立された。
■記事の後編はこちら:インクルーシブデザインでビジネスを拡大――3年目に突入した『Creative Vision Project』の現在地②
──2年前にも取材を行なっていますが、まだ、プロジェクト名もない状態でした。改めて、SMSのクリエイティブチームが取り組んでいる『Creative Vision Project』の概要を教えてください。
太田:このプロジェクトは、我々、SMSのクリエイティブチームが“自分たちのデザイン業務に、どうすればインクルーシブデザイン※を取り入れていけるか?”と模索し始めたところからスタートしました。
そんななかでSMSのスタッフがkonstの須長さんとつながりがあり、まずは第一歩として、障がいのあるクリエイターの方々と一緒にアートワークを制作するワークショップを開催することに。そこから得た気づきや新たな表現を、自分たちのデザインワークにいかしていくという取り組みです。
※インクルーシブデザイン:施設やプロダクト、サービスなどのデザインプロセスの上流に、従来では除外されていた障がい者や高齢者などを巻き込んで企画・開発を行ない、多様性の社会を促進するためのデザイン概念、手法のこと。
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──2024年3月に軽井沢の施設で第1回ワークショップを開催して以来、2年が経ちました。現在はどのような体制でプロジェクトが進んでいるのでしょうか。
村上:SMSのクリエイティブチームのメンバーには、身をもってインクルーシブデザインを学んでほしいという思いがあって、2025年度からワークショップを年4回の定期開催にしました。そのうちの1回はSMSの新入社員研修として実施しています。
──konstのおふたりは、2年前と変わらずアドバイザーとしてワークショップで行なうプログラムの監修やクリエイター方々との連携などに関わっていると聞きましたが、konstサイドに何か変化はありましたか?
須長:大きな変化と言えるのは、2025年4月から私たちの活動が軽井沢町の委託事業になったことです。軽井沢町から『障がい者の社会参加・就労の機会確保事業』として委託を受けた軽井沢町社会福祉協議会が、我々、konstと『アート・あぷりえ』というチームを設立。委託事業としてともに取り組むことになったのです。
それまでは地域活動支援センターに通うクリエイターの方々を対象にワークショップを行なっていましたが、現在は軽井沢町にお住まいで障がい者手帳をお持ちの方であればどなたでも参加できるようになり、より多くの方に開かれた活動になりました。
そのため、参加するクリエイターのバックグラウンドも以前よりさらに多様になっています。とてもうれしい変化ですが、初めて参加される方、参加回数が少ない方もいらっしゃるので、そういう方々にも楽しんでもらえる工夫が必要になりました。
そのうえで、SMSの皆さんは毎回4種類ほどのワークショップを用意してくださるので、クリエイターの皆さんも自分に合ったアート制作に参加できるようになっていて、非常に喜ばれています。
──この2年で、『Creative Vision Project』を通してさまざまなアートが創作され、イベントなどのキービジュアルにも採用されたと聞きました。これまでの主な実績を教えてください。
太田:まず、ソニーグループ内で毎年開催している社内技術交換会「STEF(Sony Technology Exchange Fair)2025」のコンセプトビジュアルです。2025年12月に開催された「STEF」は、“技術とアートの交差により、新しい価値を創出する”というテーマでした。そのコンセプトを、インクルーシブデザインで表現できないかという相談をもらったんです。
この事例では、クライアントであるソニーグループの依頼を受けてからテーマに合わせたワークショップを企画し、軽井沢で実施。さまざまなクリエイターが描いた作品をひとつのビジュアルにしたものが、イベントのキービジュアルに採用されました。
村上:続いて、2025年4月5~6日に横浜で開催した都市型音楽フェス「CENTRAL MUSIC & ENTERTAINMENT FESTIVAL 2025」(以下、CENTRAL)の事例です。こちらでは、「CENTRAL」に出演する音楽アーティストの楽曲をクリエイターの皆さんに聴いてもらいながら、それぞれが思い思いに絵を描くというワークショップを通してアートワークを制作しました。
太田:「CENTRAL」は、フェスの在り方として“多様性”を重視することが掲げられましたので、それを表現するためにロゴのなかのデザインが次々と変化するアイデアを盛り込みました。クリエイターの皆さんには、正方形のキャンバスに、それぞれが楽曲を聴きながら自由にアートを描いてもらい、それらをそのままロゴのバリエーションとして採用しています。
村上:「ソニー・フィルハーモニック・オーケストラ 創立30周年記念熊本公演」の事例では、ノベルティ制作のご依頼をいただきました。この記念公演は、ソニーグループの半導体の製造拠点として熊本で工場を運営するソニーセミコンダクタソリューションズが、地域の方々へ日々の感謝の気持ちを伝えるために企画したものです。
このときはスケジュールの都合上、ワークショップを開催するのが難しかったため、1回目のワークショップで制作した水を使った表現のアートを採用しています。水をデザインのコンセプトにしたのは、半導体の製造にはきれいな水が必要であることから。
また、公演では宇宙をテーマにした楽曲が多かったため、SMSのクリエイティブチームがそのイメージを反映してネックストラップ、クリアファイル、ポストカードをデザインしました。
太田:続いて音楽アーティストの事例です。ポルノグラフィティの2025年のアーティスト写真の一部として、『Creative Vision Project』で生まれたアートワークが採用されています。このときも、クリエイターの皆さんにポルノグラフィティの楽曲を聴いてもらい、その音楽から得たインスピレーションでアートワークを制作。ポルノグラフィティの写真に合成するかたちでアーティスト写真が完成しています。
村上:最後の事例は、ソニー音楽財団とサントリー芸術財団が主催して開催した「こども音楽フェスティバル 2025」の公式ビジュアルです。このケースでは軽井沢でのワークショップではなく、konstのおふたりにプログラム設計を監修していただき、難聴のお子さんたちと特別支援学校のお子さんたちを対象に2回のワークショップを実施。そこで生まれたアートワークから公式ビジュアルが誕生しました。
──konstのおふたりは、SMSと行なってきたワークショップで、何か印象に残るようなことはありましたか。
須長:私が印象的だったのは、「こども音楽フェスティバル 2025」に向けて行なった難聴のお子さんたちとのワークショップです。音が聞こえにくいというお子さんたちと一緒に、“音楽を楽しむためのデザインを生み出す”というテーマに取り組んだわけですが、さまざまな要素が絡み合う課題だったので、それらをどう解決していくか、私たちにとっても大きな学びになりましたね。
このとき実施したワークショップ「コエのカタチ」は、自分の声を使ってアートを作るという体験。ビニールを貼ったボウルに塩を撒き、そこに向かって大きな声を出すと、塩の表面に音の波紋が現われます。その波紋を絵の具を塗った紙に写し取ることで、音の視覚化にチャレンジしました。
クライアントの事業領域とクリエイターの特性がマッチングしにくいケースではありましたが、制作の上流工程で行なったワークショップがうまく機能したことで、インクルーシブデザインという観点でも大きな手応えを感じましたね。
渡部:採用事例としてあがったものは、すべてクライアントから仕事として発注を受けたものですが、クライアントワークであっても、我々がクリエイターの皆さんに“こういうアウトプットにしてください”と求めることはありません。
大事なことはクライアントから提示されたテーマと、それぞれのクリエイターが得意な表現をどう結びつけるか。その点をSMSの皆さんもよく理解してくださっていて、ワークショップの内容をさまざまに工夫してもらっています。
ですから、クリエイターの皆さんがプレッシャーを感じるようなことは本当になくて。どの案件でも自由に楽しみながら参加してくださっているのが印象に残っていますね。
──SMSのクリエイティブチームは、障がいのあるクリエイターの方々が生み出したアートをデザインし、キービジュアルやプロダクトに落とし込んでいきます。その向き合い方に変化はありますか?
太田:最初のうちは、クリエイターの方々のアートを“どう使えばいいのか、どこまで手を加えて、デザインしたらいいかわからない”という戸惑いの声が、現場のクリエイティブディレクターやデザイナーからあがりました。
ただ、作品が生まれるプロセス、つまりワークショップの段階から関わっているスタッフは、あまり迷いがない印象でしたね。クライアントとのミーティングを経て、“どういうワークショップをやろうか”と企画段階から関わっていると、自然と理解が深まるようです。クリエイターの皆さん、支援員の方々と一緒になってアートを生みだすことで、作品への向き合い方も自然と変わってきたのではないかと思います。
渡部:ワークショップからSMSのデザイナーの皆さんにご参加いただいているので、“障がいのある人が描いた原画だから特別に扱う”という意識から解放されているように思います。また、ワークショップでできあがった原画を、クライアントにどのように“翻訳”して届けるか、その表現の幅も広がってきたと感じています。
もともとSMSの皆さんは高いデザイン力とディレクションテクニックをお持ちですが、最近は原画の魅力をうまくいかしながらクライアントに伝わるかたちに仕上げていらっしゃる。私たちも、クライアントに作品を届ける際の新しいアイデアを毎回いただいています。
──ワークショップを定期で開催し、クライアントからの依頼を受けて制作を行なうなかで、クリエイターの皆さんに変化はありましたか。
須長:ここでも大きな変化があったと感じています。SMSの皆さんが参加する前は、クリエイターの方たちにとって絵を描くことはあくまでも“余暇活動”でした。ですが今は、自分が作ったものが、仕事として目に見えるかたちで社会に還元されている。こうした経験は、クリエイターの皆さんにとっても大きなやりがいにつながっていると思います。
参加するクリエイターの方のなかには、“次はどんな人が来るの?”と聞いてきて待ちわびている方、ワークショップをもとに自分なりの作品を作ってきてくださる方もいます。“前回のワークショップが楽しかった”という成功体験が自信につながっているように感じますね。
村上:私たちも、ずっと参加してくださっているクリエイターの方とは、もう顔見知りになりました。回数を重ねるうちに、“この方はこういうことが好きなんだ”“こういう表現が得意なのか”とだんだん見えてきて。接し方や個性の引き出し方もわかってくるので、初めてワークショップに参加するSMSのデザイナーにも共有して、コミュニケーションに役立ててもらっています。
──“余暇活動から仕事へ”という話がありましたが、クリエイターの方々への報酬はどのようになっているのでしょうか。
太田:イベント的に開催しているものは異なりますが、軽井沢のワークショップに参加していただいているクリエイターの皆さんには、デザイン業界で我々がイラストレーターの方にイラストを発注するときと同じような料金体系で報酬をお支払いしています。
渡部:その報酬から必要な経費を差し引いたうえで、町の社会福祉協議会側からワークショップに参加したクリエイターの方々に分配をしていただいています。
報酬が手渡されたときは、“うれしいなぁ”と涙を流される方もいるということで、その話を聞いて、今度は私たちが涙してしまうという(笑)。本当にありがたい機会をいただいているなと感じています。
──軽井沢のクリエイターの皆さんは、普段から就労継続支援A型やB型の事業所などで働いている方が多いのでしょうか。
須長:さまざまですね。ただ、ワークショップに参加される方の多くは、B型事業所での作業が困難な方たちです。今まではなかなか仕事をして報酬を得るということができなかった方が、『CREATIVE VISION PROJECT』では活躍できる。その点に感動されたのだと思います。
文・取材:野本由起
撮影:干川 修

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