エンタメの会社がインクルーシブデザインについて考え、取り組んだ結果、発見したこと【後編】
2024.05.14
2024.05.14
エンタテインメント領域のソリューションとして、さまざまなデザインワークを提供しているソニー・ミュージックソリューションズ(以下、SMS)のクリエイティブプロデュースチーム。
彼らは今後強化していくべき表現領域のひとつに“サステナビリティ主導のデザイン”を掲げ、福祉とデザインを融合させるアトリエ・konstと、インクルーシブデザインをテーマにしたコラボプロジェクトを企画した。
持続可能な社会の実現に必要なデザインとは、どのような思考から生まれるのか? 本プロジェクトを主導したSMSの事務局メンバーとkonstの須長檀氏、渡部忠氏が語る。中編では、障がいのあるクリエイターがすばらしいデザインを生み出すワークショップの内容について聞いた。
須長 檀氏
Sunaga Dan
一般社団法人konst
共同代表/デザイナー
1975年スウェーデン生まれ。王立コンストファック大学院卒業後、デザイン事務所を設立。デザイナーとして活躍し、2009年Nordic Design Awardなど受賞多数。北欧の家具や小物を扱うショップ「NATUR TERRACE」、「lagom」のオーナーも務める。
渡部 忠氏
Watanabe Tadashi
一般社団法人konst
共同代表/デザイナー
1975年北海道生まれ。都内制作会社勤務後、2004年にデザイン事務所を設立。デザイナーとして活躍し、約20年間、循環型社会推進プロジェクトや、食育、森の循環など、健康な社会づくりを行なうプロジェクトに多数取り組む。
太田隆之
Ohta Takayuki
ソニー・ミュージックソリューションズ
石丸理佐子
Ishimaru Risako
ソニー・ミュージックソリューションズ
村上亜紀子
Murakami Akiko
ソニー・ミュージックソリューションズ
松本知子
Matsumoto Tomoko
ソニー・ミュージックソリューションズ
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──今年3月、コラボプロジェクトの核となる取り組みとして障がいのあるクリエイターとのワークショップが行なわれました。企画から実現までの流れ、参加メンバーについて教えてください。
太田:今回の取り組みは、3つのフェーズにわけて行ないました。第1のフェーズは、konstの活動を伝える講義です。SMSのクリエイティブプロデュースチームのスタッフ、ソニーミュージックグループ内で興味を持つスタッフ、併せて約60名に向けて、須長さん、渡部さんから活動内容を説明していただきました。
第2のフェーズが、ワークショップのプランニングです。フェーズ1で講義を聞いた6名のアートディレクター、デザイナーが、どういうワークショップを行なうかを議論し、konstのおふたりに内容の監修、新たな提案をしていただきました。
そして第3のフェーズで、いよいよワークショップを開催。デザイナー、アートディレクター、事務局の計10名が軽井沢の施設にお邪魔して、障がいのあるクリエイターとワークショップという形でデザイン制作を実施しました。
当初は須長さん、渡部さんが行なうワークショップを見学させてもらうだけで良いかなと思っていましたが、須長さんから「ワークショップの内容を皆さんでプランニングしてみては?」とご提案いただき、フェーズ2で実施しました。それが、とても勉強になりましたね。クリエイターとどういうコミュニケーションを取りながら作品をつくるか、想定しながら進めることができました。
──現地では、3チームに分かれてワークショップを行なっていました。太田さんのチームは、ネックストラップの原画をつくっていましたね。
「ゲラゲラ」「ウズウズ」「キョロキョロ」などのオノマトペ(擬音)が書かれたカードをクリエイターに引いてもらい、その言葉から色や模様をイメージして大きな布に描くというワークショップ。描かれたものは、そのままネックストラップのデザインにいかされている。
太田:ネックストラップを使うSMS社員と制作するクリエイターをどう結びつけるか、プランニングではさまざまなアイデアを出しましたが、須長さん、渡部さんからアドバイスを受けてオノマトペが書かれたカードを提示して、そこから想像を広げてもらうシンプルな方法になりました。
ただ、実際にやってみると「ああすれば良かった」「こんなものも用意しておけば良かった」という思いは残りましたね。この経験を、次の機会にいかしたいです。
──松本さんは、ペットボトルのラベルに使う原画をつくるチームでしたがいかがでしたか?
クリエイターに音楽を聴いてもらい、そこから得たインスピレーションをもとに思いがけないアートを生み出してもらおうという内容のワークショップ。ペットボトルから水を連想し、水に絵の具を垂らすマーブリングという手法など全4種類の手法が用意された。
松本:やっぱりソニーミュージックグループですから、音楽をきっかけに作品をつくってもらいたいという思いがありました。ただ、音楽を聴いたクリエイターさんに「描きたい!」という勢いのまま描いてほしいのに、手法を説明する時間を設けることで一度クールダウンさせてしまったんですね。そこで途中から、紙に絵の具を乗せ、それを半分に折ってアートを生み出すという、よりシンプルな手法に切り替えました。
最初は私も緊張していましたし、手探り状態でしたが、クリエイターの皆さんのパワーに巻き込まれて私自身もテンションが上がってしまって(笑)。終始パワーを感じる現場でした。
──村上さんと石丸さんは、名刺をつくるチームでしたが、こちらでも多種多様で艶やかな作品がたくさん生まれていましたね。
クリエイターに7色のカードから好きな色を3枚選んでもらい、その色に対応した音を聞いて和音を演奏する。そこからイメージを膨らませて、大きな紙にさまざまな画材を使って絵を描いてもらうというワークショップ。
村上:名刺は、コミュニケーションのきっかけになる大事なツールです。つながりを表現するために“虹の架け橋”をイメージし、虹の7色と音階の7音という色と音の連動を意識して、ワークショップの企画を固めていきました。
大きなサイズの紙を20枚用意したので最初は多いかなと思いましたが、後半になってくるとクリエイターの皆さんの勢いがどんどん増していって、すばらしいアートがたくさん生まれましたね。
──デザインを描くツールも、ローラーや木の棒、金タワシ、お好み焼きなどをつくるときに使う油引きなどユニークなものが用意されていました。
村上:見たことのないような画材ばかりで、クリエイターの皆さんも最初はおっかなびっくりでした(笑)。でも、描き始めていくと「あ、これも使って良いんだ」とイメージが広がったようで、金タワシに絵の具をつけてスタンプのように押すなど、意外な使い方をされたものもありましたね。
石丸:最初はワークショップの輪になかなか入りにくい方もいましたが、クリエイターさん同士で手伝い、「こうしたら?」とお互いに提案し合いながらアートをつくる場面もありましたね。こうやってサポートしあいながら作品を生み出すんだなと、とても勉強になりました。
私自身は最初、クリエイターの方たちにどういう接し方が良いのかわからず、過度に丁寧になりすぎてしまったり、「こういう画材もありますよ」と提案して良いのか迷ってしまったりということもありました。
ですが、クリエイターさんのゆるやかなコミュニケーションから作品が生まれていく様子を見て、私たちも同じように一緒に作品づくりを楽しむことが大事なんだなと気づけたのは貴重な体験だと感じています。
──3つのワークショップを振り返り、どのように感じましたか?
太田:我々としては、できることはすべて準備したつもりでした。それでも想定を超えるスピードでクリエイターの皆さんが作品を生み出し、時間配分や画材の準備など「もっとこうすれば良かった」という反省点はたくさんありました。
ワークショップ後の社内アンケートでも、ほぼ全員から「次はもっとこうしたい」という声が上がっていましたね。何度もワークショップを行ない、経験値を積み上げ、我々がプランニングやコミュニケーションのスキルを上げていくことが重要だと実感しました。
ただ、konstのホームページにも書かれていますが、“寄り道を楽しむ”ことも重要だと思います。プラン通りには行かなくても、そこでどう寄り道を楽しむか。そのうえで、最終的にどんな創作物をアウトプットするのか。それがこのワークショップの面白さだと思うので、単に失敗として悔やむだけでなく“発見できて良かった”“気づいて良かった”という思考をしていきたいですね。
──konstのおふたりは、今回のSMSのワークショップをご覧になってどう感じましたか?
須長:支援員の方から聞いたのですが、今回の施設に10年近く通っている女性がいて。その方は、こうしたイベントにこれまで一度も参加したことがなかったそうなんですが、今回のSMSの皆さんのワークショップに、初めて参加されたそうです。支援員さんも「奇跡だ」と感動していました。
きっと普段からエンタテインメントに携わっているSMSの皆さんのプランニング、できたものに対する喜びの表現などがすばらしかったから、彼女の気持ちが動いたのだと思います。僕らはもちろん、支援員さんもすばらしいワークショップだったと喜んでいました。
渡部:いつもは須長と私でワークショップを組み立てていますが、クリエイションの現場にいるSMSの皆さんの力が加わると、こんなに発展性があるんだ、クリエイターさんもこんなに喜ぶんだという驚きがありました。
支援員さんが「今日のみんなはよそゆきの顔だ」とおっしゃっていましたが、いつもと違う皆さんと一緒にワークショップをすると、最後まで熱量高くつづけられるというのも印象的でしたね。
──konstのおふたりが、普段障がいのあるクリエイターと接するうえで、大切にしている考え方を教えてください。
渡部:ワークショップ後のアンケートで、松本さんが「個性の凸凹が噛み合う」と書いてくださっていましたが、その感想に私もすごく共感しました。
障がいのあるクリエイターの皆さんに「名刺やストラップの原画を描いてください」と言葉で依頼するだけでは、おそらく今回のようなものは生まれなかったはずなんです。SMSの皆さんが支援者として参加し、クリエイターとともにペアで深いところに潜ったからこそ、生まれたものだと思います。
クリエイターには、支援がなくても潜ることはできるけど、深いところまでは行けない人、深く潜れるけれど、支援者がいないとなかなかうまくできない人など、さまざまな方がいます。今回は支援者とクリエイター、それぞれがいなければできない作品が生まれたように感じました。
全国の福祉施設には障がいのある方々がいて、それを支える支援者の方たちがいます。須長と私は、このペアに対するさまざまな手法をデザインしたいと考えています。創作の現場を育て、その手法を図工の教科書のようにできたらと思っています。
後編では、プロジェクトのテーマのひとつであるインクルーシブデザインをビジネスにつなぐ方法、デザインを通したサステナビリティの実現について、それぞれの考えを聞いた。さらに、クリエイターの面々が生み出したクリエイティブを、SMSのデザインチームが仕上げたサンプルも写真で掲載している。
文・取材:野本由起
撮影:干川 修
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