子どもたちにエンタメ業界の仕事を知ってもらう教育支援活動――活動を通して伝えたい思い【前編】
2024.06.27
2024.05.14
エンタテインメント領域のソリューションとして、さまざまなデザインワークを提供しているソニー・ミュージックソリューションズ(以下、SMS)のクリエイティブプロデュースチーム。
彼らは今後強化していくべき表現領域のひとつに“サステナビリティ主導のデザイン”を掲げ、福祉とデザインを融合させるアトリエ・konstと、インクルーシブデザインをテーマにしたコラボプロジェクトを企画した。
持続可能な社会の実現に必要なデザインとは、どのような思考から生まれるのか? 本プロジェクトを主導したSMSの事務局メンバーとkonstの須長檀氏、渡部忠氏が語る。後編では、インクルーシブデザインをビジネスにつなぐ方法、デザインを通したサステナビリティの実現について話を広げていく。
須長 檀氏
Sunaga Dan
一般社団法人konst
共同代表/デザイナー
1975年スウェーデン生まれ。王立コンストファック大学院卒業後、デザイン事務所を設立。デザイナーとして活躍し、2009年Nordic Design Awardなど受賞多数。北欧の家具や小物を扱うショップ「NATUR TERRACE」、「lagom」のオーナーも務める。
渡部 忠氏
Watanabe Tadashi
一般社団法人konst
共同代表/デザイナー
1975年北海道生まれ。都内制作会社勤務後、2004年にデザイン事務所を設立。デザイナーとして活躍し、約20年間、循環型社会推進プロジェクトや、食育、森の循環など、健康な社会づくりを行なうプロジェクトに多数取り組む。
太田隆之
Ohta Takayuki
ソニー・ミュージックソリューションズ
石丸理佐子
Ishimaru Risako
ソニー・ミュージックソリューションズ
村上亜紀子
Murakami Akiko
ソニー・ミュージックソリューションズ
松本知子
Matsumoto Tomoko
ソニー・ミュージックソリューションズ
記事の前編はこちら:エンタメの会社がインクルーシブデザインについて考え、取り組んだ結果、発見したこと【前編】
記事の中編はこちら:エンタメの会社がインクルーシブデザインについて考え、取り組んだ結果、発見したこと【中編】
──須長さんと渡部さんは、障がいのあるクリエイターの方たちと一緒にデザインをつくる際、成否の分かれ目はどこにあると思いますか?
須長:良い創作物が生まれるには、いくつか条件があると思います。ひとつは、一緒にものづくりをする相手に期待すること。それはつまり、相手をクリエイターと認識し、対等に接することだと考えています。
もうひとつは、クリエイティブの過程で裏切られたり、発見したりすることも含めて楽しむこと。今回のワークショップでは、SMSの皆さんが障がいのあるクリエイターがクリエイティビティを発揮しやすいように入念にプランニングし、準備をしてくださいました。そうやって、クリエイターを尊重しながらものづくりの準備をするけれど、ときにはその計画が裏切られてしまうこともあります。でも、そこに何か新しい発見がある。そういうときにこそ、面白いものが生まれてくるのではないかと思います。
ですから、私たちがSMSの皆さんと最初にお話ししたときも、相手はひとりのクリエイター、ひとりのアーティストであり、一緒にものづくりをするパートナーであると、ご理解いただけるよう心がけました。
渡部:そのスタンスを、プロダクトの納品先であるクライアントを含めて共有してもらうことが重要で、その理解が得られないとビジネスとしての発展は難しいと思います。だからこそ、このビジネスの未来は、インクルーシブ(包括性)に対するクライアントの成熟度が密接に関わってくると感じています。
──こうしたワークショップをソニーミュージックグループが企画する意義も、そこにあるのでしょうか。
渡部:皆さんも感じていただいたかもしれませんが、最初にゴールを決めないクリエーションってワクワクするんですよね。ただ、予想外のものが生まれることも多いため、こうしたクリエイティブをクライアントに納品する際には、乗り越えなければいけない壁がいくつもあると思います。それは、最初に目的やプランがあるからこその障壁なんですね。
想定していたものと違ったクリエイティブが生まれても、それ自体を楽しめれば、きっと臨機応変に受け入れられるはず。そのためには、納品先のクライアントの方々もこの仕組みに参加してもらう必要があります。SMSの皆さんには、その橋渡しの役割も担ってもらえたら有難いです。例えば今回のワークショップから生まれたプロダクトを展示会などで披露し、創作のプロセスも伝えるといったことが考えられます。
──SMSは、今後そういった案件に対して、障がいのあるクリエイターとともにつくるクリエイティブを、能動的にクライアントへ提案していくということは考えられるのでしょうか。
太田:もちろんです。今回は、あくまでも社内プロジェクトとして実施したワークショップでしたが、この取り組みで得た体験を、実務の企画に落とし込んでいきたいと考えています。
そのためには今後もワークショップを継続し、最終的にはSMSのクリエイティブプロデュースチームのスタッフ全員に参加してほしいと考えています。
──今回のプロジェクトの延長線上にはビジネス化があり、それが実現できれば障がい者の就労支援としても、より大きなインパクトを与えられると思いますが、この点に関して具体的なアイデアはありますか?
太田:SMSではクライアントにデザインワークを提案するために、多くのアーティスト、イラストレーターの方々をリストアップしていますが、そのなかの選択肢のひとつにkonstを加えさせていただくことが、まずは第一歩なのかなと思います。
もちろん、そこには障がいのある方が描いたというエクスキューズはなく、単純にアートワークとしてすばらしいからリストに加えているというインフォメーションがつきます。そのためにも、まずは我々がデザインを生み出す手法やクリエイターの方たちとのコミュニケーションの取り方などについて、理解を深めることが大事だと感じました。
松本:今回のワークショップで生まれた作品もそうですが、これだけではクライアントに提案することはできません。このアートワークをより魅力的にデザインして、プロダクトに仕上げるのが、SMSの腕の見せどころですよね。生み出されたアートをクライアントが求める形、売れるものにしていく。その個性のぶつかり合いにまで持っていくことが、今回のプロジェクトの真の意義だと思いました。
村上:今回のワークショップでは、クリエイターの方たちに音楽を聴いていただき、そこからイメージしたものをアートに落とし込んでもらいました。それはまさにSMSのアートディレクターがCDジャケットをデザインするプロセスと同じなんですよね。今回の体験を通じて、クリエイターの皆さんを、アートワークを一緒に生み出すパートナーだと感じました。
石丸:ソニーミュージックグループの基幹ビジネスのひとつに音楽が挙げられますが、そこにも親和性と可能性を感じます。今回のことがきっかけで、この先のどこかで音楽アーティストとコラボをすることになったら、クリエイターの皆さんがどのような表現をしてくれるのかとても楽しみです。
そのためには、まず私たちがこの取り組みを新たな価値観としてしっかり理解して、ご一緒させていただくクライアントなど、さまざまなパートナーの方々に丁寧にお伝えできるようにならなければいけないと感じています。
こうした活動を多くの方々に知っていただき、ご一緒する方々とともに新しいデザインワークをつくっていければ、まさにSMSのクリエイティブプロデュースチームが掲げた、“サステナビリティ主導のデザイン”が当たり前のものとして広がっていくのではないでしょうか。
──昨今、年齢や身体的条件、環境に関係なく、誰もが製品やサービス、情報を扱えるようにするアクセシビリティデザインのプレゼンスが非常に高まっています。さらには、障がいや身体的特性を理由に、ひと昔前であればターゲットから除外されてしまった人々を、デザインプロセスの初期の段階に巻き込むことで、より多くの人々の生活を豊かにしていくという概念、手法としてインクルーシブデザインにも注目が集まっています。この点について、konstのおふたりはどのようなお考えをお持ちですか?
渡部:障がいのある方や高齢者、お子さんなども含めてワークショップを行ない、デザインの素材を生み出すことが私たちの主な活動です。そういう意味では、デザインの起源となる工程で障がいのあるクリエイターに活躍してもらうこのプロジェクトも、インクルーシブデザインを取り入れた取り組みだと言えるのかもしれないですね。
ただ、先ほども話にあった通り、konstの活動に加えてSMS、さらにはその先にいるクライアント企業までひとつにまとまらなければ、真のインクルーシブデザインとは言えないのかなとも感じます。どこかに線引きすることなく、みんなでつくり上げるのが理想ですね。
須長:私たちにもクリエイターさんにもそれぞれ得意なことがあります。クリエイターの創造力、デザイナーの編集する力など、いろいろな方々がそれぞれの“得意”をうまく組み合わせてつくっていくのが、理想的なインクルーシブデザインと言えるのではないでしょうか。
──エンタテインメント業界でもアクセシビリティデザイン、インクルーシブデザインが求められていると思いますが、どのような対応を行なっていますか?
太田:アクセシビリティデザインに関してはカテゴリによって違いはあるものの、厳密にレギュレーションが定められている部分があるので、我々もそれを遵守しながらビジネスを行なっています。また、アクセシビリティについては、アップデートが求められますが、我々は常に現場の最前線にいるので、情報の更新頻度は高く保つことができています。
いっぽう、インクルーシブデザインは、障がい者や高齢者などをデザインの上流から巻き込むという方法論や考え方で、テクニカルな部分だけでは補えないことがたくさんあります。
例えば、SMSの基幹ビジネスのひとつであるイベントに関しても、会場設営は各種法令を遵守していますが、すべての来場者がコンテンツを楽しめるかどうかはデザイナーがどこまで意識を高められるか、どれだけ広い視野を持てるかが重要です。
そのためにも、企画段階から幅広い属性の方に加わっていただくことが必要ですし、そうしなければ、世の中のスタンダードからどんどん外れていってしまうという危機感もあります。やはり、デザインに携わるすべての人間がインクルーシブな視点を持つべきではないでしょうか。
我々の職場は、どうしても似たような属性の人たちが集まることが多く、そのなかで企画を考えてもインクルーシブデザインという視点では硬直化してしまうことが多いんですね。だからこそ、意識的に環境を変える、もしくは異なる環境に自ら飛び込むようにしなければいけない。そういう意味でも、今回のkonstとのコラボレーション、クリエイターの方々とのワークショップで第一歩を踏み出せたのは本当にありがたかったですね。
──ビジネスとして形にするには、ひとりの力では限界があります。エンタテインメント業界全体に幅広いネットワークを持つSMSがハブになり、今回のような取り組みを進めることが次につながっていきますよね。
太田:そうですね。こうした取り組みの重要性を理解してもらい、活動をより広げていきたいですね。SMSのソリューションのひとつとしてビジネス化することを目指し、スタッフ全員で“サステナビリティ主導のデザイン”を理解、共有することが第一歩だと思います。
須長:私たちも今回のワークショップがとても勉強になりましたし、貴重な時間を過ごさせていただきました。何よりクリエイターの皆さん、支援員さんが本当に喜んでいたのが印象的でした。しかも成果物もすばらしく、どのような形でデザインされるのか、私たちはもちろんクリエイターの皆さんも支援員さんも楽しみにしています。今後の継続的な取り組みにも期待しています。
文・取材:野本由起
撮影:干川 修
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