つながって、広がる――ソニーグループ内のインクルーシブな共創が、エンタメの未来をゆっくりと変えていく①
2026.05.08


2026.04.05
エンタテインメントビジネスにおいて、さまざまなソリューションを提供するソニー・ミュージックソリューションズ(以下、SMS)が、障がいのあるクリエイターや多様な感性、背景を持つ人々との共創を通じて、新たな表現やビジネスの可能性を探るために取り組む『Creative Vision Project』。
プロジェクトの発足から2年間の実績を振り返るとともに、SMSのクリエイティブチームがこの取り組みで得た気づき、同プロジェクトの中長期的なビジョンについて、主要スタッフたちに話を聞いた。
後編では、『Creative Vision Project』をビジネスとして発展させるためのアイデア、今後の取り組みについて語る。
目次

須長 檀氏
Sunaga Dan
一般社団法人konst
共同代表/デザイナー
1975年スウェーデン生まれ。王立コンストファック大学院卒業後、デザイン事務所を設立。デザイナーとして活躍し、2009年Nordic Design Awardなど受賞多数。北欧の家具や小物を扱うショップ「NATUR TERRACE」、「lagom」のオーナーも務める。

渡部 忠氏
Watanabe Tadashi
一般社団法人konst
共同代表/デザイナー
1975年北海道生まれ。都内制作会社勤務後、2004年にデザイン事務所を設立。デザイナーとして活躍し、約20年間、循環型社会推進プロジェクトや、食育、森の循環など、健康な社会づくりを行なうプロジェクトに多数取り組む。

太田隆之
Ohta Takayuki
ソニー・ミュージックソリューションズ

村上亜紀子
Murakami Akiko
ソニー・ミュージックソリューションズ
須長檀氏と渡部忠氏が共同で代表理事を務める一般社団法人。障がいのあるクリエイターとともにアートを生み出し、そのプロダクトを社会へつなぐ。障がいの有無ではなく、創作物そのもののすばらしさに目を向け、その対価が還元される社会を作ることで、障がいのある人々の自立をサポートすることを目的に設立された。
記事の前編はこちら:インクルーシブデザインでビジネスを拡大――3年目に突入した『Creative Vision Project』の現在地①
──『Creative Vision Project』は3年目に突入しましたが、この2年間で、プロジェクト自体にどのような変化がありましたか? また、新たな取り組みがあれば、教えてください。
太田:1年目だった2024年度の前半は、プロジェクトの立ち上げと存在を知ってもらうためのロビー活動に注力していました。その結果、1年目の後半には、クライアントからアート制作のご依頼をいただく案件が出始め、実績も残すことができました。
そのうえで、2年目の2025年度は、ワークショップが年4回の定期開催になったので、“新しいことを実験的にやってみよう”ということになったんです。そこで、ワークショップの年間テーマを“音”にして、参加するSMSのデザイナーがそれぞれ“音とアートをどう結びつけるか”を考えながらワークショップのプログラムを構成しました。
なかでも、今年の1月に行なった“キャラクターづくり”のワークショップは面白かったですね。泡状にした絵の具でモンスターを描いたり、音を聴きながらモールやスポンジなどで立体的なモンスターを作ったりしました。
最終的に、クリエイターの皆さんが作ったキャラクターをもとにAIで動画を生成し、みんなで視聴会も行なったんです。完成した映像はすごく面白いものになり、クリエイターの皆さんの既成概念にとらわれない発想、計算して生み出したものとは違うアウトプットに、毎回大きな可能性を感じています。
──クリエイティブ面で、クリエイターの皆さんの成長を感じる場面はありますか。
須長:成長という表現とはちょっと違うのですが、私たちが特に驚いているのは、ゼロから一歩を踏み出す方が増えたことですね。軽井沢の施設には、みんなと一緒にものづくりができなかったり、同じ空間にいられなかったり、同じ作業ができないといった方なども多くいらっしゃいます。ですが、SMSの皆さんと一緒に活動するなかで、できなかったことができるようになった方が本当に増えました。
そして、そういう方たちがまた素晴らしい作品を生み出すんです。ほかの人とは違う道具の使い方を見つけ、ゼロから一気に100まで飛躍する。自分だけの表現をする方が現われていることに、私たちも驚いています。
渡部:ひとつ例を挙げると、施設に重度の知的障がいがある方がいらっしゃるんですね。その方は、目の前にさまざまな色の絵の具が並んでいても、プログラムが終わるころには必ず全部を黒く塗りつぶしてしまっていたんです。
ところが、SMSの皆さんとのワークショップに参加していくうちに、いつの間にか作品がカラフルな色使いに変わってきたんです。その理由は、私たちにはわかりません。ただ、ワークショップの組み立て方が何らか影響して、変化が生まれているのではないかと。そうした小さな変化が見えてくることに、僕たちは感動を覚えますね。
──クリエイターの皆さんが生み出したアートを、活用する方法も広がっているそうですね。
太田:クライアントワーク以外にも、アートを活用する方法が見え始めています。「こども音楽フェスティバル2025」では、完成したアートをアイロンプリントシートにして、それを使ったトートバッグ制作のワークショップをkonstのおふたりとともに行ないました。
その取り組みが形になったことで、2025年は外部団体に向けて同様のワークショップを3回実施。今後は、こうしたワークショップをパッケージ化して、例えば参加費をいただくかたちで実施することや、イベントなどでワークショップを行ないたいという団体にご提供することができないかと考えています。
今はまだ本当に小さなビジネスのタネですが、インクルーシブデザインの事業として芽が出るように、しっかり育てていきたいと考えています。
──ビジネス展開を拡充していくためには、デザインのバリエーションは必須だと思います。そこで、ひとつ懸念として挙げられるのが、アートワークのワンパターン化です。その点については、どのように考えていますか。
渡部:私たちkonstは、ワークショップ以外にオリジナルプロダクトを制作して展示会や店舗で販売する活動も行なっています。ワークショップで生まれた原画をどのようにプロダクトに落とし込み、一つひとつ違う顔を持つデザインを提案できるか? 毎回課題を感じています。
だからこそ、1月のワークショップでSMSの皆さんから“キャラクターづくり”を提案していただいたときは、“こういう可能性もあるんだ。こんなやり方でクリエイターの方たちの力を引き出すことができるんだ”とジェラシーを感じましたね(笑)。ワークショップでは毎回100点ぐらいの原画が生まれますが、それをどのように扱うかは、アートディレクターやデザイナーの成長度にも関わってくるのだと私たち自身も感じています。
須長:私たちもワークショップのやり方には日々悩んでいますし、この悩みはこれからも続いていくと思います。そのうえで、最近取り組んでいるのは、複数人で1枚の絵を作るというやり方です。
抽象的な表現、紙に絵の具を垂らすドリッピングのような技法は、どうしても似たような作風になりがちです。ですが、クリエイターのなかには具象的な絵を描ける方もいます。例えば花の絵を描ける方がいれば、その方に描いてもらった花の絵を下絵にして版画を起こし、ほかの方がそこに表現を重ねるという手法です。
クリエイターの方たちがそれぞれ得意とする表現を、ひとつの絵のなかで配分する。そうすれば、誰が下絵を描くかによって作風が変わりますし、仮にスタンプを押す作業しかできないという方がいらっしゃっても、活躍の場を生み出すことができます。
太田:ただ難しいのは、クライアントワークの場合、ある程度パターン化された表現のほうが理解されやすいという面もあることです。逆にクライアントが想定するものとは違うアートが生まれたときにどうするか、さらに深く考えていく必要があると思っています。
とはいえ、2025年度はあえて毎回違うワークショップのやり方を試してきましたし、まだまだ可能性がありそうだという手応えも感じています。クライアントが提示するテーマに応じて、クリエイターの方々に異なるアプローチをして、最適な手法を模索していきたいですね。
──『Creative Vision Project』を、この先どのように発展させていきたいと考えていますか。中長期的なビジョンを教えてください。
太田:SMSとしては、クリエイティブ部門全体でインクルーシブデザインへの知見を深めることが大きな目標です。そして、デザイナーやアートディレクター一人ひとりが、クリエイターの皆さんとの共創を表現の選択肢のひとつとして使えるようになってほしいと考えています。
ワークショップを設計して実行し、さまざまなバックグラウンドを持つ方々とものづくりを行なう経験は、これからのエンタテインメントに何が必要なのかを考えるうえでも重要な材料になると考えています。
だからこそ、SMSのクリエイティブチームの面々には、全員一度はこの取り組みに参加してもらって、“自分が考えるデザインを実現するには、どんなワークショップにすればいいのか”を考えてほしいですね。
村上:2025年に実施した4回のワークショップは、毎回ほぼ違う内容を企画したんですが、7月に新入社員研修の一環として行なったワークショップでは、身体を動かしながら絵を創作するプログラムを実施しました。
SMSにはイベント制作を行なうスタッフもいるので、こうしたアイデアをチーム全員が取り入れ、さまざまな形で展開できるようになっていければいいなと考えています。
須長:私たちが普段ワークショップを行なうときは、1対1の状況でクリエイターの方と一緒に絵を描くことが多いんです。そのため、全体を俯瞰して見るということがあまりできていませんでした。
ですが、SMSのワークショップでは、皆さんがスタッフとして手を動かしてくださるので、外側から全体を見ることができます。すると、“あの方がこんな能力を発揮している”“こんな表情をしているのを初めて見た”といった大きな発見があるんです。実際、10年間一度も笑顔を見せたことがなかったクリエイターの方が、初めて笑顔になったということもありました。
私たちは福祉の立場から活動を見ることが多いのですが、SMSのワークショップはエンタテインメント性が強く、喜びにあふれていると感じています。こうした取り組みが大きくなり、社会に広がっていくのは本当に素晴らしいこと。より多くの方が体験できる形で広がっていくと素敵だなと思います。
渡部:アート制作の得手不得手は関係なく、企画からワークショップに取り組んでいるSMSのような企業はとても貴重ですし、私たちやクリエイターの方たちにとってもありがたい存在です。
本当の意味でのインクルーシブデザインを実践されているので、この活動がより多くの人に知られていくこと自体に大きな価値があると思っています。私たちとしても、ぜひ長く続いていってほしいプロジェクトです。
──前回、取材をした2年前と比べ、社会の反応や受け止め方に変化はありましたか?
渡部:初めてこの活動に触れる方にとっては、いつでも“初めて”でしかないのは仕方のないこと。社会の動きとは関係なく、障がい者アート=アウトサイダーアートのように、優れたアーティストの作品というイメージを持つ方が多いのが現状であり、それは2年前から変わっていないと思います。
ですが、SMSの皆さんや私たちが取り組んでいるのは、絵が得意ではない障がい者も含めて創作の場を作ることです。そのことを丁寧に伝え続けるしかないと感じています。
須長:私も同じ見解です。私はこの活動を8年ほど前から続けていますが、当時と比べると社会の理解はかなり進んでいると感じますが、それでも渡部が言うように“知らない人はまったく知らない”という状況は変わりません。
実際、意識を高く持って取り組んでいるクライアント企業でも、現場の担当者の方たちは、障がい者の福祉施設に行ったことがない、障がい者と触れ合った経験がないという方が多いです。ですから、私たちの活動内容やその意図、表現が生まれる過程について丁寧に説明し、深く理解していただく必要があります。
──私たちも、この取材を通して初めて福祉施設にお邪魔して、クリエイターの皆さんのクリエイティビティに多くの刺激をもらいました。
須長:そうなんですよね。やっぱり、現場を見てもらうのが一番伝わると思います。今年1月、長野県御代田町で展示会を開催したのですが、来場した福祉関係者、障がい者の教育関係者に私たちの活動を説明したところ、“得意な人も不得意な人も参加できるクリエイティブな場を作っている”という点に皆さん驚かれていました。それぞれの得意なことをいかして分業で制作しているとお話しすると、“その手があったか”“自分たちの施設でも取り組んでみたい”といった声もいただきました。
障がいのあるクリエイターのアートは確実に広がっていますが、その生み出し方には多様性がある。福祉、デザイン、アートの領域にはまだまだ可能性があると感じていますので、こうした取り組みを広げていくことが、障がい者とか、健常者とか関係なく、多くの人にとって新しいヒントになるのではないかと思います。
記事の前編はこちら:インクルーシブデザインでビジネスを拡大――3年目に突入した『Creative Vision Project』の現在地①
文・取材:野本由起
撮影:干川 修

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