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担当者が語る! 洋楽レジェンドのココだけの話

ジョン&ヨーコについて知っておきたい15の事柄【中級編】

2020.10.06

世界中で聴かれている音楽に多くの影響を与えてきたソニーミュージック所属の洋楽レジェンドアーティストたち。彼らと間近で向き合ってきた担当者の証言から、その実像に迫る。

今回は、10月9日から東京の「ソニーミュージック六本木ミュージアム」でスタートする展覧会、『DOUBLE FANTASY – John & Yoko』の開催を記念して、世紀のアーティストカップル、ジョン・レノンとヨーコ・オノにスポットを当てる。彼らの存在や活動を語る上で知っておきたい“キーワード”を、ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル(以下、SMJI)の白木哲也が解説する。

中級編では、ジョンとヨーコにもっと踏み込んだキーワードをピックアップ。ふたりに関する知識をさらに深めよう。

  • ジョン・レノン(写真左)
    1940年10月9日生まれ、1980年12月8日没。イギリス・マージ―サイド州リバプール出身。1962年、ザ・ビートルズのボーカル&ギターとしてデビュー。1968年からは平行してソロ活動を開始。私生活では、1962年に最初の結婚をし、息子ジュリアンが誕生。1969年にヨーコ・オノと結婚。1975年にショーンが生まれている。

    ヨーコ・オノ(写真右)
    1933年2月18日生まれ。東京都出身。銀行員だった父親の転勤に伴い、アメリカに移り住んで音楽と詩を学ぶ。その後、前衛芸術家として活動するなかでジョン・レノンと出会う。芸術活動、音楽活動だけではなく、ジョンの遺志を継いで、現在も世界中で平和運動を繰り広げている。

  • 白木哲也

    Shiroki Tetsuya

    ソニー・ミュージックレーベルズ
    ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル
    マーケティング2部 ゼネラルマネージャー

    1993年から洋楽制作本部、2004年からソニー・ミュージックダイレクト、2007年からSMJIに所属。ヨーコ・オノ、ザ・クレイプール・レノン・デリリウムを担当。

初級編はこちら

5【ベッド・イン】ハネムーンで世界平和を訴える

1969年 モントリオールでのベッド・イン Photo by Ivor Sharp ©Yoko Ono

――ジョンとヨーコは、ザ・ビートルズ解散前からふたりでさまざまな活動を始めるわけですが、なかでも有名なのが「ベッド・イン」でした。

1969年の3月にジブラルタルで結婚したあと、ふたりはハネムーンでアムステルダムとモントリオールに行ってるんですね。その2カ所でホテルの部屋に記者や、それ以外にもさまざまな人々を集めて、このイベントを行ないました。

1969年3月20日結婚式当日、ジブラルタルのザ・ロック前で Photo by David Nutter ©Yoko Ono

「ベッド・イン」という言葉が言葉だけに、曲解した記者も多かったみたいですが、実際は「戦争をするくらいなら、ずっとベッドで過ごすほうが良いだろう?」と訴えるもので、ふたりはベッドに横たわりながら、世界中の記者たちとのインタビューを繰り広げました。有名人に電話したり、ときには頭の硬い記者とケンカしたり。そのすべてがドキュメント映像として残っています。

暴力やお金ではなく、有名人であるという特権と、ハネムーンというタイミングを使って、世界に平和を訴えた。あのやり方は、皮肉屋でもあるジョンのちょっとしたユーモアだったと思います。

――ウィットとユーモアに富んだイベントだったんですね。

そこが理解できない人たちからは、非難も浴びていましたが、もうひとつメモリアルなのは、このイベント中、モントリオールのクイーン・エリザベス・ホテル1742号室で、「平和を我等に」(プラスティック・オノ・バンド)が録音されたこと。

人でごったがえすその部屋で、アコースティック・ギターだけで一発録りしています。録音環境は決して良くないのに、ジョンの声がとてつもなくパワフル。これもまた奇跡の1曲だと思います。

6【ストロベリー・フィールズ】ジョンが心安らかに遊べる場所

――1985年、ジョンの誕生日である10月9日に、ダコタ・ハウスにほど近いセントラルパークに“IMAGINE”と書かれたモニュメントが完成し、その一画がストロベリー・フィールズと名づけられました。

イギリス・リバプールにあるジョンの生家の近くに、ストロベリー・フィールズという孤児院があって、子供のころジョンはよくそこで遊んでいた。ビートルズの楽曲「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」で歌われているのはご存知の通りです。

おそらくヨーコは、ジョンが心安らかに遊べる場所、そして、みんなが集い憩える場所という意味を込めて、ストロベリー・フィールズを造ったんじゃないでしょうか。

そこには今でも世界中からジョンを慕う人々がやってきて、花を手向けたり、祈りを捧げたり、歌ったり。で、ふと振り返ったところに、あのダコタ・ハウスが見えるんです。

7【ショーン・レノン】ジョンがハウスハズバンドになり育てあげた

――息子のショーンが生まれた1975年は、ジョンとヨーコにとってどんな年だったのでしょうか?

“失われた週末”(※後述)が終わり、ニクソン政権から言い渡されていた国外退去に関わる裁判にも勝った。その直後にショーンは生まれています。誕生日はジョンと同じ10月9日。生まれたばかりのショーンを抱くジョンとそれを見守るヨーコの幸せに満ちた写真は『DOUBLE FANTASY – John & Yoko』展でも展示されていますが、その新たな命に触れた瞬間、ジョンのすべてが変わったんでしょうね。

そこからはビジネスはヨーコに任せて、ジョンは活動を休止してハウスハズバンド生活を送ることに。今でいうイクメンの走り。そのころの写真はたくさん残っています。これがまた、ショーンがかわいいんですよ。

――白木さんは、ショーン・レノンがレス・クレイプールと組んでいるプロジェクト、ザ・クレイプール・レノン・デリリウムの担当でもあるんですよね。

ザ・クレイプール・レノン・デリリウム

はい。ショーンが素晴らしいのは、父親が歩んだ同じ道には行かないと最初から決め、ずっとインディーズで好きなこと、やりたいことを追求しつづけているところ。音楽家として一本筋が通っています。もちろん、声を聴くとジョンを感じるところがありますし、今やヒゲもじゃの横顔には面影も濃くありますが、父親のようになるつもりはないし、なれるわけもないときちんと悟っていたんですね。

――実際お会いしたことも?

来日時にお会いしてます。希代の有名人カップルの息子ですから、イメージとしては何か面倒くさそうな匂いがしますよね(笑)。でも、彼はいわゆるビッグマウスとはまったく逆で、ヨーコさんにちゃんと育てられたんだろうなとわかる礼儀をわきまえた人。気の遣い方が日本人っぽいんですね。で、今、突然思い出したんですけど……

――何でしょう?

90年代半ばの話なんですが、今の六本木ミッドタウンの辺りにGEORGE'Sというソウル・バーがあったんです。多くの海外アーティストが、来日するたびに訪れることでも有名なバーで。そこにたまたま飲みに行った日、偶然ショーンと遭遇しまして。彼が酔っ払ったサラリーマンに「お前、ジョン・レノンの息子だろう?」と絡まれていたんですよ。いやぁ、誰でもムッとしそうなシチュエーションなのに、ショーンはうまくいなしてましたね。

8【軽井沢】家族水入らずで過ごす日本の夏

ジョン、ヨーコ、ショーン 1979年 軽井沢にて
Photo by Nishi F. Saimaru ©Nishi F. Saimaru / ©Yoko Ono

――1975年にショーンが生まれたあとは、日本にも度々訪れていたようですね。

1977年から毎年のように来日して、軽井沢を拠点に1カ月とか2カ月といった期間を過ごし、京都や東京にもいろんな痕跡を残しています。5カ月の長期滞在となったこともあったそうです。軽井沢でジョンとヨーコがお気に入りだったのが万平ホテル。オノ家の別荘もあったんですが、あまり手入れがされていなかったということで、そこが定宿となっていたようです。

素晴らしい写真集があるんですよ。当時ジョンのパーソナル・アシスタントだったカメラマン・西丸文也さんが1982年に出版した『ジョン・レノン 家族生活』。万平ホテルの部屋での様子や、鬼押出し園、白糸の滝とか、東京だとホテル・オークラのプールなど、小さなショーンを連れていろんなところに行っている姿と、それまで見たこともなかったリラックスした表情の家族写真がいっぱいです。日本人は、ちゃんとわきまえているので、ジョンもきっと過ごしやすかったんでしょうね。今でも軽井沢に行くと、ジョンの行きつけだった喫茶店やパン屋さんなどに痕跡を見つけることができます。

痕跡は東京にもあるんですよ。歌舞伎座のそばにある喫茶店、樹の花にはサインが残っていますね。それと、これは1971年のことなんですが、ヨーコの家族に会うためにお忍びで来日したジョンは、湯島にある有名な骨董店・羽黒洞を訪ね、松尾芭蕉の句の書かれた短冊を買うんです。ジョンは店主に、「僕がこれを買って海外に持っていくことを、どうか嘆かないでほしい。ロンドンに帰っても、日本人の心になってこの芭蕉を朝夕見て楽しむから。日本人に売ったものと思ってほしい」と話したんだそうです。

そんなジョンを店主は気に入って、歌舞伎を観に連れて行くんですね。やっていたのは決して派手ではない演目の「隅田川」。殺された我が子を見て母親が泣き崩れる場面を見て、ジョンは日本語がわからないにも関わらず、大粒の涙を流していたそうです。

――きっと心で観ていたんでしょうね。

このエピソードは、ジョンとヨーコの『特別インタビュー』という、展覧会会場限定のアナログ盤で実際に聞くことができます。日本の思い出の話になったときに、インタビュアーが「歌舞伎のモノマネをやってもらえませんか?」と言うと、ジョンは一回しか観たことのない歌舞伎の女形の声まで、見事に真似るんです。日本語はめちゃくちゃなんですけど(笑)。

『DOUBLE FANTASY – John & Yoko』会場限定発売アナログ盤『ジョン・レノン&ヨーコ・オノ 特別インタビュー』

ジョンは俳句や禅から影響を受けたとも語っていて、『ジョンの魂』のことを、自ら日本語で「しぶい」アルバムだとまで言ってます。ジョンは、ヨーコを通じて知った日本文化を、そして、日本を愛してくれていたんだなと思いますね。

9【失われた週末】追いやられたLAで羽を伸ばす

――ダコタ・ハウスに移り住んだ1973年の秋ごろから1975年初頭までの別居期間が、通称“失われた週末”。

1973年のどこかでジョンがヨーコに対してひどいことをしたようで、ヨーコがジョンをロサンゼルスに追いやってしまうんです。ヨーコと出会って女性の素晴らしさに気づき、女性がいかに虐げられているかに憤って、1972年には「女は世界の奴隷か!」(アルバム『サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ』収録)を作ったりもしていたジョンですが、どこかに男尊女卑なところも残っていたんでしょう。

「イマジン」ミュージックビデオより ©Yoko Ono

――ヨーコはジョンを追い出す際に、自分たちの秘書だったメイ・パンを彼につける。映画『イマジン』(1988年)にもその様子が出てきます。

ジョンはひとりでは何もできないからというのが理由とは言え、女性を一緒に連れて行かせるというのはすごいですよね。ただ、ジョンはそれ以降もずっとヨーコにすがってるんです。この期間に発表したアルバム『マインド・ゲームス』(1973年)にも、「あいすません/Aisumasen(I’m Sorry)」という曲を入れたりしてますから。これは「あいすみません」とヨーコに許しを請う歌ですし。

――一方で、もしかしたらヨーコから逃れたいという気持ちもあったんじゃないでしょうか?

それもあったかもしれないですね。悪友のニルソンやキース・ムーンやリンゴ・スターなどと、毎晩飲んだくれていたようです。1974年にLAのライブハウスの老舗、トルバドールで、酔って暴れて警察に突き出されたというのは有名な話。証拠写真も残っていて、“失われた週末”を象徴するシーンとして語り継がれています。

でも、ヨーコと完全に疎遠だったかと言えばそうでもなくて、手紙のやり取りは盛んにしてるんです。1974年のヨーコの誕生日には、ダイアモンドが散りばめられた特注の手鏡もプレゼントしていますし。

――復縁したい気満々ですね。

その辺の弱いところ、情けないところが、人間っぽくて良いですよね。ジョンもただの男。やってることは僕らと大して変わらないなと(笑)。

――この間、創作活動に関しては、良い意味で伸び伸びしていたような。

そうですね。例えば、ジョンがプロデュースしたハリー・ニルソンのアルバム『プッシー・キャット』(1974年)は、へべれけで作った割には良い作品なんじゃないかと。興味深いのは、“失われた週末”の間にジョンはポール・マッカートニーとも会っていて、セッションまでしたそうなんですよね。

また、1974年のアルバム『心の壁、愛の橋』にはエルトン・ジョンとデュエットした「真夜中を突っ走れ」が収録されていて、シングルにもなります。ジョンは、これがチャート1位になったらエルトン・ジョンのマディソン・スクエア・ガーデンでのコンサートに参加すると約束をし、実際その通りになった。その楽屋にヨーコが来ていて、ふたりは見つめ合い、“失われた週末”は終わった、というのが伝えられているストーリーです。

上級編へつづく

 

文・取材:藤井美保

最新情報

『DOUBLE FANTASY ‐John & Yoko』
2020年10月9日~2021年1月11日(2020年12月31日、2021年1月1日を除く)
東京・ソニーミュージック六本木ミュージアムにて開催
 
リバプールで開催された大規模な展覧会を、ジョン・レノン生誕80年の今年、東京にて開催。ジョンとヨーコによる数々のアート作品や、貴重な私物などを展示する。
https://doublefantasy.co.jp/
 

アルバム『ジョン・レノン.ギミ・サム・トゥルース.』
10月9日リリース
 
ソロ作品のなかから選りすぐりの楽曲を、オリジナル・マルチ・トラックから新リミックス。ショーン・レノンがプロジェクト初参加。
https://www.universal-music.co.jp/john-lennon/
 

映画『IMAGINE<イマジン>』
10月9日よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国順次公開
 
ジョン&ヨーコが出演、監督した、1972年制作の映画を日本初上映。
https://www.universal-music.co.jp/johnlennon-imaginefilm/

関連サイト

『DOUBLE FANTASY – John & Yoko』
https://doublefantasy.co.jp/
 
ヨーコ・オノ オフィシャルサイト
http://www.sonymusic.co.jp/artist/yokoono/
 
ザ・クレイプール・レノン・デリリウム オフィシャルサイト
https://www.sonymusic.co.jp/artist/theclaypoollennondelirium/

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