イメージ画像
イメージ画像
連載Cocotame Series

海外エンタメビジネス最前線

世界で絶賛された中国アニメ『魔道祖師』の魅力とは? 日本版を実現させたプロデューサーに聞く【後編】

2021.07.28

  • Twitterでこのページをシェアする(新しいタブで開く)
  • Facebookでこのページをシェアする(新しいタブで開く)
  • LINEでこのページをシェアする(新しいタブで開く)
  • はてなブックマークでこのページをシェアする(新しいタブで開く)
  • Pocketでこのページをシェアする(新しいタブで開く)

“楽しむ”ことは国境を越え、文化を超え、言語を超える。グローバルに注目を集めるエンタテインメントビジネスを手掛ける人々にスポットを当てる「海外エンタメビジネス最前線」。

中国でアニメ化、実写ドラマ化が行なわれ、大きな注目を集めているファンタジー作品『魔道祖師』。架空の古代中国を舞台にした時代劇でありながら、キャラクター同士のドラマチックな関係が話題となり、現在もなお、作品の世界は広がりつづけている。

本作のアニメ日本語吹替版(以下、日本版)が、2021年に放送、配信され、こちらも大きな話題を集めた。そして、その日本版の制作には、ソニー・ミュージックソリューションズ(以下、SMS)とアニプレックス(以下、ANX)のふたりのプロデューサーが関わっている。『魔道祖師』の魅力にどっぷりとハマり、愛情をもって日本版を手掛けた彼女たちに、その思いを存分に語ってもらった。

後編ではローカライズの難しさやこだわり、そして『魔道祖師』という作品に触れて、ふたりが改めて感じたアニメ制作の可能性について語る。

  • 黒﨑静佳

    Kurosaki Shizuka

    アニプレックス

  • 時墨悠希舞

    Yukizumi Yukimai

    ソニー・ミュージックソリューションズ

※2021年7月29日AM11:00修正:本記事内でキャラクターのフリガナに誤記がありました。訂正してお詫びいたします。

中国の声優文化と日本の声優文化を尊重したキャスティング

――アニメ『魔道祖師』の日本版においては声優さんのキャスティングがとても豪華で、魏無羨(ウェイ・ウーシエン)役を木村良平さん、藍忘機(ラン・ワンジー)役を立花慎之介さんが演じられています。このキャスティングはどのように決めていったのでしょうか。

黒﨑:時墨さんが『魔道祖師』のドラマ版『陳情令』のプロモーションビデオ(以下、PV)を作るときに、日本人の声優さんを既に何人かキャスティングされていたんです。その方々は変えないようにしようということになりました。たぶん、『陳情令』のPVを作るときは、時墨さんが決めたんじゃないかなと思うんですけど(笑)。

時墨:そうですね、私が決めました(笑)。当時からアニメ『魔道祖師』の日本版を制作することを考えていたので、『陳情令』のPVと同じ声優さんにしたいと考えていました。それでたくさんの声優さんの声を聞いて、アニメと実写の両方に合う方を探したんです。

左が立花慎之介が演じた藍忘機(ラン・ワンジー)、右が木村良平が演じた魏無羨(ウェイ・ウーシエン)。

黒﨑:『陳情令』のPVに出ていないキャラクターの声を決めるにあたっては、演技力はもちろん、日本のトレンドも考慮しながらキャスティングしていきました。若手からベテランまで、豪華な顔ぶれに集まっていただくことができました。

――原語(中国語)をあてている、中国の声優さんはどんな方たちなのでしょうか。

時墨:ドラマの吹き替えをメインに活動されている、ベテランの方々が多かったですね。中国では海外の映像作品だけではなく、本国作品の多くも吹き替えで放送されているので、キャリアを積んでいる方は技術も蓄積されていて、いろいろなお芝居に対応できます。

中国では、ここ10年くらいで同人活動が活発に行なわれてきて、そこで活動していた、いわゆるイケボな方々が、同人作品が商業化されていく流れに合わせて、プロフェッショナルな声優に転身するという事例も増えてきました。そういう方たちをはじめ、声優のアイドル文化みたいなものも中国で生まれてきているので、即売会でサイン会をするといったことも増えています。日本と似たようなカルチャーができつつありますね。

黒﨑:『魔道祖師』の日本版で温情(ウェン・チン)役をやってくださった川澄綾子さんが「中国の声優の方たちの演技がすばらしくて驚きました」とおっしゃっていたんです。日本の声優さんたちは以前から中国ドラマの吹き替えをされているので、中国の声優さんたちの演技がどのように変化しているのかをご存じなんですね。

時墨:そうですね。ちなみに温情(ウェン・チン)役の中国の声優は喬詩語さんといって、いろんなドラマの主役をやってきた超ベテランの方なんです。そういう方々が『魔道祖師』には関わっています。

――『陳情令』のPVにも出演されていた緑川光さん(江澄/ジャン・チョン役)、早見沙織さん(江厭離/ジャン・イエンリー役)だけでなく、『魔道祖師』には石田彰さん(金光瑶/ジン・グアンヤオ役)や、花江夏樹さん(聶懐桑/ニエ・ホワイサン役)なども出演されていて、とても豪華な顔ぶれになっていますね。

黒﨑:これはコロナ禍によって実現したキャスティングと言っても良いかもしれません。従来はキャスト全員のスケジュールを半日確保して、みんなで顔を揃えて収録していましたが、コロナ禍以降は人数や時間を制限して、それぞれを単独で収録するようになりました。そうすると「この2時間だったら行けますよ」という具合に、スケジュールの調整がしやすくなったんです。それで、これだけの方たちに集まっていただくことができました。コロナ禍でもエンタテインメントを止めないためにと、皆さんが協力してくださった結果だと思います。

ソニーの音源分離技術などを使って、映像をアップコンバート

――『魔道祖師』は中国でWeb配信されていました。それを日本のTVシリーズとして放送することになったわけですが、そのために映像を調整することなどはありましたか。

黒﨑:日本では、やはりTVでオンエアするということが、アニメ流通の基本としてあります。そこで多くの人に認知していただいてから、配信やパッケージ化など、さまざまな展開を行なっていくことになる。『魔道祖師』も日本ではTVでのオンエアを最初から考えていました。

でも、この作品はWeb配信用に作られたアニメだったので、まず尺(1話ごとの長さ)がバラバラだったんですよね。約32分の回もあれば、約21分の回もある……。

時墨:このような大人向けのアニメ作品は本国では殆どテレビで放送されることがありません。Web配信なら尺がバラバラでも影響しないものですから、制作サイドとしても特に気にする必要はなかったんですね。

黒﨑:日本のTVアニメは1話がだいたい24分なので、その尺に合わせるためには、どうしてもカットしたり、つながないといけない。TV放送版ではそういう編集をしましたが、Blu-ray BOXに収録しているものはカットされていないオリジナルの映像が入っています。

――TVシリーズとして日本で放送するためには、いろいろな作業が必要だったんですね。

時墨:そもそも権利元から送られてきた映像のフォーマットもTVの放送に対応できるものではなかったんですよね。

黒﨑:そうですね。最初に権利元から渡されたデータはMPEG4でした。「このデータしかないんですか?」と、思わず時墨さんに聞いちゃいました(笑)。

時墨:本当にそのデータしかなかったんです。なので、そこは日本の技術力で何とかすることになりました。

黒﨑:送られてきたデータをポストプロダクションの会社にお願いしてアップコンバートしてもらっています。その上でノイズリダクションの処理をかけているので、中国で配信されているものよりは高解像度になっていると思います。

時墨:映像の品質の違いがはっきりとわかって驚きました。それと、音声のパラデータも最初はないと言われて、上長にソニーの「音源分離技術」を研究されている部署を紹介してもらい、相談しに行ったんです。

■ソニーの「音源分離技術」の関連記事はこちら
『LINE MUSIC』でカラオケを実現させた「音源分離技術」は過去と現在の音をつなぐ夢の技術だった【前編】
『LINE MUSIC』でカラオケを実現させた「音源分離技術」は過去と現在の音をつなぐ夢の技術だった【後編】

黒﨑:最初は台本もないし、映像と音声がひとつのデータにまとまっていて、音声のパラデータもないということでした。従来の日本のアニメ制作では、映像と音声を別の作業でそれぞれ作っていて、セリフが入っているダイアログ、BGMが入っているME、効果音が入っているSEといった3種類の音声データをミックスして、映像と組み合わせています。でも、今回は映像と音声がひとつのデータになっているから、吹き替えのミックス作業ができなかったんですよね。

時墨:最終的にはなんとか権利元と調整して、全話分の音声パラデータを提供してもらえましたが、一部セリフがMEやSEのトラックに溢れており、そのまま使えないものもあったので、そこを「ソニーの技術力でなんとかしよう」ということになりまして。

黒﨑:ソニーが開発した「音源分離技術」を使って、映像とセリフとBGM、SEを分離して。その上で再ミックスを行なっています。

――『魔道祖師』で「音源分離技術」が使われているとは思いませんでした。

時墨:これもグループシナジーですね。『魔道祖師』は中国で十分な人気があったので、メーカーは当初中国国内への配信しか考えていなくて、海外での販売やライセンスアウトは想定していなかったようです。

いっぽう、中国のドラマは海外市場も考えているので、映像データのフォーマットはかなり整備された状態になっていて、海外でデータを扱うのもやりやすいんです。中国の配信向けのアニメが、日本のTVでオンエアされるということは、中国のアニメ業界にとっては意外な出来事だったのではないでしょうか。

中国のアニメの可能性を感じた『魔道祖師』のクオリティ

――今回『魔道祖師』を日本で展開したことが、中国のアニメやメーカーに影響を与えていることはあるのでしょうか。

時墨:あると思います。『魔道祖師』のあとに『魔道祖師Q』というスピンオフショートアニメも権利獲得しているのですが、そちらでは最初からパラデータで、なおかつTVサイズの映像品質のデータをいただけるようになりました。

『魔道祖師』のスピンオフショートアニメ『魔道祖師Q』。

黒﨑:アニメの作り方は世界中どこでも大きくは変わらないと思っていましたが、まだまだ細かいところでは慣習も感覚も違うんだなと、今回の件ですごく勉強になりました。

──アニメ『魔道祖師』は2021年1月から第1期の前塵編、4月から第2期の羨雲編がオンエアされ、Twitterのハッシュタグ「#魔道祖師しんどい」がランキングに入るほどの人気を集めていました。この反響をおふたりはどのように感じていましたか。

時墨:『魔道祖師』の日本展開の前に、ドラマ版『陳情令』の日本展開に関わっていたのですが、日本で中国ドラマがこれほど多くのファンに愛されるようになったことに、まず驚きました。また、『陳情令』のあとに『魔道祖師』を地上波で展開することで、この作品をより大きく一般に広げることができました。中国ドラマと中国アニメが日本のトレンドランキングにランクインされたり、可視化できる数字でその可能性を証明できたのでうれしかったですね。次の作品購入にも繋げることができて良かったです。

黒﨑:今回、時墨さんが中国サイドと調整してくださったので、良い意味で我々が自由にプロモーションを行なうことができました。映像が全話完成した状態で、こちらがプロモーションを始めることができたので、宣伝用の素材はすべて揃っている。なので、しっかりと宣伝できましたし、SNSを含めて打てば響くようなプロモーションができたと感じています。

時墨:時間に余裕があるときはSNSをチェックするようにしていますが、ドラマオンエア前はごく一部の人が何度もツイートしているケースが多かったんですね。字幕なしで視聴された熱狂的なファンの方が支持しているという印象でした。ところが、ドラマの字幕版放送、配信、アニメの字幕版放送、吹替版の地上波放送、配信と展開が進んで行くにつれ、どんどんツイートが増えていって、アニメ第2期(羨雲編)をオンエアするころには、たくさんの方が作品に注目してくださって、ファン層が本当に広がったなと感じています。

――おふたりは今回『魔道祖師』の日本版をローカライズして、どんな手応えと成果を感じていますか?

黒﨑:これまで私たちは日本でアニメを作ってきて、海外に向けたローカライズとプロモーションは世界各国のライセンシーにお願いしつつも、その展開に対してチェックは細かく行なっていました。でも、こうやって海外作品をローカライズする立場になって、改めて勉強になることがたくさんありました。

これまでは私たちがローカライズ先に対して「この作品はこうプロモーションしてほしい」とリクエストを出す立場だったのですが、そういう注文に対してローカライズ先がどう感じ、それを実現するためにどういうご苦労をされているのかが、よくわかりました。『魔道祖師』でライセンサーとライセンシー、逆の立場を味わうことができて本当に良かったなと思っています。

それと、中国アニメの進化を目の当たりにできたこともとても刺激になりました。日本と中国のアニメに関して、技術的な部分は拮抗しているなと思いつつも、物語の組み立て方においてはまだ日本に一日の長があるだろうと思っていたんです。

でも、『羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ)』のようなキャラクターやシナリオにおいて満点以上を叩き出す作品が出てきたり、『魔道祖師』のように原作の時点から骨太で物語に確固たる魅力があってWeb配信される作品も生まれてきた。

■『羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ)』の関連記事はこちら
「ビジネスのことはあとから考えた」――『羅小黒戦記』吹替版プロデューサーが語る制作の裏側【前編】
「ビジネスのことはあとから考えた」――『羅小黒戦記』吹替版プロデューサーが語る制作の裏側【後編】

『魔道祖師』の原作小説の後書きに、作者の方が「最初に感情があって、その次にキャラクターがあって、最後にストーリーがある」と書いていたんです。その言葉にすごく納得しました。中国のアニメを見ると「この作品に関わった人たち、みんなアニメを作っていて楽しそうだな」と感じてしまう。やはり、そういう“アニメを作って楽しい”というプリミティブな感情を忘れないようにしないといけないなと、改めて感じましたね。

時墨:日本では、言葉がわからないので興味はあっても、“知っている”だけで“見る”まではいかなかった方も多いかと思います。しかし、ローカライズによって、確実に視聴ハードルは下がっていますし、見てから作品の背景にある文化や言葉に興味を持つようになるファンの方も少なからずいらっしゃいます。私自身も海外作品に触れることで言葉や文化の勉強をし始めた経験は何度もありまして、今回『魔道祖師』という作品を日本でローカライズすることによって、誰かのそういうきっかけ作りにつながっていたら、とてもうれしいなと思います。

それと、中国で生まれたアニメを日本の声優さんが吹き替えたことで、グローバルな視点でも作品に新たな付加価値が加わったのではないかと思います。海外のアニメファンのなかには、日本語に馴染みが深い方も少なくなくて、日本の方たちと同様に、中国語音声だと字幕頼りで視聴していたのが、『魔道祖師』の日本版で、「字幕なしで映像に集中して見れた」といったコメントも見かけました。そういう意味では、『魔道祖師』という作品のグローバルな展開の力にもなれたのかなと思っています。

中国アニメで言うと、2Dアニメより3Dアニメの方が多く作られてきて、ここ数年2Dアニメが増えつつあるとは言え、尺が短くて日本の地上波放送まで持っていけない作品が多くあります。ただ、表現の形に違いはあるものの、しっかりとしたプロット作りで、作品に込められたメッセージが心に響く作品も多いです。これからもジャンルを問わず“心に響く作品”を日本でローカライズして、多くの方に届けていけたらと思います。

 

ふたりがプロデュースする中国アニメ作品

 
SMS、ANXがつづいて手掛ける中国アニメ作品が『天官賜福』。アニメ版は中国のbilibili動画にて総再生回数3億回を突破したという人気作品である。800年の時を経て神となった主人公・謝憐(シエ・リェン)と、不思議な少年・三郎(サンラン)の壮大な物語。日本語版では声優の神谷浩史が謝憐役を、福山潤が三郎役を担当している。2021年7月より日本版が放送中。

文・取材:志田英邦
撮影:干川 修

©2020 Shenzhen Tencent Computer Systems Company Limited
©bilibili

関連サイト

アニメ『魔道祖師』公式サイト
https://mdzs.jp/anime/(新しいタブで開く)
 
アニメ『魔道祖師』公式Twitter
https://twitter.com/mdzsjp(新しいタブで開く)
 
ドラマ『陳情令』公式サイト
https://mdzs.jp/drama/(新しいタブで開く)
 
ドラマ『陳情令』公式Twitter
https://twitter.com/TheUntamedJP(新しいタブで開く)
 
アニメ『天官賜福』公式サイト
https://tgcf-anime.com/(新しいタブで開く)
 
アニメ『天官賜福』公式Twitte
https://twitter.com/tgcf_animer(新しいタブで開く)

連載海外エンタメビジネス最前線

  • Sony Music | Tech Blogバナー

公式SNSをフォロー

ソニーミュージック公式SNSをフォローして
Cocotameの最新情報をチェック!