メンバーの魂を入れ込んだ展示に――櫻坂46展『新せ界』の軸になっているもの【後編】
2023.09.29
連載企画「ミュージアム ~アートとエンタメが交差する場所」では、アーティストや作品の魅力を最大限に演出し、観る者の心に何かを訴えかける空間を創り出す人々にスポットを当てる。
今回は、現在「六本木ミュージアム」で開催中の『櫻坂46展「新せ界」』から、クリエイティブディレクターを務めた本信光理氏と、制作に加わったソニー・ミュージックソリューションズ(以下、SMS)の三上慶吾に話を聞く。坂道シリーズとしては、2019年に開催された『乃木坂46 Artworks だいたいぜんぶ展』につづく開催で、衣装やCDジャケットなど、櫻坂46ならではのクオリティの高いクリエイティブを体験できる展覧会にするためにとった手法とは。
前編では、開催の経緯や、アートディレクションを担当したOSRIN氏のアイデアを具現化する過程などについて語る。
本信光理氏
Motonobu Hikari
五叉路株式会社
三上慶吾
Mikami Keigo
ソニー・ミュージックソリューションズ
2020年10月に、欅坂46から櫻坂46に改名したグループの歴史を辿り、これからの未来を示唆する展覧会。衣装やミュージックビデオ、CDジャケットなど、高いクオリティで知られる櫻坂46のこれまでのクリエイティブを公開する。本展覧会のために撮り下ろされた映像や、グループの振り付けを担当してきたTAKAHIROの私的メモなど、ここでしか観られない貴重な展示物が公開されている。「衣装-存在を支えるもの」「映像とダンス-記憶の残像レイヤー」「アートワーク-未来への羅針盤」「彼女らの痕跡-存在と不在の狭間」「大樹」「ヴィジョン-言葉の光」「新せ界」の7つの章から成る展示を体験できる。10月29日まで開催。
――「六本木ミュージアム」にて開催中の『櫻坂46展「新せ界」』ですが、開催の経緯からお伺いできますか。
本信:「櫻坂46のクオリティの高いクリエイティブをちゃんと世に知ってもらう機会を作りたい」というお話をいただいて。そうであれば、展覧会自体も相当クオリティの高い、世の中に対してチャレンジングな展覧会にしないといけないなっていうところから構想を始めました。
――三上さんはどのように関わったんでしょうか?
三上:私は、本信さんが櫻坂46展を担当されることが決まってから、制作として加わることになりました。その理由としては、本信さんから、櫻坂46のアートワークを手掛けている、クリエイティブレーベルPERIMETRONのOSRINさんと一緒にやりたいというお話があったからです。当時、私は櫻坂46のCDジャケットのクリエイティブを担当しており、既にPERIMETRONチームと一緒に仕事をしていたということもあって、ジョインすることになりました。
――櫻坂46の1stから4thシングル、1stアルバム『As you know?』までのアートワークを手掛けた映像ディレクター、アートディレクターのOSRINさんに、櫻坂46 展のクリエイティブに加わってもらったのは、本信さんからの提案だったんですね。
本信:ソニー・ミュージックエンタテインメントや櫻坂46のスタッフの方と打ち合わせするなかで、そういう流れになっていったと記憶しています。僕がクリエイティブディレクターを務めた坂道シリーズの前回の展覧会『乃木坂46 Artworks だいたいぜんぶ展』(2019年1~5月、六本木ミュージアムにて開催)と、そのあとの『春夏秋冬/フォーシーズンズ 乃木坂46』(2021年9~11月、東京国立博物館にて開催)は、空間デザイナーであるbunri派の山口涼さんと組んで、クリエイティブの根幹から展示の空間、流れ、展示物と考えてやったんですね。その2本をやった上で櫻坂46展について思ったのは、空間のイメージがよりハレがある印象にしたいな、と。
――ハレというのは?
本信:僕の場合は、企画を理詰めで考えていくんですけど、人の心を打つものや話題になるものは、意外と理屈じゃないところから生まれるものもあるよな、と思って。理屈よりも、カッコ良さとか、画の強さとか、こういうものを作りたいっていうモチベーションから生まれたような展示が作れないかなと思ったんですね。
そのためには、自分とは違う血を入れていかないと、そうはならない。OSRINさんは、櫻坂46のジャケットを見てもわかるように、とんでもない発想力やビジュアル制作力を持っていて、それでいて映像ディレクターでもあるから、空間のライティングのイメージを作るのにも優れている。美術の指定や発注も普通の展示の空間デザインとは違う発想で作れるだろうし、もっと言うと、映像作家は音楽発注もできるんですよね。
普通の展覧会のディレクターや空間デザイナーとは違う能力があるOSRINさんが入ってくれたら、きっとこれまでにない、面白い展覧会になるだろうな、と。もうひとつ上のステージを目指したいという想いで、OSRINさんにお願いしました。
――OSRINさんはどんな反応でしたか?
三上:ちょうど話をしたのが1stアルバム『As you know?』の作業が終わったあとだったので、OSRINさんも「良いタイミングじゃないですかね」と言ってくれて。それまでのアートワークへの関わり方とは別の考え方ができるという前向きな気持ちで、引き受けてくれました。
また、クリエイティブディレクターとして本信さんがいらっしゃるというのは、OSRINさんとしては新しい座組みであり、そこでどう自分のクリエイティブを表現していけるか、チャレンジングだったと思います。
――実際にはそこからどう進んでいったんですか?
本信:まず、僕が企画書を作って、櫻坂46のスタッフの方からOKをもらいました。でも、自分から出てきたものをそのままやってもらうのは面白くないし、それだとOSRINさんと組む意味もないよなと思って、企画書をベースに、空間イメージを考えてほしいとOSRINさんにお願いしました。そしたら、まったく僕の企画書がベースになっていないようなものが出てきて(笑)。
三上:(笑)
本信:そこからは、OSRINさんが出してくれた一つひとつの空間イメージをなるべくいかしつつ、展覧会のタイトルづけやちょっとした手の加え方で、どうやったらトータルに筋が通ったものとして成立させられるかな、という考え方に変わりましたね。
三上:空間の一つひとつのイメージは、最初の段階から、出来上がりに近いものになっていましたね。
――本信さんの役割が、『乃木坂46 Artworks だいたいぜんぶ展』のときとは違うものになったということですね。
本信:そうですね。とにかくOSRINさんのイメージをどう成立させていくかということを考えてました。ただ、OSRINさんは空間のイメージは作れるけれど、空間デザイナーではない。それを展覧会として、どう現実に落とし込むか。
例えば、消防法もあるし、開催の期間にも耐えないといけない。ミュージックビデオやジャケットの撮影だと、前の日に建て込みをやって、次の日に撮って、2日ぐらいで壊します。でも、展覧会は3カ月の会期があるし、メンテナンスも必要になってくる。人の流れもあるし、どれぐらいのスペースをとれば観やすいかも考えないといけない。同じ美術でも、展覧会とジャケットやミュージックビデオとは違うんですよね。
そこで、OSRINさんのアイデアに対等に向き合える人をつけないと成立しないなと思って、これまでも空間のデザインを一緒にやってきているbunri派の山口さんに入ってもらったんです。これがドンピシャにはまって、OSRINさんと山口さんの信頼関係でどんどん進んでいったという感じですね。
三上:山口さんにはだいぶ早い段階で入ってもらいましたし、PERIMETRONのデザイナーの荒居(誠)さんや、プロデューサーの吉田(健人)さんにも初期から入ってもらいました。OSRINさんが方針を決めて、荒居さんが具現化し、山口さんが落とし込んで、吉田さんがまとめていく。役割が明確でチームワークが高かったと思います。
本信:僕は今回はクリエイティブディレクターと言いつつも、少しだけプロデューサーマインドで物事を判断していたと思いますね。展覧会っていろいろと工夫しだすと、テーマパークのアトラクションに近づいていくんですよ。テーマパークのアトラクションは、数年やって回収すれば良いっていうお金のかけ方やエネルギーの注ぎ方をする。そっちに近づいていっちゃうと、展覧会は絶対勝てない。体験としても展示とはちょっと違ってくるかもしれないので、テーマパークに近づいていく方向はやめようという話はしてました。
意外とそれは、自分のなかのテーマにもなっています。“展示って何なんだろう? そこにお金をかける意味はあるのだろうか?”と考えました。テーマパークも展示も、ある空間のなかを非日常的な気持ちで歩くというところでは一緒の部分があるんですよ。でも、どこかで、“これは展示で、これはテーマパーク的な楽しみ”っていう線引きをしないと、体験としてもうまくまとまらなくなる。それは今回の学びでしたね。プロデューサー寄りの立場だったからこそ、そういったことを考えるようになったと思います。
――本信さんがクリエイティブディレクターとして、今回一番こだわった部分はどこでしょうか?
本信:各部署、各パート、クリエイティブの意思統一が図れなくなっていくんですよ。例えばチラシのビジュアル作りとか、どういう打ち出し方をするのがお客さんに最も喜んでもらえるのか? じゃあ、書体もこういう方向だよな、とか。そういったいわゆる“トンマナ”を統一させることですね。展示本体、宣伝、SNS、Webサイト……いろんなところが統一して見えたほうがトータルとしてちゃんと強度のある打ち出しになるだろうなというところで、そこの意思決定がバラバラにならないように気をつけましたね。
――それはもう、プロデューサーの仕事ですね。
本信:いや、でも、やっぱり僕はクリエイティブディレクターです。グッズのためのメンバーの撮り下ろし写真の構想はSMSのアートディレクターが考えてくれたんですけど、展覧会が最後に光が差してくるイメージになることを僕は把握してたから、ビジュアルも未来から光がやってくるようなイメージで、とお願いして。
だから、各部署とちょっとずつコミュニケーションを取るという仕事ですね。逆に言えば、自分が本当の意味で主導で作ったのは図録だけです。あとは特に何も生み出してないっていうか(笑)。
三上:いえいえ、本信さんがいなかったら、先導する人がいなくてバラバラになってしまっていたと思います。みんなが本信さんのクリエイティブディレクションを信じてついていきましたし、そこがブレてしまっていたら、見え方も違うものになっていたと思います。
本信:展示物のセレクトとそれらにつける説明文のキャプションは、1個1個、全部僕が120字でまとめました。全体を見つつ、仕上げの細かいところと、両方やってますね。ひと通りなるべく見ようとこだわりました。
――乃木坂46の展覧会『乃木坂46 Artworks だいたいぜんぶ展』とは作り方や発想が違いますよね。乃木坂46の場合は、開催当時で7年間の歴史があり、9万点以上の資料や写真、衣装が集結してましたが、今回の『新せ界』は、グループの歴の違いはあれど、非常にミニマルに統一されたものになっている気がします。
本信:「物量勝負じゃない」というところは、割と最初のころから僕とOSRINさんとの間で共通認識としてありました。「量よりも、メンバーの気持ちや魂をちゃんと入れ込んだ展示にしたいね」という話をしていて。最初の案としては、基本的には、アーカイブ、過去のいろんな資産をどうまとめてストーリーを作るかっていうところから始まっていたんです。
だから、僕が最初に作った企画書は、メンバーの過去の雑誌やWebサイトの記事、インタビューを全部総ざらいして、そのなかから櫻坂46にかける想いのような言葉を抽出し、展示するといったものだったんです。そしたらOSRINさんから「新たに言葉を集めてやりたい」という提案があって、そのほうが良いかもなと思い直し、途中から新たにインタビューを取る方向に切り替えたんですね。
だから、今回の展示はメンバー自身が制作に参加した展覧会になっています。そういった要素を入れたのは展覧会として新しいかなって思います。
――メンバーの藤吉夏鈴さんがレイアウトしたスナップ写真のコーナーがあったり、直筆で文字を書くスペースがあったり、メンバーが参加することで完成する展覧会になっています。
本信:OSRINさんと一番最初に会ったときに、「ただただ、メンバーのためにやってるから」っておっしゃっていたんです。作家としての仕事やカッコ良いビジュアルを作れるからとかじゃなくて、「メンバーにとって意味のあるものを作ってあげたいと思ってやってる」と。「メンバーに対しての愛情だけでつづけてやっていた」ともおっしゃってました。メンバーそれぞれの特性や気持ちに一度切り込んでから、ものを考えていく人なので、最初から“櫻坂46のために”というマインドの人なんだなと感じてましたね。
三上:そうですね。仕事を受ける上でも、自分がちゃんと好きになれるアーティストなのかどうかが判断材料になっているとおっしゃっています。その愛情の深さがクリエイティブを裏打ちしているし、結果的にファンに届くクリエイティブになっていますよね。それは『新せ界』でも感じていただけると思います。
文・取材:永堀アツオ
撮影:冨田 望
開催期間:2023年7月28日(金)~10月29日(日)
開館時間:10:00~20:00(最終入館19:30)
会場:六本木ミュージアム(東京都港区六本木5-6-20)
入館料:一般・大学生:2,200円(前売)/2,400円(当日)
中学・高校生:1,200円(前売)/1,400円(当日)
小学生:800円(前売)/1,000円(当日)
※すべて税込
※6歳未満未就学児入場無料、障がい者手帳をお持ちの方は各半額となります。
※当日券は館内の滞留人数に余裕がある場合のみ、ミュージアムの窓口で販売します。
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