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エンタメ業界を目指す君へ

音楽プロデューサーに欠かせない素養とは? 尾崎豊、石崎ひゅーいらを手がける須藤晃に聞く【中編】

2023.11.29

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エンタメ業界の最前線で働く人々から現場の生きた情報を聞き出し、お届けする連載企画「エンタメ業界を目指す君へ」。

今回は、尾崎豊、村下孝蔵、浜田省吾、玉置浩二、橘いずみ、石崎ひゅーいといったアーティストを担当し、音楽制作のパートナーとして数々の名曲の発表に携わってきた音楽プロデューサー・須藤晃に話を聞く。

独自の手法でアーティストと音楽を作り上げることで知られる須藤晃。彼はどんな経緯で音楽プロデューサーの道を選び、どのようにして後世に語り継がれる名曲をアーティストとともに生み出してきたのか。数奇な縁に導かれて音楽業界に足を踏み入れた須藤晃の半生から、エンタテインメント業界で働くことのヒントを見出していく。

中編では、CBS・ソニー(現:ソニー・ミュージックエンタテインメント)時代に音楽プロデューサーとして独り立ちするためにとった行動と、須藤晃が音楽制作に入る前に欠かさないアーティストとの会話について語る。

  • 須藤晃プロフィール写真

    須藤 晃

    Sudoh Akira

    音楽プロデューサー

    富山県出身。1977年東京大学英米文学科卒業後、株式会社CBS・ソニー(現:株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント)に入社。尾崎豊、村下孝蔵、浜田省吾、玉置浩二、橘いずみ、石崎ひゅーいらを担当し、音楽制作のパートナーとして数々の名曲、名アルバムの発表に携わる。1996年より株式会社カリントファクトリーを主宰。2015年から富山市芸術文化ホール(オーバード・ホール)の運営などを行なう(公財)富山市民文化事業団の芸術監督に就任。自身の故郷、富山県にさまざまな芸術を招聘し、北陸の地の文化振興に尽力している。

音楽プロデューサー・須藤晃の誕生

――(前編からつづく)ここから“CBS・ソニー伝説の音楽プロデューサー”の誕生エピソードを聞いていきます。

勝手に伝説にされているけど、僕はいまだに楽しく仕事をさせてもらっているから、そんな仰々しい言われ方は嫌なんですけどね(苦笑)。でも入社したてのころ、上司に聞いたことがあるんです。「レコード会社では、どうやったらプロデューサーになれるんですか?」って。そしたら「このまま仕事をつづけて30歳を過ぎたぐらいになれるから。今は名刺にアシスタント・ディレクターと入れておけ」と言われました。40年以上前の話ですが、乱暴ですよね(笑)。

須藤晃中編写真01

厳密な仕事の定義は難しいし、業界によって違うけど、プロデューサーというのは、お金を集めたり、人と人を繋げたり、大きな意味でプロジェクトの設計図を書いて管理する人だと僕は思います。そしてディレクターというのは、実際に現場で物を作る人。より多くの権限を持っているのは、プロデューサーということのほうが多いですよね。

これは仕事をしながら気づくことなんだけど、自分がこのアーティストの担当ディレクターだと言われても、自分より権限を持ったプロデューサーがいるのがやりにくかったんですよ。だってそうでしょう? ここまで一生懸命やって仕上げたのに、プロデューサーの「これは違うだろう」というひと言で全部覆っちゃう。

そんなのやってられないから、最初からプロデューサーの役割で自分が本気になれるアーティストを担当しようと思って、出会ったのが村下孝蔵さんなんです。「村下孝蔵なんて売れるのか?」とか、周りからは散々な言われようでしたが、「僕がプロデューサーで、僕がディレクターですから」と言って担当することになりました。

――自信と若さですかね。でも、実際、村下孝蔵さんは大ヒットアーティストになりました。

そうですね。「初恋」がヒットした年は、部署内で最も利益を上げたアーティストになりました。しかもマネジメントは、エイプリル・ミュージック(現:ソニー・ミュージックアーティスツ)で、原盤権もマネジメント権も持っていて、それは会社の利益に大きく貢献しましたよね。

今のソニーミュージックグループにもそのセレモニーがあるようですが、年間通して活躍した社員を表彰するグループ全体の定例会があって。そこで表彰されることになり、自分の確固たる居場所を作ることができました。もうこのスタイルが自分には一番合っていると確信して、次にプロデュースしたのが尾崎豊さんだったんです。

――先見はあったのでしょうね。

そこはちょっと勘違いしてほしくないんですが、村下孝蔵さんも尾崎豊さんも、僕が最初に見つけたわけでも、発掘したわけでもないんです。ふたりともソニーミュージックが主催する「SDオーディション」という新人オーディションに応募してきたんです。ただ、そこで誰も手を挙げないから、「須藤、お前やれ」と上司に言われて担当することになったというのが正しい経緯です。

“スーパー”とか“レジェンド”とか、いろいろな呼び方をされましたが、きっかけはCBS・ソニーの社員として受けた話だということ。そんなに簡単に、その人がどういう人で、どんな才能の持ち主かなんてわかるわけがないということは、はっきり言っておきます。

――それはすべてのアーティストに言えることですか?

みんなそうですよ。橘いずみさんも当時のマネジメントはアイドルにしたかったんだけど、ソニーミュージックでは「須藤、彼女を尾崎豊みたいにしてほしい」と言われて。でも、本人に聞いてみると「私は、今井美樹さんのようになりたい」と言うから、もうみんな目指している方向がバラバラ(笑)。

どうしたものかなと思いながらプロデュースしましたが、「失格」が大ヒットになって、当時は女・尾崎豊って言われていましたよね。この前、ある放送局の人と話をしていたら、「僕は橘いずみさんの『失格』に衝撃を受けてギターを買いました」と言うから、「ああ、そうですか」と言いながら「舞台裏はちょっと違うけどね……」なんて思いましたよね(笑)。

須藤晃中編写真02

須藤晃のプロデュースは会話から始まる

――では、須藤さんがこれだけ多くのヒット作をアーティストと一緒に作れた理由は何なのでしょうか? 才能を開花させる育ての親としての才覚ですか。

いや違いますね。育てているというのとも違います。ただ、僕は声に特徴のある人しか売れないと思っているし、魅力を感じないんですね。なぜかというと、最終的に残るのは音源だからです。人の記憶に残る声、人を心地良くする声、その特徴はさまざまですが、やっぱり声という音源が曲とともに真実として残る。

作った人の人格とか楽曲が生まれた背景とか、もちろん語り継がれることもあるでしょうけど、そういったことは、時が経てば薄まっていきますし、ときには歪曲されることもあります。でも、残された音源は真実で、声というものにはそれだけの力があります。

それと自分が携わってきた人たちを振り返ると、やっぱり音楽っていうものにものすごく夢を持ってる人が多かったですね。それは、話しているとよくわかりました。そういう意味では、僕がほかの音楽プロデューサーと異なるアプローチをしていたことで特徴的だったのは、楽曲という形にするまで大体半年から1年ぐらいは本人と会話しかしないというスタイルですかね。

――半年から1年、会話だけですか? 音楽は一切作らずに?

ずっと話しているだけです。何で音楽をやりたいの? から始まって、今までどういうものを見て、聴いて感化されてきたの? とか。そこで何らか自分との接点を探すんですよ。例えば同じ本を読んでいたとか、あのアーティストのあの曲が好きだとか。映画だったらこれが好きで、マンガだったら自分のときはこれだけど、今はこういうのが流行ってるんだねって。

そんな他愛のない会話を延々としていると、大体アーティストのほうは焦れてくるから早く曲作りをしたいと言って、デモテープを持ってきてくれるんです。でも、デモテープは生ものじゃないし、置いておいても腐るわけじゃないから、受け取りつつもしばらくは放置。とにもかくにも時間をかけて会話します。今日のこのインタビューでも、自分の音楽体験とかをこうやって話していますよね。そうやって自分の話もたくさんして、とにかく時間をかけながらお互いのことを知る。これが僕のスタイルです。

そしてアーティストを志す人たちだから、感性はみんな鋭いので、僕が知らなかった音楽なり、僕が知らない話をする人もいっぱいます。それと同時にコンプレックスを抱えた人もたくさんいて、そういうことも話してもらう。週に1回会ったとして、それを半年ぐらいやったときに、だいぶ気心が知れてくるというか、そこまで腹を割って話せるようになってきます。そこで、何ていうんだろう。お互いの相性というか、肌が合う合わないがわかるんです。その時点で、自分には無理だなと感じた人とは一緒にはやらなかったですね。

――実際にそういう方もいたということですか。

いましたよ。そういう場合は担当を代わってもらうとか、向こうからギブアップを言われたこともありました。そのなかには僕が担当を外れてから売れたアーティストが何人もいますよ。こんな話をしていると、「じゃあ、なんでそんなに時間をかけて話をするんですか?」という質問をされるんですが、そこは考えてほしいんです。

音楽を作る、作品を残すっていうことは子どもを作ることと一緒だと僕は考えているんですね。そして、これから少なくとも10年くらいは一緒にやっていこうという相手をそう簡単には決められないじゃないですか。

――パートナーを選ぶ基準はあったんですか。

もちろん相性というのはあるんだけど、大前提として家族とか周りの人のことを悪く言う人は駄目です。ここまで育ったのを自分の力だと過信してしまうような人とは、僕は一緒にはできません。悪く言うその環境で自分は育っていて、大なり小なり影響を受けている、つまり自分のことを悪く言っているのと変わらないということがわかっていない。

あと、これを読んで、もしこれから音楽プロデューサーになりたいと思ってる人がいたら、まずは人の話を聞くことが好きか嫌いか、そしてその人を理解するためにどこまで自分の時間をかけられるか、そこは胸に手を当ててもらうのが良いんじゃないでしょうか。僕は、尾崎さんとも1年くらいはそうやって会話をして、最終的に一緒にやるということになりましたから。

須藤晃中編写真03

作品という子どもは不思議なもので、出来上がってしまうと親の手を離れていきます。特に音楽の場合、子どもは聴いた人たちのなかで育てられていくわけです。世に誕生させてから、街であった人に「あの曲のここでいつも泣いてしまいます」と言われたとして、「勘弁してよ、そんなつもりで書いたんじゃないんだから」なんていう言い訳は通じない。

なぜなら、その作品をどのように解釈するかは人それぞれであって、完全に自由だからです。だからこそ作品を世に送り出すということは、影響力のあることだとわかってないといけないし、それほどデリケートなものだから、曲を生み出すまでには、それなりの時間をかけることが必要だと思います。

録音をファーストテイクにこだわる理由

――なるほど。いっぽうで、須藤さんのレコーディング、とりわけボーカル録りは時間をかけないスタイルで有名ですよね。

ほぼ一発録りです。あんまり仕事が好きじゃないから早く終わりたいだけですよ(笑)。それともうプロなんだから一発で決めろよって話です。例えば陸上選手が100m走で思いっ切り走ったあとに、「ちょっとすみません、30mのところでちょっと足がもつれちゃったんでもう1回走らせてください」と言って通るわけがないでしょう。

録音も同じで、「ちょっとあそこで声がひっくり返っちゃいました」「ブレス失敗しました」って言われても、だから? それで最高じゃない。今、その瞬間をちゃんと録っておいたからねって。

――その録音に納得しないアーティストもいますよね。

たくさんいますよ。だから録りたければ何回でもどうぞ、100万回だって歌ってくれて構わない。でも、使わないよって。スタジオエンジニアの人には今のがOKテイクだからねって言って僕は帰ります。

だって、ボーカルの最終的なテイクを選ぶのは、それこそプロデューサーの権限ですから。逆に言うとそれは僕の責任だし。そもそも声に魅力があるアーティストと一緒に仕事をしているんだから、とっくに力量もわかっている。しかも、そのアーティストとレコーディングに入るまでに、さんざん会話を重ねているから、もう仕上がりはわかってるんですよ。

――緊張感のある現場ですね。

体調が悪いとか、スタジオに入ったら全然声が出てないから今日はやめようということはもちろんありましたよ。でも、そうじゃなくてファーストテイクで決められないなら「もうこの仕事やめたら」って言ってきましたから。

ファーストテイクで終わらせるなんですごいって言う同業者もいましたけど、逆に長い時間かけてお互い向き合って歌詞を完成させ、レコーディングの準備も万端に整え、張り詰めた空気のなかで歌ったものにNGを出すポイントってどこなの? って思いますよね。

だから僕はファーストテイクを徹底したわけじゃなくて、そこに至る過程を徹底したんです。デートと一緒ですよ。時間を約束して、何度も会って、たくさん会話も楽しんで、たまには喧嘩もして、レストランで食事をして、最高の雰囲気を作り上げる。そこまでやって、「もう1回あそこはやり直してもらえる」なんてないですよ(笑)。

――それはわかりやすい例えですね(笑)。

石崎ひゅーいなんかは、事前に僕がファーストテイクしか使わないって情報を得ているから、前の日に家で何度も練習してきたらしいけどね(笑)。でも、彼が言ってくれたことでうれしいことがあったんです。「尾崎豊さんの『Forget-me-not』が大好きなんですが、あんなに音程がフラットで、あんなに感情をさらけ出して歌っているのに、よくあのテイクでOKを出しましたね」って。

それはそうでしょう。その日までに録らないと発売できないというギリギリの状況で、「まだ詞が書けてない」と言ってスタジオを飛び出し、スタッフ全員が一晩中待っているなか、朝になってやっと帰ってきた尾崎さんの歌声が、どんなにかすれていようが、どんなにブレスを失敗しようが、そのテイクを使わないわけはないんですよ。

言葉が聞き取りにくいっていうのは駄目なんだけど、それ以外のことが、もう、全てその声に込められているならば、それで全然良いんです。ただ、尾崎さんの場合は、彼自身にレコーディングのノウハウが本当になかったから、ファーストテイクが当たり前だとずっと思い込んでいましたね(笑)。

後編につづく

文・取材:安川達也
撮影:干川 修

関連サイト

尾崎豊 ソニーミュージックオフィシャルサイト
https://www.sonymusic.co.jp/artist/YutakaOzaki/(新しいタブを開く)
 
須藤晃 オフィシャルサイト
https://www.karinto.co.jp/(新しいタブを開く)

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