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The Band ~始まりの場所~

リアクション ザ ブッタ:ホーム「西川口Live House Hearts」への想い――結成17年目で初メジャーリリースしたバンドの歴史を辿る①

2024.11.15

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今年5月に、結成17年目にして初のメジャーリリースを果たし、最新曲「Inside you」がドラマ主題歌に起用されるなど注目を集める3ピースロックバンド・リアクション ザ ブッタ。

今回は、そんな彼らの活動の原点でありホームグラウンドである、埼玉県川口市のライブハウス「西川口Live House Hearts」(以下、西川口Hearts)にスポットを当て、“始まりの場所”のエピソードや思い出を、バンドのヒストリーとともに聞いた。

リアクション ザ ブッタ アーティスト写真

リアクション ザ ブッタ  Reaction The Buttha

(写真左から)木田健太郎(Gt.&Cho.)、佐々木直人(Ba.&Vo.)、大野宏二朗(Dr.)からなる埼玉県発の3ピースバンド。2007年に結成。TikTokを中心に楽曲「ドラマのあとで」が話題となりSpotifyのバイラルチャートに連日チャートインし、最高位7位までランクアップ。2024年5月29日、SACRA MUSICより初のメジャーアルバム『REACTION THE BEST』をリリースした。

記事の後編はこちら:リアクション ザ ブッタ:ホーム「西川口Live House Hearts」への想い――結成17年目で初メジャーリリースしたバンドの歴史を辿る➁

リアクション ザ ブッタの原点は埼玉のライブハウス「西川口Hearts」

――リアクション ザ ブッタは、もともと小学校の同級生だった佐々木さんと木田さんが中心となり、高校生時代の2007年に結成。その後、インディーズ活動を始め、前ドラマーの脱退を経て、大野さんが2016年に正式加入し現在に至ります。そんな皆さんの“始まりの場所”となったライブハウスが、埼玉県の「西川口Hearts」だったそうですね。

佐々木:はい。僕や木田の地元に近いライブハウスなんです。バンドを結成して2008年に初ライブをやったのが「西川口Hearts」なので、まさにホームですよね。

――最初のステージのことは覚えていますか?

佐々木:よく覚えてます。最初のライブは「西川口Hearts」の主催ではなくて、イベンターさんが高校生バンドを集めたイベントライブ的なもので。当時、僕らのオリジナル曲は2曲だけだったので、あとはTRICERATOPSのコピーを2曲、全部で4曲やらせてもらいました。

僕らは、結成したときからオーディションやコンテストにオリジナル曲で出られるバンドでいたかったので、初ライブからオリジナル曲を披露できたのは、ちょっとした自信になりました。実際は、緊張しまくりでしたけど(苦笑)。

微笑みながら話す佐々木直人

木田:僕も覚えてます。出番まで「西川口Hearts」近くの公園で、歌とコーラスの練習をずっとしてたよね。ライブハウスに戻ってからも、楽屋でギターとベースを持ってステージに上がる直前まで練習してたんですけど、やっぱり本番は上手くいかなくて。音が外れちゃったり、演奏をミスったり、今思い出すと本当に初々しいライブでした。

グレーのシャツを着た木田健太郎

――友達は観に来てくれましたか?

佐々木:めっちゃ来てくれましたね。確かチケット代も500円とかだったので。

木田:僕らの友達だけでも、50人くらいはいたと思います。いろんな人に声をかけて来てもらいました。

佐々木:そこから、今もことあるごとに「西川口Hearts」でワンマンをやらせてもらっています。

――思い出が詰まったライブハウスですね。

佐々木:はい。オリジナル曲のデモ音源も、1stデモCD「How about you?」(2009年)のときは兄貴から機材を借りて録ったんですけど、2010年に1stミニアルバム「MORATORIUM」を出すときは、店長さんが「西川口Hearts」で録音させてくれたんです。

これからバンドをどうしていったらいいかとか、技術面だけじゃなく、音楽で飯を食うには? みたいなことも、朝まで相談もさせてもらったし(笑)、「西川口Hearts」は僕らの切磋琢磨の場所でしたね。

木田:僕もライブハウスの人と初めてがっつり話をさせてもらったのが「西川口Hearts」だったので、逆にそこ以外を知らないというか。“ライブハウスとはこういうもの!”の教科書でしたし、めちゃめちゃ育ててもらいました。

「MORATORIUM」のレコーディングも、ドラムの音をステージのうえで録るためには音が反響しないように毛布を使うとか、マイクスタンドはこう立てて、こんなふうに録音するんだ、みたいなことも教わりましたし……そもそもドラムを録るときには、クリックを聞きながらリズムを合わせないとあとが大変だとか(苦笑)。

佐々木:そう、僕ら何にも知らなかったから(笑)。

木田:ギターひとりしかいなくても、2本分の音を重ねてもいいんだ! とかね(笑)。

大野:実際にやらないと気づかないよね(笑)。

木田:本当にそう。レコーディングの初歩も「西川口Hearts」で学びました。

ライブハウス・西川口Hearts前で撮影した写真

――あとから加入した大野さんにとっての「西川口Hearts」はどんな場所ですか?

大野:今もリアクション ザ ブッタとして、とてもお世話になっていますが、僕が「西川口Hearts」に初めて行ったのは、もう10年以上前になるのかな。当時は別のバンドをやっていたんですけど……「西川口Hearts」と言えば、まず“カレー”ですね!

黒いキャップを被った大野宏二朗

佐々木:“ハーツカレー”ね!(笑)「西川口Hearts」はフードやドリンクもいろいろあるんですが、特に美味しくて有名なのがハーツカレーなんです。

木田:昔、イタリアに料理修業に行った方が働いていて、そのレシピが今も伝わっているから美味しいみたいです。

大野:僕もイベントライブに出たときにスタッフさんに勧められて食べたんですけど、確か“カレー出演者割”みたいなものもあった気がします。

ハーツカレーの画像

支えになった言葉――バンドを育ててくれた「西川口Hearts」

――いきなりオススメフードの話になりましたが、リアクション ザ ブッタとしての思い出はありますか?(笑)

佐々木:そっちをぜひ(笑)。

大野:あ、そっか(笑)。メンバーになって「西川口Hearts」に最初に出させてもらったときに思ったのは、「なんでみんな、こんなに手厚くしてくれるんだろう?」でした。スタッフの皆さんがみんな友達になろうとしてくださるんです。

木田:そうなんですよね。佐々木も言ってましたけど、ライブが終わっても朝まで一緒に話し合いにつき合ってくれたり、ライブハウスに直接関係ないことでも相談に乗ってくれたり。バンドを一緒に育てようとしてくれているのがすごく伝わってくるんです。

バツ印のライティングで撮影された木田健太郎

――地元の仲間感がありますね。

佐々木:そうですね。スタッフさんだけじゃなく、「西川口Hearts」にリアクション ザ ブッタを観に来てくれるお客さんも、僕らが10代のころから10数年間、通ってきてくれてる方もいますから。

木田:そういう方々と出会えた「西川口Hearts」は、僕らが“安心できる場所”であり、みんなに“成長した姿を見せたい場所”だと言えますね。

――スタッフさんからかけてもらった言葉や印象的なできごとも多いでしょうね。

佐々木:特に木田はありますよ。アレだよね。

木田:うん。10年くらい前、大学生のころですね。卒業後の進路を考えたときに“自分には才能がないんじゃないか?”と悩んで、気持ちが落ちちゃったタイミングがあって。そのときに、「西川口Hearts」のスタッフさんから「木田は天才だと思う」って言ってもらえたんです。決して天才ではないんですけど(苦笑)、バンドを続けていけば、花が開く可能性はあると思えたし、その言葉にとても支えられました。

大野:僕はスタッフの方がよく言ってた「(佐々木)直人いいわぁ……」ですね(笑)。

佐々木:それが最初に出てくるの?(笑)

大野:いや、なんかこう、すごく直人くんのことを信頼してくれているから出てくる言葉だと思うんですよ。その信頼感がいいなぁと思って。

佐々木:確かに……以前スタッフさんとのミーティング中に、「なんで僕らにそこまでしてくれるんですか?」って聞いたことがあるんです。そしたら「リアクション ザ ブッタはすごく特別で、絶対これからも進んでいくバンドだから力になりたいんだ」って言ってくれて。それがすごい支えになったんです。「西川口Hearts」でやってなかったら、ここまでバンドを続けてこられなかったかもしれないです。

バツ印のライティングで撮影された佐々木直人

“人も含めてライブハウス”だと感じた始まりの場所

――今、木田さんから、バンドを辞めようと思った時期があったというお話がありましたが、バンドとして解散の危機を迎えそうになったことはありますか?

佐々木:それこそ木田と同じ悩みは、僕にもありましたけど……解散まではなかったですかね。

木田:うん、そうだよね。大学卒業の時期もそうだし、何回かはこのまま続けていいのか? みたいな悩みはありました。でも、直接メンバーにその悩みを言うまではいかないというか。一番大変だったのは、前のドラマーが辞めたときですね。でもそれも一瞬で、(自分と佐々木を指さし)ここふたりは続けるよね! となりましたし。そしてすぐに宏二朗といういいドラマーに出会えて良かったです。

佐々木:そう。バンドがずっといいかたちで続いている現状があるから、結果的に僕はバンドを辞めようと思ったことはなかったんだと思うんです。悩んだりしたことはあったとしても、なんとかなる! という気持ちが、ずっとある。「西川口Hearts」の皆さんのように、人との出会いもそうだし、いろいろなオーディションと出会えて結果を出せたことも大きかったですね。

――そして大野さんがサポートドラマーとしてバンドに合流したのは、正式加入前年の2015年。来年で10年になりますが、バンド結成が2007年なので、17年間の歴史の半分以上をともに過ごしていますよね。3人でのチームワークを大野さんはどう感じていますか?

大野:僕は、このふたりを、羨望の眼差しで見てるところがあって。自分が持ってないものをたくさん持っていて、いいなって思うんです。だからすごく居心地がいい。それが、リアクション ザ ブッタをふたりと一緒に続けたい理由だと思います。

バツ印のライティングの中で撮影された大野宏二朗

佐々木:珍しい……!

木田:普段、宏二朗ってそういうこと言わないから、なんかうれしいですね。

大野:あっ! そういえば、「西川口Hearts」の人からもらった忘れられない言葉、ありました! 「直人いいわぁ……」よりすごいヤツが!

佐々木:良かった。ぜひ教えてほしい(笑)。

大野:今の事務所に所属する前に、事務所所属を考えるタイミングがあったときのことなんです。僕ら3人としては、「西川口Hearts」でお世話になっていた方にリアクション ザ ブッタのスタッフとして一緒に来てもらえないかな? と声をかけさせてもらったことがあるんですね。結果、その話は断られたんですけど……そのときに言ってもらった言葉は、ずっと記憶に残っています。

――どんな言葉だったんですか?

大野:「俺は、ライブハウスで待ってる人でありたい」と。すごくわかるなって思いました。バンドがツアーを回るときって……ライブハウスをただの会場と思ってるんじゃなくて、そこにいるスタッフさんや集まってくれる人に会いに行く場所だと思っているんですよ。たぶん、ほかのバンドもそう思っているから「西川口Hearts」にライブをしに来る。そういう単語があるかはわからないけど、それが“ライブハウスマン”なんだなと。ライブハウスって場所だけを指すんじゃなく、人も含めてライブハウスなんだと思います。

柱に挟まってそれぞれポーズをとるリアクション ザ ブッタ

「Live House Hearts」

「Live House Hearts」外観写真

写真提供:「Live House Hearts」

1999年5月より埼玉県さいたま市大宮にオープン。2007年5月に西川口に移転。天井高4mの大空間のホールとラウンジを併設。プロ、アマ、ジャンル問わず幅広いアーティストが出演中。JR京浜東北線東口より徒歩5分。

後編では、TikTokでバズを起こした楽曲「ドラマのあとで」の裏側やメジャーデビューの経緯、今後の野望を聞いた。

後編へ続く

文・取材:阿部美香
撮影:干川 修

リリース情報

    「Inside you」ジャケット写真
     

  • 「Inside you」
  • 発売日:11月3日(日)
  • 配信・再生はこちら(新しいタブを開く)

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