再始動前のオアシスについて知っておきたい9のこと
2025.10.02


ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル(以下、SMJI)でチープ・トリックを担当する白木哲也が、チープ・トリックについて知っておきたい13のことを解説。
後編では、1990年代以降の活動と9月29日にグランキューブ大阪、10月1日に日本武道館で開催する、最後の日本ツアーに向けて知っておきたいことをチェックする。
目次

白木哲也
Shiroki Tetsuya
ソニー・ミュージックレーベルズ
記事の前編はこちら:チープ・トリックについて知っておきたい13のこと①
――白木さんが初めてチープ・トリックに関わったのはいつですか。
昔のSMJIは、ソニーミュージックとEPICにレーベルが分かれていて、チープ・トリックはEPIC側、僕はソニーミュージック側だったので、長らく担当ではありませんでした。
ただ、僕が就職したばかりのとき、大阪営業所で営業担当をしていたんですが、1989年にできた大阪のFM802というラジオ局に、チープ・トリックが出演したことがありました。チープ・トリックがまる一日いろんな番組に出て、FM802をジャックするみたいな企画だったんです。
僕は当時、担当ではありませんでしたが、やっぱり昔からの憧れがある。そこでEPICでFM802の担当をしている人に、“何でもやりますから現場につかせてください”ってお願いしたんです。そうやって僕は、一日中チープ・トリックのそばにいて、お茶を出したり、お菓子を用意したりといったことをやらせてもらいました(笑)。
――メンバーはどんな印象でしたか?
めっちゃくちゃいい人たちでしたよ。みんな周りに気を使う感じで紳士的でした。バーニー(バン・E・カルロス)だけはあんまりでしたけど(笑)。
そのころの僕の海外アーティストとの接点と言えば、営業スタッフのひとりとしてライブに行って、バックステージですれ違うときに「おつかれさまでした」って挨拶するぐらいでした。なので、僕が初めて洋楽のアーティストまわりの宣伝の仕事を垣間見させてもらったのが、チープ・トリックだったんです。
あのときのことはすごく覚えています。最後の最後にメンバーが帰る寸前に“できれば、一枚だけ写真を撮らせてもらえますか?”ってお願いしました。海外アーティストではありがちな、仕事面でもトラブルも何もなかったし、とても気持ちのいい人たちでしたね。
――白木さんがチープ・トリックの担当ディレクターになってからの話も聞かせてください。
自分が担当したのは、2008年の『チープ・トリック at 武道館』発売30周年のときです。その前からカタログの担当はしてたんですが、どっぷりと携わったのはそこですね。
そのときはコンサートプロモーターにすごく頑張ってくれる方がいらっしゃって、公演に先駆けてプロモーションでの来日もあったり、実際の公演の前日には、今で言うファンミーティングみたいな前夜祭イベントを、ソニー・ミュージックエンタテインメントの六番町ビルのなかでやったりしました。メンバー全員が来てアンプラグドライブをやってくれて。取材の方も含めて、ファンの皆さんと一緒に同窓会って感じでした。本当に素敵な人たちだなと改めて思いましたね。武道館公演自体も、すごくいい内容でした。
――チープ・トリックはチャートアクションこそあまりなかったものの、ライブバンドとして現在に至るまでずっと支持されて続けています。1990年代にグランジ、オルタナ勢が出てきたころにも再評価されました。フー・ファイターズ、スマッシング・パンプキンズ、ウィーザーといったバンドが、チープ・トリックからの影響を公言したりもしています。
まさにオルタナ系のバンドのなかに、チープ・トリックが好きな人って結構いましたね。その辺りから“パワーポップの元祖”みたいに言われるようになったわけです。
やっぱり1970年代の終わりに、チープ・トリックのようなバンドっていなかったと思いますし、イギリスではなくアメリカのバンドっていうのも珍しかったと思います。小さいころに彼らに衝撃を受けた人たちがバンドをやって、成功し始めたのが1990年代の半ばぐらいで、それで世代の離れたバンドからリスペクトの声が上がるようになったのだと思います。
――2000年代以降から現在の話になると、新作を出し、ライブをやり続けながらも、メンバーにちょっとした変動がありました。
2010年にドラムのバーニーが体調面の理由でツアーから離脱して、サポートメンバーとしてリックの息子のダックス・ニールセンが入りました。とは言えバーニーは、今でもチープ・トリックの一員ではあるんですよ。2016年にロックの殿堂入りしたときは、久々に一緒の演奏も見せていました。
そういったこともありつつ、ダックスに続き、ロビンの息子のロビン・テイラー・ザンダーまでサポートのギターとして入ることもありますから。今のチープ・トリックは、親父たちを息子たちが支えるっていう、すごく理想的な親子バンドになっているんです。
――1980年発売のジョン・レノンとオノ・ヨーコのアルバム『ダブル・ファンタジー』に、チープ・トリックのメンバーが参加したというエピソードが残っています。
そうなんですよ。当時は知られていなくて、あとから表に出てきた話でした。ジャック・ダグラスというプロデューサーがいて、彼はチープ・トリックのファーストアルバムを手がけた人物ですが、『ダブル・ファンタジー』もプロデュースしていました。そこでロックな音がほしくて、チープ・トリックのメンバーを呼んだそうです。
ただ、リックとバーニーは確実に参加してるんですが、ほかのメンバーが参加したかはちょっとわからないですね。でも、彼らにとってジョンは憧れの存在ですし、相当うれしかったと思いますよ。結局、『ダブル・ファンタジー』に彼らの演奏は収録されなかったんですが、今はオフィシャルでチープ・トリックが演奏したバージョンの「アイム・ルージング・ユー」が聴けます。
これが結構ハードでかっこいいんですよ。ただ、アルバム全体の雰囲気に合わなくて、ボツになっちゃったのかなって気はしますね。悔しさもあると思いますが、ジョンとセッションしてレコーディングできたってこと自体が、たぶん彼らの誇りになっていると思います。
John Lennon - I'm Losing You - with Cheap Trick
――チープ・トリックはフェアウェル・ツアーと銘打ち7年ぶりの日本公演を行ないます。9月29日はグランキューブ大阪、そして10月1日には日本武道館での公演が予定されています。
彼らはいまだにライブをガンガンやってるんです。ロビンも歌えてるし、サウンドも相変わらず激しい。ただ、トムやリックが病気になったこともありました。ベテランアーティストに共通する話ですが、やっぱり以前と同じスタイルで海外ツアーを続けるってすごく大変なことだと思うんです。残念ではありますが、でもちゃんと「最後」って言ってくれたことがうれしいですね。そう言われると、やっぱり見ておかなきゃなって思うじゃないですか。
昔から知ってる人たちにとっては、チープ・トリックのライブが自分の若かりし時代を思い返すチャンスだったりするんですよ。それは『チープ・トリック at 武道館』30周年のときも思いました。武道館が同窓会の会場みたいなんです(笑)。みんな歳をとってますけど、昔と同じようにキャーキャー大騒ぎで。そうなれるのは、彼らがライブをしてくれるからなんですよね。
昔からのファンの方が最後に見ておこうっていうのと、若い世代の方がレジェンドを生で見てみたいっていうのもあるようですが、この機会に、ぜひ彼らの勇姿を目に焼きつけてほしいなと思います。
――青春時代に好きだったバンドを、思い出の地で見られるっていうのが素晴らしいですよね。
本当にそうなんですよ。最初の来日を武道館でやって、最後の来日を武道館で締めるってことができるアーティストはなかなかいないですよ。最初にチープ・トリックを好きになったのは日本のファンだってことを、彼らもわかっているわけです。だから今回の武道館も、恩返しみたいな気持ちはきっとどこかにあると思います。
そういう心意気みたいなものを感じられるバンドなんですよね、チープ・トリックって。成功すると変わっちゃう人っていっぱいいますけど、チープ・トリックはそうじゃない。日本に来ると、歴代の担当ディレクターやスタッフたちにもフレンドリーに挨拶して、昔を忘れてないんです。それは、日本のファンに対しても同じ気持ちだと思いますよ。
――昔の恩を忘れない律儀な人たちであると。
彼らも成功はつかんだけど地獄も味わって、そこから這い上がってきているので。一度落ちてそのまま消えていくバンドもいますし、もっと地獄になっていくバンドもいます。そういう意味では、チープ・トリックはビッグヒットはなくても、ある程度のところをずっと長年保ってる。それは、いろんなことをわきまえた人たちだからこそなのかなって思ったりしますね。
――今回のフェアウェル・ツアーに合わせて、最後の来日記念盤『ライヴ1979』という作品もリリースされます。
2022年にも『ライヴ1977』というアルバムを僕が担当で出したんですが、それは海外でレコード・ストア・デイ向けにアナログ盤で出されたものを、日本で世界初CD化したものでした。この作品は、デビュー45周年の来日公演に合わせて企画したものだったんですが、来日自体はリックの病気で中止になってしまったんですね。
今回の来日記念盤『ライヴ1979』は、時代背景的には『チープ・トリックat武道館』『ドリーム・ポリス』が出たあとの最高潮の時期のライブ音源です。しかも1979年の大晦日という、1970年代から1980年代へ時代が変わる瞬間を捉えたライブっていうのも貴重だなと。これもレコード・ストア・デイ向けにアナログ盤で出されたものを、今回の来日記念盤としてCDで出せることになりました。
これで、デビュー時期の『ライヴ1977』、ブレイクのきっかけの『チープ・トリック at 武道館』、絶好調期の『ライヴ1979』と、1年ごとにライブ盤がつながる形になりました。
――ライブのチープ・トリックはガレージバンドと言ってもいいくらいのパワーですよね。
1977年と1979年のライブもそうなんですけど、すごく荒々しくて、ポップでキュートみたいな感じがまったくないですね。どちらも彼らの素の魅力がわかる、とてもいいライブ盤だと思います。
――最後に、これからチープ・トリックを聴いてみたいという人におすすめの作品を挙げてください。
作品でいうと『グレイテスト・ヒッツ -ジャパニーズ・シングル・コレクション-』という、EPIC在籍時に日本でリリースされたシングルとミュージックビデオが全部入っているベスト盤(CDとDVDのセット)がありまして。なぜ日本人がチープ・トリックを好きになったのかを、時代順に感じられる内容になっていると思います。
もしこれからチープ・トリックを聴くという人がいたら、絶対にこの作品から入るべきだと思いますね。特に映像を見てほしいです。アイドル的な人気からスタートしたチープ・トリックが、どういう変遷を辿っていったかが映像で確認できて面白いです。
――白木さん目線で、チープ・トリックの鉄板曲を3曲挙げるとすると?
難しいですけど、2曲は間違いなく「甘い罠」と「サレンダー」でしょうね。「甘い罠」のスタジオバージョンはほのぼのとした雰囲気ですが、やっぱり『チープ・トリック at 武道館』のバージョンが最高だと思います。日本の女の子たちの歓声とかけ合いが入った、当時のチープ・トリックを一番表わしている曲ですね。「サレンダー」は日本のファンの心を完全につかんだ大ヒット曲です。
Cheap Trick - I Want You to Want Me (from Budokan!)
Cheap Trick - Surrender (from Budokan!)
あと1曲……悩みますね。「今夜は帰さない」という曲も素晴らしいんですが、鉄板3曲ということだったら「ドリーム・ポリス」ですかね。
当時の思い出話ですが『ぎんざNOW!』というテレビ番組で毎回「ドリーム・ポリス」がかかってたんですが、全然アルバムが出なかったんです。それは『チープ・トリック at 武道館』がアメリカで売れたおかげで、次のアルバムの発売が延期になってしまったからだそうで。半年以上リリースが伸びて、すごく待ったなっていう思い出があります。
Cheap Trick - Dream Police (Official Video)
この曲はチープ・トリックの曲のなかでも、ポップでキラキラした爆発感があって、当時の彼らの勢いを感じられると思います。チープ・トリックは聴きやすいし、しっかりロックでもあるので、こうした代表曲をきっかけにオリジナルアルバムを聴いていっても、楽しんでもらえると思います。
記事の前編はこちら:チープ・トリックについて知っておきたい13のこと①
文・取材:土屋恵介
『ライヴ1979』
詳細はこちら
9月29日(月):大阪府・グランキューブ大阪
10月1日(水):東京都・日本武道館
詳細はこちら
日本オフィシャルサイト
https://www.sonymusic.co.jp/artist/CheapTrick/

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