山下達郎『CITY POP UP STORE FOR YOU @ TOWER RECORDS SHIBUYA』は達郎愛あふれる空間【前編】
2023.05.10
音楽を愛し、音楽を育む人々によって脈々と受け継がれ、“文化”として現代にも価値を残す音楽的財産に焦点を当てる連載「音楽カルチャーを紡ぐ」。
今回は、シティポップブームなどで今再び熱い視線を浴びるアルファレコード(以下、アルファ)からアルバムをリリースしてきた作曲家、日向敏文のインタビューをお届けする。
1985年にアルファからデビュー。当時としては異色だったインストゥルメンタルミュージックのアルバムをリリースするいっぽうで、『東京ラブストーリー』『愛という名のもとに』『ひとつ屋根の下』といったドラマのサウンドトラック盤でも大ヒットを記録した日向敏文。
高い作家性と、トレンドの波に乗る時代性の両立を可能にしたアルファでの音楽制作について、当時を振り返ってもらった。
日向敏文
Hinata Toshifumi
クラシックをベースとしたインストゥルメンタルミュージックを代表する作曲家。特にテレビドラマ『東京ラブストーリー』『愛という名のもとに』『ひとつ屋根の下』のサウンドトラックを手掛けたことで広く知られ、1997年Le Coupleに提供した「ひだまりの詩」は180万枚の大ヒットを記録した。現在もドキュメンタリー番組などの音楽制作を多数手掛けている。2022年7月には13年ぶりとなるオリジナルアルバム『ANGELS IN DYSTOPIA Nocturnes & Preludes』をアルファミュージックからリリース。
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1977年に設立されたアルファは、YMOに代表されるテクノポップや、シティポップ、フュージョン、ロックまで、日本のポップスシーンに燦然と輝く数々の音楽を送り出してきた名門レーベルである。1985年、日向敏文は同レーベルからリリースされたアルバム『サラの犯罪』でソロアーティストとしてデビューした。
「YMOにしても、立花ハジメさんやゲルニカ、佐藤博さんにしても、僕が所属する前のアルファというのは、各アーティストごとに明確なカラー、ジャンル分けがあったような気がするんですよね。弟の(日向)大介が当時、Interiorsとして細野(晴臣)さんと一緒に仕事をしていたから、その雰囲気も聞いてはいました。そんななかで、初めは僕の音楽は居場所がないんじゃないかと思って、レーベルスタッフの期待に沿った作品を作れるものだろうかと悩んだりもしましたね。
アルファに迎え入れられたきっかけは、CMソングの仕事でした。アメリカから日本に戻ってきて、セッションミュージシャンとして活動していたとき、割と大きめな仕事としてその案件を受けたんです。そうしたら、それを発展させてアルバムを作ろうじゃないかと、アルファのディレクターから声を掛けてもらい、『サラの犯罪』の制作がスタートしました。今思い出しても相当好き勝手にやらせてもらって、アルファ以外の会社からはリリースさせてもらえなかったと思いますね(笑)。そういう意味でも、とても感謝しています」
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1969年に、作曲家だった村井邦彦が音楽出版社、アルファミュージックを設立したのち、海外進出を目的に1977年に立ち上げた音楽レーベル。YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)、荒井由実(現・松任谷由実)、カシオペア、ティン・パン・アレーなどが所属し、不世出のアーティストや唯一無二の楽曲を数多く世に送り出した。2019年より、ソニーミュージックグループ内の音楽出版会社であるソニー・ミュージックパブリッシングが、アルファミュージックを子会社として迎えることになり、音楽著作権の管理や原盤の販売に加えて、新譜の制作、発売やレーベルのYouTube公式チャンネルを公開するなど、新たな取り組みを展開している。
音楽レーベルとして独自のスタイルと個性を確立していたアルファ。そのなかでもひときわ高い作家性を感じさせるのが、日向敏文の初期作品だった。
「正直、周りの空気を読んでいなかったところはありますよね(笑)。今となっては理解し難いかもしれませんが、『Reflections』※にしても、ピアノとヴァイオリンだけで曲を作るなんていうことは、当時のポップス界では考えられなかったんですよ。マイナーキーの曲すらNGだったぐらいですから。
スタジオ仕事で仲間の音楽家に会うと、『どうしてお前だけそんなに好き放題オリジナルアルバムが作れるんだ』と訝しがられました。しかも、当時はニューエイジミュージックが全盛で、スピリチュアルな路線か、ピアノ作品ならウィンダム・ヒル的なものばかりが求められていましたから。
のちに、そのころアルファでスタジオエンジニアをしていた方と話をする機会があったんですが、僕が作っていた音楽をどんなふうに捉えれば良いか、実のところまったく理解してなかったと告白されこともあります。そう考えると、マーケティング担当の人たちもさぞかし僕が作る音楽をプロモーションしづらかったでしょうね……(笑)」
※「Reflections」は、日向敏文が36年前に発表。現在、バイラルヒットによって全世界でストリーミング再生が5,000万回を突破しており、日向敏文の音楽が若者世代からも注目されるきっかけとなった楽曲。
Lisa Gray - Reflections | My Favorite ALFA: Play
現在でこそ、1980年代に日向敏文がアルファに残した諸作はエバーグリーンな傑作として高く評価されているが、本人としては当時の思い出から長く“封印”していたのだという。
「あのころはネガティブな思い出もあって……。昨今、若い世代の人たちが評価してくれていると知っても、最初は素直に喜べなかったんですよね。当時は音楽雑誌などで評論家の方々に結構ダメだしをされることも多くて。それがズッシリ堪えることもありました。『こんな時代錯誤のような音楽はダメだ』とかね。世の中に反抗するのが風潮とされたニューウェイブの時代に、同じく自分なりの音楽で反抗してたんですが、まあしょうがないですけど。そういうことがつづいて、個人的には過去の作品に蓋をしちゃったんです」
確かに、当時の音楽の潮流や常識に捉われていると、日向敏文の繊細で美麗な音楽が耳に入ってこないのも頷ける。しかし、今ではそういった過去の“常識”とは無関係に、むしろ現代的感覚に寄り添う音楽として、彼の音楽が世界中で注目を浴びているのだ。
日向敏文は、アルファからデビューして独自の音楽制作に取り組みながら、ドラマのサウンドトラックを手掛ける作曲家としてもブレイクを果たすことになる。これらの作品も、時代がひと回り以上した現在だからこそ、じっくりと味わってみたいものばかりだ。この時期の代表作としてまず挙がるのが、テレビドラマ『東京ラブストーリー』のオリジナルサウンドトラック盤(1991年)だろう。本作は当時、ドラマのサウンドトラック盤としては異例の30万枚を超える大ヒットを記録した。
「きっかけは本当にたまたまだったんです。それまでドラマのサウンドトラックなんてやったことがなかったから、面白そうだし軽い気持ちで受けてみようと。そうしたら、短期間でどんどん納品する目まぐるしいサイクルで制作が進行するから、とにかく忙しかったですね。
それで、『東京ラブストーリー』の2話目の作業をしているとき、ドラマで音楽を使ってもらうだけだとビジネスとして大きくならないから、CDを出そうという話になったんです。しかし、その時点で20数分しかトータルの尺がなくて、これをアルバムと同じ値段で出すのは会社としてできないという話になって、マスタリングの日に駆け込みでピアノバージョンを追加録音しました。すべてがバタバタでしたけど、結果的にそれがあれだけのヒットを記録したのだから不思議ですよね。
それまでは、ドラマ関連のCDと言えば、主題歌がシングルとしてリリースされるのが主でしたが、このヒットをきっかけにドラマのサウンドトラック盤の発売がブームになりました。僕自身にも次から次へと依頼があって、それから6年ぐらいはかかりっきりになっていましたね」
これらの作品を聴き直すと、フュージョン調の曲が散見されたり、それまでの日向敏文の音楽性からするとやや意外に思われるものもある。しかし、“時代の空気感のパッケージ”という意味では優れた楽曲ばかりで、昨今ではDJ的な視点で再評価する声も多く挙がっている。
「番組のディレクターやプロデューサーがイメージを伝えるために持ってくる音源があるんですけど、きっちりそれに寄せないとOKが出ないんですよ。まあ、ドラマがあっての音楽なので、イメージがズレたら困るのは当たり前の話なんですが(笑)。だから、こういう仕事も、作曲家としてはチャレンジだと思って楽しんでやっていました。ただ、今度は自分のオリジナルアルバムを聴いてくれてた人から酷評されることがありましたね。方向性がまったく違うので、その気持ちもわかるんですが……」
しかしながら、こうした日向敏文のクライアントワークで聴ける的確な音作りに触れると、改めて彼の音楽語彙の豊富さに驚かされる。
「やっぱりデビュー前にアメリカで積んだ演奏修行の経験が大きいと思いますね。向こうのミュージシャンはセミプロだとしても、ビルボードチャートに入る曲ならみんなひと通り演奏できちゃうんですね。すべて耳でコピーして弾けるし、その適応力といったら本当にすごいですよ。僕もそういう環境でプレイしなきゃならなかったのですが、結果的にはのちのサウンドトラックの仕事ですごく役立っていると思います」
1980年代から1990年代にかけて、日向敏文は、自らの作家性と個性を守り抜きながら時代の流れにも対応し、類まれな作品、仕事を多く残してきた。それはまさしく、当時のアルファに流れていたであろう自由で柔軟な空気があってこそ実現できたことのはずだ。日向敏文の創造性と、それをバックアップしたアルファというレーベルのつながりは、ひとつの優れたモデルケースとして、今もなお現在の音楽ビジネスや音楽シーンにとってさまざまな意義を訴えかけている。
文・取材:柴崎祐二
『ANGELS IN DYSTOPIA Nocturnes & Preludes』
日向敏文
発売中
価格:3,300円
【収録内容】
01.Fields of Flowers
02.Angels in Dystopia
03.Prelude in G minor
04.Little Rascal on a Time Machine
05.Phantom of Hope
06.So Near and Dear
07.Remembrance of Snow
08.Neverland
09.Lost in the Tide
10.Marigold
11.Sanctum
12.Nocturne in G minor
13.Sylvia and Company
14.Sea of Galaxies
15.Reflections (Piano Version)
16.Rhapsody in G minor
17.Books and a Fireplace
18.Nocturne in E flat major
19.Two Menuets (Piano Version)
20.Maurice at the Beach
21.Garden of Winter Rose
22.Thunder Sky
23.Marigold (Epilogue)
24.Moonlight and a Shadow
日向敏文公式サイト
https://toshifumihinata.com/jp/
 
アルファミュージック公式サイト
https://alfamusic.co.jp
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