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連載Cocotame Series

Kids Lab.

藤倉大が監修する『エル・システマ作曲教室』が掲げる理念――子どもたちの作曲に大人のヘルプはいらない【前編】

2023.12.13

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“子どものためになるエンタメ探し”をテーマに、ソニーミュージックグループが携わるエデュケーション×エンタテインメントを紹介する連載企画「Kids Lab.」。

今回は、世界的作曲家・藤倉大が長年取り組んでいる『エル・システマ作曲教室』をフィーチャー。藤倉大は、現代のクラシック音楽界において最も注目される作曲家のひとり。ロンドン在住で、世界中のオーケストラや演奏家から作曲の依頼が絶えない彼が、日本の子どもたちに向けて開催しているのが『エル・システマ作曲教室』である。

「子どもの作曲に、大人たちのヘルプはいらない」と語る藤倉大。一般的な“作曲教室”のイメージとはまるで違う、自由で個性的な教室はどのように生まれているのか――。立ち上げの経緯から、子どもたちへの思い、クリエイティブとは何か? までたっぷり語ってもらった。

前編では、『エル・システマ作曲教室』の始まり、教室での子どもたちの様子、講師を務める演奏家とのやり取りなどについて話を聞いた。

  • 藤倉 大プロフィール画像

    藤倉 大

    Fujikura Dai

    作曲家。大阪生まれ。15歳で単身渡英し、現在もロンドン在住。これまでに数々の作曲賞を受賞、国際的な委嘱を手がける。ソニー・ミュージックジャパンインターナショナルから11枚のアルバムをリリースしている。

『エル・システマ作曲教室』とは?

『エル・システマ作曲教室』ロゴ画像

『エル・システマ』とは、ベネズエラで1975年にスタートした音楽教育プログラム。経済状況や個々の特性に関係なく、希望する子どもなら誰でも無償でオーケストラやコーラスに参加できる環境を整え、継続的に質の高い指導を行なう活動で、現在は世界70以上の国や地域で展開されている。東日本大震災の翌年の2012年、被災地の子どもたちを支援していくために『エル・システマジャパン』が発足。その活動の一環として、藤倉大による監修のもと、2013年から『エル・システマ作曲教室』が福島県相馬市にてスタート。毎回さまざまな作曲家や演奏家を講師として招き、コミュニケーションを通して子どもたちが自由に作曲する教室が、全国各地で開催されている。

2013年、福島県相馬市でスタート

およそ50年前、南米のベネズエラで生まれた音楽教育プログラム『エル・システマ』。その活動は全世界に及び、日本支部にあたる一般社団法人『エル・システマジャパン』が設立されたのは2012年のこと。藤倉大が作曲教室に関わるまでの経緯は、どのようなものだったのだろうか?

「2011年に指揮者のグスターボ・ドゥダメル※が僕の曲をベネズエラで初演するのを聴きに行ったとき、初めて『エル・システマ』の音楽教育プログラムを体験しました。その後、『エル・システマジャパン』の代表理事を務める菊川穣さんがロンドンにいらして、日本での展開についてお聞かせいただいたとき、作曲教室の話になったんです。

実際に菊川さんから“『エル・システマ』で作曲教室をやりませんか?”とご提案いただいたのは、少し経ってからのことでした。『エル・システマジャパン』の活動に協賛するLVMH モエ ヘネシー・ルイヴィトン・ジャパン株式会社(以下、LVMH)の方からお話をいただいたとのことで。でも、僕自身は講師になりたいという思いはありませんでした。学生時代、アルバイトで子どもに作曲やピアノを教えたことはあったけれど……」

※グスターボ・ドゥダメル
1981年、ベネズエラ生まれの指揮者。『エル・システマ』の音楽教育を受けて育ち、18歳でベネズエラのシモン・ボリバル・ユース・オーケストラの音楽監督に就任。その後、世界の名門オーケストラを指揮して活躍している。

『エル・システマ作曲教室』フライヤー画像

2023年10月14日、群馬県中之条町で開催された作曲教室のチラシ

作曲は地味な作業で、その過程は人に見せるようなものではないと語る藤倉大。作曲教室の提案を受けたときも、率直な意見を述べていた。

「『子どもを作曲教室に連れて行ったら、2時間後には立派な作曲家になれます!』みたいな、華やかなイメージをお持ちなら、ほかの人に頼んだほうが良い。僕はいたって地味な作曲家ですから、とお伝えしたんです。そうしたら、LVMHの方から『地味なほうでお願いします』と返答があって(笑)。

そうやって企業が協賛してくださっているおかげで、『エル・システマ作曲教室』は参加無料なんですね。しかも『1回や1年だけではなく、長くつづけてほしい』と言っていただいて。これって、すごく大きなことなんです」

作曲教室画像1

2017年、福島県相馬市で開催された作曲教室。講師はホルン奏者の福川伸陽
©FESJ/2023/ShintaroWada/

そうして2013年、藤倉大による監修のもと、『エル・システマ作曲教室』の初回が、福島県相馬市で開催された。東日本大震災と原発事故の傷跡が生々しく残る当時、現地の子どもたちは外で遊ぶこともままならない状態だったという。「それでも作曲している間は、想像のなかで自由になれる」と思い、作曲教室に臨んだ彼はカルチャーショックを受けたと語る。

「知り合いの演奏家に来てもらって、子どもたちは演奏家のために自由に五線譜に曲を書く。そして最後は演奏家にその曲を弾いてもらって、子どもたちは自分が書いた曲をその場で聴ける。それでみんながハッピーになれたら良い。僕が考えたのは、ただそれだけでした。

けれど、いざ始まってみると、親御さんたちや音楽の先生といった大人たちが、子どもたちに近寄って手取り足取りアドバイスしようとするんですね。『最初はどうしようか?』『マリンバをここに書いてみたらどうかな?』なんて言っているのを見て、ショックを受けました。子どもたちも真面目で、親や先生に何か言われても反抗しないんです。

ロンドン育ちの僕の娘なんて、画家の友人に『こんな絵を書いてみたらどう?』って言われたとき、『なんで人に言われたものを書かなきゃいけないんだ!』って泣き叫んで大変だったんですけど(笑)。日本の子どもたちが抵抗もなく、言われた通りに作曲しているのを見て、これはちょっと違うなと思ったんですよ」

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作曲はコミュニケーション

そんな子どもたちを大人たちのサポートから解放し、自由に創造力を発揮してもらうため、藤倉大は『エル・システマ作曲教室』にさまざまな仕掛けを施している。例えば、教室には演奏家が講師として招かれ、最初に楽器の奏法について簡単なワークショップをするのだが、ここから普通の作曲教室とは違う。

「僕が仲良くしている演奏家はみんな、想像力豊かでユニークな人ばかりです。彼らにはあらかじめ、通常の楽器の奏法ではなく、あえて“すごく変わった奏法”だけを紹介してほしいと伝えています。そして、その変わった奏法を楽譜にどう書いて表現するのか、僕がホワイトボードに書いて提案しながらアシストしていきます。

さらには、実際に仕事で演奏した、変わった奏法の楽譜を持って来てもらいます。『この間、こんなヘンな奏法の曲をやって大変だったよ』なんて言いながら披露してもらう。『ヴァイオリンを弾きながら天気予報を読む曲があって、これがその楽譜です』みたいな(笑)。そうやってホワイトボードに書き出されるのは、音楽大学や音楽大学院の作曲科も顔負けの特殊奏法だらけになっていきます。

子どもたちは普段、何か変なことをしたり言ったりしたら怒られると思っている。そこに東京やアメリカやヨーロッパから超一流の演奏家たちがやって来て、なんだか突拍子もない、ヘンなことばっかりやるわけですよ。しかも彼らはそれを仕事として、人前で演奏している。そうすると、子どもたちも“なんだ、別に何やったって良いんだ”って気づいてくれるわけです」

作曲教室画像2

©FESJ/2023/ShintaroWada/

作曲についても、藤倉大は特にルールを設けていない。

「『これはしちゃダメ』とか『こういうふうに書いてはいけない』などとは一切言わずに、楽器の変わった奏法だけをデモンストレーションしたあと、『はい、それでは皆さん、作曲してください』と言って始めるんです。

5~6歳の子は放っておいてもものすごいスピードで書きます。このぐらいの年齢の子はみんな天才ですよね。45~60分程度を、楽譜を書く時間にあてているのですが、まだ20分も残ってるのに、早々に書き上げて外へ遊びに出て行っちゃう子もいて。最後に子どもたちの曲を演奏するミニコンサートがあるので、時間になると戻って来ます。

参加している子どもの兄弟が飛び入りで入って来ることもあります。そこが入場無料の強さですよね。誰でもみんな入ってきて、やりたかったらやれば良いし、やりたくなければやらなくても良い」

作曲教室画像3

©FESJ/2023/ShintaroWada/

ただ、そんな藤倉大がひとつだけ禁止していることがある。それは、作曲した子ども自身が自分の作品を演奏する“自作自演”だ。『エル・システマ作曲教室』が大事にしていることは、作曲者と演奏者によるコミュニケーションだからである。

「楽譜を書いて、自分ではない人に弾いてもらう。そうやってコラボレーションすることがポイントなんです。『こんなヘンなことができるよ』『それ良いね、これもやってくれますか?』といったコミュニケーションをしてほしいんですよね。お互いよく知っている作曲家と演奏家同士でやり取りしていても勘違いすることはありますから、コミュニケーションは大切です」

一流演奏家と子ども作曲家との真剣勝負

型にはまらない藤倉大の発想が、教室の雰囲気を作るのだろう。『エル・システマ作曲教室』の子どもたちは、演奏家たちを相手にしても臆することなく、自分の意見を伝えていく。

「子どもたちは、自分の書いた楽譜を演奏家に見せて、その場で弾いてもらいます。『このぐらいの速さでどう?』と演奏家に聞かれると、『ちょっと速いかな』と答えたりする。そうやって、子どもの作曲家と大人の演奏家がやり取りするんですね。

『うーん、言ってもできないと思うんだよね』なんてプロの演奏家に向かって言う子もいます(笑)。そんなときは、『いやいやそう言わずに、ちょっとイメージを聞かせて。トライさせてほしい』と頼み込みます。それで聞き出した意見の通りにトライしたら、『おお、グッド! グッド!』と喜んでもらえたり」

講師として招かれる演奏家たちは、国際的に活躍するプロ中のプロ揃い。そんな彼らが、子どもたちと真剣に向き合い、緊張した面持ちで作曲者である子どもの反応を待つのもこの教室の醍醐味だ。

「あるファゴット奏者が、『ちょっと落ち込んでるんです……』と言うんです。“ファゴットを吹きながら声で歌う”という指示が書かれた曲を渡されて、自分ではうまく演奏できたと思ったけれど、作曲者の子どもに『どうして歌声のほうがファゴットの音より小さいんですか?』と言われてしまったそうで。容赦ないですよね(笑)。

またあるときは、楽譜はすごく熱心に書いているのに、恥ずかしくてひと言も話さない子がいました。その子の楽譜を試奏した演奏家が、たまたまクレッシェンド(だんだん強く)するのを忘れてしまった。そうしたら、既に書いてあるクレッシェンド記号の上から、その子が無言でクレッシェンド記号を上書きしたんですよ。あまりの迫力に演奏家はもう平謝り。『すみませんでした! もう1回やらせてください!』って」

放っておくと、どんどん書き始める

こうした子どもたちと演奏家とのやり取りは、実は藤倉大が日ごろ行なっている作曲のプロセスと何ら変わりない。曲を書いて、演奏してもらって、それを聴いて、“ここはちょっと違うかも?”などと意見を出しながら、どのように自分のイメージを伝えられるか試行錯誤していく。

「小さい子どもたちは特にそうなんですけど、僕も含め大人のヘルプは、何ひとついらないんです。だって、普通に書いちゃうんですよ。面白いのは、長年作曲教室をやっていて、子どもが誰ひとりとして、僕にもまわりの大人にも『どうしたら良いでしょうか?』って質問してこないこと。そんなの、別に教えてもらわなくて良いってことですよね。

とにかく、作曲をスタートして最初の15分間は放っておきます。その15分の間、親御さんたちも何も言わないようにしてもらう。子どもたちは最初はキョロキョロしているけど、僕たちは助けない。僕なんて、演奏家と『元気? 最近どう?』とか言って普通におしゃべりしています。そうしていると、書き始める子が出てくるんですね」

同じ日本国内でも、地域によって子どもや親たちの雰囲気はまるで違うという。

「例えば東京だと、親御さんがピシッとした格好で来て、いかにも教育熱心で、意識が高い感じ。だから、うっかり子どもたちに何か言わないよう、立ち入り禁止にしないといけないんですよ(笑)。もう必死で、僕らは大人たちをマークしています。

でも大都市以外だとけっこう良い感じで、相馬の教室なんてもう託児所化しています。親御さんたちも『子どもたちが楽しいって言ってたのでまた来ました』『じゃあ、2時間後に迎えに来ますんでよろしく』とか言って、親御さんは買い物に行ってしまう。そうすると、僕らもすごく楽ですよね。

霧島国際音楽祭で開催した教室では、楽譜は書いたのに『絶対に演奏してほしくない』って言う子がいて。ちょうど隣に防音室があったので、子どもと演奏家にふたりきりでそこに入ってもらいました。親御さんもついて行こうとしたけど、『絶対ダメ!』とその子が言って。防音室でふたりきりでやり取りして、出てきたときにはすごく満足そうな顔をしてましたよ」

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2015年、福島県相馬市で開催された作曲教室。講師はフルート奏者のクレア・チェイス
©FESJ2015

『エル・システマ作曲教室』への参加条件などはないが、音楽に興味がある前提で子どもたちは集まっている。

「僕も学生のころ、イギリスでいろいろなワークショップに参加していました。そういった集まりでは、よく“みんなで音を出してみよう”みたいなことをやるのですが、それだと自分で音を出すのが楽しいだけになってしまう。僕はもっと違うことをやりたいと思っていて。

最初の『エル・システマ作曲教室』に参加した子どもたちは、『エル・システマ』の子どもオーケストラの団員でした。今は団員以外にも広げましたが、一応、音楽に興味がある子どもたちっていう入り口は設けています。音楽なんか興味もない、学校が終わってやりたいことって言ったらサッカーなのに、ママやパパに言われたからピアノを弾かなきゃいけない……そういう子たちには、サッカーをやらせた方が良いですから」

後編につづく(新しいタブを開く)

文・取材:加藤綾子

リリース情報

藤倉大『ウェイファインダー』ジャケット画像
藤倉大『ウェイファインダー』
発売日:2023年6月28日
価格:3,300円
収録曲はこちら(新しいタブを開く)

関連サイト

エル・システマジャパン オフィシャルサイト
https://www.elsistemajapan.org(新しいタブを開く)
 
藤倉大 オフィシャルサイト
https://www.daifujikura.com(新しいタブを開く)
 
藤倉大 ソニーミュージックオフィシャルサイト
https://www.sonymusic.co.jp/artist/daifujikura/(新しいタブを開く)

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