吾妻光良&The Swinging Boppers:シニア世代のWワークバンドは、なぜ音楽活動を持続できるのか?①
2024.12.11


デビュー30周年を迎え、再始動が発表されたオアシス。彼らの1998年の来日時の様子を担当者ふたりが振り返る。また、このほど発売された日本独自企画盤についても語る。
目次

KAZY伊藤
Kazy Ito
ソニー・ミュージックエンタテインメント

佐々木 洋
Sasaki Hiroshi
ソニー・ミュージックレーベルズ
記事の前編はこちら:人気絶頂期のオアシスの素顔と30周年を記念する日本独自企画盤に込めたこだわり①
──オアシスは、1994年からアルバムを発表するごとに来日公演を行ない、1998年にも『ビィ・ヒア・ナウ』ツアーで日本武道館公演を開催しました。そのときは、ノエルとリアムのギャラガー兄弟はどんな様子だったんですか?
伊藤:まず、来日した際に彼らに取材を受けてもらうというのが僕の最大のミッションだったんですけども、とにかくリアムにはマイクを向けるなという指示がUKのレーベルやオアシス側から出ていました。何を言い出すかわからないからという理由で(笑)。代わりにノエルが1本ぐらいだったら取材をやってもいいということを伝えられていました。
佐々木:武道館の終演後に、ノエルとリアムに関係者へ挨拶をしてもらうということで、20人前後のメディアの方々にバックステージの待機部屋に残ってもらったことがあったんです。でも、1時間ぐらい経っても彼らが現われる様子がない。
普通なら「どうなっているんですか」ってピりついちゃってもおかしくないところなんですが、皆さん「オアシスだからしょうがない」と文句も言わずに待ってくださって。そうしたらリアムがふらっとやってきて、ドアの外から皆さんのいる部屋のなかをチラッと覗いて、舌を「コンッ」と鳴らしながら2本指で敬礼だけして、さっと帰っていってしまって。
僕らは当然、顔が真っ青ですよ。長時間待っていただいてたのに、そんな感じで一瞬で去っていかれたんで。でも、メディアの皆さんは、さんざん待たされたのに「やっぱりリアムはカッコいいよね」と満足して帰っていかれたんです。まさにキャラ得ですよね。
──リアムらしい逸話ですね。伊藤さんも印象に残っていることはありますか?
伊藤:その来日のときは、彼らが泊まるホテルにアディダスルームというのを作りました。
──アディダスルーム!?
伊藤:兄弟ふたりとも、当時はスポーツブランドのアディダスが大好きだったので、アディダスのシューズやウェアを集めたショールームをホテルの一室に作りました。彼らをそこに招き寄せ、あわよくば取材やコメント録りができるかもしれないとinterfmの方と企んだんです。
当時アディダスはデサント社が販売していたので、同社に赴き、実はオアシスという人気バンドがライブで来日するんですが、アディダスが大好きなので商品を貸してもらえませんかとお願いしたんです。それで快諾いただいて、スニーカーやジャージなど、あらゆるアディダスの商品をホテルの部屋に陳列して、アディダスショップかと思うような空間を作りました。
その部屋に誘い入れるために、僕が、当時、日本のアディダスのみで販売していたオレンジ色のシューズを履いて彼らを出迎えたんです。たぶんこれにリアムは食いついてくるだろうと思っていたら、案の定、ホテルに着いてロビーで僕の姿を見た途端、ズカズカと僕のほうにやって来て、履いていたオレンジのシューズを脱がされ、「これはどこに売っているんだ!?」と。
それで、「ここのホテルの2階に、アディダスルームというのがあるみたい」と言ったらその足で行くってことになって。アディダスルームで商品を夢中になって見ている最中にinterfmの方がマイクを向けて、衝撃のひと言コメントをゲットしました(笑)。
──作戦大成功ですね!
伊藤:とても記事には書けないような言葉だったんですが、リアムの貴重なコメントだったのでOAに乗せてしまい、あとでえらい怒られました。
佐々木:取材ができないからといって諦めるのではなく、取材ができるような環境に持っていかなきゃならない。伊藤さんたちが考え出したアディダスルームは苦肉の策かもしれませんが、そうしたアイデアが実を結ぶ、実を結ばせるために宣伝部も一丸となってやっていましたね。
──ギャラガー兄弟はご機嫌で日本をあとにしたんでしょうね。
伊藤:でも、その後のツアー中に兄弟が大喧嘩して解散するというニュースが流れたんです。日本の新聞の社会面でも“オアシス解散か⁉”と報じられて、びっくりしました。
結局、このときは解散にはならなかったですが、『ビィ・ヒア・ナウ』の次のアルバムの『スタンディング・オン・ザ・ショルダー・オブ・ジャイアンツ』(2000年)までに、兄弟以外のメンバーが全員入れ替わって、ちょっと大人のバンドみたいになりましたよね。だから『ビィ・ヒア・ナウ』は良い意味でも悪い意味でもバンドにとって過渡期だったように思います。
──伊藤さんは、どの作品まで担当したんですか?
伊藤:シングルのB面曲などをまとめた1998年リリースの『ザ・マスタープラン』まで担当しました。自分がオアシスと同時期に担当していたライドの元メンバーでハリケーン#1のアンディ・ベルと、ヘヴィー・ステレオのゲム・アーチャーがオアシスに加入したのは感慨深かったですね。
──佐々木さんは、最初は宣伝としてオアシスに携わっていましたが、制作として担当するようになったのはいつごろからですか?
佐々木:2000年までラジオや雑誌などのメディアプロモーションでオアシスに関わっていましたが、制作担当としては『モーニング・グローリー』の発売25周年を記念した輸入盤のアナログ盤(2020年)からで、その翌年にリリースされた、25万人以上を集めた1996年の伝説の野外ライブ『ネブワース1996』の劇場公開と映像/音源パッケージ作品で本格的に担当するようになりました。
──そして今回、デビュー30周年を記念した『コンプリート7インチ・シングル・コレクションBOX』の制作を担当していますが、制作に至った経緯を教えてください。
佐々木:本国へ、こういった商品を日本で制作したいと提案した最初のメールを2023年の5月に送っていますね。2024年にデビュー30周年を迎えるタイミングで、オアシスのレガシーを次の世代にも継承していくためにも、大きな打ち上げ花火を上げないといけないと考えていたんです。
そのころ、『リヴ・フォーエヴァー:Oasis 30周年特別展』開催の話も持ち上がっていたので、その規模にふさわしいボックスセットを作ろうと動き出しました。同時に30周年イヤーには、ドキュメンタリー作品だった『ネブワース1996』ではなく、ネブワース公演のノーカット・フルライブをなんとしても全国の劇場で公開したいと考えて、水面下で各所にアプローチを開始しました。
関連記事はこちら:オアシスが再始動するという見積りで進めた『リヴ・フォーエヴァー:Oasis 30周年特別展』の裏側①/➁
アナログLPはこれまでもリリースしてきたので、だったら7インチでシングルをボックスセットとしてまとめるのはどうかと思って本国に打診したんです。そしたら7月くらいに許諾が下りて、そこからアートワークを取り寄せたり、海外のいろんなデータベースを調べたりしていきました。
ただ、ちょうど同じタイミングにTOTOのジャパンツアーや、『ジャパニーズ・シングル・コレクション』シリーズの制作が重なったりしているなかでビリー・ジョエルが16年ぶりに来日公演を行なうというビッグニュースが舞い込んだので、そのマーケティングやプロモーション、来日記念盤の制作をしながらの膨大な作業で、連日猛烈に忙しい日々を過ごしていましたね。
関連記事はこちら:ビリー・ジョエルらが認めた日本独自の企画盤『ジャパニーズ・シングル・コレクション』制作秘話【前編】/【後編】
──1990年代当時はCDが主流のフォーマットで、アナログ盤のことを想定したレコーディングではなかったと思います。当時7インチでもリリースされてはいましたが、新たにアナログ盤を制作するのは大変だったのではないでしょうか。
佐々木:まさに1曲6分とか、通常の7インチ・シングルだと考えられない尺の曲が多かったですね。しかも音も轟音に近い形になっていたので、この音源を7インチ盤にどう落とし込むか、ちゃんと納得のいくカッティングができるのかということをスタジオのスタッフと連日話し合いました。
同時に、“このマスターファイルの音源は本当に7インチのバージョンのものなのか”を何度も本国に確認しつつ送りなおしてもらったり。最終的にこれで間違いないというマスター音源が全部揃った時点で、実際にリアルタイムで音を聴いていた伊藤さんにアドバイザーとして参加してもらって、カッティングのサポートをしてもらいました。
──カッティングの実作業はやはり困難だったのでしょうか。
伊藤:最初の3枚のアルバムは、曲によって音のバランスが大きかったり、小さかったりとマチマチでしたが、4枚目の『スタンディング・オン・ザ・ショルダー・オブ・ジャイアンツ』以降は整った音になっていました。
でも、その最初の3枚は、勢いみたいなものがすごくあるんですよね。音を整えることでそれをなくしたくはないので、カッティングエンジニアの方と一緒に、ああでもないこうでもないと試行錯誤しました。
特に4、5分の曲になると、ダイナミックな部分が減ってしまうので、ガッツあるサウンドの魅力を損なうことなく、体感できることを大事にして、カッティングしていただきました。
──さらに、特典としてギャラガー兄弟のアクリルスタンドが封入されているのも貴重です。
佐々木:このアクスタも簡単にオッケーが来るとは思ってなかったんですが、意外にも早く許諾が下りたんです。もちろん制作中は再始動が実現することは知らなかったので、せめてファンの方が、机の上だけででも兄弟を仲良く並べられたらいいなと思って(笑)。
ただ、アクスタをつけることで、原価がかかって商品の値段が上がってしまっては元も子もないので、許容できるコストのなかでやりくりして、購入された方に少しでもお得に感じてもらえるよう頑張りました。
──このアクリルスタンドに使われている写真はいつごろのものですか?
佐々木:1995年の「ワンダーウォール」のミュージックビデオを撮影したときの2ショットで、ジル・ファーマノフスキーさんという、ずっとオアシスを撮りつづけてきたフォトグラファーの写真です。アクスタにするならば全身の写真が必要だと探したんですが、なかなか見つからなくて。でも、こんな良い写真が出てきて良かったです。
Oasis - Wonderwall(Official Video)
伊藤:SNSでもアクスタと一緒に風景や食事を撮っていることが多いし、そういうシチュエーションで兄弟が出てくると面白いよね。
──発表が待たれる来日公演で、会場でアクリルスタンドと一緒に撮影できたら最高ですよね。伊藤さん、佐々木さんは今後のオアシスにどのような期待を寄せていますか?
佐々木:『リヴ・フォーエヴァー:Oasis 30周年特別展』のスタッフも含めて、日本のソニーミュージックのチームが30周年にオアシスを最大限盛り上げたいという思いがまずあって、再始動はあったらいいよね、くらいの期待でした。みんなが成功を願って進めてきた企画の数々が、再始動という思わぬ最高のシチュエーションによってどんどん相乗効果が出ているという感じになっています。
おそらく来年行なわれるであろう来日公演に向けて、その盛り上がりをさらに大きくしていきたいですね。でも、来日までにまたまた解散の危機があったりして……?
伊藤:あり得る(笑)。もう兄弟喧嘩をしている場合じゃないよな、というような大人なスタンスよりも、いつまでも兄弟間のヒリヒリした緊張感があったほうが面白いなと、個人的には思っています。まあ、今は自分が担当していないから言えることですけど(笑)。
もちろん、オアシスを体験したことのない若い世代の人たちが再始動したオアシスを体験することで、これからのロックシーンに新しい風が吹くことにも期待しています。
Oasisの超貴重な7インチ・シングル・コレクションBOX(Vol.1 & Vol.2)がリリース!
記事の前編はこちら:人気絶頂期のオアシスの素顔と30周年を記念する日本独自企画盤に込めたこだわり①
文・取材:油納将志
撮影:荻原大志

映画『オアシス:ライヴ・アット・ネブワース 1996.8.10』
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