チープ・トリックについて知っておきたい13のこと①
2025.09.29


1960年代からテレビ番組に出演し、両手でペンを操り、心躍る作品を次々に生み出した水森亜土。イラストレーター、画家、歌手、俳優など、多分野において今なお活躍する水森亜土は、どんな人生を歩み、どのようにして「カワイイ」を体現する存在になったのか。
水森亜土の姪であり、著作権管理やマネジメントを行なう株式会社 亜土工房の宮澤夢子氏が“水森亜土について知っておきたい12のこと”を語る。
目次

宮澤夢子氏
Miyazawa Yumeko
株式会社 亜土工房
代表取締役
東京・日本橋生まれ。高校卒業後、ハワイに遊学。アクリルボードに両手で絵を描きながら歌を歌うという印象的なパフォーマンスで注目され、イラストレーター、画家、俳優、歌手など多分野においてめまぐるしく活躍。さまざまな分野で水森亜土が発信してきた「カワイイ」のカルチャーは、見る人を魅了し、世代を超えて今も多くの人に愛されている。
記事の前編はこちら:水森亜土について知っておきたい12のこと①
──水森亜土さんと言えば、テレビ番組で両手にペンを持ち、アクリルボードに絵を描くパフォーマンスが印象的でした。イラストレーターとしての作風は、どのようにして築いていったのでしょうか。
ハワイのモロカイハイスクールに行くことになったとき、母親の美子と約束したことがあったんです。それは、毎日必ず日記を書くこと。亜土は真面目な性格なので、約束の通り毎日きちんと日記を書いていました。ただ、最初は文字で日記をつづっていましたが、ハワイでの寮生活はとにかくやることが多くて、だんだん文章で書くのが面倒になり、途中から絵日記に変わったそうです。
その絵も最初はリアルな人物を描いていましたが、だんだん丸に目をチョンチョンと描いたシンプルな作風に。それが今描くような二頭身の男の子や女の子、猫などの動物のイラストの原点になったのだと聞いています。
──テレビで両手描きを披露したのはなぜでしょう。
亜土はもともと左利きでしたが、お箸は右で扱うように直されたことから両利きになったようです。お箸は右、文字を書くのも右、絵は左……という感じになりました。
──イラストは左で描くんですね。
両手で描ける二刀流ですが、メインは左利きです。サインも鏡文字のように両手で書くことができます。頭のなかがどうなっているのか不思議ですよね(笑)。
──テレビ番組 のオーディションで「両手で絵を描けます!」と宣言してしまったので、練習して描けるようにしたという説もありますが、それは本当ですか?
本当です。「両手で描けます」と言ったことから、番組への出演が決まったので、もうやるしかないと裏で猛練習したみたいです。
しかも、当時はやり直しができない一発撮り。リハーサルのときは歌だけで、両手で絵を描きながら歌うのは本番だけでした。歌と絵も合わせなければならないため、大きなプレッシャーで毎回大変な思いをしていたと聞きました。明るくはしゃぎながら描いているように見えますが、実はかなりの練習を重ねて、あのパフォーマンスができるようになったんです。
──水森亜土さんは感性の人というイメージがありましたが、お話を伺っていると真面目な努力家の一面も見えてきます。
そうですね。アーティストとして天才肌なところがありますが、きちんと努力もしていて、それを周りに一切感じさせない人です。
──あえて明るく破天荒なキャラクターに見せているのでしょうか。水森亜土というキャラクターを作っているところはありますか?
もちろんテレビから伝わってくる通りの破天荒な一面もあります。「亜土さん、危ない! それはできないよ」と思うようなことも「大丈夫よ!」と平気でやってしまうんです。「キャッホー」という口調も、最初はキャラとして作っていたかもしれませんが、今となっては完全に素ですね(笑)。
あとは自分自身が謙虚でいることを常に心がけていて、周りに対して偉そうに振る舞う人がとにかく大嫌い。私もよく「常に謙虚でいなさいね」と言われます。
──水森亜土さんの過去のインタビューを拝見すると、そういう人柄がにじんでいるように感じました。
人の気持ちを鋭く察する力と優しさがありますね。亜土は、子どものころに吃音を発症して、うまく話せない時期がありました。それもあって、さまざまな事情をもつ方の気持ちに寄り添えるのかもしれません。人を見た目で判断しない、誰にも壁を作らない、非常にオープンマインドな人ですね。
置かれている状況は人それぞれ違い、そのことで悩む人もいますが、亜土には表面的なことではない、もっと奥にあるものごとの本質が見えているのかもしれません。
──亜土さんは独特の作風を持ちながらも、頭身の低いキャラクターや動物、大人っぽくてセクシーな女性など多彩な表現をされる方です。こうした作風のルーツはどこにあるのでしょう。
手足が長くてセクシーでおしゃれな女の子は、当初ヌードダンサーを参考にしていたようです。また、父親に連れていかれた日劇ミュージックホールには、出演者のなかにダンサーもいらっしゃったので、「彼女たちへの憧れを込めて絵を描いていた」と言っていました。
しかも、絵なら自分が感じた美しさをより自由に描くことができます。そういった、絵ならではの表現を追求していきました。
ファッションに関しては、14~15歳のころから海外の雑誌を個人輸入していたようで。外国ならではのファッションや美しく着飾った女性など、とにかく刺激的なものがたくさん詰まった雑誌を見て、片っ端からインプットしていったと聞きました。
そうやってインプットしたものから刺激を受けて、イラストでは「ネックレスはやめて、ふわっとしたチュールを首元につけよう」など、自分なりの表現を楽しんでいたようです。ある意味、彼女の理想をイラストに詰め込んでいたのかもしれませんね。
──絵だけでなく、水森亜土さん本人もおしゃれですよね。唯一無二のファッション性を体現しています。
服を作るのが好きで、ハワイにいたころは水着も自分で手縫いしたそうです。ワンピースやアクセサリーも自分でパパッと作りますし、今でもお裁縫は得意です。
──逆に、既製品はあまり好きではないのでしょうか。
いわゆるハイブランドとは無縁で生きてきた人ですね。既製品を買うこともありますが、手直ししたり、何かをつけ加えたりして、自分らしくアレンジするのを何度も見てきました。服に限らず、帽子やアクセサリーなど、いろいろなものに手を加えて楽しんでいます。
──水森亜土さんのアトリエには、本棚一面にスケッチブックが並んでいると聞きました。どんな絵が描かれているのでしょうか。
風景を描いたものもあれば、キャラクターやファッションのデザインを描いたものもあります。いろいろなものが混在していて、IPの視点で見れば宝の山のような状態ですが、整理が追いついていない状況です(苦笑)。
──風景画は、旅先で描いたスケッチでしょうか。
そうですね。亜土の母親・美子の影響で、旅先にはスケッチブックを必ず持っていき、風景を写生したり、旅の絵日記が描かれていたり。亜土が大人になってから、美子を旅行に連れて行ったときも、必ず親子でスケッチをする機会を作っていました。
亜土の作品を管理する立場としては、これまで作られてきたグッズなどに加え、こういう日常のなかで描かれたものも皆さんに見ていただける機会を作りたいと考えています。
──最後に、水森亜土というアーティストが生み出す作品が、なぜ長年愛され続けているのか、その理由について宮澤さんの意見を聞かせてください。水森亜土さんは1960年代からずっと「カワイイ」を表現し続け、今も10代、20代の若者たちの心を捉えています。世代を超えて愛されていると実感するのは、どんなときでしょうか。
亜土の個展を開くと、ママ世代のお母さんが小さいお子さんを連れて来展されることも多いのですが、お母さんよりもその小さなお子さんのほうが、足を止めてじっと絵を見ているというシーンを何度も見てきました。そういうときに、水森亜土が生み出す「カワイイ」の世界観は、性別や世代に関係なく響くものなのだなと実感します。
それがなぜなのか、マーケティング的な視点での分析や言語化は難しいですね。きっと人には「カワイイ」の琴線が備わっていて、亜土のタッチや色彩がそれに触れるので、世代を継いで愛されているのではないかと思います。
記事の前編はこちら:水森亜土について知っておきたい12のこと①
文・取材:野本由起
撮影:干川 修
©ADO MIZUMORI
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