ビリー・ジョエルらが認めた日本独自の企画盤『ジャパニーズ・シングル・コレクション』制作秘話【前編】
2024.07.23


デジタル配信時代に重要な役割を果たしている音楽ディストリビューション、アーティストサービスを提供するThe Orchard(ジ・オーチャード)の共同創設者、リチャード・ゴッテラーのインタビュー。後編では、激動の音楽業界で一歩先の未来を予感し、変化をチャンスに変えてきた彼が音楽ビジネスに抱く理念を聞いた。
目次

リチャード・ゴッテラー
Richard Gottehrer
The Orchard
共同創設者兼チーフ・クリエイティブ・オフィサー
記事の前編はこちら:The Orchardの創設者、リチャード・ゴッテラーの音楽人生に学ぶ時代の乗り越え方【前編】
──The Orchardはインディペンデントなアーティストの作品をインターネット上のレコード店に流通させることを目的として1997年に設立されましたが、当時はまだブロードバンドではなく、回線速度の遅いダイヤルアップ接続でWebサイトを閲覧していた時代です。驚くほど先見の明があったとしか言いようがありません。
当然ですが、「これからの時代はインターネットだ!」と断言できるほどのビジョンはありませんでした。でも、インターネットの出現は音楽に限らず、ビジネス全般において大きな変革をもたらすことは肌で感じていたんです。
なぜなら、大きな変化には大きなチャンスが伴うからです。私は音楽業界に入ってから、テクノロジーによる変革を何度も目の当たりにしてきました。モノラルからステレオ、トラック数も4トラック、8トラック、12トラック、16トラック、24トラックへと増えていき、デジタルレコーディングも体験しました。それらの経験が、今回も何かが変わる節目だと私に伝えてきたんです。
──実際にはどのような行動を起こしたのでしょうか。
当時、アメリカ国内で最大のディストリビューターだったヴァレー・メディアと交渉するために、私とスコット・コーエンはサクラメント(カリフォルニア州)へ飛びました。
ヴァレー・メディアはメジャーレーベルからリリースされるあらゆるタイトルを扱うディストリビューターでしたが、インディペンデントなレーベルの作品は対象外だったんです。
私は彼らに「The Orchardは世界中のインディペンデントなアーティストの作品を扱うことができる。あなたたちの流通に、私たちがディストリビュート契約しているアーティストの作品を乗せてほしい」と伝えました。それだけではありません。私がこれまでどのように音楽に携わってきたか、どのようなビジネスを行なってきたかも数時間かけて話しました。そうしたら、最終的に彼らは首を縦に振ってくれたんです。
──まだiTunes Music Storeがオープンする前の話ですよね。
iTunesのサービスが始まる4年ぐらい前、世界初の音楽ダウンロード販売が間もなく始まろうとしているころだったと記憶しています。The Orchardはヴァレー・メディアと独占契約を結ぶいっぽうで、アーティスト側との契約にも取りかかりました。
その際、最も重要視したのは“デジタル配信権も含む”という項目です。音源をデータ化し、その配信もThe Orchardが行なうという内容でしたが、まだ音楽の配信が始まっていない時代でしたから、アーティスト側が重要視したのはオンラインのレコード店への流通でした。
しかし、そのときのThe OrchardはフィジカルのCDをオンラインショップに卸しているだけで、デジタルの世界とは無縁の存在だったんです。しかも物理的なメディアを扱うということは在庫を持つということでもあるので、常に在庫リスクと背中合わせでもありました。
──その時点で、やがて音楽の流通は配信が中心の時代がやってくると、同じように予感していたんでしょうか。
なんとなく気づいていたんだと思います。我々は“巨大なジュークボックスが空に浮かんでいる”と表現していたんですけど、当時はまだクラウドの概念すらない時代で、どこかにある巨大なストレージのなかから音楽を買って、ダウンロードして、自分のものにするというようなことを話していました。
数年後、音楽業界でも「これからはインターネットの時代だ」と誰もが言うようになりましたが、そのころには既にThe Orchardはインディーズ・ミュージックのデジタルプロバイダーのリーダーとしての地位を確立していました。ですから、iTunesのサービスがローンチした際もスムーズに音源をデリバリーすることができたんです。
その後、私とスコットは経営に長けた人物に会社の運営を託し、取り扱う音源を増やすためにイギリスをはじめとするヨーロッパ諸国やオーストラリアを飛び回っていました。サイアー・レコードの時代とやっていることは変わりませんね(笑)。
また、そのころからアーティスト単体と契約していたのが、レーベル全体との契約に発展し、ディストリビュートの規模もどんどん大きくなっていきました。そして、成功したビジネスというのは、必ず真似をされるものです。
──The Orchardのビジネスモデルを模倣する企業が現われるわけですね。
アメリカでは流通していないアーティスト、レーベルを探し出して契約することは誰にでもできます。ましてやインターネットの出現によりメールでやり取りすることができるようになったので、参入障壁は大きく下がっていました。
そのうちのひとつの会社がIndependent Online Distribution Alliance (以下、IODA)でした。IODAもThe Orchardのようにライセンス交渉から、エンコーディングとメタデータの管理、印税の支払い、マーケティングとプロモーションの支援などを行なっていたのですが、IODAは2009年にアメリカのSony Music Entertainmentとパートナーシップを結び、その後、傘下の会社となりました。
私たちは以前からIODAを取り込んでThe Orchardを大きくしたいという考えがありましたから、Sony Music Entertainmentからの提案を受け入れ、連携することになりました。
──独自に成功を収めていたThe Orchardが、Sony Music Entertainmentの子会社になる提案を受け入れたのはどうしてだったのでしょうか。
Sony Music Entertainmentのディストリビューション部門が持つ経験と、私たちが築き上げてきた経験が合わさることで、The Orchardがさらに豊かに、力強く成長をつづけられると確信していたからです。実際、ここまでの道のりを振り返ると、私たちの決断は正解だったと思っています。
また、Sony Music Groupのロブ・ストリンガー(Chairman, Sony Music Group/CEO, Sony Music Entertainment)がサポートをしてくれたことで、The OrchardがSony Music Entertainmentの一ビジネスユニットとして、Sony Music Entertainmentと契約していないインディペンデントなアーティストやレーベルのサポートもできるようになりました。
ストリンガーも私と同じように人生を音楽とともに歩んできた人物であり、The Orchardの文化を理解してくれたのです。ですので、Sony Music Entertainmentのファミリーに加わっても、The Orchardはやるべきことを変わりなく行なうことができました。それは、インデペンデントのアーティストやレーベルをサポートするということです。
──Sony Music EntertainmentはThe Orchardが挑戦してきたことや経験を理解し、さらに発展していくことに協力を惜しまなかったと。
世界有数のレコード会社のひとつであるSony Music EntertainmentがThe Orchardをサポートするということは、世界中のインディペンデントなアーティストをSony Music Entertainmentがサポートしていることと同意です。
振り返ってみると、私は14歳のときに曲を書き始めて、「マイボーイフレンズ・バック」を書いたときに自分のソングライターとしての道が定まったという風に思えたのですが、それからの道のりというのはThe Orchardを設立するまでの過程だったんじゃないかと、今では思うようになりました。
しかし私の、そしてThe Orchardの成長というのは、いきなり未来にワープして掴んだわけではなく、やはり過去、現在、未来というのが地続きになっていて、一つひとつの積み重ねによって成し遂げられたと感じています。
──今年のコーチェラ・フェスティバル(アメリカ・カリフォルニアで開催される正解最大規模の音楽フェス)にYOASOBIが出演したことは日本でも大きな話題となりましたが、The OrchardはYOASOBIのディストリビューションも手がけていますね。
私たちはアーティストサービス部門を持っていて、YOASOBIに関して言えば、オンラインマーケティングを含めて、さまざま形で彼らをサポートしています。彼らは8月にニューヨークとボストンで単独公演も行ないますが、そこにはアメリカのThe Orchardのスタッフ全員が参加することになるでしょう。それはThe OrchardがYOASOBIを大西洋の反対側にも広げていく始まりになるはずです。
──リチャードさんはYOASOBIの音楽がアメリカでも受け入れられた理由について、どう考えますか。
今の時代の面白いところは、世界中で音楽ビジネスを展開するにあたって、音楽を含めたその国のカルチャーを知ることが非常に重要になってきているところです。例えば日本の音楽を世界でどのように売っていくかを考えるうえでも、日本の音楽、カルチャーを理解しなくてはいけません。
YOASOBIはアメリカでも大きな成功を収めつつありますが、今の時代のリスナーは彼らが日本語で歌っていることに対してまったく抵抗感を持っていないように見えます。それはBTSに対しても同じでしょう。
アーティスト自身のスタイルや、音楽のスタイルの背景に息づいているその国の文化を今のリスナーは感じ取って、受け入れているのだと思います。
──聴き手の意識が世界規模で変わってきているということでしょうか。
そうですね。私が若かったころ、世界は小さな箱に分けられたような状態でしたが、インターネット、SNSが普及した現在は、もっと大きなひとつの箱になりつつあるように感じています。
そして、その大きな箱のなかには、音楽をはじめとしたさまざまなエンタテインメントがあり、それが我々の間にある見えないバリアみたいなものを取り払ってくれる、言語を超えて一緒になろうとしているように感じるのです。
──では最後に、今後の音楽ビジネスの展望について、リチャードさんの見解を聞かせてください。
ドラスティックな変化はないと見ていますが、ストリーミングサービスに限って言えば、何か別のものに変わっていきそうな予感を抱いていて、AIがその役割を果たすことになるだろうとは思います。
いっぽうで、私たちはまだストリーミングへの対応を学んでいる段階だとも思います。デジタルサービスから生じる支払いのバランスを取ろうとしているのも、その過程と言えるでしょう。
音楽ビジネス、インディペンデント・アーティストが創作活動のみで生計を立てられるようなエコシステムへと進化することが、私の望みです。
記事の前編はこちら:The Orchardの創設者、リチャード・ゴッテラーの音楽人生に学ぶ時代の乗り越え方【前編】
文・取材:油納将志
撮影:干川 修
通訳:長谷川友美
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