感覚過敏の当事者と一緒に考える、音楽ライブにおける新たな鑑賞体験と未来像②
2026.07.23


4月に横浜で開催された都市型音楽フェス『CENTRAL MUSIC & ENTERTAINMENT FESTIVAL 2026』(以下、『CENTRAL 2026』)。Kアリーナ横浜や臨港パークなどを会場にしたこのイベントで、“音楽フェスにおける新たな鑑賞体験”の概念実証が行なわれた。
今回は、これらのビジネス探索に携わったソニーグループ株式会社(以下、SGC)のクリエイティブセンター、ソニー・ミュージックソリューションズ(以下、SMS)のスタッフ、そして感覚過敏の当事者であり、感覚過敏研究所の所長を務める加藤路瑛氏を迎えての座談会を実施。『CENTRAL 2026』の会場にも足を運び、それぞれの施策を体験した加藤路瑛氏からのフィードバックとともに、感覚過敏のある人たちがライブを楽しむために必要な環境や工夫について理解を深めていく。
前編では、本プロジェクトの成り立ち、センサリーバッグの開発意図、その先に見据えられた将来のライブ&アーティストグッズのあり方について話を聞いた。
目次

加藤路瑛氏
Kato Jiei
株式会社クリスタルロード 代表取締役社長
感覚過敏研究所 所長

松原明香
Matsubara Haruka
ソニーグループ クリエイティブセンター

田中伶奈
Tanaka Rena
ソニー・ミュージックソリューションズ

村上亜紀子
Murakami Akiko
ソニー・ミュージックソリューションズ
今年で2回目の開催となる都市型音楽フェス『CENTRAL 2026』の会場で、主に視覚や聴覚などに感覚過敏のある来場者を対象にした、“ライブ体験型カームダウンブース”の設置と、“センサリーバッグ(プロトタイプ)”の貸し出しを行ない、その効果を検証する取り組み。“ライブ体験型カームダウンブース”は、ライブ会場のひとつであるKアリーナ横浜に設置し、“センサリーバッグ(プロトタイプ)”は臨港パークで貸し出しを行なった。
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──まずは皆さんの簡単な自己紹介をお願いします。
加藤:私は幼いころから、主に聴覚、嗅覚、味覚、触覚に感覚過敏がある当事者です。それがきっかけとなって2020年に立ち上げた感覚過敏研究所では、感覚過敏についての啓発や対策商品の開発とともに、総合的なフィールドワークを行なってきました。
また、さまざまな企業や団体、美術館や博物館などの施設から依頼を受けて、“五感に優しい空間”として作られるカームダウンスペースやクールダウンスペースの開発、監修、感覚過敏の方に向けたセンサリーグッズと呼ばれる商品の販売や貸し出しなども行なっています。
今回の『CENTRAL 2026』での取り組みについては、Cocotameで取り上げてもらった記事をきっかけにSMSの皆さんからお声がけいただき、感覚過敏の当事者として“ライブ体験型カームダウンブース”を事前に体験して意見交換を行ないました。また、フェスの当日は、現地で“センサリーバッグ(プロトタイプ)”も含めてモニター体験を行ないました。
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松原:SGCのデザイン部門にあたるクリエイティブセンターで、インハウスデザイナーとして働いています。普段はオーディオやディスプレイといった領域で、アプリケーションのUI(ユーザーインターフェース)やUX(ユーザーエクスペリエンス)のデザインに携わりつつ、主にアクセシビリティや環境にまつわるトピックを扱うサステナブルデザイングループにも所属しています。
『CENTRAL 2026』のプロジェクトでは後者の業務として、ソニーの技術を活用しながらアクセシビリティの新しい体験を提供するという観点で、ライブ体験型カームダウンブースの開発に携わりました。主にブース内の体験のデザインを担当しています。
田中:SMSのクリエイティブディレクターとして、普段はさまざまなイベントや店舗のクリエイティブ制作に携わっています。仕事の関係でイベントやライブの会場によく足を運ぶのですが、そこにもさまざまな困りごとを持つお客様がいることを実感していて、どうすればそういったお客様にも同じ体験を提供できるか? といったことに以前から興味がありました。
『CENTRAL 2026』のプロジェクトには松原さんたちのチームと一緒に、コンテンツの企画とUXの監修、それらの現実的な実装に向けた運営方法を考える立場として参加しました。
村上:SMSのクリエイティブプロデュース本部で、社内外のクリエイティブディレクターやデザイナーの業務をサポートする管理部の仕事をしています。その業務の一環に、インクルーシブデザインを起点にした『Creative Vision Project』というクリエイターの表現領域を広げる取り組みがあって。
『CENTRAL 2026』では、『Creative Vision Project』で生まれたアートを使ったワークショップの運営や、感覚過敏の方に向けたセンサリーグッズをご提供する窓口を主に担当しました。
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──今回のプロジェクトは松原さんたちの働きかけから始まったそうですが、SGCにおける感覚過敏の方々に向けた取り組みは、いつごろから始まったのでしょうか。
松原:2024年に、社内外でのアンケート調査やインタビューを行なったのがきっかけです。当初は感覚過敏に限らず、認知に関わるアクセシビリティ全般に困りごとがある方を広く対象にしていて。
皆さんがどのようにエンタテインメントを楽しんでいるのか、どのような悩みや困りごとをお持ちなのかを聞くことから始まりました。そのなかでも、感覚過敏についてはソニーが開発する技術と関連性が高いことがわかり、掘り下げていったのが経緯です。
事業探索のフェーズに入ってからは、社員やその家族向けのイベントで、いわゆるセンサリールーム(感覚過敏のある人が安心して過ごせる空間)も設置してみました。このときは、感覚過敏のあるお子さんにも来ていただいて、改めてニーズの存在を確認できる機会になりましたね。
──そのころに作ったセンサリールームとは、どのようなものだったのでしょうか。
松原:その時点では本当に実験的なもので、部屋の空いているスペースにクッションや耳栓、ヘッドホンといったグッズを置いたり、ディスプレイを置いて視覚過敏の方向けの映像を流したり、という程度でした。まずはそこで当事者の皆さんのご意見を聞ければと。
──当時のいくつかの検証から、どんな気づきを得ましたか?
松原:のちの『CENTRAL 2026』につながったことで言うと……発達障がいや感覚過敏のある方100人を対象に、エンタテインメントの楽しみ方に関するアンケートやインタビューをLEDESON(レデソン)※の方々と一緒に行なった際、皆さんの趣味としてトップに“音楽”が挙がったんです。さらにその方々にとって、今はできてないけどやってみたいことのトップが“ライブ、コンサートに行くこと”でした。
これは完全に私の先入観だったのですが、そういった特性がある方々は「あまり外出したくないのではないか」と思い込んでいたんです。でも、実際は逆で、皆さんエンタテインメントが大好きだし、現場にも行きたい、チャレンジしたいと思っている。では“そこにどんなハードルがあるのか?”を、皆さんへのインタビューを通して具体的に知ることができました。
※Ledesone(レデソン):2018年3月に創業し2020年7月に法人化した大阪発のスタートアップ企業。“ひとりひとりが過ごしやすい社会をともにつくる”をミッションに掲げ、認知特性やコミュニケーションなどの見えづらい困りごとや特性を持つ人の視点をいかしたインクルーシブデザイン推進の事業を展開。法人向けには、多様な特性や見えづらい困りごとを持つ当事者モニターを交えたリサーチやワークショップを通じて、商品・サービス開発改善や働く環境の改善支援などを行っている。
──ライブ会場では大きな音が出たり、光の点滅があったり、映画館の場合は飲食物の匂いもありますよね。聴覚、視覚、嗅覚、いずれかの感覚過敏がある方にとって、どれも刺激が強い場所だと容易に想像ができます。加藤さんはどのように感じていらっしゃいますか?
加藤:私自身も、音楽を聴いたり、アニメを見たりすることは大好きですが、ライブ会場や映画館に行くには身体と心の両方に課題があって、正直、現場に行くことのハードルは高いと感じています。
多くの感覚過敏の方々も同様に、「やりたい」と思ってもできないことがたくさんあるのではないでしょうか。そこへのチャレンジとうまくいかなかった経験を重ねた結果、“今の自分には難しいことだよね”と諦めてしまっている現状があると思います。

──松原さんたちが始めていた取り組みに、SMSはどういった経緯で合流したのでしょうか。
松原:SMSの皆さんはエンタテインメントの現場を熟知していらっしゃいますし、以前から『Creative Vision Project』を推進しているのも知っていました。そのプロジェクトの課題感には私たちとオーバーラップする部分もあったことから、ご相談した次第です。
村上:先ほど松原さんがおっしゃっていた、事業探索の最初期の展示を観に行かせてもらって、そのタイミングで松原さんと初めてご挨拶をしました。以降は、SGCとSMSが共同でできることの話し合いを続けて。『CENTRAL 2026』の実証実験に向けて準備を進めていったかたちですね。
──『CENTRAL 2026』で実施する施策はどのように決めていきましたか。
松原:ソニーの社内で感覚過敏がある方や、社外からも音楽を愛好する感覚過敏の方など、先ほどご説明したインタビューやアンケートにご協力いただいた皆さんに集まっていただきました。そしてその方たちに“私が考える最高のエンタメ”のアイデアを思い思いに出し合っていただいたんです。
──そこで出たアイデアのなかのひとつが、今回のコンテンツになっていったのですね。『CENTRAL 2026』では、センサリーグッズやライブ体験型カームダウンブースが実現に至りましたが、それ以外にもアイデアがありましたか。
松原:例えば、広いフェスの会場で静かなエリアがどこにあるかがすぐにわかる、センサリーマップの電子版アプリのようなものとか。今回実現したライブ体験型カームダウンブースのようにクローズドな空間ではなく、ひらけたスペースにサイレントエリアのような場所を作って、そこに行けば自由に寝転がれる、といったアイデアも出ていましたね。
あとは、耳栓などのセンサリーグッズも含め、いくつかの施策が用意されたうえで、来場者自身が必要なものを選べるように、という考え方ですね。つまり、何かひとつのものを作ったり、対策したりするのではなく、さまざまな施策を講じながら包括的に考えることの重要さも話題に上がりました。
これは当たり前だけど、当事者でないと見落としがちな視点だなと感じました。感覚過敏で困っている方々は、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の5つの感覚のうち、どれかひとつに過敏が現われる方もいれば、複数の感覚で現われる方もいる。さらには、この5大感覚以外で過敏がある方もいます。しかも、その感じ方、強弱は人それぞれなので統一化ができません。
昨今、Diversity=多様性というのはだいぶ浸透してきていると感じますが、感覚過敏についてもまさにそれが当てはまります。感覚過敏といってひとまとめにするのではなく、“人それぞれ違う”という認識のもと、どうしたらより良くなるかを考える必要がある。そういう気づきも得られました。
──『CENTRAL 2026』では、センサリーバッグのプロトタイプの貸し出しが行なわれました。バッグの中身について詳しく教えてください。
田中:今、世の中にある一般的なセンサリーバッグの内容を参考に、聴覚や視覚の刺激をやわらげるもの、触っていて落ち着くようなものを集めたセットです。センサリーアイテムの一部は乃村工藝社にもご協力いただきました。サングラス、イヤーマフ、耳栓はマストとして入れつつ、缶バッジやキーホルダーなど、私たちなりに手触りの良さを追求したグッズも考えながら開発しました。
例えばサングラスなら、着け外しの際に落としたりしないようにストラップをつけたり、暗い場所でもバッグの中身を探しやすいように蓄光のロゴを入れたりするなど、それぞれに細かい工夫も加えています。イヤーマフに関しては、ぜひ加藤さんのほうからご説明をお願いします。
加藤:はい。感覚過敏研究所オリジナルのエンタテインメント用イヤーマフです。こちらは、もともと作っていた会社が製造を終了するということで、我々の感覚過敏研究所で金型ごと買い取らせていただいて、現在は私たちが販売を行なっています。機能としては主に中高音域を減音できるものになっています。
一般的なイヤーマフに比べると、両耳を押さえつける圧が弱めで、長時間の着用もしやすくなっています。学校などでずっと着けていたい方や、長時間の映画鑑賞、ライブ、フェスといった場での使用にも向いているイヤーマフです。
田中:こちらを私たちのほうで購入させていただいて、センサリーバッグのグッズのひとつとして展開しました。
村上:イヤーマフ以外のグッズについても、加藤さんにいろいろとご意見を伺いました。バッグの素材に関しては、触ったときの感触や音が、感覚過敏のある方にとって気になりやすいというご意見から生地を変更しています。最終的には、触ったときに音がしない綿100%の帆布を使用しました。
田中:当初は野外会場があることを考慮して、雨にも強いナイロン素材を選んでいたんです。でも、そういった素材だと肌触りという点で最適ではなく、シャカシャカした音も出るし、ということで変更しました。そんなふうに、アイテムの素材選びからさまざまな視点を持って考える必要があることを学びましたね。
──バッグのかたちも、手提げタイプにするのか、背負うものにするのかという選択肢があります。
村上:そうですね。屋外イベント会場の臨港パーク(入場無料エリア CENTRAL FIELD)で楽しんだあとに、音楽ライブが行なわれるKアリーナ横浜(CENTRAL STAGE)に向かう、といったフェス内の動きを想定して、背負えるナップサックタイプにしてみました。
田中:当日、皆さんがご自身でお持ちのバッグもあるでしょうから、もっと小さいポーチのようなタイプにする案もありましたね。それをカラビナで取りつけられるようにするなど、いろいろな意見があったなか、今回は持ち歩きやすさを重視してこのかたちに落ち着きました。
──『CENTRAL 2026』の会場でこのバッグやグッズを使ってみた、加藤さんの率直な感想をお聞きしたいです。
加藤:センサリーバッグを見せていただいたときの、トータルの第一印象はすごくいいと思いました。中身では缶バッジが気に入っていて、握ったときの感触が好きですね。
それと、やはり大事だと思ったのが、感覚過敏の困りごとを周囲に伝える意思表示シール。「なんでイヤーマフをしてるんだろう?」とか、ライブ中にツラくなって会場を離れたくなったときに「なんで席を立つんだろう?」と周囲のファンの方たちに思われてしまうことを心配してしまいますが、シールを貼っていることで理由を伝えられる。
もちろんシールの意味の認知度はまだ低いわけですが、それが広がれば、これによって避けられるトラブルとか、そもそも感覚過敏がある人もない人も楽になれるような気がします。“あ、そういうことか”と。
ただ、いっぽうで、こういったシールによって自分自身をラベリングするのが苦手と感じる方もいると思うんです。なので、そこをどうカバーしていくのかもポイントかなと。
今回のシールで言うと、音楽イベントというテーマに合わせてキャラクターが可愛くデザインされていました。こうやって、身に着けていること自体がうれしいと思えるような工夫は素晴らしいですよね。ただ表示するだけじゃなくて、どう見せるか、どう伝えるかが大事なんだなと、僕自身も改めて気づかされました。
──逆に、グッズの内容で改善してほしかった点などはありますか?
加藤:アイテム数が多かったので、必要なものをバッグから取り出すのが大変だった印象はあります。こまごましたグッズがたくさんあるうえに、個別にビニール袋で梱包されているものもあって、さらにフェスの当日は結構風が強かったですからね。そういうときに“どれを取り出せばいいだろう?”と困ってしまわないよう、グッズは厳選したほうがいいかもしれない、と感じました。
──今回はセンサリーバッグ一式を無料レンタルしたわけですが、今後はこれを“どうすればビジネスにできるか”も考えていかないといけないですよね。
加藤:ライブは会場で音の迫力を楽しむことも魅力だと思いますが、“ライブを快適に観たい”という需要に応えるサービスが、今は少ない気がするんです。そういう意味では、感覚過敏がない方にとっても、ライブをリラックスして快適に楽しむという方向性のグッズとかスペースの提供は普及する余地があると思っていました。
田中:そうですね。感覚過敏のある方には身に着けていただきやすく、感覚過敏がない方もほしいと思えるものを作るのが、ビジネス開発という目線では最終目標だなと。例えば耳栓もイヤーカフのように、アクセサリーとしてもかっこいいし、着けたいと思えるものに変えていけるといいなと思いました。
今回、グッズとして実験的に作ったもののひとつに、表面にボコボコした手触りを施したアクリルのキーホルダーがあって。アイドルグループなどのグッズではメンバーカラーをラインナップしたものが多いんですが、目が不自由な方にはその違いが伝わりづらい、もしくは伝わらないということになります。その課題を解消するために、例えばストライプやドットなど、触ることでわかる“メンバー柄”を作るとか、形状や触感でその種類を分けるといった方向性もあるかも、という意図で作ったのがこのキーホルダーでした。これを発展させることができれば、誰にとっても楽しめる新しいアーティストグッズになり得るのではないかと考えています。
文・取材:柳 雄大
撮影:干川 修(人物写真)、冨田 望(『CENTRAL 2026』会場写真)

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